はじめに―「書けない」悩みはどこから来るのか

英語の授業で作文を課されると、多くの学習者はペンを持ったまま固まってしまう。何を書けばいいのかわからない、どう始めればいいのかわからない、そもそもアイデアが出てこない―こうした経験は、日本の英語学習者にも非常によく見られる光景です。テストで点を取ることには慣れていても、自分の考えを英語で組み立てて表現することへの苦手意識は根強く、高校や大学の英語教育の現場でも長年の課題であり続けています。

今回取り上げる論文は、Nasser RashidiとZahra Bahadori Nejadによって2018年にSAGE Open誌に掲載された “An Investigation Into the Effect of Dynamic Assessment on the EFL Learners’ Process Writing Development” です。著者らはともにイランのShiraz Universityに所属しており、RashidiはTEFL(外国語としての英語教授法)の教授として国内外の学術誌に多数の論文を発表してきた研究者です。Bahadori NejadはこのテーマでMAを取得しており、現在は子どもの第二言語習得行動を研究しています。舞台はイランですが、そこで得られた知見は、同じくEFL(外国語としての英語)環境にある日本の英語教育にとっても無視できない示唆を含んでいます。

ダイナミック・アセスメントとは何か―テストと指導の融合

まず、この論文の核心概念である「ダイナミック・アセスメント」について説明しておきましょう。従来の標準化されたテスト―いわゆる「静的アセスメント」―では、教師は学習者に問題を出し、その答えを評価するだけです。途中で助けることも、ヒントを出すことも、原則として許されません。まるでスポーツ選手に「今の実力だけを見せてください、コーチングなしで」と言うようなものです。これでわかるのは、あくまでも「今この瞬間にできること」だけです。

ダイナミック・アセスメントはまったく異なる発想に立っています。ロシアの心理学者Vygotsky(1978)が提唱した「発達の最近接領域(ZPD)」という概念、つまり「一人ではまだできないが、誰かのサポートがあればできる領域」に着目し、その領域に働きかけることを評価と指導の両方に位置づけます。評価しながら同時に教え、教えながら評価するという、一見矛盾するように聞こえる営みを一体化させたアプローチです。RashidiとBahadori Nejadの論文は、このアプローチをEFLライティング指導に具体的に適用した実践研究として読むことができます。

Vygotskyの思想を継承したFeuerstein(1988)は、人間の認知は本質的に「媒介された学習(Mediated Learning Experience)」によって発達すると主張しました。誰かが間に入って意味を媒介してくれることで、人は一人では到達できない理解に達することができる。この「メディエーション(mediation)」という概念が、本論文の実践の根幹を成しています。

研究の枠組みと手続き―三つの段階で書く力を育てる

研究の参加者は、IELTSコースへの参加を目指すイランの成人EFL学習者17名で、実験群(10名)と統制群(7名)に分けられました。統制群は従来型の指導(トピックを与えて書かせる)を受け、実験群はダイナミック・アセスメントに基づく三段階のプロセス・ライティング指導を受けました。

三段階とは、トピック選択、アイデア生成・構造化、そしてマクロ・リバイジング(全体的な推敲)です。それぞれの段階が、プレタスク(事前活動)、メディエーション(介入・支援)、ポストタスク(事後活動)という三つのステップで構成されています。この設計はXiaoxiaoとYan(2010)の「ダイナミック・メディエーション・プロセス」に基づいており、Elliottの枠組みを発展させたものです。

特に印象的なのは、トピック選択の段階における教師と学習者のやり取りの詳細な記録です。ある学習者が「Tourist Areas in My Hometown(故郷の観光地)」という漠然としたトピックを選ぼうとすると、教師はすぐに答えを与えるのではなく、「少し広すぎると思うけど、どう思う?」と問いかけます。学習者は自分で考え、「Historical Places in My Hometown(歴史的な場所)」に絞り込み、さらに教師との対話の中で「Being Interested in Historical Places in Shiraz, Go and Visit Vakil Bazar!(歴史的な場所に興味があるなら、ヴァキール・バザールへ行こう!)」という具体的で魅力的なトピックへと発展させていきます。これは、教師が答えを与えるのではなく、学習者自身が考え抜くプロセスを丁寧に支えている好例です。

