はじめに―ある教室の風景から

英語の授業で、こんな経験をしたことはないでしょうか。生徒が “season” という単語の意味をちゃんと答えられたのに、”peak season” というコロケーションを使う場面になると途端に手が止まってしまう。あるいは “seasonal” という派生語を書かせようとすると、自信なさげに首をかしげる。単語を「知っている」と言っても、それはいったい何を知っているということなのか―この素朴な問いに、実証的なデータで答えようとしたのが、今回取り上げるGonzález-Fernándezによる論文 “How Is Vocabulary Learnt? An Acquisitional Sequence of L2 Word Knowledge”(TESOL Quarterly, 2025年6月号)です。

著者のBeatriz González-Fernándezはシェフィールド大学英語学部に所属するシニア・レクチャラー(准教授相当)で、第二言語における語彙の概念化・習得・指導を専門としています。Applied LinguisticsStudies in Second Language Acquisition など、査読の厳しい国際誌に継続的に発表しており、語彙研究の中でも深さ(depth of vocabulary knowledge)に関する分野の第一線に立つ研究者です。本論文は、彼女が2020年にNicolas Schmittと共著で発表した論文の知見をさらに発展・検証させた、いわば「第二章」にあたる研究です。

「語を知ることの複雑さ」を整理するフレームワーク

まず前提として、語彙知識がどれほど多層的なものかを確認しておく必要があります。Nation(2022)の枠組みによれば、一つの単語を「知る」とは、その発音・綴り・語の構成要素・意味・使用文脈・コロケーションなど、実に九つの観点にわたる知識を習得することを指します。さらにこれらはそれぞれ、受容的知識(読んだり聞いたりして理解できる)と産出的知識(話したり書いたりして使える)に分かれます。つまり理論上、一語を完全に習得するだけでも相当な奥行きがあるわけです。

しかし、これだけ多様な語彙知識の側面が「どんな順番で習得されるか」については、これまでほとんど体系的に調べられてきませんでした。文法や音韻の習得順序研究に比べ、語彙習得研究においてはこの問いへの取り組みが著しく遅れていたのです。

本論文はこの空白に果敢に挑みます。テストした語彙知識の側面は四つのコンポーネント(形式―意味の対応、コロケーション、多義、派生語)で、それぞれを「再認(recognition)」と「再生(recall)」の二段階で測定します。合計八つの側面を、中国語母語話者170名とスペイン語母語話者144名の計314名のEFL学習者に実施し、含意スケール(implicational scaling)とMokkenスケーリングという二種類の統計的手法で分析しました。

含意スケールとは何か―わかりやすく言えば「おつり問題」

含意スケールという分析法は、語彙研究に慣れていない方には馴染みが薄いかもしれません。平たく言えば、「難しいことができる人は、必ずそれより簡単なこともできる」という論理を検証する方法です。

たとえばスーパーで1000円の買い物をして1万円を出したときのおつりを計算できる人は、500円の買い物の計算も必ずできるはずです。しかし逆は必ずしも成り立たない。この「できること」の階層関係が安定して成立するなら、それは「スケール」として確立されたと言えます。語彙習得に置き換えれば、「ある側面の知識を持つ学習者は、必ずそれより下位の側面の知識も持っている」という関係が成立するかどうかを統計的に検証するのがこの手法です。

本論文では、このスケールの適合度を測る指標として、Guttmanの再現係数(Crep)と尺度可能性係数(Cscal)が用いられています。Crepが.90以上、Cscalが.60以上であれば有効なスケールとみなされます。結果として得られた数値はいずれも基準を上回っており、特に全体サンプルでの80%精度基準ではCrep=.94、Cscal=.67という良好な適合度が示されました。

