英語教育の現場では、ここ数年「AIをどう使うか」という話題が急速に広まっている。学校の先生たちが職員室でこっそりChatGPTに授業案を作らせてみたり、生徒が宿題の英作文をそのままAIに書かせて提出したりと、現場の反応は戸惑いと期待の入り交じった複雑なものだろう。そうした状況の中で、「実際のところChatGPTは外国語学習に役立つのか」を丁寧に調べた研究がある。今回紹介するのは、トルコの大学で行われた質的ケーススタディで、2024年にEducation and Information Technologies誌に掲載されたKarataş, Yaşar Abedi, Ozek Gunyel, Karadeniz, Kuzgunによる論文 “Incorporating AI in Foreign Language Education: An Investigation into ChatGPT’s Effect on Foreign Language Learners” である。

研究の背景と筆者たちについて

筆者の一人であるFatih KarataşはトルコのNevsehir Haci Bektas Veli大学に所属する研究者で、外国語教育と教師教育を専門とする。共著者のFaramarz Yaşar AbediはAnkara Medipol大学に在籍し、現在は社会開発支援団体に関わっている。Filiz Ozek GunyelはカナダのConcordia大学、Derya KaradenizはInonu大学、Yasemin KuzgunはBilkent大学というように、複数の大学にまたがる研究チームが組まれている。こうした多機関連携の布陣は、研究の多様な視点を担保しており、単一機関では得られにくい俯瞰的な考察を可能にしている。

研究が行われたのは2023年の春、トルコで大規模地震が発生した直後のことだった。高等教育機関は緊急の遠隔授業に移行せざるを得ず、学生たちはMicrosoft Teamsでオンライン授業を受け、インタビューはZoomで実施されるという、まさに「緊急事態下の研究」だった。こうした文脈は、研究のリミテーションとして正直に報告されているが、逆に言えば、理想的な環境ではなくリアルな条件下でのChatGPT活用の効果を測ることができたとも言える。

どんな研究だったのか

参加者はアンカラの大学にある語学学部の予備課程(プレパラトリークラス)の学生13名で、年齢は18歳から20歳。専攻は政治学や歯科学、コンピューター工学、栄養学など多岐にわたり、英語レベルはCEFRのA2からB2と幅広い。これは研究で「最大変動サンプリング(maximum variation sampling)」と呼ばれる手法を使っており、できるだけ多様な背景を持つ学生を集めることで、特定の偏りを避けながら幅広い知見を得ることを意図している。

4週間にわたって、研究者が担当する授業にChatGPTを組み込んだ活動が実施された。使ったテキストはNational Geographic PublishingのReading Explorer 2で、「都市生活」「恐竜の時代」「グリム兄弟」などのテーマに合わせてChatGPTを活用した読解・ライティング・文法・語彙の授業が展開された。たとえば学生たちは、ロンドンやブリュッセルについてのSNS投稿をChatGPTに作らせてキャプションやハッシュタグを生成したり、ChatGPTが提示した物語のアイデアをもとにクリエイティブライティングに取り組んだりした。文法練習では過去時制やモーダル動詞、関係節などをChatGPTを使いながら練習した。

授業終了後、半構造化インタビューが各15〜20分にわたって行われ、その内容は録音・文字起こしされてテーマ分析にかけられた。2名の研究者が独立してコーディングを行い、一致率は86%という水準に達した。これはMiles, Huberman, Saldañaの「単純パーセント一致」計算式によるもので、質的研究における信頼性の担保として妥当な手続きと言える。

結果その1―スキルへの影響

インタビュー結果を整理すると、ChatGPTはライティング、文法、語彙習得において特に肯定的な影響を与えたことが示された。学生の一人(L3)は「ChatGPTのおかげで、単語をコンテクストの中で覚えられるようになった。だから覚えやすかった」と述べており、文脈に埋め込まれた語彙学習の有効性を示唆する発言として興味深い。L7は「単語の使い方を即座に訂正してくれたのがとても助かった」とインスタントフィードバックの価値を強調した。L9は「ChatGPTのおかげで、英語で自分をうまく表現できるようになったと気づいた」と書く力の向上を実感している。