アイデア生成の段階では「ブランチング」という技法が用いられます。木のような図を描いて、トピックを幹、関連するアイデアを枝、さらに具体的な詳細を小枝として整理していくものです。学習者が自分で描いた図を教師がチェックし、「同じ階層に並べるのは論理的かな?」と問いかけることで、学習者は自分で構造の問題に気づき、修正していきます。さらに、ピア・レビューを通じて学習者同士も互いのブランチングを見直し、改善点を指摘し合います。

マクロ・リバイジングの段階では、Feuerstein et al.(1988)の「意図性(Intentionality)」「相互性(Reciprocity)」「超越性(Transcendence)」という三つのメディエーション要素が実践に組み込まれています。なかでも「超越性」は興味深い概念で、今ここで学んでいることを「この授業だけ」に留めず、将来の書く活動全般に応用できる力として内面化させることを目指すものです。

結果が示すこと―数字と声の両面から

量的な分析としては、実験群の事前・事後テストに対して対応のあるt検定が実施されました。事前テストの平均が22.70点だったのに対し、事後テストでは37.00点へと大幅に上昇し、この差は統計的に有意(p < .005)でした。効果量を示すイータ二乗は.93という非常に大きな値を示しており、ダイナミック・アセスメントの効果が実質的にも大きかったことがわかります。一方、統制群では事前(22.86点)と事後(23.29点)でほとんど差がなく、統計的にも有意ではありませんでした(p = .078)。また、二群の事後テストを比較した独立サンプルt検定でも、実験群が統制群を大きく上回り(平均差13.71点)、有意な差が認められました(p = .000)。

数字だけではありません。インタビューでは10名中7名が、ダイナミック・アセスメントが自分の書く力を高めてくれたと答えました。特に印象的なのは、「英語の作文が嫌いで、一度も最後まで書き切ったことがなかった」という学習者が、この授業でついに完成させることができたと語ったエピソードです。これは単に点数の話ではなく、書くことへの態度や自己効力感の変化を示しており、数値には表れにくい重要な側面です。

質的分析では、学習者の草稿と改訂版を比較することで、組織面(適切なタイトル、効果的な序論、移行表現の使用、本論の構成、支持証拠、論理的結論)と内容面(トピックへの対応、具体的アイデア、アイデアの発展、余分な内容の排除、思考の反映)の両面での変化が記録されています。著者らは、特に組織面での改善が顕著だったと述べており、序論・本論・結論という文章構造の習得において、ダイナミック・アセスメントが大きく機能したと結論づけています。

この研究の強みと限界―公平に評価するなら

この研究の最大の強みは、理論と実践の架け橋を具体的に示した点にあります。VygotskyやFeuersteineの理論を単に引用するだけでなく、実際の教師と学習者のやり取りを逐語的に記録し、どの場面でどのようなメディエーションが行われたかを丁寧に描いています。教育実践の研究としての説得力は高く、読んだ教師が「自分のクラスでも試してみたい」と思えるだけの具体性を備えています。

しかし、限界も正直に指摘しなければなりません。まず、サンプルサイズの問題です。実験群10名、統制群7名という極めて小規模な研究であり、結果の一般化には大きな留保が必要です。統計的に有意な差が出たとしても、これだけ少ない人数では偶然の影響を排除し切れません。また、無作為割り当てが行われていないため、二群の事前の同質性も厳密には保証されていません(事前テストの平均はほぼ同じですが)。

次に、評価の信頼性についてです。作文評価にはFarhady et al.(1994)の採点基準が使われていますが、評価者間一致率(inter-rater reliability)に関するデータが示されていません。一人の教師が両群の作文を評価していた場合、無意識のバイアスが入り込む余地があります。論文ではこの点への言及がほとんどなく、研究の厳密性という観点からは物足りなさを感じます。

さらに、介入期間の長さや頻度についての情報が不足しており、この実践をどれくらいの時間をかけて再現すれば同様の効果が得られるのかが不明です。実践的な示唆という点では、もう少し詳細な情報が欲しかったところです。

