英語教育の現場で「ポートフォリオ」という言葉を聞いたことがある方は多いでしょう。しかし実際に授業で導入しようとすると、採点の手間、学生の積極性の低さ、カリキュラムとの兼ね合いなど、様々な壁にぶつかることも少なくありません。そうした実践上の課題が山積する中、今回取り上げる論文はeポートフォリオ評価(e-PA)が英語学習者のジャンル別ライティングスキルと、学習への「参加モード」にどのような影響をもたらすかを、量的・質的の両面から丁寧に検証した意欲的な研究です。

研究の背景と著者について

本論文はNatasha PourdanaとKobra Tavassoliの両名による共著で、イランのイスラム・アザド大学カラジ校のELT(英語教授法)・翻訳学科に所属する研究者です。Pourdanaは言語評価、翻訳品質評価、コンピュータ支援言語学習を専門とし、Tavassoliは言語評価と教師教育を中心に研究・発表を行ってきた実績を持ちます。本研究は2021年11月に投稿され、2022年2月に受理、同年3月にLanguage Testing in Asia誌にオープンアクセスで公開されました。研究の舞台はCOVID-19パンデミックの只中のイランであり、完全オンライン環境という特殊な条件下での実施という点も注目に値します。

ポートフォリオ評価(PA)はもともと1990年代から「学習のための評価(Assessment for Learning: AfL)」の一形態として注目されてきました。従来の一発勝負的な標準テストとは異なり、学習者が継続的に書いた作品を蓄積・振り返ることで、自律的な学習を促す仕組みです。しかし研究者たちはその利点を語る一方で、Condon and Hamp-Lyons(1994)が「ポートフォリオは単なる信念で良いとされてきた」と皮肉交じりに指摘したように、実証的な裏付けは必ずしも十分ではありませんでした。特に電子化されたeポートフォリオ(e-PA)がEFL学習者のジャンル別ライティングにどう作用するかという問いは、研究上の空白地帯として残っていたのです。

研究デザインと方法論の概要

本研究では56名のペルシャ語を母語とするイラン人EFL学習者(非英語専攻の大学1年生)が対象となりました。オックスフォード・プレイスメントテスト(OPT)によって中級レベル(B1)と判定された学生たちが、説明的ライティング群(DWG:28名)と物語的ライティング群(NWG:28名)に無作為に振り分けられ、MoodleというLMS(学習管理システム)上で6週間のeポートフォリオ活動に取り組みました。毎週課題を提出し、24時間以内に教師からの訂正フィードバックを受け取り、それをもとに修正を繰り返すというサイクルです。学習者は修正のたびに新しいファイルとして保存し、修正回数と所要時間を記録することも求められました。

評価ツールとしては、ウェスト・バージニア州教育局(WVDE)のライティングルーブリックが採用されました。このルーブリックは「組織」「発展」という高次スキルと、「文構造」「語選択・文法」「表記」という低次スキルの計5領域を、1(最小)から6(模範的)の6段階で評価するものです。統計分析には反復測定分散分析(RM ANOVA)と一元配置共分散分析(ANCOVA)が使われました。また学習者が毎課題後に記述したリフレクションログの内容は、Fredricks and Eccles(2002)の学習参加モデル(行動的・感情的・認知的)に基づき、テーマ頻度分析によって質的に検討されました。

ジャンル別ライティングスキルへの影響

まず量的分析の結果を見ると、両群ともに6週間を通じてすべてのライティングスキルで有意な進歩が認められました。ただし、その進歩の程度には明確な差がありました。低次スキル(文構造、語選択・文法、表記)では統計的に顕著な向上が見られた一方、高次スキル(組織・発展)の向上は「適度」にとどまりました。

この結果は非常に示唆に富んでいます。たとえば説明的ライティング群では、「語選択・文法」の平均フィードバック点数が課題1のM=20.97から課題6のM=9.11まで大幅に低下しました。これはフィードバック点数の減少が学習者の進歩を示すという本研究の指標に基づけば、顕著な改善を意味します。一方、「組織」はF値が74.075、「発展」は48.659と有意ではあるものの、効果量(η²)はそれぞれ.061と.085にとどまり、低次スキルの効果量(最大で.242)と比べると明らかに見劣りします。物語的ライティング群でも同様の傾向が確認されました。

