論文の概要と筆者について

Wang Peiyu氏は中国四川省の中国西部師範大学(China West Normal University)に所属する研究者で、今回取り上げる論文 “An Empirical Case Study on Teacher Questioning Strategies Targeting Thinking Quality in Senior High School English Reading Instruction” は、International Journal of Educational Development の2025年創刊号(第1巻第1号)に掲載されました。中国の高校英語教育における教師の発問戦略を、実際の授業記録をもとに分析したこの研究は、思考力の育成という観点から発問設計の在り方を問い直す意欲的な試みです。

日本の英語教育関係者にとっても、この論文のテーマは決して遠い話ではありません。学習指導要領の改訂が重なるたびに「思考力・判断力・表現力」という言葉が繰り返され、授業での「深い学び」が求められて久しいですが、実際の英語の授業では、教師がどんな問いを投げかけているかという点について、体系的に検討されてきたとは言いがたい部分があります。研究者でも教師でもない第三者から見れば、「先生が質問をする」という行為は日常的すぎて分析の対象になりにくいのかもしれません。しかしこの論文は、その「当たり前」の営みこそが、生徒の思考の深さを大きく左右することを丁寧に示しています。

何を、どのように調べたのか

研究の設計はシンプルながら周到です。Wang氏は40分間の高校英語リーディング授業の録画を分析対象とし、教師が発した質問を認知レベル、足場かけ機能、思考の質との対応という三つの軸から体系的に分類・検討しました。テキストは「Time for a Change?」と題された論説文で、春節の慣習をめぐる二人の登場人物の対立する見解が描かれています。文化的背景への問いかけと論理的な論証が絡み合うこの教材は、高次思考を引き出す発問設計の素材として適切な選択です。

分析の枠組みとして採用されたのは、認知的発問の三段階モデル(Zhang Qiuhui, 2018)と、Vygotsky の「発達の最近接領域(Zone of Proximal Development: ZPD)」理論の組み合わせです。前者は教師の質問を「事実の想起」「理解」「思考志向」の三レベルに分類し、後者は教師の発問が生徒の認知的な到達可能領域への橋渡し、すなわち「足場かけ」として機能するという観点を提供します。方法論としては内容分析とケーススタディを組み合わせた混合研究法が採用されており、量的な集計と質的な談話分析の両面から授業の発問構造に迫っています。二人の研究者が独立してコーディングを行い、意見の相違を議論で解決したという点も信頼性の確保として評価できます。

授業は読前・読中・読後の三段階に区分されており、合計49の認知的質問が記録されました。読前段階では15問のうち86.7%が事実の想起レベルであったのに対し、読中段階では22問中45.5%、読後段階では12問中58.3%が思考志向の高次質問へと移行しています。全体でも思考志向の質問は34.7%を占め、段階が進むにつれて質問の認知的要求水準が高まっていく構造が明確に示されました。

発問設計の「地図」を描くということ

授業を観察する仕事を長年続けてきた人なら、こんな経験に心当たりがあるかもしれません。ベテランの先生が次々と問いを重ねていく授業を見ていると、まるで登山道の案内板のように、生徒が少しずつ高い地点へ連れていかれているような感覚を覚えることがあります。一方で、同じく経験豊富に見える先生の授業でも、問いが「答えを確認するだけ」の作業に終始してしまい、生徒の目に知的な火花がともらないまま時間が過ぎていく場面も少なくありません。Wang氏の研究は、この二つの授業の違いを、「発問の設計に意図的な段階性があるかどうか」という点に求めています。

この視点は、日本の英語教育の文脈でも非常に示唆に富みます。文部科学省が求める「思考・判断・表現」の育成は、教科書の内容を正確に理解させるだけでは達成されません。「本文に何が書いてありましたか」という問いと「筆者はなぜそう主張するのだと思いますか」という問いでは、生徒に要求される認知活動がまったく異なります。本論文が示す三段階モデルは、この違いを可視化するための実践的な地図として機能します。

Wang氏の分析において特筆すべきは、単に高次質問が増えたことを示すだけでなく、その増加が授業の段階と対応していることを丁寧に示している点です。読前段階での事実の想起中心の発問が生徒の背景知識を活性化し、読中段階での理解・思考志向の質問が批判的読解を促し、読後段階の開放型・状況型の問いが創造的表現へと誘う。この流れは「input-processing-output」という授業構造と整合しており、発問設計が授業全体の認知的アーキテクチャとして機能していることがわかります。

