なぜ「測ること」がこれほど難しいのか
「あの学生は自律的に学んでいるか?」と問われたとき、多くの英語教師はきっと首をひねるでしょう。授業中に熱心にノートを取っていても、それが教師に言われたからなのか、自分で必要だと判断したからなのかは、外から見ただけではわかりません。学習者の自律性とは、まさにそういう「見えにくいもの」です。それを測ろうとした研究者たちが、長年にわたって苦労してきたのも無理はありません。
本稿で取り上げるのは、ベルギーのアントワープ大学に所属する研究者Elke Ruelensが2019年に発表した論文 “Measuring language learner autonomy in higher education: The Self-Efficacy Questionnaire of Language Learning Strategies” です。この論文は、学習者自律性の測定という難題に、「自己効力感(self-efficacy)」という概念を組み合わせることで応答しようとした意欲的な試みです。Ruelensは、英語専攻の学生を対象とした学術的リテラシー教育の実践者でもあり、研究の動機は純粋に現場の必要性から来ています。大規模な大学の講義環境において、個々の学生の自律性をどう把握し、どう支援するかという問いに、彼女は真摯に向き合いました。
「自律性」という概念の多面性を整理する
まず、この論文が扱う「学習者自律性」とは何かを整理しておく必要があります。Holec(1981)による古典的定義から、Little(1991)、Littlewood(1999)、Oxford(1999)に至るまで、数多くの定義が提案されてきました。Ruelensはこれらを統合し、「学習者自律性とは、学習者が学習プロセスのさまざまな側面を意識し、自らの学習を開始・調整するためにストラテジーを用いることができ、かつその意欲を持つこと」という作業定義を提示します。この定義の巧みな点は、二つの成分を明確に区別しているところです。一つは「学習プロセスを管理するためのストラテジーを使いこなす能力(第一成分)」であり、もう一つは「そうしたストラテジーを自発的に使おうとする意欲・動機(第二成分)」です。この二分法が、後に説明するアンケートの設計と直接結びついています。
また、Benson(2010, 2011)が指摘するように、自律性は「多次元的」な概念であり、「複数の構成概念の複合体」です。それ自体が複雑な概念であるうえに、自律性を測定しようとすると、その文脈依存性(Bandura, 2006; Lunenburg, 2011)という問題も浮上します。ある学生が、英語の読解では自律的に取り組めても、ライティングでは教師依存になることは珍しくありません。「一度測れば終わり」という話ではないのです。
既存研究が抱えるジレンマ
Ruelensが特に問題視するのは、既存の自律性測定ツールが「研究目的には優れているが、日々の教育実践には使いにくい」という点です。たとえばNguyen(2012)が開発した二種類のアンケートは、それぞれ91項目と54項目を含む精緻なものですが、授業を持ちながらデータを収集・分析する教師にとって現実的な選択肢とは言いにくいでしょう。一方、Tassinari(2012)のダイナミックモデルは118の記述子を持ち、学習者の自己評価ツールとしては非常に豊かな枠組みを提供しますが、やはり教師が管理するには手間がかかりすぎます。Macaskill and Taylor(2010)の12項目からなる「自律的学習尺度」は簡便さという点では優れているものの、ゴール設定・ピアワーク・自己評価といった重要なストラテジーが抜け落ちているとRuelensは批判します。
日本の英語教育の現場に引き寄せて考えると、この問題は非常に身近なものに感じられます。高校や大学で英語を教えている先生方の多くは、「この学生は自律的に学べているのか」と気になりながらも、それを体系的に把握する手立てを持っていないという現状があるのではないでしょうか。ましてや、一クラスに数十人の学生を抱える大学教員が、一人ひとりの自律性を丁寧に観察する余裕はなかなかありません。だからこそ、「使いやすく、かつ教育的示唆を与えてくれる」ツールへの需要は高いのです。
自己効力感を「橋」として使う発想の斬新さ
この論文の最も独創的な貢献は、「自己効力感(self-efficacy)」を媒介として学習者自律性に接近するという発想にあります。Bandura(1995)の定義によれば、自己効力感とは「将来の状況に対処するために必要な行動を組織・実行する能力への信念」です。通常、自己効力感は数学の問題を解く能力など、特定の認知課題に関して測定されます。しかし、Ruelensは「学習者自律性も一種の能力として定義されうるならば、その能力についての効力感を測定できるはずだ」と論じます。
この発想が実践的に価値を持つのは、自律性を「外から観察する」のが困難だからです。Benson(2001)やSinclair(1999)が指摘するように、「自律的な行動をしているかどうか」と「自律的に行動する能力があるかどうか」は別の問題です。たとえば、ある学生が毎朝自分で単語を調べているとしても、それが「習慣的にやっているだけ」なのか「自分の学習ニーズを分析したうえで選択した行動」なのかは、行動だけからは判断できません。だからこそ、学習者自身が自らのストラテジー使用についての効力感を評価するという内的・自己報告的アプローチが有効になるわけです。
