なぜ「自律性」が今、問われるのか

英語を学ぶとき、教師の指示通りに動くだけの学習者と、自分で目標を設定し、教材を選び、進捗を振り返る学習者とでは、長期的な成果に大きな違いが生まれます。この違いを生むのが「学習者自律性(learner autonomy)」という概念であり、それを英語第二言語(ESL)教育の文脈で掘り下げたのが、本稿で取り上げるレビュー論文です。著者はバングラデシュのダッカにある私立大学、IUBAT(International University of Business Agriculture and Technology)の英語・現代語学部に所属するMd. Kawser AhmedとKazi Imran Hossainの二人で、2024年12月にIUBAT Review誌に掲載されました。両者はこれまでにも教師フィードバックや英語学習不安、文化と英語学習の関係などに関する論文を複数発表しており、ESL/EFL教育の実践的・理論的問題に継続的に取り組んでいる研究者です。

この論文は独自の実証調査ではなく、広範な先行研究を体系的に整理したレビュー論文です。学習者自律性の概念と理論的基盤、動機づけとの関係、学業達成への影響、そして実際の教室における実践的課題まで、幅広く論じています。一見、既存の知見を並べたものに見えるかもしれませんが、ESL文脈における自律性の意義を多角的に論じた本論文は、理論と実践をつなぐ架け橋として重要な役割を果たしています。

学習者自律性とは何か―その定義と広がり

そもそも「学習者自律性」とはどういう意味でしょうか。本論文が依拠する定義の出発点は、Henri Holecが1981年に著したAutonomy and Foreign Language Learningにあります。Holecは学習者自律性を「自分自身の学習を管理する能力」と定義し、目標の設定、学習方法の選択、進捗の監視、成果の評価などを自ら行う能力として捉えました。その後、David Littleをはじめとする研究者がこの概念をさらに発展させ、単なる「独学」ではなく、メタ認知的な自己調整や批判的思考と深く結びついた複合的な能力として位置づけられるようになりました。

論文の中でPhil Bensonは、学習者自律性を「学習管理の制御」「認知プロセスの制御」「学習内容の制御」という三つの次元で整理しています。この分類は、自律性が単に「自分で勉強する」というだけでなく、何を学ぶか、どのように学ぶか、そして学習の質をどう判断するかというレベルまで及ぶことを示しています。日本の英語教育に当てはめれば、教師が一方的に教科書を進めるのではなく、学習者が自ら問いを立て、素材を選び、自分の成長を評価できるような授業設計が求められるということになります。

動機づけとの深い関係―自律性が先か、意欲が先か

本論文が最も力を入れて論じているのが、学習者自律性と動機づけの関係です。Deci and Ryanの自己決定理論(Self-Determination Theory、SDT)に依拠しながら、著者たちは内発的動機づけと自律性の相互作用を丁寧に解説しています。SDTによれば、人は「自律性」「有能感」「関係性」という三つの基本的心理的欲求が満たされるとき、内発的動機づけが高まります。つまり、自分で決めた、自分でできた、仲間とつながっているという感覚が、学びへの本質的な意欲を生むのです。

この議論は、日本の英語教育現場にいる方にとっても非常に身近に感じられるはずです。たとえば、「なんとなく英語を勉強しているが、何のためにやっているのかわからない」という生徒は少なくありません。これは外発的動機づけ、つまり「テストのため」「親に言われたから」といった理由だけで動いている状態です。こうした学習者に自律性を育てることで、学習が「させられるもの」から「したいもの」に変わる可能性があると、本論文は主張します。

さらにDörnyeiのL2動機づけ自己システム理論も紹介されています。この理論は、「理想のL2自己(ideal L2 self)」、つまり将来の自分が流暢に英語を話している姿を思い描くことが、強力な動機づけとなるという考え方です。自律的な学びを通じて、学習者は自分のペースで「理想の自分」に近づく体験を積み重ねることができます。これは特に、進路や夢と英語学習をつなげようとしている日本の高校・大学教育において参考になる視点です。