習得順序の具体的な姿―再認が再生に先行する

では、実際にどのような順序が見出されたのでしょうか。80%の正答率を「習得」の基準とした場合、以下の順序(易しいものから難しいものへ)が確認されました。

形式―意味の再認 → コロケーション再認 → 多義再認 → 派生語再認 → コロケーション再生 → 形式―意味再生 → 派生語再生 → 多義再生

この順序が示す最も重要なメッセージは、「あらゆる側面において、再認知識は再生知識に先行する」という点です。たとえば派生語の再認(選択肢の中から正しい派生形を選ぶ)は、形式―意味の再生(意味のヒントから英単語の綴りを書き出す)よりも先に習得される、ということです。コンポーネントの違いを超えて、再認と再生という習得の質的な違いが、習得の順序を規定しているわけです。

このことは、実は語彙研究者の間では長らく前提的に語られてきたことでもあります。Laufer and Goldstein(2004)は形式―意味リンクという一つのコンポーネント内でこの序列を確認し、Pellicer-Sánchez and Schmitt(2010)も再認と再生の間に差があることを指摘してきました。しかし本論文の新しさは、複数のコンポーネントにまたがって、しかも二つの異なる母語背景を持つ学習者集団において、この序列が安定して成立することを統計的に実証した点にあります。

スペイン語話者と中国語話者―L1の違いを超えた一致

本研究のもう一つの核心は、この習得順序が母語(L1)の違いを超えて普遍的に成立するかどうか、という問いです。スペイン語と英語はラテン語系の共通語彙を多く持つ「コグネート言語」ですが、中国語と英語の間にそのような関係はありません。語彙研究では、コグネートの有無が学習の有利・不利に影響することが知られており(Chen et al., 2012)、もし習得順序がL1によって異なるなら、教育的含意も大きく変わってきます。

結果として、両グループ間に統計的に有意な差が認められたのは、多義の再認知識という一点のみでした。スペイン語話者の方が中国語話者より多義の再認スコアが高く、これはコグネート効果の一種と解釈されています。しかし習得の順序そのものは、両グループで完全に一致していました。中国語話者グループ単独でも、全体サンプルでも、そしてGonzález-FernándezとSchmitt(2020)が先行研究で得たスペイン語話者の結果と照合しても、同じ序列が繰り返し確認されたのです。

言語類型論的に大きく異なる二つの母語話者が同じパターンを示したという事実は、この習得順序の堅牢性を強く示唆しており、研究としての信頼度を大きく高めています。ただし後述するように、二つの言語グループという範囲はまだ限定的であり、この点については謙虚な評価も必要です。

日本の英語教育現場への示唆

さて、この研究は日本の英語教育に何を語りかけるでしょうか。

日本のEFL環境を考えると、学習者はいわゆる「試験の英語」に長年さらされてきました。特に大学入試では、選択式の問題(つまり再認タスク)が多く採用されてきた一方、英作文や自由記述という形での再生タスクは限られていました。本論文の知見はこの現状と複雑に交錯します。

再認から再生への移行が自然な習得の流れであるとするならば、入試制度が再認中心であることは、学習の初期段階においてある程度理にかなった設計だと言えるかもしれません。一方で、大学入学後に急に産出的なコミュニケーション能力を求めようとすれば、再生知識の発達が追いついていないという問題は避けられません。「読めるけど話せない・書けない」という日本人英語学習者の典型的な悩みは、まさにこの再認と再生の乖離と結びついているとも解釈できます。

本論文は、教師に対して明確なメッセージを送っています。語彙指導は再認の確立を優先しつつも、段階的に再生へと橋渡しする設計が必要だということです。コロケーションや多義の知識を教える際にも、まず「読んで・選んで」理解する段階を十分に踏んだ上で、「書いて・使って」産出する段階へと移行させる指導が効果的だということになります。これは指導の「順序」の問題であり、日々の授業設計から単元計画まで、幅広く応用できる視点です。

