はじめに―言語を学ぶとはどういうことか

外国語を学んだことのある人なら、一度はこんな経験をしたことがあるのではないでしょうか。長年勉強してきた英語がある程度できるようになったのに、別の外国語を学び始めたとたん、なぜか英語の聞き取りが前よりもぎこちなくなった気がする、というような感覚です。「気のせいだろう」と思いがちなその現象が、実は科学的に起こりうることを示した論文が今回紹介するものです。

2025年1月に学術誌『Languages』に掲載されたRomana Kopečkováの論文”Perception Development of L2 English and L3 Polish Coda Obstruents by L1 German Adult Multilinguals”は、ドイツ語を母語とし英語を第二言語として使う大人たちが、ポーランド語という第三言語を学び始めたとき、英語とポーランド語の音声知覚がどのように変化するかを、10ヶ月にわたって追跡した縦断的研究です。著者のKopečkováはドイツ・ミュンスター大学英語学部に所属する研究者で、多言語習得における音声・音韻論を専門としており、本論文はドイツ研究振興財団(DFG)の助成を受けた大規模プロジェクトの一部として位置づけられています。

「音を聞き分ける」ということの難しさ

まず、この論文が扱っている「コーダ閉鎖音の有声・無声」という現象について、少し説明が必要でしょう。

日本語話者にはなじみの薄い話ですが、英語には単語の末尾に来る子音が有声か無声かで意味が変わる仕組みがあります。たとえばhave(/hæv/、末尾が有声音)とhalf(/hæf/、末尾が無声音)は、最後の音が違うだけで全く別の単語になります。ところがドイツ語もポーランド語も、単語の末尾に来る有声子音を無声化する「語末無声化」という規則を持っています。つまりドイツ語話者にとって、語末の有声・無声の対立を聞き分けることは、母語にはない、学ばなければならない新しい知覚カテゴリーなのです。

そしてポーランド語も語末無声化を行う点ではドイツ語と同じなのですが、ポーランド語にはさらに「後退同化」と呼ばれる規則があり、後に続く音によっては有声音が現れることもあります。つまり、ドイツ語母語話者がポーランド語の語末子音を聞くとき、自分の母語の規則と似ているようで微妙に異なるという、ある種の「罠」が存在するわけです。

英語・ドイツ語・ポーランド語という三言語の語末閉鎖音の振る舞いの違いを一言で言えば、英語は語末に有声子音が現れる(これは英語の「特徴」)、ドイツ語は常に無声化する、ポーランド語も基本的に無声化するが文脈によっては有声音が現れる、ということになります。この三者三様の違いが、多言語話者の頭の中でどのように処理されるかを問うのが、この研究の核心です。

研究の枠組み―複雑動的システム理論という視点

この研究がユニークなのは、単に「テストして点数を比べる」という静的な方法をとっていない点です。著者はCDST(複雑動的システム理論)という枠組みを採用しています。

CDSTは、言語習得を互いに影響し合う複雑なシステムの変化として捉えます。第一言語・第二言語・第三言語のそれぞれの音声カテゴリーは独立して存在するのではなく、一つの「共有された音声空間」の中で互いに引き合ったり反発したりしながら変化し続ける、という考え方です。この観点では、発達の軌跡が直線的である必要はなく、むしろ揺らぎや後退も発達の一部として捉えられます。

これはたとえるなら、水面に複数の石を投げ込んだときの波紋のようなものです。それぞれの波紋が干渉し合い、ある場所では波が強まり、別の場所では打ち消し合う。一つの石(言語)を追加するだけで、既存の波紋(他の言語の知覚)が変化するのです。

研究のデザイン―密度の高いデータ収集

研究参加者は21歳から39歳の成人7名で、全員がドイツ語を母語とし、英語を上級程度に使えるマルチリンガルです。彼らはポーランド語の授業を週2回(90分×2)受講し始めたばかりの初学者でした。

