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はじめに

本論文”Design and implementation of English reading examination system based on WEB platform”は、華北科技大学の研究チーム(Lan Guo、Zhiyu Zhao、Lu Bai、Jing lv、Xin Zhao)によるWEBプラットフォームベースの英語読解試験システムの設計・実装に関する研究報告です。2017年に発表されたこの研究は、中国における英語教育の情報化推進という時代的背景のもと、従来の紙ベースの試験システムの課題を解決することを目指した実践的な取り組みとして位置づけられます。

研究の背景には、中国の急速な国際化に伴う英語教育への需要の高まりがあります。論文では、国際的な金融、貿易、産業、情報通信、外交分野において英語が最も頻繁に使用される言語であることを指摘し、中国の対外開放政策の加速により英語学習者が増加している現状を述べています。特に英語読解能力は外国語習得の重要な指標とされており、知識や情報を分析する鍵となる能力として位置づけられています。

研究背景と問題意識の妥当性

中国における英語教育の課題

研究者らは、中国の大学生の英語読解能力が低く、読解速度と効率に問題があることを指摘しています。この問題の主要因として、語彙力の不足と読解練習や特化した試験の不足を挙げ、特に後者が主要な原因であると分析しています。従来の英語読解試験には、問題データベースの問題数不足、試験フィードバックの遅さ、集中的な訓練機会の不足といった複数の欠点があり、これらが学生の英語向上を効率性と時間の両面で阻害していると論じています。

この問題意識は実際の教育現場の課題を的確に捉えており、特に大学における大規模な英語教育の文脈では説得力のある分析といえます。コンピュータネットワーク情報化時代の到来により、ハードウェア基盤は独立した試験システムの設計要件を満たしており、ソフトウェアによるシステム機能支援によって英語読解試験システムの実現が可能になったという時代認識も妥当です。

システム開発の必要性

研究者らが提示する問題解決のアプローチは、従来の手動による試験管理の低い処理速度と高い採点ミス率を自動化によって改善するという明確な方向性を示しています。経済的実現可能性の観点から、システム開発に関わるハードウェアと管理コストが、長期的な試験組織・採点・管理スタッフの人件費よりも低いという分析は、実用的な判断基準として適切です。

技術的アプローチの評価

技術選択の妥当性

本システムはブラウザ・サーバアーキテクチャを採用し、バックエンドデータベースとしてSQL Server、プログラミング言語としてC#とASP.NETを使用しています。これらの技術選択は2017年時点では主流の技術スタックであり、Windows XP、Windows 7、Windows 10での動作環境も当時の教育機関の一般的な環境に適合していました。

ASP.NETについては、マイクロソフトのNGWS(Next Generation Windows Services)の重要な構成要素として、動的ウェブサイト設計に新しい技術と概念をもたらし、ウェブ開発者の生産性向上に寄与するものとして説明されています。従来のウェブ開発技術と比較して、より強力な性能と開発ツール、優れた適応性と回復力、高い効率性、優れたカスタマイズ性と拡張性、より良い言語サポートを提供するという特徴が挙げられています。

C#言語については、学習しやすい文法、オブジェクト指向プログラミング、ウェブとの密接な関係、高いセキュリティと耐障害性、柔軟性と互換性といった特徴が説明されており、これらの技術説明は基本的に正確です。

アーキテクチャ設計の特徴

システムは4層アーキテクチャを採用し、システムのプレゼンテーション層、コアビジネスロジック層、汎用ビジネスロジック層、データ層を効果的に分離しています。この設計により、システムの拡張性を保護し、プログラム開発作業での明確な分業を実現し、データ入力ポイントとセキュリティリスクを削減するとしています。

WEB UI層が学生、試験官、教師とのWEBインターフェースを提供し、バックエンドデータベースがWEBデータを通じて要求と相互作用を実現してデータアクセスを達成することで、WEB環境での英語オンライン試験管理業務に効果的に対応するという設計思想は理論的には適切です。

