はじめに―教室の「断片化」という問題

英語の授業で、こんな経験はないでしょうか。テキストを段落ごとに読み進めていくうちに、いつの間にか「木を見て森を見ず」の状態になってしまう。個々の単語の意味や文法事項は解説されるのに、「この文章が全体として何を言いたいのか」「著者はなぜこの構成を選んだのか」という問いが宙に浮いたまま授業が終わる。そういう経験は、教師の側にも生徒の側にも、おそらく珍しくないはずです。

本稿で取り上げるのは、Jingkun YanとJingling Jiangが2025年に発表した論文 “Discourse Analysis and High School English Reading Teaching”(International Journal of Educational Development, Vol.1, No.2, pp.72-79)です。中国・広西壮族自治区の南寧師範大学に所属する二人の著者は、上述のような「断片化した読解授業」という問題意識のもと、ディスコース分析を高校英語読解教育に組み込むことで何が変わるかを論じています。論文そのものはそれほど長くなく、実証データも限られています。しかしそのぶん、理論の整理と教育実践の提案に集中しており、特に日本の英語教育関係者にとって参照価値の高い論点をいくつか含んでいます。

以下では、論文の内容を丁寧に読み解きながら、その意義と限界を検討し、日本の教育現場への示唆についても考えていきます。

著者と背景―中国の英語教育改革という文脈

まず著者について簡単に紹介しておきましょう。Jingkun YanとJingling Jiangはともに南寧師範大学(Nanning Normal University)に所属する研究者・教育者です。南寧は中国南部、ベトナムと接する広西壮族自治区の省都であり、少数民族文化と漢族文化が交差する地域です。英語教育においては「非主流」とも言える地方の師範大学から発信されたこの論文は、中国全土で進む英語カリキュラム改革の地方的実践という文脈においても興味深い位置を占めています。

中国では2020年に「普通高中英語課程標準」(英語カリキュラム標準)が改訂されました。この改訂版は、高校生に対して多様なジャンルのテキストを理解し、テキストの構造を把握し、情報を抽出する能力を求めています。そしてその手段として、ディスコース分析の活用を明示的に推奨しています。本論文はこのカリキュラム改革の文脈に正面から応答するものとして書かれています。こうした政策的背景を知っておくと、論文の主張がより立体的に見えてきます。

ディスコースとは何か―定義の問題から始める

論文の第2章は、「ディスコース(discourse)」と「ディスコース分析(discourse analysis)」の概念整理に充てられています。一見、教科書的な作業に見えますが、実はここが論文全体の土台を支える重要な部分です。

「ディスコース」という言葉は日本語では「談話」「言説」「テキスト」などと訳されることがありますが、いずれもしっくりこない部分を残します。HallidayとHasanの古典的な定義では、「ディスコースとは、話し言葉・書き言葉を問わず、意味の単位である」とされています。大事なのは「意味の単位」という点です。単語でも文でもなく、まとまった意味のかたまりとして機能する言語単位がディスコースです。

Cook(1989年)はさらにこれを「意味があり、統一されており、目的を持つと認識される言語の連なり」と定義しています(Discourse, Oxford University Press)。つまりランダムに並んだ文の集合は、ディスコースにはなりません。文と文がつながり、全体として何かを伝えようとしているとき、はじめてディスコースと呼べるのです。

ディスコース分析はこの概念を研究手法として発展させたものです。もともとは1952年、構造主義言語学者のHarrisが論文 “Discourse Analysis” で提唱した概念で、それから70年以上にわたって発展を続けてきました。日本では1980年代ごろから研究が本格化しています。McCarthy(1991年)は、ディスコース分析とは「文レベルを超えた言語使用の研究であり、意味構築において文脈が果たす役割を重視するもの」と述べています(Discourse Analysis for Language Teachers)。そしてMcCarthyは、言語教育の目標として「ディスコース能力」の育成を提唱しました。個々の文の文法を習得するだけでなく、テキスト全体を読む・書く・理解する能力こそが重要だという主張です。

