英語で長い学術的な文章を書く、というのはどれほど大変なことか。日本の高校や大学で英語を教えている方なら、きっと一度はこう思ったことがあるでしょう。「この学生、内容はわかっているのに、なぜうまく書けないのだろう」と。授業で文法を教え、語彙を教え、読解力をつけさせても、いざ自分の意見を英語でまとまった文章として書かせてみると、何かがちぐはぐになる。その「何か」を丁寧に解き明かそうとしたのが、本稿で取り上げるWang & Xie(2022)の研究です。

この論文は、香港の英語を教育言語とする大学(EMI大学)に在籍する中国本土出身の学部2年生2名を対象にした事例研究です。第一著者のYumin Wangは河南大学および香港教育大学に所属し、共著者のQin Xieは香港教育大学の言語・現代言語研究学科に所属しています。研究の目的はシンプルに見えて奥が深い―EFL(外国語としての英語)学習者の談話能力(discourse competence)における弱点を特定し、その背景にある要因を書く過程と知識の面から診断するということです。

「談話能力」とは何か―文法の外にある能力

まず「談話能力」という概念について整理しておきましょう。英語の文法が正しくても、文章全体として意味が通じなければ、コミュニケーションとしては失敗です。段落と段落のつながりが弱かったり、序論で論点を提示できていなかったり、結論が唐突に終わったりする文章は、たとえ個々の文が文法的に正しくても、読み手を混乱させます。こうした「文章全体を構成する力」こそが談話能力であり、学術的なライティングにおいては特に重要な能力です。

Bachman & Palmer(1996)やCanale & Swain(1980)といったコミュニケーション能力の古典的な研究は、談話能力をコミュニケーション能力の不可欠な一部として位置づけています。Wang & Xieの研究はこれらの先行研究を踏まえつつ、談話能力を五つのカテゴリーに整理しています。それはトピック構築(topic building)、全体的一貫性(global coherence)、局所的一貫性(local coherence)、論理的接続表現(logical connectives)、そして読者と書き手のインタラクション(reader-writer interaction)です。さらにこれら五つを10の具体的な特徴指標として評価するルーブリックを用い、学生のエッセイを分析しています。

三層構造の診断という斬新なアプローチ

この研究が特に興味深いのは、その診断が三層構造になっている点です。第一層は書かれた文章そのものの分析、第二層は学生が実際にどのように書いたか(作文プロセス)の調査、第三層は学生が学術的ライティングについてどのような知識を持っているか(メタ認知的知識)の探索です。

多くの書き手評価研究が「書かれたもの」だけを見ているのに対し、この研究は書く過程と書き手の知識状態まで掘り下げます。作文の研究者Murray(1982)は「製品から過程を推定しようとすることは、パンを食べながら麦畑を想像しようとするようなものだ」と述べていますが、まさにその言葉を地で行く研究設計です。

データ収集の方法も多面的です。学生の書いたエッセイのほか、ライター・ログ(作文の過程を記録した日誌)を学生にGoogle docsで記録させ、さらに各学生に4回の半構造化インタビューを実施しています。インタビューは北京語で行われ、自動文字起こしと人による修正を経て、約7万4000語分の書き起こしが得られました。これを85のコードに分類し、分析しています。定性的な研究としての密度と丁寧さは特筆すべきものがあります。

二人の学生が直面した壁

研究対象となったのは、LuciaとWeiという仮名で呼ばれる20歳の女性学生2名で、いずれも心理学専攻の2年生です。中国の大学入試英語で150点満点中126点と128点を獲得しており、英語力は決して低くありません。しかし彼女たちのエッセイを10の談話指標で評価したところ、多くの問題点が浮かび上がりました。

二人に共通して見られた最大の問題は全体的一貫性(global coherence)の欠如です。具体的には、序論での読者への適切な方向づけの不足と、結論の不十分さや欠如が顕著でした。Luciaは結論として2文だけを書き、そこで中国語のエッセイでよく使われる「行動を求める」修辞的戦略を使いました。Weiに至っては、結論を書く時間がなかったとして、結論を丸ごと省略しました。序論と結論は学術エッセイの骨格とも言えるものですが、二人ともその機能を十分に理解できていなかったのです。