システム機能設計の分析

機能要件の整理

システムの業務プロセスは以下のように整理されています。教師が各種の英語読解問題を作成し、問題をインポートして問題バンクを維持すること、オンラインでテスト用紙を生成し、試験時間、問題数、各問題の配点を設定すること、システムが教師のレビュー用にサンプルテスト用紙を生成し、満足しない用紙を除去すること、管理者が学生と管理者の情報を管理し、学生の追加、削除、変更、照会を行うこと、そして試験対象者として認定された学生が試験を受け、過去の試験科目について照会し、他の学生が結果照会を行うことです。

これらの機能要件は、英語読解試験システムとして必要な基本機能を網羅しており、実際の教育現場のニーズを反映していると評価できます。

データベース設計の検討

システムのデータベース設計では、ユーザ管理テーブル、試験管理テーブル、カリキュラム管理テーブル、学生情報テーブル、テスト用紙管理テーブル、結果管理テーブル、問題バンク管理テーブルなどが定義されています。E-R図による概念構造設計では、ユーザエンティティ、学生エンティティ、試験エンティティ、テスト問題バンクエンティティ間の関係が明確に定義されています。

ただし、論文で示されているテーブル構造の詳細は限定的であり、実際のシステムで必要となるより複雑なデータ関係や制約条件についての説明は不十分です。特に、試験のセキュリティや不正行為防止に関連するデータ設計について十分に言及されていない点は課題として指摘できます。

システム実装と検証の評価

実装結果の提示

論文では、システムの主要インターフェースとして、メイン画面と学生試験画面のスクリーンショットが提示されています。メイン画面では管理者と受験者が適切なオプションを選択して操作できる設計となっており、学生試験画面では過去のCET-6試験用紙を練習として選択し、記事を読んで理解に基づいて回答を選択し、システムが記録する仕組みが示されています。

これらのインターフェース設計は直感的で、教育現場での使用に適していると考えられます。しかし、実際のユーザビリティテストや学習効果の測定結果については具体的なデータが示されておらず、システムの実効性を客観的に評価することは困難です。

テスト実行とその限界

システムのテストについては、ホワイトボックステストとブラックボックステストを使用してシステムの各機能モジュールが機能要件を満たすかを検証したとされています。i3プロセッサ、2GBシステムメモリ、1Tハードディスク、Windows 7オペレーティングシステムの動作環境で、ユーザー登録ログイン、結果情報照会と追加、テストバンク管理、システムによる自動採点などのテスト出力がすべて合格であったことが報告されています。

しかし、このテスト結果の説明は極めて簡潔であり、具体的なテストケースの内容、パフォーマンス測定結果、同時アクセス数での負荷テスト、セキュリティテストなどの詳細な検証結果が示されていません。教育システムとして実用的に運用するためには、これらのより詳細な検証が必要です。

学術的貢献と限界

研究の位置づけ

本研究は実装研究の性格が強く、既存の技術を教育現場の具体的な問題解決に適用した事例として評価できます。中国の英語教育における情報化推進の文脈では実用的な価値を持つ研究といえますが、技術的な新規性や学術的な理論的貢献は限定的です。

システムアーキテクチャや使用技術は当時の標準的なアプローチであり、特筆すべき技術的イノベーションは見当たりません。むしろ、教育現場での実際の導入を前提とした実用性重視の設計であることが特徴といえます。

文献引用と研究の位置づけ

論文の参考文献は16件で構成されており、英語学習に関する教育学的研究、ウェブ技術やデータベース技術に関する技術文献、類似のe-learning システムに関する研究などが含まれています。しかし、英語教育におけるIT活用の教育効果に関する先行研究や、学習管理システムの設計原則に関する理論的基盤についての言及は不十分です。

特に、コンピュータ支援言語学習(CALL)分野の研究成果や、第二言語習得理論との関連性について十分に検討されていない点は、教育システム研究としての理論的基盤の弱さを示しています。

