研究の背景と問題意識

英語教育における「学習者自律性(learner autonomy)」という概念は、近年ますます重要視されるようになっています。しかし、実際に自律的な学習者を育てるための具体的な授業実践については、まだまだ研究が少ないのが実情です。特に小学校段階の子どもたちを対象にした研究となると、さらに数は限られてきます。本論文はそのギャップを正面から埋めようとする意欲的な試みです。

著者はPipit Prihartanti Suharto、Ika Lestari Damayanti、Nenden Sri Lengkanawatiの三名で、いずれもインドネシアのUniversitas Pendidikan Indonesia(インドネシア教育大学)に所属する研究者です。2025年にInternational Journal of Language Education(第9巻第2号)に掲載されたこの論文は、参加型アクション・リサーチ(PAR)という手法を用いて、インドネシアの公立小学校の英語授業にメタ認知ストラテジー指導を組み込み、その実践プロセスと効果を質的に探ったものです。

論文の問題意識は明快です。メタ認知ストラテジーに関する先行研究の多くが中等・高等教育段階の学習者を対象とし、かつ読解力やリスニングといった個別スキルの向上に焦点を当ててきた、という現状の指摘から出発しています。小学校段階で、しかも個別スキルではなく学習者自律性そのものを目標に据えた研究はほとんど存在しない。その空白こそが、この研究の立ち位置を定めています。

「Plan Do Review」という枠組みの独自性

この研究で特筆すべきは、「Plan Do Review」という反省的学習サイクルを授業の基本フレームとして採用したことです。これはHohmannらが提唱した枠組みに基づくもので、「計画する―実行する―振り返る」という三段階を、毎回の授業のルーティンとして組み込む設計になっています。

なぜこれが重要かというと、メタ認知指導はとかく「特別なセッション」として切り離されて実施されがちだからです。読み終わった後に「どんな方法を使いましたか?」と質問するだけで、それ以外の授業はこれまでどおり、というケースは多い。しかしこの研究は、計画・実行・振り返りの三段階を毎時間の授業構造そのものとして埋め込むことで、メタ認知を「習慣」として定着させようとしています。毎日の積み重ねが力になる、という感覚は、スポーツのトレーニングと同じです。一日一時間だけ走ることを三ヶ月続けるのと、たまに長距離を走るのとでは、身につくものが根本的に違います。

研究は4年生18名(10〜11歳)と1名のEYL(English for Young Learners)担当教員が対象で、7週間・18セッションにわたって実施されました。研究者はデータ収集の場に参加しながらも直接指導には関わらず、ビデオ撮影とフィールドノートによって授業を記録しました。分析はBraun & Clarkeによる6フェーズのテーマ別分析を採用しており、指導スライド・ワークシート・教師のメモとの三角測量も行っています。

三つの発見テーマを丁寧に読む

分析結果は三つのテーマに整理されています。「明示的なストラテジー指導」「マルチモーダルな足場かけ」「反省による自律性の促進」です。それぞれを順に見ていきましょう。

第一のテーマ「明示的なストラテジー指導」では、授業の冒頭で学習目標と成功基準を明示し、学習者がそれを声に出して読むという実践が報告されています。授業の抜粋(Excerpt 1)では、教師が”So, today we’re going to continue our lesson about…”と問いかけ、学習者が”Zoo! About the zoo!”と応答する場面が記録されています。一見すると単純なやりとりですが、これは学習者に学習目標を自分の言葉として発話させる、つまり目標を「自分ごと化」させる手続きです。

目標設定が自律的学習に与える影響について、Papamitsiou & Economides(2019)は「ゴール・セッティングは自律学習能力に強いポジティブな効果をもたらす」と指摘しています。この研究は、その理論的主張を小学校の現場実践として具体化した事例とも言えます。

第二のテーマ「マルチモーダルな足場かけ」は、とりわけ読んでいて生き生きとした場面です。「Spin, and Act: Run, Stop, and Say!」というゲームが紹介されています。オンラインのスピナー(ホイール)を使って「Animals can roam around」などのフレーズをランダムに選び、学習者がそれをマイム(身ぶり)で表現する活動です。教師はまず「roam around ってどうやって表現する?」と問い、子どもたちが互いのジェスチャーを観察しながら意味を共有していく様子が描かれています。García-Gámez & Macizo(2023)の研究が示すように、ジェスチャーと語彙が対応するとき、学習者の記憶定着は大きく向上します。身体を動かすことで概念を掴む「具現化認知(embodied cognition)」の実践として、この活動は理論的にも整合性があります。

第三のテーマ「振り返りによる自律性の促進」では、授業末に行われる口頭振り返りと「エグジット・チケット(exit ticket)」による自己評価が取り上げられています。教師は「What did you do?」「What did you learn?」「How did you learn it?」という三つの問いを毎回スライドで提示し、学習者に振り返りを促します。しかし初期段階では学習者の反応は乏しく、”Zoo”や”Group!”といった単語的な応答にとどまっていました。それを教師は即座に正答を与えるのではなく、「Arrange(整列させる)」というジェスチャーで意味を補足しながら、学習者自身の言葉を引き出そうとしています。