さらに、Bandura(1986, 2006)の主張に依拠して、Ruelensは「高い効力感は将来の行動の予測因子となる」と述べます。つまり、ストラテジーを使う能力があると感じている学習者は、それを実際に使おうとする動機を持ちやすい―これが自律性の第一成分と第二成分を結ぶ論理的な橋になっています。Pintrich and Garcia(1991)の研究も、高い自己効力感を持つ学生がより多くの認知的・メタ認知的ストラテジーを使い、粘り強さを示すことを示しており、この橋の強度を補強しています。
SEQueLLSの設計とその細部
こうした理論的基盤を踏まえて開発されたのが、SEQueLLS(Self-Efficacy Questionnaire of Language Learning Strategies)です。アンケートは七つのカテゴリーから構成されています。学習ニーズの特定とゴール設定、学習リソースと教材の選択、社会的支援の要請、学習環境の整備、学習のモニタリング、学習プロセスと成果の評価、そして習得したスキルや情報の転移、という七つです。それぞれのカテゴリーに複数の具体的なストラテジーが含まれており、全体で37項目となっています。
各項目に対して、学習者は「有能感(competence)」「自信(confidence)」「快適さ(comfort)」という三つの指標について7点リカート尺度で評価します。「有能感」は自己効力感の中核であり、「自信」も自己効力感に関わる指標ですが、「快適さ」はウェルビーイングの側面を加えた試みです。この三指標を組み合わせることで、単に「できるかどうか」だけでなく「使いたいか」「使って気持ちがいいか」という層を捉えようとしています。さらに、各カテゴリーの末尾には自由記述欄が設けられており、どんな状況でストラテジーを使いやすく、または使いにくいかを学習者自身が記述できるようになっています。
この設計の丁寧さには好感が持てます。量的データだけでなく質的データも組み合わせることで、数値の「なぜ」を掘り下げる手がかりを教師に与えているからです。25分程度で完成できるという点も、実際の授業運営を考えれば現実的な長さです。
パイロット研究の結果と二つの事例
アントワープ大学の英語専攻2年生63名(男性15名、女性48名)を対象としたパイロット研究では、Cronbachのα係数がカテゴリーごとに0.72から0.90の範囲に収まり、内的一貫性は概ね良好でした。サンプルサイズが小さいため、確認的因子分析は未実施という制約はありますが、初期的な信頼性としては十分な水準です。
論文の後半では、「Jan」(38歳男性)と「Anna」(19歳女性)という二人の事例が詳細に分析されています。Janは全体的にポジティブな自己効力感を示しており(平均5点/7点)、特に「ニーズの特定とゴール設定」が高い一方、「評価」が最も低い傾向でした。Annaは全体的に中立的な回答(平均4.1点)で、「社会的支援の要請」が最も低く(3.11点)、「学習環境の整備」が最も高い(4.43点)という特徴がありました。
特に興味深いのは、Janが「スキル・情報の転移」というカテゴリーで有能感(2.5点)と自信(7点)という相反するスコアを示した点です。一見矛盾するこの結果を、自由記述の分析によって解読すると、Janは意識的に転移ストラテジーを使っているのではなく、「気づいたら使えていた」という感覚で回答していたことがわかります。これはリカート尺度の解釈に潜むリスクを示すとともに、自由記述欄の重要性を証明する好例でもあります。
三段階の解釈法と教育実践へのフレームワーク
Ruelensはアンケートデータを解釈する際の三段階のアプローチを提案しています。まず全体的な効力感の傾向を把握し、次に個別スコアパターンの極端な値(最高・最低)を検討し、最後に各カテゴリー内での三指標(有能感・自信・快適さ)間の乖離に着目するというものです。この段階的な読み方は、データ解釈に慣れていない教師にも取り組みやすい構造になっています。
さらに、論文はストラテジー訓練へのフレームワークも提示します。学習者の自己効力感が低い(1〜3点)場合は「提示とモデリング」、中立(4点)なら「足場付き練習」、ポジティブ(5〜7点)なら「実践」を出発点として、教師・学生・ピアの役割を段階的に移行させるというものです。これはVygotskianな足場かけの理念とも合致し、Nakata(2014)やFrancom(2010)などの先行研究ともうまく接続されています。学習者が効力感を高めていくにつれて、教師は後景に退き、学生自身とピアが主役になっていくというこの図式は、日本の教育現場でも応用しやすい発想です。
批判的考察―強みと課題
この研究の強みは何と言っても「実践性」です。研究者のための精緻な測定器ではなく、「使える」ツールを目指したという姿勢は評価に値します。また、自己効力感と学習者自律性を結びつける理論的整合性は概ね説得力があり、Banduraの豊富な研究蓄積に依拠している点も信頼感を高めます。