先行研究が示すこと―断片ではなく全体として読む力

論文の第2章後半では先行研究の概観が行われています。ここで紹介されている研究群は、読解教育におけるディスコース分析の有効性をそれぞれ異なる角度から支持しています。

たとえばRiskoとDalhouseは、ディスコースパターンの分析が生徒の授業参加度を高め、読解力の向上に寄与することを示しています。Herbertは、ディスコースパターンを活用した読解授業では、生徒が文法や文構造をより速く認識できるようになったことを報告しています。またAdelnia and Salehiは、イランのL2学習者80人を対象にした実験で、ディスコースジャンル分析を用いた授業が従来型授業よりも有意に高い成果をもたらしたことを確認しています。さらにLehman and Schrawは、文章内の「結束性(cohesion)」のパターンを教えることで、生徒がテキストをより深く理解できるようになると実証しています。

これらの研究は地域も対象も異なりますが、共通して示唆しているのは「テキストを断片的に読むのではなく、全体として読む力」の重要性です。ここで私がよく使うたとえは、ジグソーパズルです。個々のピースの形を覚えることと、パズル全体の絵柄を把握することは、根本的に違う認知的作業です。従来の英語読解授業は前者に集中しがちで、後者を体系的に教えることが少なかった。ディスコース分析は、この「絵柄を把握する」能力を教える手がかりを与えてくれます。

理論的基盤―ディスコースパターンと結束性・一貫性

論文第3章では、読解教育に応用可能なディスコース分析の理論的枠組みが整理されています。主に三つのディスコースパターンと、結束性・一貫性の概念が取り上げられています。

三つのディスコースパターンとは、「一般から特殊へのパターン(General-Particular Pattern)」「問題と解決のパターン(Problem-Solution Pattern)」「主張と反論のパターン(Claim-Counterclaim Pattern)」です。最初のパターンは、最初の文で一般的な主張を提示し、後続の文がその主張を具体的に展開していくという構成で、英語の論説文に非常によく見られます。日本語の文章では「結論は最後に」という構成も多いのに対し、英語では「結論先行型」が標準的な場合が多い。この文化的・認知的差異を意識させるだけでも、日本の英語学習者にとって大きな気づきになります。

次の「問題と解決」パターンは、まず問題を提示し、その原因を分析し、解決策を示すという流れで、ニュース記事や研究報告に多く見られます。「主張と反論」パターンは、いわゆる議論文の構造で、通説を提示してから疑問を呈し、自説を展開するという流れです。これらのパターンを事前に知っていれば、初見のテキストを読む際の「見通し」が大きく変わります。

結束性(cohesion)と一貫性(coherence)についても、論文は丁寧に解説しています。結束性とは、語彙的・文法的な手段によってテキストの各部分がどう連結されているかを指します。語彙的結束性には、同じ語の繰り返し、類義語・反義語の使用などが含まれます。文法的結束性には、代名詞による指示関係、省略、代用などが含まれます。一貫性は、テキスト全体が論理的なひとつのまとまりとして解釈できるかどうかを指します。Nunanの言葉を借りれば、「一貫性とは、テキストをランダムな文の集合以上のものにする要素」です。テキストに内的な論理関係があるとき、読者はそれを「意味のある全体」として受け取ることができます。

この二つの概念は抽象的に聞こえますが、実は教師も生徒も日常的に直感的に使っています。「この文、前の文と繋がってないよね」「なんで急にこの話になるの」と感じるとき、それはまさに結束性や一貫性の欠如に反応しているのです。ディスコース分析は、そういう直感を言語化し、教育可能な概念として整理してくれます。

教育実践への提言―理論を教室に降ろす

論文の核心は第4章にあります。ここでは、ディスコース分析を実際の読解授業に統合するための具体的な方策が二つの柱で論じられています。

第一の柱は「教師のディスコース意識の向上」です。著者は、現在の高校英語読解授業の問題として、教師がテキストを「何を言っているか」「どう言っているか」「なぜそう言うのか」という三つの問いに機械的に当てはめてしまいがちだと指摘しています。たとえば招待状や広告のように、目的が明白なテキストに対して、「なぜこの表現を選んだか」と深読みする必要はほとんどありません。ところが杓子定規にすべてのテキストを同じフレームで分析しようとする傾向があると言うのです。このような指摘は、日本の英語教育現場でも思い当たる節があるのではないでしょうか。教師自身がテキストの性質を的確に判断し、それに合わせた読み方の指導ができるかどうか。それが授業の質を大きく左右します。