知覚テストには「強制選択goodness課題」という手法が使われました。被験者はヘッドフォンを通して二種類の発音を聞き、「どちらがより自然に聞こえるか」をボタンで答えます。一方は正しい発音、もう一方は意図的に変えた「訛りのある」発音です。英語テストでは語末の有声音を無声化したもの(haveをhafのように)、ポーランド語テストでは逆に語末の無声音を有声化したもの(lewを/lev/のように)が「変な発音」として用いられました。

テストは英語について4回(4週・10週・20週・40週時点)、ポーランド語について3回(10週・20週・40週時点)実施されました。さらに3名の参加者は2回目と4回目のテストの間、毎月データを提供する「密集データ収集」に応じました。これによって、通常の縦断研究では見落とされがちな細かな変動も捉えることができたわけです。

グループ全体の傾向―英語は下がり、ポーランド語は上がる

グループ全体の結果を見ると、まず英語(第二言語)の知覚精度は10ヶ月の間に有意に低下しました。最初(4週時点)の正答率73%が、最終テスト(40週時点)では59%まで落ちています。一方で反応速度は速くなっており、これは単純に「下手になった」というより、「別の(より馴染みのある)カテゴリーで素早く処理するようになった」という解釈を支持します。つまり、ポーランド語学習が進むにつれて、語末無声化という「ドイツ語・ポーランド語的」なカテゴリーが強化され、それが英語の有声語末音の知覚を上書きしてしまっているというわけです。

ポーランド語(第三言語)の知覚精度は10週から20週にかけて有意に改善しましたが、40週時点では少し落ちるという「ジグザグ」のパターンを示しました。反応時間については20週時点で有意に遅くなっており、これは単にドイツ語の語末無声化カテゴリーに当てはめて処理しているのではなく、新しいポーランド語用のカテゴリーを形成しようとしている可能性を示唆しています。もしただドイツ語のカテゴリーに当てはめるだけなら、慣れるほど速くなるはずだからです。

英語とポーランド語の知覚精度を比べると、最初のポーランド語テスト時点(10週)では英語(73%)の方が有意に高く、その後の時点では有意差がありませんでした。英語は長年学んでいるにもかかわらず73%という決して高くない正答率からスタートしている点も注目に値します。これは英語の語末有声音の知覚が、たとえ長年学んでいても、母語(ドイツ語)の干渉を受けて完全には習得されていないことを示しています。

個人差の豊かさ―三者三様の発達軌跡

この論文の最も読みごたえのある部分は、3名の参加者の個別データ分析です。グループ全体の傾向が「英語↓・ポーランド語↑」という競合関係を示す一方で、個人レベルでは大きく異なるパターンが現れました。

英語・ドイツ語の教員免許取得を目指すReba03(32歳女性)は、ポーランド語を学ぶ動機として、交際相手のポーランド人家族と話したいという強い個人的な目標を持っていました。彼女は英語の知覚を安定した高い水準に保ちながら、ポーランド語の知覚精度を高め、最終的には英語よりも高い正答率に達しました。ただしポーランド語の知覚には後半になるほど変動が増えていきます。この変動は、彼女が授業の変更(担当教員の交代)を機に「もっと本格的に学べる」と期待して取り組み方を変えたこととも時期的に一致しており、学習への能動的な関与の変化が知覚に影響した可能性が考えられます。

政治学を専攻するSylü08(22歳男性)のケースは特に興味深いものです。彼はエラスムス交換留学でポーランドに4ヶ月滞在しており、研究期間の途中で学習環境が大きく変わりました。留学中、彼は英語もフランス語も増加した使用量にさらされ、さらに日常的にポーランド語の音声入力を受けました。結果として彼の英語知覚精度は後半に向けて低下し、ポーランド語知覚精度も低下するという、グループ全体の傾向に反するパターンを示しました。彼の場合、英語を「有声語末音がある言語」として、ポーランド語を「語末無声化をする言語」として認識していたはずが、実際のポーランド語の連続発話における後退同化の影響で「ポーランド語は有声音もある言語」という誤った再分類が起き、それが英語の無声語末音への過剰同化を引き起こした可能性があります。さらに彼はフランス語の使用も増やしており、フランス語は語末に有声子音が現れる言語であることから、フランス語が「有声語末音」という方向への混乱に拍車をかけた可能性も著者は指摘しています。残念ながら本研究ではフランス語の知覚データは収集されておらず、この点は今後の課題として残されています。