また、語彙テストの設計にも示唆が及びます。再認テストのスコアが高くても、それは語彙知識の一側面にすぎません。本論文が示すように、再認と再生は質的に異なる別の知識であり、両方を測らなければ学習者の語彙力の全体像は見えてきません。現場で使う語彙確認テストを、選択式と記述式の組み合わせにすることの必要性は、この研究によってあらためて裏打ちされます。

関連研究との対比―何が新しく、何が継続的か

本論文を先行研究の流れに位置づけると、その貢献がより明確に見えてきます。

Schmitt(1998)は語彙習得が漸進的であることを縦断的研究で示しましたが、習得の順序については体系的な知見を提示しませんでした。Webb(2005, 2007)は五つの語彙側面を再認・再生の双方から測定した先駆的研究ですが、一貫した習得順序の確立には至りませんでした。González-FernándezとSchmitt(2020)が含意スケールを複数コンポーネントに適用し、初めて順序の実証的な根拠を示しました。本論文はその直接的な継承であり、中国語話者というまったく異なる言語背景への拡張と、全体サンプルでの確認によって、知見の頑健性を証明するものです。

特筆すべきは、本論文がMokkenスケーリングを補助的な検証手段として採用している点です。含意スケールが集団データを重視するのに対し、Mokken分析は個々の学習者データの均質性(homogeneity)と信頼性(reliability)を測定するものであり、二つの方法が互いを支持する形で同一の順序を抽出したことは、結論の信頼性をさらに高めています。これは方法論的に丁寧な設計であり、査読者への応答としても機能しているように見えます。

一方で、Webb(2005)と本論文の研究デザインを比較すると、測定するコンポーネントの選択という問題が浮かびます。Webbは語形・形式―意味・コロケーション・文法機能・連想という五側面を扱い、本論文は形式―意味・コロケーション・多義・派生語という四側面を採用しています。Nationのフレームワーク全体を網羅することは現実的ではないとしても、スペリングや連想など、本論文が含めなかった側面がスケールのどこに位置するかは、今後の研究課題として残されています。

研究の限界と誠実さ―内的一貫性の問題

著者自身がLimitations and Future Directionsの節で正直に認めているように、いくつかの課題も存在します。

最も重要なのは、中国語話者グループにおける形式―意味再認とコロケーション再認のCronbachのα値が.80を下回っていた点です(それぞれα=.72と.76)。これは、これら二つのテストにおける学習者のスコアのばらつきが想定より大きかったことを示しており、多肢選択式テストに設けられた「わからない」選択肢の影響が示唆されています。一部の学習者が部分的な知識を持っていても「わからない」と答えることで、スコアが実態より低くなった可能性があります。

また、本研究で扱った語彙アイテムは20語という数は、先行研究(Webbの10語)に比べれば改善されているものの、語彙全体の代表性という観点からは依然として限定的です。特に高頻度語と低頻度語の混在が、コロケーション再生が形式―意味再生より容易だったという意外な結果(コロケーションのターゲット語が1K-3Kの高頻度語だったのに対し、形式―意味タスクのターゲット語は1K-9Kの幅広い頻度帯だった)に影響している可能性があり、著者もこれを率直に認めています。

さらに、本研究のサンプルはスペイン語話者と中国語話者という二つのL1集団に限定されています。著者が述べるように、日本語話者やアラビア語話者など、まったく異なる言語的背景を持つ学習者においても同じ順序が成立するかどうかは、今後の研究に委ねられています。日本人EFL学習者を対象とした追試(replication study)は、日本の応用言語学研究者にとって意義深い貢献になりえるでしょう。

独自の学術的考察―「スケール」の教育的読み方

ここで一歩引いて、本論文の知見をより批判的に考察してみたいと思います。

含意スケールが示す「習得順序」は、あくまでも「難しさの序列」の代理指標(proxy)として機能するものです。ある時点での学習者集団の知識状態を横断的に測定し、そこから縦断的な発達の経路を推定するという設計には、本質的な限界があります。言語習得の研究において、横断的データから縦断的プロセスを推論することは広く行われてはいますが、それが必ずしも個々の学習者のリアルな発達軌跡を反映するとは限りません。