そして、この関係は一方向ではないという点も重要です。自律性が動機づけを高める一方で、強い動機づけを持つ学習者はより自律的に学ぼうとするという双方向の関係が、Sprattらの香港でのESL研究やNguyenのベトナムでのEFL研究によって実証されています。鶏と卵のような関係ではありますが、どちらを先に育てるかではなく、両者を同時に支援する環境づくりが教師の役割だと著者たちは示唆しています。

理論から実践へ―自律性を育てる具体的な方策

理論的な整理に続いて、本論文は実際の教室で使える戦略を複数紹介しています。目標設定と自己評価、学習者トレーニング、選択と意思決定、協働学習、そしてテクノロジーの活用という五つのアプローチです。これらは決して目新しいものではありませんが、本論文がESLという特定の文脈で整理し直している点に意義があります。

特に印象的なのは、ポートフォリオや自己アクセス学習センター(self-access learning centers)の活用です。学習者が自分の作文や振り返りメモ、自己評価シートなどを記録し続けることで、自分の成長を「見える化」できます。日本でも、英語の授業でポートフォリオを導入している学校は増えていますが、それを単なる提出物として扱うのではなく、学習者が自分の学びを主体的に管理するツールとして位置づけることで、自律性の育成に直結すると論文は指摘します。

また、テクノロジーの役割にも一章が割かれています。オンライン学習プラットフォームや言語学習アプリ、バーチャルコミュニティは、学習者に柔軟性と個別化の機会を提供します。コロナ禍以降、日本でもオンライン英語学習が急速に普及しました。しかし本論文が示すように、テクノロジーは「使えば自律性が育つ」ものではなく、自律的学習を支援するための適切な枠組みの中で活用されてはじめて意味を持ちます。

文化と自律性の緊張関係―非ネイティブ教師の視点から

本論文のユニークな貢献の一つが、「非ネイティブ英語教師の視点」から自律性と文化の関係を論じたセクションです。著者の一人が、集団主義的な文化的背景を持つ非ネイティブ教師として、学習者自律性の原則と自国の伝統的な教師中心の教育文化の間で葛藤した経験を率直に語っています。教師が知識の唯一の源であり、生徒は受動的に吸収するという伝統的な見方は、アジア圏の多くの教育現場に今もなお根強く存在します。

この告白は、単なる個人的エピソードではありません。日本の英語教育現場でも、同様の緊張は至るところにあります。入試対策を最優先せざるを得ない高校教師、教科書の指定順に沿って授業を進めなければならない教師、あるいは自由な学習スタイルに戸惑う学習者。こうした状況の中で、どのように学習者自律性を育てていくかという問いは、著者たちの個人的経験と深く重なります。

Nunanが提案するように、いきなり全面的な自律学習に切り替えるのではなく、小さな自律活動から段階的に始めるアプローチは現実的です。たとえば、課題の順序を学習者が決めること、あるいは読む教材をいくつかの選択肢の中から選ばせることなど、一見些細な工夫が長期的には大きな変化をもたらすと著者たちは論じます。日本の授業においても、こうした「小さな自由」を増やすことが、自律性育成の第一歩となりえます。

学業達成への影響―何が変わるのか

学習者自律性は、学業成績にもポジティブな影響をもたらすことが示されています。Changの研究では、自己評価や自律的な練習活動に取り組んだL2学習者が言語習熟度を有意に向上させたことが報告されています。またLee and Heinzの研究でも、学習に際してより多くの自律性を発揮した学習者が標準化テストで高得点を挙げていたことが確認されています。

これらの成果の背景には、自己調整学習(self-regulated learning)のメカニズムがあります。自己調整学習とは、ゴール設定、進捗の監視、戦略の修正を循環的に行う能力であり、Zimmermanらの研究によって学業達成と強く結びついていることが知られています。自律性を育てることは、この自己調整のサイクルを学習者自身の中に内面化させることにほかなりません。

ただし本論文は、こうした成果が自動的にもたらされるわけではないことも誠実に認めています。文化的背景、制度的環境、個々の学習者の準備状態など、多くの変数が複雑に絡み合っています。自律性を重視する文化圏の学習者がより高い恩恵を受けやすい一方で、集団主義的な背景を持つ学習者には、より丁寧な支援と移行期間が必要だということも示されています。