一方、スピーキングへの影響は限定的だったと複数の学生(L4, L12)が述べ、リスニングについては影響がなかったという意見(L8)もあった。この点は重要な発見だ。ChatGPTはテキストベースのやりとりが基本であり、口頭でのコミュニケーション練習には本質的な制約がある。会話練習ツールとして期待する向きもあるだろうが、この研究の結果を見る限り、スピーキング力の向上については別のアプローチを組み合わせる必要がある。論文中では、「Elsa Speak」のような音声認識ベースのアプリが発音練習に有効であることが対比として挙げられており、目的に応じたツールの使い分けが必要だというメッセージが込められている。

結果その2―モチベーションとエンゲージメント

学習意欲と主体的参加への影響についても、多くの学生が肯定的な変化を語った。L1, L7, L8, L9, L10, L12の6名がモチベーションの向上を挙げ、L8とL9は「学習体験がより魅力的になった」と述べた。インスタントフィードバックが得られるという特性が、「やってみよう」という気持ちを引き出したようだ。学習のリズムが自分でコントロールできることや、いつでも使えるアクセシビリティも、モチベーション向上の要因として挙げられている。

ただし、L4とL6はモチベーションへの影響はなかったと述べており、全員が同じ恩恵を受けるわけではない点は見逃せない。Zimmerman and Ponsの自己調整学習理論や、Kearsley and Shneidermanのエンゲージメント理論との接続を試みる理論的考察も論文に含まれており、単なる実践報告に終わらない学術的な厚みがある。

結果その3―さまざまな活動への応用可能性

ChatGPTの「汎用性」も学生から評価された点だ。クリエイティブライティング(L3, L5)、インタラクティブな学習体験(L2)、異文化情報へのアクセス(L9)など、ひとつのツールが多面的な活動に使えることが支持された。L10は「単語について文化的な情報まで教えてくれる」と述べており、語彙学習が単なる暗記を超えて文化的背景の理解へと広がる可能性を示している。これは、コミュニカティブ・アプローチや異文化間コミュニケーション能力の育成という観点から見ても意義深い。

課題と懸念点

明るい成果ばかりではない。学生たちはいくつかの率直な懸念も語っている。最も印象的だったのは「依存への恐れ」だ。L1は「使いすぎてしまうのが怖い。そのせいで英語力が落ちるかもしれない」と語っており、ツールへの依存によって自力で考える力が弱まるのではないかという不安が如実に表れている。L2も同様の懸念を示した。

この懸念は、既存研究とも強く共鳴する。Graves(2023)はAIを使った学習環境における規範的な言語基準とパフォーマンスへのリスクを指摘し、Mohamed(2023)は教師が言語学習においてAIに取って代わられるのではなく補助的な役割として使うことの重要性を強調している。Sun and Hoelscher(2023)は、AIへの依存が批判的思考力と学習者の自律性を損なう可能性を論じており、こうした研究の知見がこの論文の学生発言と見事に一致している。学生自身がすでにこのリスクを感じ取っているという事実は、教育者として耳を傾けるべき重要なシグナルだ。

また、不正使用への懸念(L3)、接続の不安定さや回答エラー(L1, L3)、アクセス集中による使用不能(L5)なども報告されている。ChatGPTの無料版(GPT-3.5)を使用したため、有料版(GPT-4)との差異についても不明な点が残ることを研究者自身が認めている。

日本の英語教育への示唆

この研究を読んで、日本の英語教育の文脈に引きつけて考えてみると、いくつかのことが浮かんでくる。

まず、日本の学校教育においても「書く力」「文法」「語彙」への影響が期待できるという点は、大学の英語必修科目や高校の英語表現などに直接応用可能な知見だ。英作文の授業でChatGPTにフィードバックをもらいながら書き直す活動は、従来の教師による添削に比べて即時性があり、学習者のリズムに合いやすい。日本では教師一人が多数の生徒の英作文を毎週丁寧に添削するのは現実的に難しく、そこにChatGPTが補助的な役割を担う余地は大きい。

