生成AIが教室に入り込んできたとき、教師たちはどう感じただろうか。おそらく、多くの教育関係者が「これは困った」と思いながら、しかし同時に「これは使えるかもしれない」という相反する感情を抱いたのではないかと思います。2022年11月にOpenAIがChatGPTを一般公開してから、教育界はまさにその混乱の中に置かれてきました。本稿で紹介するのは、その混乱に正面から向き合い、言語モデルが学生の学習と評価に与える影響を体系的に検討した論文です。

論文の概要と研究者の背景

この論文は、英国ハダーズフィールド大学ビジネススクールの経営学部に所属するAraz Zirarによって執筆され、2023年に学術誌Review of Educationに掲載されました。Zirarは人工知能と労働環境の共存をテーマにした研究を継続的に行っており、とりわけAIが職場や教育現場にどのような変化をもたらすかという問いに強い関心を持っています。本論文はその延長線上にあるもので、ChatGPTに代表される大規模言語モデル(LLM)が、高等教育における学習と評価の在り方をどのように変えつつあるのかを探る「合成研究(synthesis)」として位置づけられています。

研究の方法論は、ScopusデータベースをAIアシスト型スクリーニングツール「ASReview」と組み合わせて使い、最終的に25本の査読済み論文を選定し、Braun & Clarkeによる「再帰的テーマ分析(Reflexive Thematic Analysis)」を用いてテーマを生成するというものです。これは量的な統計解析ではなく、研究者自身の解釈と能動的な関与を通じてデータの意味を掘り起こすアプローチで、研究者の主観性を「管理すべき問題」としてではなく「研究のリソース」として積極的に位置づける立場に立っています。

二つの核心的テーマとは何か

分析の結果として浮かび上がってきたのは、二つの大きなテーマです。一つ目は「言語モデルに対する盲目的な依存が学生の学習を損なう」というもの、二つ目は「教育者が言語モデルを活用して教材や評価材料を生成し、学生の回答を評価することができるが、その役割は限定的であるべきだ」というものです。この二つのテーマは、言語モデルの可能性と限界を同時に照らし出しており、単純な賛否論に収まらない複雑な実態を描いています。

第一のテーマについて、もう少し丁寧に見てみましょう。ChatGPTをはじめとする言語モデルは、膨大なデータを人間よりもはるかに速く処理し、それらしい回答を生成する能力を持っています。問題解決や批判的思考のための情報提供ツールとしては一定の有効性があるのです。しかし、ここに大きな落とし穴があります。言語モデルは「もっともらしい説明」を生成しますが、それが正確であるとは限りません。論文の中で引用されている物理学の授業に関する事例では、ChatGPTが言語的には洗練された回答を生成したものの、内容は信頼性に欠け、矛盾を含んでいたとされています。そして恐ろしいのは、「すでに答えを知っていなければ、誤りに気づけない」という点です。これは英語教育の文脈にも直結する問題です。

英語教育現場への直接的な示唆

日本の英語教育の現場では、学習者が英語で書く力を養うために多くの課題が課されます。英語での要約、意見文、ディスカッションのための準備資料など、こうした課題にChatGPTを使うことは、今や多くの学生にとって「当たり前」の選択肢になりつつあります。英語が得意でない学生にとっては、まるで救いの神のように見えるでしょう。しかし、この論文が指摘するように、言語モデルの出力を批判的に評価する能力なしに利用することは、本来養われるべき批判的思考力や分析力の発達を妨げる可能性があります。

さらに言えば、言語モデルが生成する英文は確かに文法的に整っていますが、それは「正確な情報を含む英文」ではないかもしれません。言語の形式と内容の正確さは別物です。英語の表現を学ぶという目的のためにAIを使うことと、情報を収集しそれを批判的に吟味するという学術的なプロセスとを混同させてしまうリスクが、日本の英語教育にも潜んでいます。Zirarは、学生に必要なのは言語モデルへの接触機会を増やすことではなく、その出力の信頼性や事実性に対する批判的な意識を高めることだと主張しています。この指摘は、英語力の向上と情報リテラシー教育を統合する必要性を訴えるものとして受け取ることができます。

ディスレクシアなど読み書きに困難を抱える学習者への支援という観点から言えば、言語モデルは確かに有効なツールになりえます。論文の冒頭でも、ディスレクシアの人がプロンプトから丁寧なメールを書くことができるという例が挙げられています。日本においても、学習障害を持つ生徒への支援に言語モデルを活用することは、検討に値する選択肢でしょう。ただし、その場合においても、出力の正確性を人間が確認するというプロセスは省略できません。

評価の在り方を問い直す

第二のテーマ、つまり教育者による言語モデルの活用という側面も、英語教育関係者にとって非常に示唆的です。教師が問題を作成する作業には多大な時間と労力がかかります。リーディングの設問、ライティングのルーブリック、リスニングのスクリプトなど、これらを言語モデルが大量に、しかも短時間で生成できるとなれば、魅力的に映るのは当然のことです。Zirarはこの点について、言語モデルが確かに「量」において人間の能力を超えることを認めながらも、その出力はあくまで「インスピレーションの源」や「たたき台」として扱われるべきだと述べています。

特に重要な指摘は、言語モデルが生成する評価材料は主として「知識の保持(knowledge retention)」を測るものに偏る傾向があり、理解・解釈・分析・評価・統合といった高次の思考力を問う課題の生成には不向きだという点です。これはBlooms’ Taxonomyに沿った評価設計の観点からも重要な示唆を含んでいます。英語のテストや課題が「知っているかどうか」だけを問うものになってしまっては、教育的な価値が薄れてしまいます。言語モデルを使うにしても、それが促す学びの質に対して教師が常に目を光らせている必要があります。