実践的課題―何が自律性を妨げるのか

本論文が誠実に向き合っているのが、自律性育成の「現実的な壁」です。文化的・教育的な慣習の影響に加え、学習者の英語習熟度の低さ、自律学習を支援するための教材の不足、時間的制約と大人数クラス、そして標準化テストへの過度な依存が、主な障壁として挙げられています。

日本の公立高校や大学の英語授業を思い浮かべると、これらの課題はどれも他人事ではありません。一コマ50分の授業で検定教科書を終わらせながら、個々の学習者の自律性も育てるというのは、理想と現実の大きな乖離を感じさせます。しかし著者たちは、こうした制約の中でこそ、教師の創意工夫と制度的サポートが重要になると主張します。カリキュラムや評価方法の見直し、教師研修プログラムの充実、テクノロジーの戦略的活用、そして学習者自身を変化のプロセスに参加させることが、その処方箋として提示されています。

この論文をどう評価するか―批判的考察

本論文の最大の強みは、学習者自律性という複雑な概念を、理論・実践・文化・制度の四つの視点から包括的に整理した点です。特に非ネイティブ教師の個人的経験を学術的議論に組み込んだことは、論文に独自のリアリティを与えています。また、バングラデシュという特定のアジア的コンテクストから発信されることで、欧米中心になりがちな自律性研究に多様な視点を加えています。

一方で、レビュー論文としての限界もあります。本論文は広範な先行研究を整理している反面、研究の方法論的な精査が十分ではない場面も見受けられます。引用されている研究の文化的多様性については評価できますが、それぞれの知見がどの程度の規模・質の研究から導かれているのか、批判的な吟味がもう少し必要だったかもしれません。また、SDT理論に依拠した議論が中心となっているため、それ以外の動機づけ理論、たとえば期待価値理論や帰属理論との対話が限られている点も惜しまれます。

さらに言えば、本論文が「非ネイティブ教師の視点」と銘打ちながら、そのセクションが著者自身の個人的経験の域を出ず、系統的なデータや他の非ネイティブ教師の声を十分に組み込んでいないことは、論文の説得力をやや弱めています。今後の研究として、実際の非ネイティブESL教師を対象とした質的・量的調査が望まれます。

日本の英語教育現場への示唆

本論文が日本の英語教育関係者にとってとりわけ示唆的なのは、英語教育の「何のために」という問いに対する答えを、学習者自身の中に育てることの重要性を力強く訴えている点です。学習指導要領の改訂が続き、「主体的・対話的で深い学び」が叫ばれる今の日本において、学習者自律性はまさにキーワードです。しかし現場では、「自律性を育てる」という抽象的な目標と、「教科書をこなす」「試験で点を取る」という具体的な要求の間で、多くの教師が板挟みになっているのが実情です。

本論文が提示する段階的アプローチ、つまり小さな選択の機会から始め、目標設定や自己評価を授業に取り入れ、徐々に学習者の意思決定の範囲を広げるという方法は、現実的かつ実行可能な指針です。評価方法の柔軟化や、テクノロジーを活用した個別化学習の導入といった提言も、日本の文脈に置き換えれば具体的な改革のヒントになります。

学習者自律性の育成は、英語が「できる」学習者を作るだけでなく、英語で「考える」学習者、英語を「自分のもの」にしていける学習者を育てることです。それは短期的な成績向上とは別の次元の目標かもしれませんが、グローバル化の中で本当に必要とされる能力に直結しています。本論文はその理念と実践をつなぐ、読み応えのある一本です。研究者だけでなく、現場の英語教師や教育政策に関わる方々にも、ぜひ手に取ってほしい論文です。


Ahmed, M. K., & Hossain, K. I. (2024). Nurturing learner autonomy to enhance motivation and academic achievement for the L2 learners in ESL contexts. IUBAT Review: A Multidisciplinary Academic Journal, 7(2), 176–196. https://doi.org/10.3329/iubatr.v7i2.78809

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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