関連研究との対比―先行研究の中に位置づける

ダイナミック・アセスメントをEFLライティングに適用した研究は多くはありませんが、いくつかの先行研究があります。ShresthaとCoffin(2012)は大学院留学生のアカデミック・ライティングにダイナミック・アセスメントを適用し、チューターとの対話的なメディエーションが書く力の発達を促すことを示しました。GhahramaniとAzarizad(2013)もEFLプロセス・ライティングへのダイナミック・アセスメントの効果を研究しており、内容と組織の両面での改善を報告しています。

Rashidiらの研究がこれらと異なるのは、三段階(トピック選択、アイデア生成、マクロ・リバイジング)という明確な構造を持ち、それぞれの段階でのプレタスク・メディエーション・ポストタスクの流れを丁寧に記録した点です。また、ピア・メディエーションの役割にも注目しており、教師だけでなく学習者同士の対話も評価と学習の資源として積極的に活用している点は評価できます。

リーディングやリスニングへのダイナミック・アセスメント適用研究(Ableeva, 2010; Mardani & Tavakoli, 2011)と比べると、ライティングへの適用は独自の難しさがあります。話し言葉と違って書き言葉は時間をかけて推敲できる半面、プロセスが外部から見えにくく、介入のタイミングをどこで取るかが難しいからです。本論文はその難しさに正面から取り組んだ点で、先行研究の空白を埋める貢献があると言えます。

日本の英語教育現場への示唆―「正解を教える」から「考えさせる」へ

この論文が日本の英語教育に投げかける問いは鋭いです。日本の多くの英語教育では、教師が模範を示し、学習者はそれを真似るというパターンが根強く残っています。特にライティング指導では、「良い文の例を見せて、同じように書かせる」というアプローチが一般的ではないでしょうか。しかし、このアプローチでは学習者が「なぜそう書くのか」を自分で考える機会が少なく、試験が終わればすぐに忘れてしまいがちです。

ダイナミック・アセスメントが示す別の道は、学習者が自分で考え、試行錯誤し、フィードバックを受けながら書く力を育てるというものです。教師の役割は「答えを持つ権威者」から「対話を通じてZPDに働きかけるメディエーター」へと変わります。この発想の転換は、現在日本で推進されている「主体的・対話的で深い学び」の理念とも響き合うものがあります。

高校や大学の英語ライティング授業でブランチングやピア・レビューを取り入れることは、すぐにでも実践可能です。トピックを一方的に与えるのではなく、学習者が自分で選び、その選択について対話する機会を設けることも、特別な準備なしに始められます。大切なのは、教師が「今この学習者には何ができて、何がまだできないか」を見極め、その「できそうでまだできない」部分に言葉で働きかけることです。

ただし、日本の教育現場ではクラスの人数が多く(30人から40人というクラスも珍しくない)、本研究のように一人ひとりとじっくり対話することは現実的に難しい面があります。この点は、研究知見をそのまま移植することへの注意を促します。少人数での実施を前提とした本研究の手続きを、大クラスでどう修正・応用できるかは、今後の研究課題として残されています。

総評―小さな研究の大きな問いかけ

17名という小さな研究です。しかし、小さいからといって意義がないわけではありません。むしろ、このような丁寧な記述的研究が積み重なることで、「ダイナミック・アセスメントはEFLライティングに有効だ」という知見の土台が固まっていきます。RashidiとBahadori Nejadの研究は、その土台づくりに確かな一石を投じています。

研究の誠実さという点でも、著者らは動機付けや自信への肯定的な影響を報告する一方で、学習者の中には「少し難しかった」と感じた人もいたことを隠さずに記述しています。一名だけは「もともと書くのが好きだからモチベーションへの効果は感じなかった」とも語っています。こういった複雑な現実を丁寧に描こうとする姿勢は、研究としての信頼性を高めます。

書くことは、考えることです。そして考えることは、対話を通じてこそ深まります。この論文が示唆するのは、英語ライティング指導における「孤独な作業」から「対話的なプロセス」への転換という、シンプルだが重要なメッセージです。日本の英語教育が「書けない学習者」を「書ける学習者」に変えていくためのヒントが、この小さなイランの研究室から届いています。


Rashidi, N., & Bahadori Nejad, Z. (2018). An investigation into the effect of dynamic assessment on the EFL learners’ process writing development. SAGE Open, 8(2), 1–14. https://doi.org/10.1177/2158244018784643

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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