次に、「スピーキングへの影響が限定的」という知見は、日本の英語教育が長年抱える課題とも重なる。日本の英語教育は読み書きに偏重しており、スピーキング力の育成が弱いと言われてきた。ChatGPTを使っても同じ問題が再現されるとすれば、テキスト中心のAIツールに依存するだけでは根本的な解決にはならない。対話型AIや音声認識アプリとの組み合わせが必要になる。

さらに、依存とアカデミック・インテグリティの問題は、日本の大学でも深刻だ。レポートや試験にChatGPTを使う学生が増える中、「ツールを使いながらも自分で考える」という姿勢をどう育てるかは急務である。この論文の学生たちが「依存を恐れている」と語ったことは、むしろ健全な自己認識として評価できる。教師がその不安を授業の出発点にして、「AIとの上手な付き合い方」を明示的に教えることが求められる。

研究の限界と今後の課題

本研究の最大の制約は、参加者が13名と少なく、しかも同一クラスの学生に限られていた点だ。大学管理側がChatGPTの授業使用に慎重だったため、研究者は1クラスのみでしか実施できなかったという事情がある。この透明な説明は誠実だが、知見の一般化可能性には限界がある。また、質的研究という性質上、個々の発言の主観性が高く、定量的な学習成果との対照がない。今後は、より大規模なサンプルで量的研究や混合研究法を用いた追跡調査が必要だろう。

また、研究期間が4週間という短さも気になる。言語習得は長期的なプロセスであり、短期的なモチベーション向上が持続するのかどうか、あるいは依存が強まるのかどうかは、より長い追跡調査によって初めて分かる。研究者たちもこの点を率直に課題として挙げており、将来の研究への道筋を明示している姿勢は好感が持てる。

関連研究との対比

ChatGPTと言語学習に関する研究は2023年以降急増しており、この論文はその流れの中に位置づけられる。Song and Song(2023)の研究では、ChatGPT支援によるEFL学習者の書く力・文法・語彙の有意な向上が示されており、本研究の質的知見とよく一致する。Nugroho et al.(2023)はChatGPTが真正な相互作用を促進し学生の生産性を高めると論じており、こちらも本研究の「エンゲージメント向上」という知見と呼応している。

一方、Algaraady and Mahyoob(2023)が指摘するように、ChatGPTは深い構造的・語用論的エラーの特定には限界があり、人間の教師の専門性との組み合わせが不可欠だという視点も重要だ。本研究でも、ChatGPTが提供するフィードバックの限界を超えたところに教師の役割があるという結論に到達しており、「AIは教師を置き換えるのではなく補完するもの」という理解が共通して示されている。

まとめに代えて―教師の役割は変わるが、なくならない

この研究が示すのは、ChatGPTが外国語学習に確かな効果をもたらす一方で、それが万能ではないという当たり前だが見落とされがちな事実だ。学生自身が依存を恐れ、スピーキング力への限界を認識しており、使い方を誰かに教えてもらいたいと感じている。つまり、ChatGPTを教室に持ち込む際に最も重要なのは、テクノロジーではなく教師の判断と設計力だということになる。

日本の英語教育に携わる人たちにとって、この研究は「ChatGPTを使うべきか使わざるべきか」という二項対立から一歩抜け出すためのヒントを与えてくれる。問いを変えるとすれば、「どの活動に、どんな目的で、どのように使うか」という具体的な設計の問いへと移行する必要がある。ライティングのフィードバックには使える、語彙学習の文脈化にも使える、でもスピーキング練習はほかのツールと組み合わせよう、そして依存しないための「AIリテラシー」を意識的に育てよう、という実践的な方向性がこの論文から読み取れる。研究の規模は小さく、一般化には慎重さが求められるが、それでも現場の教師が感じる疑問に誠実に向き合おうとした研究として、十分な価値を持っている。


Karataş, F., Yaşar Abedi, F., Ozek Gunyel, F., Karadeniz, D., & Kuzgun, Y. (2024). Incorporating AI in foreign language education: An investigation into ChatGPT’s effect on foreign language learners. Education and Information Technologies, 29, 19343–19366. https://doi.org/10.1007/s10639-024-12574-6

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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