エグジット・チケットに関しては、学習者が最初「全部チェックしていいの?」と聞いてくる場面が記録されています(Excerpt 10)。教師は「それはあなたたち次第。今日、本当に全部できましたか?」と返しています。この短い応答の中に、自己評価の本質が凝縮されています。評価とは他者から与えられるものではなく、自分で判断するものだという認識を、小学生の段階から育てようとしているわけです。

日本の英語教育への示唆

この研究が日本の英語教育にとって意味を持つのは、いくつかの点でほぼ共通の文脈があるからです。日本でも小学校英語の教科化が進み、2020年度からは5・6年生で英語が教科として正式に位置づけられました。しかし実際の授業では「何を教えるか」はある程度整理されつつある一方で、「どう学ぶかを学ばせるか」という部分は依然として手薄なままです。楽しい活動があっても、それを通じて子どもたちが自分の学習プロセスを意識しているかどうかは別問題です。

本研究が示す「Plan Do Review」サイクルの有効性は、日本の小学校英語でも十分に導入可能な実践例として参照できます。特に現行の学習指導要領が「自己調整学習」を重視していることを考えると、このような構造的な振り返り活動を日常の授業に組み込むことは、方向性として一致しています。帯活動として毎回3分間の振り返り問答を取り入れるだけでも、積み重ねによる変化が期待できるのではないでしょうか。

また、教師役割という観点も重要です。この研究で描かれる教師は、答えを与えず問いを重ねる存在です。”Are you sure this one? You can change it.”(Excerpt 6)というひと言は、学習者の自己修正能力を育てる介入として機能しています。これは日本の英語教師にとっても一つのモデルになりえます。特に、正解を提示することに慣れすぎている教師文化の中では、「問いで返す」という技術は意識的に習得しなければならないものかもしれません。

さらに、コードスイッチング(インドネシア語と英語の混在使用)が本研究では随所に確認できます。これは日本でも授業の中での日英混在使用として現れる問題であり、「L1使用をどこまで認めるか」という論点に接続しています。本研究はその是非を直接論じてはいませんが、コードスイッチングが足場かけとして機能している場面は明らかであり、この点についてのさらなる考察が求められるところです。

研究の評価と限界

率直に言えば、この研究の最大の強みはその誠実さにあります。インドネシアという特定の文脈で、18名という小規模な参加者を対象に、7週間という比較的短期の介入を行い、その実践を丁寧に記述することに徹しています。「効果があった」という結論を急がず、具体的な授業の場面を抜粋として示しながら、何が起きていたかを読者と共有しようとする姿勢は、質的研究として誠実なものです。

一方で、論文自体も認めているように、いくつかの限界は否定できません。まず、単一教師・単一学校という設計は、一般化可能性を大きく制限します。この教師が特別に優秀だったり、この学校が特別な文脈にあったりする可能性を排除できません。次に、7週間という期間は、メタ認知能力の定着を確認するには短すぎます。長期的なフォローアップが必要であることは明白です。また、データ収集が主に観察に依拠しており、学習者自身の内的経験や主観的認識は十分に捉えられていません。インタビューやラーナー・ダイアリーといった補完的な手法があればより立体的な描写が可能だったでしょう。

関連研究との比較でいえば、CALLA(Cognitive Academic Language Learning Approach)という既存の5段階モデルが先行研究の多くで採用されていることが紹介されており、本研究はその限界を指摘することで「Plan Do Review」の独自性を主張しています。CALLAがスキル特化的・段階的なモデルである一方、「Plan Do Review」は日常的・循環的な反省実践として設計されている点で、確かに差別化されています。しかし両者の実証的な比較研究は行われていないため、どちらがより有効かという問いへの答えはまだ出ていません。今後の研究課題として、比較デザインの研究が期待されます。

小さな教室での大きな問い

この研究が最終的に問いかけているのは、「子どもたちは英語を学ぶと同時に、学び方そのものを学べるか」という問いです。それは小さな問いのようで、実はきわめて本質的なものです。英語の授業が終わった後も、学習者が一人で学び続けられるための基盤を授業の中で作る、という発想は、単に英語力を伸ばすことを超えた教育的目標です。

インドネシアでも日本でも、教師は多忙です。カリキュラムの圧力もある。それでもこの研究は、「メタ認知は特別なプログラムでなく、普通の授業の中で育てられる」という可能性を示しています。毎回の授業の冒頭で目標を確認し、活動の中で学習者自身が考える余白を作り、授業の最後に「何を学んだか」を問う。それだけのことです。しかしその「それだけのこと」を継続的に、構造的に行うことが、学習者の自律性を育てる土台になる、というのが本研究の中心的なメッセージです。

教室でのちょっとした工夫が長期的な変化につながることを、この研究は静かに、しかし確かに示しています。


Suharto, P. P., Damayanti, I. L., & Lengkanawati, N. S. (2025). Exploring metacognitive strategies to support young learners in developing their learner autonomy. International Journal of Language Education, 9(2), 331–355. https://doi.org/10.26858/ijole.v1i2.74998

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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