著者たちはこの差を認知心理学的観点から考察しています。つまり、フィードバックの「意味理解しやすさ」が鍵であるというのです。「この文はSVOの語順になっていない」といった低次スキルへのフィードバックは比較的わかりやすく、修正行動に直結しやすいです。しかし「あなたの段落は論理的な展開が弱い」といった高次スキルへのフィードバックは認知的な複雑さが高く、学習者が何をどう直せばよいのかを理解するまでに相当の時間と経験を要するのです。日本の英語授業でも「文法は直せるが、まとまりのある文章が書けない」という学生の声はよく聞かれるのではないでしょうか。その悩みの根拠がここに示されているとも言えます。

ライティング達成度への影響

次に、プレテストとポストテストを用いた達成度比較の結果です。DWGはプレテスト平均3.19からポストテスト5.10へ、NWGはプレテスト3.65からポストテスト5.85へと、ともに顕著な向上を示しました。しかし一元配置ANCOVAの結果、両群間の得点差は統計的に有意ではなく(F(1,55)=61.98, p=.098)、説明的ライティングでも物語的ライティングでも、eポートフォリオ評価は同程度の効果をもたらすことが示されました。

この「ジャンルを問わない一様な効果」という発見は、eポートフォリオ評価の汎用性を示す点で重要です。日本の英語教育では、英語のライティング指導において特定のジャンル(たとえばアカデミックエッセイや意見文)に偏りがちです。しかし本研究は、説明文でも物語文でも、継続的なフィードバックと振り返りのサイクルが等しく有効であることを示唆しています。これは教師が「どのジャンルから始めればよいか」と悩む際の判断材料になるかもしれません。

学習参加モードの質的分析

本研究が他のeポートフォリオ研究と一線を画しているのは、リフレクションログの質的分析による「学習参加モード」の検討です。Fredricks and Eccles(2002)のモデルに基づき、行動的・感情的・認知的の三つの側面から参加のあり方が分析されました。

行動的参加の面では、両群ともに課題あたりの所要時間(DWG:平均23.18分、NWG:平均23.90分)と修正回数(DWG:平均4.01回、NWG:平均4.90回)に統計的な差はなく、ほぼ同等の行動的関与が見られました。感情的参加として抽出されたテーマの上位は「新鮮さ(N=79)」「低い不安感(N=65)」「楽しさ・喜び(N=54)」でした。多くの参加者にとって、eポートフォリオを作成すること自体が初めての経験であり、Moodleの使いやすさや、自分のペースで書き直せる環境が安心感をもたらしたとされています。

認知的参加については四つの主要テーマが抽出されました。最多は「教師フィードバックの有用性・実用性(N=110)」、次いで「ライティング改善への全体的な満足感(N=95)」。これらは肯定的な認知参加を示します。一方で「教師評価と自己評価のずれ(N=60)」と「教師の言語的偏重(N=33)」はネガティブな評価として浮かび上がりました。

たとえばある説明的ライティング群の学習者は「接続詞についてこんなにコメントをもらうとは思っていなかった」と不満を記し、物語的ライティング群の別の学習者は「こんなにたくさんのルールや例外を誰が覚えられるのか」と嘆きました。また「形容詞の使い方より正しい文を書くことの方が大事なのに」という声や、「自分が書いた物語にひと言でも内容へのコメントが欲しかった」という声も記録されています。これらは単なる不満ではなく、教師が陥りがちな「形式優先の評価スタンス」への鋭い指摘です。

先行研究との対比

本研究の知見は、先行研究と部分的に一致しつつも独自の貢献を持ちます。Baturay and Daloğlu(2010)はトルコのEFL学習者を対象にした研究でeポートフォリオが語彙・文法の低次スキル向上に有意な効果をもたらさなかったと報告しており、本研究とは逆の結論になっています。しかしその研究はサンプル数が少なく課題数も限られていたという点で、本研究の方が信頼性は高いといえます。またRoohani and Taheri(2015)はポートフォリオ評価がイランのEFL学習者の説明的文章の「焦点・支持・構成」という高次スキルを改善したが、低次スキルへの効果は弱く一時的だったと報告しており、本研究とは興味深い対比をなしています。本研究では逆に低次スキルの方が顕著に改善されたわけで、この差がどこから来るのかは、今後の研究課題として興味深い問いを提起しています。

また感情的参加に関しては、Afrianto(2017)やLam(2019)がポートフォリオ評価が学習者の自信やモチベーション向上に寄与することを報告しており、本研究の知見と符合します。一方でZhang and Hyland(2018)は学習者がポートフォリオを「非効率で退屈」と評価するケースも報告しており、eポートフォリオへの感情的反応が決して一様ではないことも示しています。本研究参加者の多くがポジティブな感情を報告したのは、Moodleの使いやすさや自分のペースで取り組める自由度が影響した可能性があります。