一方で、いくつかの課題も見えます。まず、サンプルが英語専攻の大学2年生63名という特定のグループに限られており、他の学習者集団(日本語学習者、初心者学習者など)への一般化可能性は未検証です。日本の英語教育の文脈で言えば、英語力や学習経験が多様な学習者にSEQueLLSを適用したとき、同様の信頼性が得られるかどうかは未知数です。
また、「有能感」「自信」「快適さ」という三指標の概念的な区別が、学習者にとって直感的にわかりやすいかという点も疑問が残ります。Janの事例が示すように、「comfort(快適さ)」と「confidence(自信)」の違いは、ストラテジーを実際に使用しているという前提が共有されていないと誤解が生じやすいようです。これはアンケートの説明文の工夫によって軽減できる問題かもしれませんが、今後の改訂が必要な箇所です。
さらに、自己報告式アンケートが持つ本質的な限界として、回答が「理想的な自己像」に引きずられる可能性があります。とりわけ、日本の学習者のように「謙遜」や「自己過小評価」の文化的傾向がある集団では、全体的にスコアが低く出る可能性があり、解釈には慎重さが求められるでしょう。
日本の英語教育への示唆
日本における英語教育の文脈で考えると、このアンケートが示すアプローチはいくつかの点で特に有効性を発揮しそうです。大学の英語授業では、4技能のうち特定の技能を集中的に扱うことが多く、学習ストラテジーの指導が後回しにされがちです。しかし、大学教育が「学び方を学ぶ」場でもある以上、Ruelensが提案するような形で学習者のストラテジー使用状況を把握し、それを授業設計に反映させることは大きな意義を持ちます。
特に、日本の大学では新入生の学習スタイルが受動的になりがちだという指摘は珍しくありません。高校までの教師主導型授業に慣れてきた学生が、突然「自分で学べ」と言われても戸惑うのは当然のことです。SEQueLLSを学期初めに実施することで、どの側面(ゴール設定なのか、評価なのか、社会的支援の要請なのか)の足場かけが最も必要かを把握し、授業計画に反映させることができます。これはまさに、個々の学生の多様なニーズに応じた教育実践を可能にする手がかりです。
また、「評価(evaluating)」カテゴリーへの自己効力感が低い学生が多いという本研究の結果は、日本の状況とも重なります。テストや試験という形式の評価には慣れていても、「自分の学習プロセスを自己評価する」という行為には不慣れな学生が多いと感じます。ポートフォリオや振り返り活動を授業に組み込むことで、この部分の効力感を育てていくというアプローチは、日本の高校・大学英語教育においても積極的に取り入れる価値があります。
関連研究との対比
比較のために、同様の目的を持つ先行研究との位置づけを整理してみましょう。Tassinari(2012)のダイナミックモデルは、学習者を評価プロセスの中心に置くという点でSEQueLLSと方向性が共通していますが、記述子の数(118)を考えると日常的使用は困難です。Nguyen(2012)のアプローチは測定の厳密さという点では群を抜きますが、やはり研究ツールとしての性格が強いです。Macaskill and Taylor(2010)の簡便な尺度は実用性という点でSEQueLLSに近いですが、内容の豊かさという点では劣ります。SEQueLLSは、こうした既存ツールの中間的な存在として、「教育現場における使いやすさ」と「ある程度の測定の精度」を両立させようとしていると評価できます。
完全な信頼性・妥当性検証は将来の研究課題として残っており、Ruelens自身もより大きなサンプルによる確認的因子分析が必要と認めています。しかし、このような限界を正直に開示しながらも、現場への応用可能性を具体的に示した点は、研究と実践の橋渡しを志す論文として誠実な姿勢と言えます。
おわりに―測ることを教えることにつなぐ
「測る」ことは目的ではなく手段です。SEQueLLSが最も価値を発揮するのは、その数値が教育実践を変えるきっかけになるときです。アンケートに答えた学生が「そういえば、自分は学習の評価をほとんどしていないな」と気づいたり、教師が「このクラスは社会的支援の要請が苦手なようだから、ピアフィードバックの機会を増やしてみよう」と計画を見直したりする、そういう連鎖が生まれることにこそ、このツールの意義があります。Ruelensの研究は、学習者自律性という「見えにくいもの」を少しでも「見えやすくする」試みとして、英語教育の実践と研究をつなぐ重要な一石を投じています。日本の英語教育関係者にも、ぜひ一度手に取って自分の文脈に引き寄せて考えてみることをお勧めしたい論文です。
Ruelens, E. (2019). Measuring language learner autonomy in higher education: The Self-Efficacy Questionnaire of Language Learning Strategies. Language Learning in Higher Education, 9(2), 371–393. https://doi.org/10.1515/cercles-2019-0020