第二の柱は「読解タスクの設計」です。著者は、生徒がテキストを観察者の視点から分析できるよう、さまざまなタスクタイプを提案しています。条件関係の特定(たとえば “if” などの接続詞を探し、条件が意味にどう影響するかを考える)、指示関係の追跡(代名詞 “they” や “these” が何を指すのかを確認する)、欠けた情報の補完(文脈から手がかりを得て空所を埋める)、含意の推測と判断、時系列に沿った情報の整理などです。これらは「テキストを分解して再構成する」作業であり、ただ「読んで意味を答える」だけの活動とは根本的に異なります。

読解の段階については、PWP(Pre-reading, While-reading, Post-reading)モデルが提示されています。読む前の段階では、タイトルや図表・キーワードを手がかりに内容を予測し、スキミングで大意を把握する。読んでいる最中は、スキャニングで事実情報を確認しながら著者の意図や含意を推測し、難語の意味を文脈から類推する。読んだ後は、テキストの内容を発展させる活動(書き換え、続きの創作など)を通じて理解を深め、自律的な学習能力を育てる。このモデル自体は目新しいものではありませんが、ディスコース分析の視点と組み合わせることで、各段階の活動がより明確な目的を持つようになるという点に著者の主張の力があります。

この論文の貢献と限界―率直な評価

論文として見たとき、どう評価すべきでしょうか。率直に言えば、理論的な整理は堅実で読みやすいのですが、実証性という点では明らかな弱さがあります。論文中には、著者自身が行った授業実践や観察データ、生徒の成果の変化を示す数値などはほとんど登場しません。先行研究の知見を整理し、理論的枠組みを提示し、教授法上の提言を行うという構成は、いわゆる「文献レビューとフレームワーク提案型」の論文であり、それ自体は一定の学術的価値を持ちます。しかし読者としては、「実際にこれをやったらどうなったのか」という問いへの答えが見当たらないことに物足りなさを感じるかもしれません。

また、論文が想定している「高校生」や「教師」のプロフィールが、ほぼ中国の文脈に限定されている点も留意が必要です。中国では英語は外国語(EFL)として学ばれており、学習者の動機、教師の養成環境、クラスサイズ、評価制度などが日本とは大きく異なります。そのまま「日本の高校英語に応用できる」とは言い切れない部分があります。

さらに、取り上げているディスコースパターンが三種類に限られている点も気になります。実際の英語テキストにはより多様な構造が存在しており、たとえばHoeyが詳述している「主張―根拠―例示―結論」のような多段階パターン、あるいはナラティブ構造(物語文の時制・視点の変化など)などは、高校生が実際に読む教材に頻出するにもかかわらず、論文では十分に扱われていません。

関連研究との対比―何が新しく、何が既知か

ディスコース分析を英語教育に応用する研究は、すでに相当の蓄積があります。たとえばMcCarthyの先駆的な研究(Discourse Analysis for Language Teachers, 1991年)は、まさに教師向けにディスコース分析の知見を整理した古典で、本論文もこれを参照しています。また最近ではGrifenhagen and Barnes(2022年)がアメリカの読解教育においてディスコースを再考する必要性を論じており、多言語・多文化的な文脈での実践を報告しています。本論文が引用するAdelnia and Salehiのイランでの研究(English for Specific Purposes, 2024年)は、ジャンル分析を読解に組み込む実験として注目に値します。

こうした先行研究と比べたとき、本論文の独自性はどこにあるでしょうか。中国の最新カリキュラム標準(2020年版)を出発点として、その政策的要請にディスコース分析がどう応えうるかを論じているという点は、少なくとも中国の文脈においては時宜を得た整理と言えます。また、三種のディスコースパターンとPWPモデルを接続させ、各段階の活動に具体的な形を与えようとした試みは、実践的な指針として一定の価値があります。