Weiの場合はさらに興味深い誤解がありました。彼女は自分が読んできた論文には「アブストラクト」と「結論」がセットで存在すると感じており、アブストラクトを書いていないから結論も不要だと判断したというのです。これは、学術的ジャンルに関する知識を自力で論文の読書から「帰納」しようとした結果生まれた誤解です。正式に教わらなければ、見たものをそのまま真似するしかない―こうした状況は、日本の学生にも十分起こりうることです。

「締め切り直前型」という問題の本質

作文プロセスの分析から明らかになった最も重要な発見の一つは、二人とも「デッドライン・ファイター」だったということです。Luciaは14日間の作業期間のうち、11日間をリサーチに費やし、実際に文章を書き始めたのは提出前日でした。Weiは70日という長い準備期間があったにもかかわらず、アウトラインを書き始めたのは提出の7日前、本文を書き始めたのは3日前で、2200語のエッセイを提出当日の9時間で書き上げています。

どちらも「リサーチにかける時間が多すぎて、執筆と修正に時間が残らない」という同じパターンに陥っていました。Stapleton(2010)が修士課程の学生で観察したのと同様の傾向ですが、学部1・2年生においてはその傾向がさらに顕著です。大学入試準備で短い作文(250語程度)の練習しかしてこなかった学生が、突然1500語から2500語の学術的なエッセイを要求されるわけです。その戸惑いは想像に難くありません。

修正(revision)についても深刻な問題が観察されました。Kellogg(2008)の言葉を借りれば、熟練した書き手は「意味の変更(semantic changes)」を行うのに対し、未熟な書き手は「語彙の置き換え(lexical substitution)」にとどまります。まさにその通りで、二人とも修正らしい修正をほとんどせず、初稿がそのまま最終稿になっていました。構造を見直したり、段落の順序を組み替えたりするような修正は行われていなかったのです。

ジャンル知識の欠如がもたらす混乱

第三層の診断、すなわちメタ認知的知識の探索から見えてきたのは、二人のジャンル知識(genre knowledge)の貧しさです。Zhao & Lyu(2019)が中国人英語専攻学部生177名を対象に調べた研究でも、学生たちは学術ライティングを「コンテンツ知識」と「言語スキル」の二軸でしか捉えられず、ジャンルに関する細かな知識が欠如していることが示されています。今回の研究でも同様の傾向が確認されました。

Luciaはアウトライン作成の際、1年次に受けたEAP(学術的英語)コースで学んだことを活かすのではなく、自分の直感と背景知識に依存していました。EAPコースで学んだエッセイの形式や構造の知識は、IELTSのライティング課題と結びついてはいたものの、自分の専門科目のエッセイには適用されていなかったのです。学んだことと実際の書き方がつながっていない―これは日本でも珍しくない現象ではないでしょうか。「授業でやったこと」と「実際に書くこと」の間の橋が、まだ架かっていないのです。

さらに、Luciaはアイデア生成のためにZhihu(中国版Q&Aサイト)を利用し、「いいね」の多い投稿を参考にするという方法を取っていました。学術的な信頼性のある情報源を適切に使いこなす力が育っていないことも、このケースから読み取れます。

日本の英語教育への含意

この研究の知見は、中国のEFL学習者を対象としたものですが、日本の英語教育にも強く響く内容を持っています。日本でも、高校までの英語教育では主に短い作文や英作文問題が中心であり、1000語を超えるような学術的エッセイを書く経験を積む機会はほとんどありません。大学に入学してから初めて「アカデミック・ライティング」という概念に接する学生は非常に多く、その際に直面する困難はこの研究が描く姿と大きく重なります。

特に日本の大学の英語教員や英作文担当者にとって重要な示唆となるのは、「書けない」原因が必ずしも文法力や語彙力の不足ではないという点です。この研究の二人は英語力自体は低くない。それでも書けないのは、時間管理の問題、ジャンル知識の欠如、そして書く過程における戦略の不足だということが明確に示されています。これは、語彙や文法を教えることに多くの時間を割いてきた従来の英語教育の盲点とも言えるものです。