足場かけとしての発問―ZPD理論の教室への応用

Vygotskyの発達の最近接領域理論は、「今一人でできること」と「サポートがあればできること」の間の領域に、学習の可能性が宿ると説きます。教室での発問がこの領域に届いているかどうかは、生徒の発達を促すうえで決定的な意味を持ちます。Wang氏はこの理論を単なる装飾として引用するのではなく、実際の発問データと結びつけながら機能的に援用しています。

論文が注目する足場かけの具体的な形式として、プロンプティング(例:「もう少し詳しく言えますか?」)、誘導型フォローアップ(例:「そう思う理由は何ですか?」)、構造的足場(例:表現の枠組みの提供)が挙げられています。これらは、生徒が答えに詰まったときにヒントを与えるという消極的な役割ではなく、生徒の思考を次の段階へ積極的に引き上げるための認知的介入として位置づけられています。

Hattie and Timperley(2007)が主著 The Power of Feedback の中で強調したように、効果的なフィードバックは「正解か不正解か」という判断を超え、生徒が自分の思考戦略を見直すための新たな認知経路を開くものでなければなりません。Wang氏の分析する授業においても、教師は生徒の回答に対して「正解です」と締めくくるのではなく、「ではなぜそう言えるのか」「反対の立場からはどう見えるか」と問い続けることで、思考の連鎖を維持しています。これは日本の教室においても即応用可能な姿勢であり、教師研修の場でも繰り返し強調されるべき点です。

関連研究との対比と学術的な位置づけ

教師の発問に関する研究は、英語教育学の中でも比較的蓄積のある分野です。Long and Sato(1983)の古典的な研究は、外国語教室における教師の質問が展示型(display questions)に偏りがちであることを指摘しました。展示型とは、教師がすでに答えを知っている問いのことで、生徒の本物の情報発信を促す参照型(referential questions)とは対照的に位置づけられます。この古くからの問題意識は、Wang氏の研究とも通底しています。事実の想起レベルの質問は展示型に近く、思考志向の質問は参照型の性格を帯びています。

Rowe(1972)が提起した「待ち時間(wait time)」の問題も、発問研究の文脈で欠かせない先行研究です。教師が質問を投げかけてから生徒が回答するまでの時間、あるいは生徒が答えた後に教師が次の発言をするまでの時間を延ばすだけで、生徒の回答の質と量が向上するという知見は、今日でも授業改善の現場で引用されています。Wang氏の論文はこの観点に直接は触れていませんが、発問の「構造」に加えて「時間」の観点を加えることで、分析の厚みはさらに増したはずです。

Anderson and Krathwohl(2001)による改訂版Bloomの分類学との関係についても、Wang氏は注意深い立場を取っています。六段階の分類は概念的には精緻ですが、実際の授業分析において各レベルの境界が曖昧になりやすく、操作性に欠けるという批判があります。Zhang Qiuhui(2018)の三段階モデルはこの問題を実践的な観点から解決しようとするもので、Wang氏はその有用性を実証的に示しました。ただし論文自体が認めているように、「評価」と「創造」という高次の認知目標を十分に区別できないという限界は残ります。将来的にはBloomの六段階との組み合わせによる補完的分析が課題となるでしょう。

日本国内の関連研究に目を向けると、英語授業における発問の質についての実証研究はまだ十分とは言えません。授業観察に基づく研究や教師の信念に関する質的研究は増加していますが、録音・録画データを用いて発問を体系的にコーディングし、思考の質との関係を検討するような研究は少ない状況です。Wang氏の研究が提供するコーディングシートの枠組みは、日本の研究者や教育実践者にとっても活用可能なツールになりえます。

日本の英語教育現場への示唆

この論文が日本の英語教育の文脈に与える示唆は、少なくとも三つの層で整理できます。

まず、発問の「設計」という発想そのものについてです。日本の多くの英語教師は、授業準備の段階で「どんな活動をするか」「どんな教材を使うか」を中心に考えますが、「どんな問いを、どの順序で投げかけるか」を事前に計画する実践はまだ広く根づいているとは言えません。Wang氏が示した分析枠組みは、発問を計画的に設計するための思考ツールとして、授業準備のプロセスに組み込める可能性を持っています。