ただし、こうした接続自体は研究上の「発見」というより「応用的整理」であり、理論的な新規性という点では限界があります。むしろこの論文の意義は、すでに知られている理論を教育実践のレベルで整理し、中国の現場教師が使いやすい形に落とし込もうとした点にあると見るべきでしょう。

日本の英語教育現場への示唆

では日本の英語教育関係者にとって、この論文はどんな問いを投げかけているでしょうか。いくつかの点を考えてみます。

まず「ディスコース意識の教師教育」という課題です。日本の英語教師養成・研修においても、文法・語彙・発音などの指導法は比較的体系化されていますが、テキスト全体の構造を読む「ディスコース読み」を指導する力は、必ずしも十分に育成されているとは言えません。学習指導要領でも「テキストの概要や要点を把握する」ことの重要性は示されていますが、それを教えるための具体的な枠組みとしてディスコース分析が体系的に導入されているかというと、現場の実態はまちまちです。本論文が「教師のディスコース分析能力の向上が授業の質を決定する」と強調していることは、日本の文脈でも傾聴に値します。

次に「共通テスト対策とディスコース分析の親和性」という点があります。日本の大学入学共通テスト(英語)は、長文読解の比重が高く、テキスト全体の論旨把握、段落間の関係の理解、著者の意図の推測などが問われます。これはまさにディスコース分析が鍛えようとしている能力と重なります。試験対策として暗記や個別文法問題の反復に終始するのではなく、テキスト構造を意識した読解練習を組み込むことは、試験対策としても有効なはずです。本論文の提案するタスクタイプ―条件関係の特定、指示関係の追跡、時系列の整理―は、日本の入試問題を教材として活用する場合にも直接応用できます。

また「教科書テキストの構造分析」という発想も重要です。日本の高校英語教科書に収録されているテキストは、ジャンルの多様性という点で近年大幅に広がっています。説明文、論説文、物語文、インタビュー記事などが混在しています。これらをすべて同じ方法で読もうとするのではなく、ジャンルごとの「型」を意識して読む指導を取り入れることで、生徒の理解度と自律的読解力は確実に高まるでしょう。本論文が整理しているディスコースパターンは、その「型」を教えるための最初の一歩になります。

ただし一点、日本の文脈で注意すべきことがあります。それはクラスサイズと指導時間の問題です。本論文が提案するPWPモデルに基づく多段階活動は、ある程度の授業時間と少人数的な関与を前提としています。週2〜3コマ、40人前後のクラスという日本の標準的な高校英語の環境でこれをどう実装するか、という実践的課題は論文の枠外に残されています。

おわりに―「読む」ことを教えるとはどういうことか

最後に、少し引いた視点から考えてみたいと思います。「読む」ことを教えるとはどういうことでしょうか。単語の意味を教えることでしょうか。文法を解説することでしょうか。それだけでは足りないということは、多くの教師が体感として知っているはずです。しかし「では何が足りないのか」を明示的に言語化し、教育可能な概念として整理することは、想像以上に難しい。

本論文が試みているのは、まさにその「足りないもの」の一端をディスコース分析という枠組みで言語化する作業です。完全ではありません。実証データも薄い。しかし、「テキストをテキスト全体として読む」という問いを正面に据え、それを教える方法を真剣に考えようとしている姿勢は評価できます。

かつて私が研究会でよく耳にした言葉があります。「生徒は読んでいるけど、読めていない」。本論文の著者たちも、おそらく同じ感覚をどこかで持っていたはずです。その感覚を、理論と実践の両面から丁寧に解きほぐそうとするこの論文は、規模こそ小さいながら、英語教育研究のひとつの誠実な試みとして受け取ることができます。日本の英語教育関係者にとっても、自分の教室を少し違う角度から眺め直すきっかけになるかもしれません。


Yan, J., & Jiang, J. (2025). Discourse analysis and high school English reading teaching. International Journal of Educational Development, 1(2), 72–79. https://doi.org/10.63313/IJED.9019

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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