研究の背景と筆者たち

英語の授業でゲームを使う。それ自体は、特段珍しいことではありません。カルタ、ビンゴ、ロールプレイ。日本の英語教師なら、誰もが一度は試みたことのあるアプローチです。しかし、「ゲームをする」ことと「ゲームの設計思想そのものを授業に組み込む」ことの間には、実は大きな隔たりがあります。その隔たりを正面から問い直した研究が、今回取り上げる “Adapting Competitiveness and Gamification to a Digital Platform for Foreign Language Learning”(iJET, Vol. 15, No. 20, 2020)です。

著者はペルー・アレキパに位置するUniversidad Nacional de San Agustín de ArequipaのNorman Patrick Harvey ArceとAna Maria Cuadros Valdiviaです。Harvey Arceはコンピュータ科学と情報工学を専門とするエンジニアであり、外国語学習向けの教育プラットフォームの開発に携わりながら、スペインやブラジルとの国際的な連携のもとで研究を進めてきました。Cuadros ValdiviaはHCI(ヒューマン・コンピュータ・インタラクション)を専門とし、情報の可視化やデータマイニングに関する豊かな経験を持ちます。二人の専門性が交差することで、この研究は純粋な教育学的探究にとどまらず、テクノロジーデザインの視点を強く帯びたものになっています。

論文が掲載されたiJET(International Journal of Emerging Technologies in Learning)は、教育工学の分野では知名度の高い査読誌です。本論文は2020年6月に投稿され、同年7月には最終受理されています。コロナ禍でオンライン学習への関心が急速に高まった時期と重なることを考えると、出版のタイミングも興味深いと言えます。

ゲーミフィケーションとは何か―概念の整理から始める

さて、そもそも「ゲーミフィケーション」とはどういう意味でしょうか。聞き慣れない言葉かもしれません。論文自身が丁寧に説明していますが、ひと言で言えば「ゲームのデザイン要素を、ゲーム以外の文脈に転用すること」です。ポイントが貯まると次のステージに進める、達成するとバッジがもらえる、ランキングで自分の立ち位置がわかる。そういった仕組みを、語学学習の場に持ち込もうというわけです。

論文はゲーミフィケーションの定義について、複数の先行研究を引きながら検討しています。たとえばHamariらの「ビデオゲームが生み出すのと同じ心理的体験を模倣することで遊戯的な体験を作り出すこと」という定義、WerbachによるプロセスとしてのアプローチDeterding, Dixon, Khaled, Nackeが提唱した「非遊戯的な文脈へのゲームデザイン要素の応用」という定義などが紹介されます。これらの定義がやや散漫に並べられている感は否めませんが、それ自体が「ゲーミフィケーション」という概念がいまだ学術的に確定していない領域であることを示しており、誠実な態度だとも言えます。

論文の核心は、ゲーミフィケーションに加えて「競争性(competitiveness)」を明示的に動機づけの柱として位置づけた点にあります。メダルを集め、スコアを競い、ランキングで他者と比べる。その「勝ちたい」という感情を、外国語学習の推進力に変えようとするわけです。

研究設計の概要

調査はアレキパ大学の語学センターで2020年3月に実施されました。16歳から35歳の学生114名が参加し、英語の基礎レベルの4クラスが対象となりました。そのうち2クラスが実験群(ゲーミフィケーションプラットフォームを使用)、残り2クラスが対照群(従来の教科書と手動の点数記録システムを使用)として設定されています。全クラスで同じ教員が同じトピックを教えるという統制のとれた設計です。学習時間は1日1時間×10日間、合計40時間でした。

評価には事前・事後テストと二種類のアンケートが用いられています。信頼性の指標としてCronbachのαが算出されており、ゲーミフィケーション関連の質問紙でα=0.81、競争性関連の質問紙でα=0.79と、いずれも信頼性の閾値とされる0.7を超えています。測定の精度に対する配慮が感じられます。

プラットフォーム自体は3Dの仮想教室として構成されており、単語の穴埋め、文の並び替え、翻訳、音声との対話、3Dオブジェクトとの操作など、多様な活動が組み込まれています。進捗バー、メダル、ランキングといったゲーム的要素が並存し、MDA(Mechanics-Dynamics-Aesthetics)フレームワークという著名なゲームデザイン理論を援用して設計されています。

結果が示すもの

実験の結果は、ゲーミフィケーション群の優位性を概ね支持するものでした。読む・書く・聞くの3技能においては、実験群が対照群を上回る伸びを示しています。特にリスニングは顕著で、外国人ネイティブが録音したオーディオを繰り返し聞ける環境が、言語への慣れを促したと考えられます。