たとえば、ある学習者が形式―意味の再認を確立せずにコロケーションの再生知識を直接習得するというイレギュラーなケースが存在しないとは言い切れません。本論文の分析は集団レベルのパターンを検証するものであり、個人差の問題は別途検討が必要です。著者も脚注で「難しさの予測は実際の発達と同一ではない」と慎重に断っていますが、この点は読者が結論を応用する際に常に念頭に置くべき留保です。

また、本研究で採用されたGonzález-FernándezとSchmitt(2020)の20語テストバッテリーは、テストに先立ってターゲット語が多様な文脈で繰り返し出現するという設計になっており、プラクティス効果(前の課題が後の課題に与える影響)を最小化する工夫がなされています。しかしそれでも、20語という同一の語彙セットを八つの異なる課題で繰り返し扱うという手続きは、自然な語彙知識の状態とは乖離している可能性があります。テスト形式そのものが語彙知識のどの側面を「見やすくするか」という問題は、語彙テスト研究において根本的な問いとして残り続けています。

教室実践への橋渡しとして

それでも本論文が日本の英語教育関係者に届けるメッセージは、十分に実践的で価値があります。

語彙指導において、私たちはしばしば「単語の意味を覚える」ことを出発点としながら、コロケーションや派生語の指導を「余裕があれば」と後回しにしがちです。しかし本論文が示すように、語彙知識の各側面は互いに前提関係を持ちながら漸進的に習得されるものであり、指導の「ときタイミング」と「どの側面からアプローチするか」は重要な教育的判断です。

再認知識が産出知識に先行するという発見は、多読や多聴といったインプット重視のアプローチの有効性を裏付けるものでもあります。十分な再認知識の蓄積なしに産出を急いでも、学習者に過大な負荷をかけるだけかもしれません。一方で、再認から再生への移行を促すために、どの時点でどのような産出タスクを導入するかという問いは、今後の実験的研究が明らかにすべき重要な領域として残っています。

國語(L1)の授業では、読むことと書くことを段階的に積み上げていく指導が当然視されていますが、英語教育においてはその体系性が明確ではない場合も少なくありません。本論文の知見は、語彙指導に「科学的な根拠のある順序」を与えてくれる素材として、カリキュラム設計の議論に貢献できるでしょう。

おわりに

González-Fernándezのこの論文は、語彙習得研究において長らく問われてきた問い―単語を「知る」とはどういうことか、そしてそれはどんな順序で展開されるのか―に対して、これまでで最も体系的かつ比較言語論的に広がりのある回答を提供しています。二つの異なるL1背景を持つ学習者集団において、八つの語彙知識側面が一貫した序列を持つことが統計的に確認されたことは、語彙習得研究の蓄積に確かな一石を投じるものです。

研究が示す「再認から再生へ」という方向性は、日本の英語教育が長年抱えてきた「わかるけど使えない」という問題を構造的に理解するための視点を与えてくれます。完璧な研究などというものはなく、本論文も限られたサンプルと特定のテスト形式という制約を持っています。しかしその限界を誠実に認めながら、着実に知見を積み上げていく姿勢は、語彙研究というフィールドが成熟しつつあることを感じさせるものです。

これからの研究者には、日本語母語話者を対象とした追試や、縦断的デザインによる検証、さらには授業介入実験との組み合わせが期待されます。そして現場の教師には、「再認」と「再生」という二つの語彙知識の次元を意識しながら、日々の指導に新たな問いを持ち込んでほしいと思います。単語を「知っている」と「使える」の間にある深い溝を、私たちはまだ十分には渡りきれていないのかもしれません。


González-Fernández, B. (2024). How is vocabulary learnt? An acquisitional sequence of L2 word knowledge. TESOL Quarterly, 59(2), 755–784. https://doi.org/10.1002/tesq.3342

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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