実用性と継続可能性の課題

運用面での課題

論文では、システムが学生の学習意欲向上と英語読解教育支援に効果的に寄与すると結論づけていますが、この評価は実際の長期運用データに基づくものではありません。教育システムとしての実効性を評価するためには、学習成果の測定、学生満足度調査、教師の業務効率改善の定量的評価などが必要です。

また、問題バンクの充実と更新、セキュリティ対策、システムメンテナンス、技術サポートなど、継続的な運用に必要な体制や資源についての検討も不十分です。特に、不正行為防止のためのセキュリティ機能や、大規模同時アクセス時のシステム安定性について具体的な対策が示されていません。

技術的持続性の問題

2017年時点での技術選択は適切でしたが、技術の急速な進歩を考慮すると、システムの長期的な維持・更新戦略が重要になります。特に、モバイルデバイスへの対応、クラウド環境での運用、最新のウェブ技術への対応など、技術環境の変化への適応性について十分に検討されていません。

現在では、レスポンシブウェブデザイン、SPA(Single Page Application)、マイクロサービスアーキテクチャなど、より現代的な技術アプローチが普及しており、本システムの技術基盤はすでに古くなっている可能性があります。

教育効果と学習理論の観点

学習理論との整合性

英語読解能力向上を目的とするシステムとして、第二言語習得の理論的基盤との整合性を検討することが重要です。本論文では、読解練習と特化した試験の不足が主要な問題として特定されていますが、認知負荷理論、構成主義学習理論、動機づけ理論などの学習科学の知見がシステム設計にどの程度反映されているかは明確ではありません。

特に、個別学習者のレベルに応じた適応的学習機能、即座のフィードバック機能、学習進捗の可視化機能など、効果的な学習支援に必要な要素について十分に検討されていません。単純な試験システムを超えて、学習支援システムとしての機能充実が求められます。

評価方法の課題

システムの自動採点機能は効率性向上に寄与しますが、英語読解能力の多面的評価という観点では限界があります。選択式問題による評価だけでは、読解プロセスの深い理解、批判的思考能力、推論能力などの高次認知能力を適切に評価することは困難です。

また、学習者の読解ストラテジーの発達や、メタ認知能力の向上など、英語読解教育において重要な要素についての評価機能が組み込まれていない点も課題として指摘できます。

システムの社会的影響と倫理的課題

教育の公平性への配慮

WEBベースのシステムは地理的制約を超えてアクセス可能である一方、デジタルデバイドの問題も考慮する必要があります。すべての学習者が適切なインターネット環境とコンピュータリテラシーを持つとは限らず、技術的格差が教育機会の格差につながる可能性があります。

特に、中国の地域間格差を考慮すると、都市部と農村部でのインフラ整備状況の違いが、システムへの平等なアクセスを阻害する要因となる可能性があります。この点についての配慮や対策について論文では言及されていません。

データプライバシーとセキュリティ

教育システムでは学習者の学習履歴、成績データ、個人情報などの機密データを扱うため、データプライバシーとセキュリティの確保は極めて重要です。論文では、システムのセキュリティ機能について「ユーザー権限がシステムのセキュリティとユーザーのプライバシーを確保する」と簡潔に述べられているのみで、具体的なセキュリティ対策やプライバシー保護機能についての詳細な説明がありません。

特に、GDPR等のデータ保護規制への対応、不正アクセス防止機能、データの暗号化、バックアップとリカバリ機能など、実用的なシステムに必要なセキュリティ機能について十分な検討が求められます。

国際的な教育技術動向との比較

同時代のe-learning動向

2017年当時、教育技術分野では適応学習(Adaptive Learning)、学習分析(Learning Analytics)、ゲーミフィケーション、モバイル学習などの概念が注目されていました。本システムはこれらの先進的なアプローチを取り入れておらず、比較的伝統的な試験管理システムの範疇にとどまっています。

特に、学習者の個別ニーズに対応する適応的機能、学習データの分析による学習支援機能、社会的学習を促進するコラボレーション機能などの欠如は、現代的な教育システムとしては物足りなさを感じさせます。