一方、話す(スピーキング)に関しては、実験群・対照群ともに伸びは限定的でした。これはプラットフォームに音声認識機能が搭載されていなかったためで、発話の練習はできても、その正確さをシステムが自動で評価・フィードバックできなかったことが主因として挙げられています。正直な限界の指摘です。

動機づけの面では、実験群の81.04%が学習への関心の高まりを感じ、82.76%が英語学習への意欲向上を報告しました。競争性に関する調査でも、実験群の約80%が競争を通じた学習の改善を肯定的に評価しており、対照群の半数以下とは対照的な数字です。

評価すべき点と課題

この研究の貢献は、ゲーミフィケーションと競争性を切り分けて論じた点にあります。多くの先行研究がゲーミフィケーション全体の効果を議論するのに対し、本論文は「競争すること自体が学習意欲を押し上げるか」という問いを独立して立てています。Cheung and Chanが競争心と幸福感の関係を論じた研究、ŠimekとKobal Grumが自己ハンディキャップにおける競争性と動機づけの関係を分析した研究など、教育心理学的な先行研究との接続も試みられており、理論的な裾野の広さは評価できます。

ただし、批評の目で見ると、いくつかの課題が浮かび上がります。まず、研究期間の短さです。10日間というのは、言語習得の効果を測るには非常に短い時間です。ゲーミフィケーションの効果が「目新しさ」によるものなのか、それとも持続的な学習改善につながる構造的な効果なのかを判断するには、少なくとも数週間から数カ月の縦断的な追跡調査が必要でしょう。この点は論文自身も明示的には触れておらず、限界として明記されるべきでした。

次に、サンプルの均質性の問題があります。参加者は全員が同一大学の語学センターに在籍する学生です。動機づけの水準や技術リテラシーにおいて、ある程度均質な集団である可能性が高く、結果の一般化には慎重さが求められます。特に、ゲーミフィケーションの効果が「デジタルネイティブ」である若年層にのみ見られるのか、それとも年代を超えて有効なのかという問いは、16歳から35歳という広い年齢幅を持つサンプルを用いながらも、年齢別の分析がなされていないため、答えが出ていません。

また、教師変数が統制されている点は長所でもあり、同時に弱点でもあります。同一教師が全グループを担当していることで授業の質は揃いますが、裏を返せば、その教師がゲーミフィケーションに特別な親和性を持つ場合、結果が過度に好意的になるリスクがあります。実験者効果への言及が欲しかったところです。

MDAフレームワークの援用について

本論文が採用するMDAフレームワーク(Mechanics-Dynamics-Aesthetics)は、HunickeらによってAAAIワークショップで提案されたゲームデザインの分析モデルです。ゲームの「仕組み」、「展開」、「感情的反応」を三層に分けて考えることで、設計の意図と利用者の体験のズレを明確にしようとするものです。このフレームワークを語学学習プラットフォームに応用した試みは、理論と実装をつなごうとする姿勢として評価できます。

ただし、実際の分析においてMDAフレームワークが十分に機能しているかは疑問が残ります。論文の中でMechanics(活動の種類)とDynamics(ユーザーの操作行動)、Aesthetics(3D仮想空間への没入感)が記述されていますが、それぞれが学習成果や動機づけとどのように結びついているかの分析は、記述的なレベルにとどまっています。フレームワークが「説明のための道具」として使われているという印象です。

あわせて言及されるContent and Language Integrated Learning(CLIL)アプローチとの接続も、やや表面的です。CLILは内容と言語を統合して教えるアプローチとして日本でも注目を集めていますが、本論文ではゲームのジャンルを選ぶ際の参照程度にしか言及されておらず、その教育哲学が設計全体に貫かれているかどうかは判断しかねます。

日本の英語教育現場への示唆

ここで少し視点を変えて、日本の英語教育に引き寄せて考えてみます。日本の英語教育は現在、大きな転換点にあります。学習指導要領の改訂によって「話すこと」「聞くこと」が強調され、大学入試でも4技能評価への移行が議論されてきました。デジタル教材の活用も推進されています。そうした文脈において、本研究が提起する問いは決して遠い話ではありません。

たとえば、Kahoot!やQuizizzといったゲーミフィケーションツールは、すでに日本の英語授業でも一部活用されています。しかしその多くは「クイズを楽しくする」レベルにとどまっており、ランキングシステムや達成バッジ、段階的な難易度設定といった、動機づけの仕組みとして体系化された設計にはなっていないことが多いです。本論文が示すのは、ゲーミフィケーションを「お楽しみ要素の付加」ではなく、「学習継続のための動機づけ設計」として位置づけることの重要性です。この発想の転換は、日本の教育現場でも十分に活かせるものでしょう。