また、学生が言語モデルとの「対話」を通じて自分の文章を改善し、最終的な提出物の質を高めるという使い方も論文では肯定的に紹介されています。これはいわゆる形成的評価(formative assessment)のプロセスをAIが補助するイメージです。英語の授業で言えば、ドラフトを書いてChatGPTに改善案を求め、それを批判的に検討しながら書き直すというサイクルは、適切に設計されれば学習者の主体性と言語運用能力の向上に貢献しうるでしょう。ただし、この効果はあくまで学生が言語モデルの出力を「鵜呑みにしない」という前提に立っています。

不正行為の問題をどう捉えるか

論文の前半部分では、学生がChatGPTを用いて課題を代行させることの問題、すなわち「コントラクト・チーティング(contract cheating)」の問題も丁寧に論じられています。もともとコントラクト・チーティングとは、第三者に課題を外注することを指しますが、学生の多くは言語モデルを使うことがこれに該当するという認識を持っていない可能性があります。そこに倫理的な問題が潜んでいます。

さらに、AI生成テキストを検出するツールも開発されていますが、論文はその信頼性に懐疑的な立場をとっています。検出ツールは実際の不正摘発よりも、学生を「怖がらせる」ことで抑止効果を発揮しているにすぎないという指摘は、なかなか辛辣です。日本の大学や高校でも、どこまでをAI利用として認め、どこからを不正とするかのポリシー整備が急がれていますが、そのポリシーは言語モデルの技術発展を追い抜けるスピードで更新され続けなければならないとZirarは言います。これは言うは易く行うは難しの典型で、現場の教師たちにとっては切実な課題です。

関連研究との対比から見えるもの

Zirarはこの論文の独自性を示すために、先行する複数のレビュー研究と自身の研究を明確に位置づけています。たとえば、Wu & Yu(2023)のメタ分析はAIチャットボットが学習成果に与える影響の一貫性のなさを指摘しており、Yan et al.(2023)は言語モデルによる教育タスクの自動化に焦点を当てています。これらに対してZirarの研究は、学生の学びと評価という具体的な文脈に絞り込み、かつ実践的なテーマとプロポジション(命題)を提示することで、読者が教育現場に持ち帰れる知見を生成しようとしています。この「実践可能性」への配慮は、本論文の大きな強みです。

一方で、Cognitive Load Theory(認知負荷理論)との接続も試みられています。ChatGPTは即座のフィードバックを提供することで認知負荷を軽減しうるという議論です。しかしZirarは、その軽減が実際に学びを助けるかどうかは、学生が言語モデルの信頼性の問題を十分に理解しているかどうかにかかっていると述べており、安易な楽観論には与しません。これは英語教育における足場かけ(scaffolding)の議論とも重なります。適切な支援は学習を助けますが、過度な支援は自律的な学びを妨げます。

研究の限界と今後の課題

論文自体も、その限界を率直に認めています。分析対象がジャーナル論文に限定されており、書籍や実践者向けの研究が含まれていないこと、使用したキーワードがScopusデータベースに特定されていること、ASReviewツールの精度についての問題など、方法論上の制約がいくつか存在します。また、再帰的テーマ分析という手法の性質上、テーマは研究者の解釈に強く依存するため、客観性や再現性には一定の限界があります。

それでもこの論文が価値を持つのは、混乱の中にある教育関係者に対して、二つの明確な命題とともに、今後の研究が追うべき問いのリストを丁寧に提示しているからです。「学生はAI生成課題の使用をどのように認識しているか」「言語モデルはどうすれば批判的思考力の向上に貢献できるか」「言語モデルは他の教育テクノロジーとどう比較されるか」といった問いは、英語教育研究者にとっても十分に追求に値するテーマです。

教師に求められる「前向きな受容」

最後にZirarが強調するのは、教育者の姿勢の問題です。言語モデルを拒絶し恐れることよりも、それを受け入れ適応していくことが「未来志向(futuristic)」なアプローチだと論文は述べています。これは単なる楽観論ではなく、言語モデルが教育の全体を担うべきではなく、教師が主体的に関与しながら限定的な役割を与えるという明確な前提を伴っています。教室の中で生徒同士が異なる生活経験を持ち寄ることの豊かさは、AIには代替できないという言葉も引用されており、人間的な学びへの信頼が論文の根底に流れています。

日本の英語教育者にとって、この論文が伝えるメッセージはシンプルです。ChatGPTは使い方次第で学びを豊かにも貧しくもします。そして、その使い方を設計する責任は、依然として教師にあります。言語モデルの出力を批判的に評価する姿勢を学生に育てること、教材や評価における言語モデルの役割を慎重に設計すること、そして不正利用に関する明確な方針を整備すること―これらはすべて、今日の英語教育者が直面している現実的な課題です。Zirarの研究は、その課題に向き合うための知的な土台を提供してくれます。一つの論文が25本の先行研究を丁寧に読み解き、現場の実践者に届く言葉で語りかけようとするこの試みは、今まさに必要とされているものだと言えるでしょう。


Zirar, A. (2023). Exploring the impact of language models, such as ChatGPT, on student learning and assessment. Review of Education, 11, e3433. https://doi.org/10.1002/rev3.3433

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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