英語の大学生でもあるRogi18(32歳女性)は英語への日常的な接触が特に多く、英語の知覚は前半に大きく揺れた後、後半に安定しました。ポーランド語の知覚は中盤に一時的に安定・向上しましたが、後半に再び変動が増えました。彼女の月次の自由記述コメントでは、ポーランド語学習へのエンゲージメントが他の課題に押されて低かったことが繰り返し述べられており、学習への動機・関与の程度が知覚の発達に色濃く影響していることが示唆されます。

先行研究との対比―成人と青少年の違い

この研究が先行研究と大きく異なる点のひとつは、参加者が成人であるという点です。Wrembel et al.(2020)は同様のポーランド語・英語・ドイツ語の組み合わせで青少年の学習者を調べ、語末閉鎖音の有声・無声の知覚は10ヶ月の学習期間を通じてほぼチャンスレベル(50%前後)にとどまり、改善が見られなかったと報告しています。これと比べると、本研究の成人参加者はより高い正答率から始まり、かつポーランド語知覚に有意な改善を示しています。

Nelson(2020)は青少年と成人の両方を対象に、第三言語学習開始直後の「目新しさ効果」を報告しており、青少年では第三言語学習の初期に一時的な「知覚的混乱」が第二言語にも生じることを見出しました。成人の方が既存の言語知識を柔軟に活用できる可能性は、本研究の結果とも整合的です。

また先行研究の多くが2〜3回のテストしか行っていないのに対し、本研究は最大8回の測定点を確保したことで、従来見逃されがちだった一時的な変動や「ジグザグ」の軌跡を捉えることができました。これは方法論上の重要な貢献です。

日本の英語教育現場への示唆

この研究の知見は、日本の英語教育の文脈においても示唆に富んでいます。日本では近年、小学校からの英語教育の本格化とともに、外国語を複数並行して学ぶ学習者が増えつつあります。中学・高校では英語に加えてフランス語や中国語などを学ぶ機会も出てきており、大学では第二外国語の学習が一般的です。

本研究が示すのは、第三言語の学習が、すでに学習中の第二言語の音声知覚に影響を与えうるという事実です。日本語は英語とは大きく異なる音韻構造を持っており、日本語話者にとって英語の音声習得はもともと難しいとされています。そこにさらに別の外国語の音声体系が加わったとき、英語の音声カテゴリーが揺さぶられる可能性は十分に考えられます。教師の側からすれば、「最近、英語の発音や聞き取りが不安定になった」という学習者がいたとして、それが怠けや不注意ではなく、他の外国語との相互作用によるものかもしれないという視点を持つことが重要です。

また本研究は、学習者の個人差が極めて大きいことを明確に示しています。同じ授業を受け、同じ課題をこなしていても、学習者の動機・留学経験・他言語との接触状況によって発達軌跡は大きく異なります。この点は、一律のカリキュラムや評価だけでは捉えきれない学習者の実態を改めて示しており、個別の学習状況に合わせた指導の重要性を裏付けるものでしょう。

さらに、いわゆる「音痴」や「耳が悪い」とレッテルを貼られがちな学習者の中には、複数言語の音声カテゴリーが干渉し合っている状態にある人が含まれているかもしれません。音声知覚の変動は、退化ではなく再編成の過程であるという解釈は、学習者に対してより建設的なフィードバックをするうえで有用な視点を提供してくれます。