研究の強みと方法論上の課題

本研究の強みは何といっても混合研究法(mixed methods)の採用です。反復測定ANOVAによる量的分析が、ライティングスキルの変化を精緻に記述する一方で、リフレクションログの質的分析が数値の背後にある学習者の主観的経験を補完しています。両者を組み合わせることで、eポートフォリオが「何を」「どのように」改善するのかという問いに対して、より立体的な答えが得られています。

とはいえ、いくつかの方法論上の課題も指摘できます。第一に、統制群が設けられていない点です。両群ともにeポートフォリオを使用しており、比較対象があればeポートフォリオ評価そのものの効果をより明確に示せたはずです。第二に、非ランダムの便宜的サンプリングを採用しているため、参加者は「ポートフォリオに積極的に取り組む意欲のある学習者」に偏っている可能性があります。実際、著者自身も「意欲や課題への関与度、デジタルリテラシーが低い学習者には本研究の知見を慎重に適用すべき」と注意書きしています。第三に、学習者が課題に費やした時間は自己申告であり、客観的な検証が難しいという限界があります。

また本研究では、学習者が受け取ったフィードバックをどのように修正に活かしたかという「フィードバックの取り込みプロセス(feedback uptake)」の分析が行われていません。著者もこれを今後の研究課題として挙げており、正直な自己評価として評価できます。

日本の英語教育現場への示唆

日本の英語教育においても、ライティング指導は長年の懸案事項です。大学入試では英作文が出題されるものの、それはしばしば「正確な文を書く」ことに焦点を当てたものであり、まとまった文章を書いたり、特定のジャンルの規範に従ったりする練習の機会は限られています。本研究の知見は、そうした状況への具体的な処方箋のひとつを示しています。

まずeポートフォリオのプラットフォームとしてMoodleを使用した点は、日本の多くの大学がすでにMoodleやその類似システムを導入していることを考えると、実装コストが低いことを意味します。Moodleを「課題提出ツール」として使うだけでなく、学習者がライティングの変遷を記録し、フィードバックに応じて修正を繰り返すプロセスを可視化するeポートフォリオのプラットフォームとして再活用することは、比較的容易に実現できるはずです。

次に、フィードバックの「重み付け」の問題です。本研究の参加者が「先生は語選択に過度に注目しすぎる」と批判したことは、教師が無意識に低次スキルへのフィードバックに偏りがちであることを示唆します。これは日本の英語教師にとっても耳の痛い話ではないでしょうか。文法の誤りは目に付きやすく、赤ペンを入れやすいですが、文章全体の論理展開や読者への配慮といった高次スキルへのコメントは、書くのにも受け取るのにも手間がかかります。しかしだからこそ、高次スキルへのフィードバックを意識的に組み込む必要があるのです。

また、リフレクションログという手法は日本の高校・大学の英語授業でも活用可能です。英語で書かせることが難しければ、本研究のように母語(日本語)での記述を許容しつつ、学習者が自分の経験を振り返るプロセスそのものを重視するアプローチも有効です。実際、本研究でも参加者の多くがペルシャ語でログを記述しており、それが学習参加の重要な証拠として分析されています。言語よりも「振り返る行為」そのものに価値があるという視点は、日本の現場にも十分に応用できるでしょう。

まとめにかえて―実践のための一歩

本論文はeポートフォリオ評価という評価法の可能性と限界を、実証的なデータと学習者の声の両面から丁寧に描き出しています。完璧な研究とは言えませんが、英語ライティング指導の改善を模索している教師・研究者にとって、多くの思考の手掛かりを提供しています。

とりわけ「高次スキルの向上は難しいが不可能ではない」「学習者はフィードバックを批判的に受け取っている」「eポートフォリオは感情的な安心感をもたらす」という三点の発見は、どれも現場の実感と重なる部分が多く、説得力があります。「ポートフォリオって面倒くさそう」と思っていた方も、まずは週一回の課題提出と簡単なリフレクションログから始めてみる価値は十分にありそうです。eポートフォリオはそれほど大げさなシステムではなく、小さな積み重ねが学習者の成長と自己認識を育む、地道で着実なプロセスなのです。


Pourdana, N., & Tavassoli, K. (2022). Differential impacts of e-portfolio assessment on language learners’ engagement modes and genre-based writing improvement. Language Testing in Asia, 12(7). https://doi.org/10.1186/s40468-022-00156-7

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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