また、Wang & Xieが提案する「気づき(awareness)・回避(avoidance)・前進(advance)」の三段階の指導手順は、実際の授業設計に応用しやすい枠組みです。談話の特徴について「知らない」段階の学生には知識を与え、「なんとなくわかってはいるが間違いを犯す」段階の学生には典型的なミスのチェックリストを与え、「ある程度できる」段階の学生にはより高度な表現戦略へと導く―このような段階別の指導は、日本の大学の英語ライティングクラスでも十分に実践可能です。

研究の限界と今後の可能性

もちろん、この研究にも限界はあります。事例研究という性質上、わずか2名を対象にした分析であり、その結果を一般化することには慎重であるべきです。著者自身もこの点を認め、Merriam & Tisdell(2015)の言葉を引いて、事例研究の転用可能性(transferability)は統計的な意味での一般化ではなく、豊かで厚みのある記述データを「働く仮説」として利用する読者・実践者によって実現されると述べています。

また、この研究は書き手の視点に立って分析が行われていますが、著者も指摘しているように、専門科目の教員側の視点からの分析も今後は必要です。学術的ライティングの問題は、言語教員と内容担当教員の両方が関わる問題であり、両者の連携こそが効果的な解決策につながります。この点についても、日本の大学教育文脈での示唆は大きいと感じます。専門科目担当の教員が「なぜ学生はうまく論文を書けないのか」を理解し、言語教員と協力するという体制は、日本ではまだ十分に整っているとは言えません。

さらに付け加えるならば、この研究では心理学という一つの学問分野に限定されています。ライティングの要求は学問分野によって大きく異なるため(Gardner, Nesi, & Biber, 2019)、理工系や人文系など他の分野での応用研究が期待されます。日本でも英語での論文執筆が求められる理系大学院生の現実を踏まえれば、分野横断的な研究の蓄積が急務と言えるでしょう。

診断から指導へ―教育実践としての価値

この研究の本質的な価値は、「なぜ書けないのか」を単なる表面的な誤りの分析で終わらせず、その背後にある過程と知識の問題まで丁寧に掘り起こした点にあります。書かれたものだけを評価し、赤ペンで直して返す―そのサイクルを繰り返すだけでは、学生の書く力は根本的には伸びません。どの段階で何が起きているのか、学生はどんな知識を持ち、どんな知識が欠けているのかを把握することが、真に効果的な指導の出発点となります。

ちょうど医師が症状だけを治療するのではなく、原因を診断してから処方を出すように、ライティング教員もまず「診断」を行うべきだという主張は説得力を持っています。Rupp, Templin, & Henson(2010)が定義する診断的評価は「問題を正確に分析し、効果的な処置のために原因を特定する行為」であり、この研究はその理念を具体的な研究デザインとして実装しています。

日本の大学英語教育においても、ライティングの授業はしばしば「書かせて添削する」という形式にとどまりがちです。しかし学生がなぜその構成を選んだのか、どのように題材を集め、どのように時間を使い、どのような知識を持ってエッセイに臨んだのかを理解することで、指導の質は格段に高まります。ライター・ログやインタビューという手法は授業の文脈でも応用できるものであり、教育実践への橋渡しとなる研究と言えます。

最後に、この研究が提示する「三層診断」という枠組みは、単なる研究手法を超えて、教員の思考の枠組みそのものを変える可能性を持っています。「この学生はなぜ書けないのか」という問いに対して、文章・プロセス・知識という三つの視点から考える習慣は、英語教育に携わるすべての人にとって有益な問いの立て方です。ライティング指導が「答え合わせ」から「伴走」へと変わる可能性を、この研究は静かに、しかし確かに示しています。


Wang, Y., & Xie, Q. (2022). Diagnostic assessment of novice EFL learners’ discourse competence in academic writing: A case study. Language Testing in Asia, 12, Article 47. https://doi.org/10.1186/s40468-022-00197-y

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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