研究の限界と今後の課題

著者自身も認めているいくつかの限界点についても触れておく必要があります。まず参加者がわずか7名という小規模サンプルであること。これは統計的な一般化には慎重にならざるを得ない規模であり、論文でも「小規模研究(small-scale study)」と明記されています。ただし、CDSTの方法論では少数の個人を深く追うことに意義があり、量的な代表性よりも過程の豊かさを重視する研究デザインとして、この規模はある程度適切と言えます。

次に、参加者の母語(ドイツ語)の知覚データが収集されていない点です。著者も指摘するように、第三言語の影響が第一言語にも及ぶかどうかを検討するためには、L1のデータも不可欠です。また、Sylü08のケースでフランス語の影響が示唆されながらもフランス語の知覚データがないことは、重要な分析の空白として残ります。

テストに慣れることで生じるハビチュエーション効果の可能性も著者は認めており、精度が下がるとともに反応時間も短くなるパターンが、知覚的な混乱ではなく単なる慣れによる投げやりな回答を反映している可能性も完全には排除できません。ただし個人差が大きいことは、この説明だけでは収まらないことも示しています。

Phonological Permeability Hypothesis(PPH)への言及は興味深い点です。PPHは「第一言語の音韻カテゴリーは第二言語のそれよりも安定しており、変化しにくい」という仮説で、本研究の結果はその成人知覚版の証拠を提示している可能性があります。ただし先にも述べた通り、L1データがないため、この仮説の検証は不完全にとどまっています。

研究の意義と学術的な位置づけ

それでもこの論文が持つ学術的な意義は小さくありません。第三言語の音声習得に関する縦断的な研究はまだ数が限られており、特に成人を対象にした密集データ収集(dense data collection)を用いた研究は極めて希少です。CDSTの方法論を音声知覚研究に本格的に適用した先駆的な試みとして、この論文は今後の研究の土台となりうるものです。

また英語・ドイツ語・ポーランド語という三言語の組み合わせは、語末有声・無声対立という同一の音韻特徴が三言語で異なる実現をするという点で、この研究テーマにとって理想的な実験環境を提供しています。言語の選択そのものが巧みであり、変数の統制という点でも高く評価できます。

グループ分析と個人分析を組み合わせることで、「全体的な傾向は存在するが、それに当てはまらない個人も多い」という多言語習得の現実を丁寧に描き出している点も、この論文の美点です。平均値だけを見れば「英語が下がってポーランド語が上がる競合関係がある」と言えますが、それは3名のうち1名にしか当てはまらず、残りの2名は全く異なる軌跡をたどっています。こうした個人差の豊かさを捨象せずに提示したことは、後続研究に対して「グループ分析だけでは不十分だ」という重要なメッセージを送っています。

おわりに―揺れながら育つ、多言語の音声システム

外国語学習は、既存の言語システムをそのままにして新しい言語を追加していくような、積み木を積み上げる作業ではありません。むしろ、すでに存在するシステム全体が新しい要素を取り込むたびに再編成を迫られる、もっとずっと動的なプロセスです。

Kopečkováのこの論文は、それを7名という少ない参加者のデータから、しかし丁寧に、時間をかけて示しています。すべての個人データが一様な物語を語るわけではなく、ポーランドへの留学という人生の出来事が知覚の軌跡を予期しない方向に動かし、ポーランド語の先生が替わることが知覚の変動に対応する―そういった「人間のドラマ」が音声学の論文の中に透けて見えるとき、言語習得研究というものが、単なる数値の集積ではなく、生きた人間の経験を追いかける学問であることを改めて感じさせてくれます。

第三言語を学ぶことが既存の言語の知覚に影響を与えうる、というこの知見は、多言語社会が進む現代においてますます重要な意味を持つでしょう。英語を学び、さらに別の外国語を学ぼうとしている多くの人々にとって、この研究は「なぜか最近英語の聞き取りがうまくいかない気がする」という経験に、科学的な言葉を与えてくれるものかもしれません。


Kopečková, R. (2025). Perception development of L2 English and L3 Polish coda obstruents by L1 German adult multilinguals. Languages, 10(1), 10. https://doi.org/10.3390/languages10010010

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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