オープンソースソリューションとの比較

同時期には、Moodle、Blackboard、Canvas等の統合学習管理システム(LMS)が普及しており、これらのシステムは英語学習を含む多様な教育ニーズに対応する機能を提供していました。本研究のように独自システムを開発するアプローチと、既存のLMSを活用するアプローチの比較検討が行われていないことは、研究アプローチの妥当性評価において重要な欠落といえます。

研究手法と報告の質

研究方法論の評価

本研究は、実装研究としての性格が強く、システム開発のライフサイクルに沿った方法論を採用しています。要件分析、設計、実装、テストという段階的なアプローチは適切ですが、教育システム研究としては、ユーザー中心設計(User-Centered Design)やデザイン思考などのより現代的な設計方法論の採用が期待されます。

特に、実際の教育現場でのニーズ調査、プロトタイプによるユーザビリティテスト、反復的な改善プロセスなど、ユーザー参加型の設計プロセスについての言及がないことは、実用的なシステム開発としては不十分です。

論文の構成と表現

論文の構成は一般的な技術論文の形式に従っており、導入、関連技術、システム分析、設計実装、結論という流れで整理されています。図表の使用も適切で、システムアーキテクチャやインターフェース設計の理解を助けています。

ただし、実装の詳細やテスト結果についてより具体的なデータや分析があれば、研究の再現性と信頼性が向上すると考えられます。また、システムの限界や今後の改善点についてのより率直な議論があれば、研究としての完成度が高まったでしょう。

今後の発展可能性と提言

技術的改善の方向性

本システムをより現代的で効果的な教育支援システムに発展させるためには、いくつかの技術的改善が考えられます。人工知能技術を活用した個別化学習機能、自然言語処理による高度な文章分析機能、学習分析による学習支援機能などの導入により、単純な試験システムから総合的な学習支援システムへの進化が可能です。

また、マイクロサービスアーキテクチャの採用により、システムの拡張性と保守性を向上させ、クラウドネイティブなアプローチによってスケーラビリティとコスト効率を改善することも重要です。

教育学的改善の提案

英語読解教育の効果を最大化するためには、第二言語習得理論に基づく学習機能の充実が必要です。読解ストラテジー指導機能、段階的難易度調整機能、マルチメディアコンテンツとの連携機能などにより、より包括的な学習支援が可能になります。

さらに、教師と学習者、学習者同士の相互作用を促進するソーシャル学習機能の導入により、協働的な学習環境の構築も期待できます。

結論

本論文は、中国の英語教育における実践的課題に対して、当時の標準的な技術を用いた解決策を提示した実装研究として評価できます。WEBベースの英語読解試験システムの設計・実装という明確な目標設定と、体系的な開発プロセスの記述は、類似のシステム開発における参考事例としての価値があります。

しかし、教育システム研究としては、学習理論との整合性、教育効果の実証、ユーザビリティの検証、長期的な運用戦略などの観点で改善の余地があります。また、技術的には2017年時点で既に標準的なアプローチであり、特筆すべき技術的新規性は見当たりません。

中国における英語教育の情報化という文脈では実用的な価値を持つ研究である一方、国際的な教育技術研究の水準から見ると、より深い理論的基盤と実証的評価を伴った研究が期待されます。今後同様のシステム開発を行う際には、最新の教育技術動向と学習科学の知見を取り入れ、ユーザー中心の設計アプローチを採用することで、より効果的な学習支援システムの実現が可能になるでしょう。

教育のデジタル化が加速する現代において、本研究のような実装研究は重要な意義を持ちますが、技術的実装にとどまらず、教育効果の向上という本来の目的を達成するための総合的なアプローチが求められています。


Guo, L., Zhao, Z., Bai, L., lv, J., & Zhao, X. (2017). Design and implementation of English reading examination system based on WEB platform. International Journal of Emerging Technologies in Learning, 12(12), 45-56. https://doi.org/10.3991/ijet.v12.i12.7959

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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