競争性についても、日本的な文脈で考える余地があります。日本の教育文化では、個人間の露骨な競争よりも協調が重視される傾向があります。クラスの中で点数を公開することへの抵抗感は、少なくない教師や保護者が持っているでしょう。その意味で、本論文が示す「競争が動機づけを高める」という結果を日本に単純に適用することには慎重さが必要です。ただ、それ自体が研究の問いとして成立しており、「競争vs協調」「個人ランキングvs匿名ランキング」といった条件変数を設けた研究が日本語文脈でも行われるべきだということを、この論文は示唆しています。

さらに、スピーキング評価の困難という課題は、日本の英語教育が長らく抱えてきた問題と深く重なります。本論文のプラットフォームも音声認識機能を持たず、発話評価は教師に委ねられていました。近年、AIを活用した音声認識・発音評価システムの精度は急速に向上しており、Google Speech-to-TextやMicrosoftのAzure Cognitive Servicesなどがその代表例です。次世代のゲーミフィケーションプラットフォームが、こうした技術と統合される形で設計されれば、スピーキングの弱点を補うことができるでしょう。本論文の限界が、次の研究課題を指示してくれているとも言えます。

関連研究との対比

ゲーミフィケーションと外国語学習の交差点には、すでにいくつかの先行研究が蓄積されています。たとえば Dehghanzadehらによる体系的レビュー(2019)は、ゲーミフィケーションが第二言語習得を支援するという証拠がありつつも、研究の質にはばらつきがあると結論づけています。Rachels and Rockinson-Szapkiw(2018)は小学生を対象にスペイン語学習アプリの効果を検証し、ゲーミフィケーションが自己効力感を高めることを示しました。こうした先行研究と比較すると、本論文の貢献は「競争性」という変数を意識的に抽出した点にあり、一定の独自性があります。

他方、Zainuddinら(2020)はゲーム化された電子クイズが学習への関与と成績に与える効果を検討しており、本論文の知見を補完するものとして参照できます。ただし本論文の参考文献リストを見ると、引用された研究の多くが2020年前後に集中しており、それ以前の古典的な研究との接続がやや薄い印象です。Vygotsky的な社会的学習理論や、Deci and Ryanの自己決定理論は言及されていますが、それらとゲーミフィケーションの設計とがどう有機的に結びついているかを論じる議論がもう少し欲しかったと感じます。自己決定理論は本論文でも内発的・外発的動機づけの文脈で参照されているだけに、もったいない印象があります。

文章・構成上の評価

論文の文体は明解で、専門外の読者にも比較的わかりやすく書かれています。図表の使い方も適切で、事前・事後テストの変化が視覚的に把握しやすいです。ただし、議論の流れという点では、理論的枠組みの節(第2章)と結果の節(第4章)の間の橋渡しが弱く、なぜこの設計がこの結果をもたらしたのかについての解釈が、結論部分まで先送りされている印象を受けます。また、「Discussion and Conclusion」という節が一つにまとめられているため、考察と結論が混在しており、それぞれの論点をより明確に分けて展開してほしかったという読後感があります。

それでも、実際にプラットフォームを開発し、授業の中で走らせ、学生の変化をデータで追うという実践的な研究スタンスには敬意を表したいです。教育研究には往々にして「理論は立派だが現場での実施は他者任せ」という傾向がありますが、Harvey Arceはプラットフォームの開発者でもあり、実装者でもあります。研究者と開発者が同一人物であることは、実践的妥当性という意味で大きな強みです。

締めくくりとして

日本の英語教育において、「どう教えるか」の議論は長く続いてきました。文法訳読法から直接法へ、そしてコミュニカティブ・アプローチへと変遷してきた歴史があります。ゲーミフィケーションは、その系譜の中に新たな一章を加えようとしています。しかしそれは、従来の手法を否定するものではなく、「なぜ学び続けるのか」という動機づけの問いに答えようとする試みです。

本論文は完成された研究とは言えません。サンプルの限定性、短い実施期間、スピーキング評価の不備など、課題は残ります。それでも、競争性とゲーミフィケーションを組み合わせた外国語学習支援の可能性を実証的に示し、日本を含む世界中の教育現場に「動機づけの設計」について問いを投げかけた点において、この研究は確かな価値を持っています。

教室でのゲームが「お楽しみ」から「設計された動機づけ」へと変わるとき、英語学習の風景もまた少しずつ変わっていくかもしれません。その変化を実証的に検証し続けることが、今まさに求められていることだと、この論文を読み終えて改めて感じます。


Harvey Arce, N. P., & Cuadros Valdivia, A. M. (2020). Adapting competitiveness and gamification to a digital platform for foreign language learning. International Journal of Emerging Technologies in Learning, 15(20), 194–209. https://doi.org/10.3991/ijet.v15i20.16135

 

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By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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