次に、読解指導における認知的な「坂道」の設計についてです。日本の高校英語では、長文読解の授業が語彙・文法の説明に大部分の時間を割き、テキストの表層情報を確認する問答で終わるパターンが依然として多く見られます。Wang氏の研究は、テキストを素材にしながら、読前・読中・読後の各段階で異なる認知的目標を持った発問を設計することで、同じ授業時間内でも思考の深さを段階的に引き上げられることを示しています。これは大学入学共通テストをはじめとする各種試験で求められる「論理的・批判的読解」の力とも直接的に接続する方向性です。

三つ目は、教師研修への応用可能性です。Wang氏が用いたコーディングシートのような観察・分析ツールを授業研究(lesson study)の場に持ち込むことで、「あの先生の授業はなんとなく良い」という印象論を超えた、具体的な発問の質の評価が可能になります。授業の改善点を「発問の認知レベルの分布を見直す」という形で具体的に指示できれば、若手教師への支援もより精密なものになるでしょう。

研究の限界と今後の課題

Wang氏も結論部で率直に認めているように、単一の授業事例に基づくこの研究には一般化可能性の限界があります。一人の教師の、一つの授業の、一つのテキストをめぐる分析から得られた知見は、どの程度の普遍性を持つのかという問いは残ります。さらに、この研究が「模擬的な本物の教室環境」を再現したと述べている点は注意が必要です。実際の授業と録画された授業では、教師と生徒の振る舞いに差異が生じることは研究倫理上も方法論上も認識される問題であり、読者はこの点を念頭に置いて結果を解釈する必要があります。

また、分析の中心が教師側の発問にあり、生徒の応答や思考の質そのものについてのデータが薄いという点も課題です。教師が高次の質問を投げかけても、生徒がそれに応じて実際に高次の思考を展開しているかどうかは別問題です。Wang氏は今後の研究の方向性として、インタビューやアンケートを通じた生徒の視点の組み込みを提案しており、この方向は的を射ています。加えて、教師の発問訓練が実際の教師行動と生徒の思考の質に与える影響を検証する介入研究の必要性も論文は指摘しており、今後の実践的研究の充実が待たれます。

コーディングの信頼性についても一点触れておく必要があります。二人の研究者が独立してコーディングを行い、意見の相違を話し合いで解決したとは述べられていますが、一致率(inter-rater reliability)の具体的な数値が報告されていません。この種の研究においては、Cohen’s kappaなどの統計指標を明示することが学術的な慣行であり、後続研究ではこの点の改善が求められます。

発問の力を信じることから始まる

教壇に立って授業をしていると、うまくいく日とそうでない日があります。後者のとき、原因を教材の難しさや生徒の集中力のせいにしてしまいたくなることは、多くの教師が経験していることでしょう。しかし振り返ってみると、「自分はどんな問いを投げかけたか」という点に改善の鍵が隠れていることも少なくないはずです。

Wang Peiyu氏のこの研究は、発問を「なんとなくする」ものから「意識的に設計するもの」へと転換する視点を、実証的なデータとともに提供しています。教室という空間で最も繰り返される言語行為の一つである「問い」が、実は生徒の思考の質を形作る最も強力な道具の一つであるという認識は、中国の英語教育改革の文脈で生まれたこの論文から、日本の英語教師もじゅうぶんに汲み取ることができます。

特集のテーマを念頭に置いたとき、今問われているのは「どんな英語力を育てるか」だけではなく、「教室での問いをどう設計するか」という、より根本的なレベルでの教師の専門性の問い直しではないでしょうか。Wang氏の研究はその問い直しのための、具体的で使いやすい足がかりを提供しています。発問の設計は、教師の思考の質の問題でもあります。教師が問いを問い直すとき、教室は動き始めます。


Wang, P. Y. (2025). An empirical case study on teacher questioning strategies targeting thinking quality in senior high school English reading instruction. International Journal of Educational Development, 1(1), 76–88. https://doi.org/10.63313/IJED.9012

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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