研究の背景―デジタルツールと語学学習の交差点で

筆者のShu-Chiao Tsaiは、台湾の国立高雄科技大学教養教育センターに所属する研究者です。この論文は、Australasian Journal of Educational Technologyという教育テクノロジー分野の査読付き学術誌に2025年に掲載されました。台湾の教育現場で長年EFL(外国語としての英語)教育に携わってきた彼女の視点は、理論と実践の両面を兼ね備えています。

私たちの周りには、もはや翻訳アプリなしでは生活できないと感じる人も多いでしょう。海外旅行でレストランのメニューを読むとき、外国語のウェブサイトを閲覧するとき、あるいは仕事で英文メールを書くとき。Google翻訳をはじめとする機械翻訳ツールは、もはや日常生活に欠かせない存在となっています。しかし、教育の現場ではどうでしょうか。特に語学学習において、翻訳ツールの使用は長らく「ずる」や「学習の妨げ」として敬遠されてきた歴史があります。

Tsaiの研究は、このような従来の考え方に一石を投じるものです。彼女は、Google翻訳を単なる翻訳ツールとしてではなく、音声読み上げ機能や音声認識機能も含めた「マルチモーダル」な学習支援ツールとして捉え直しました。つまり、視覚(テキスト)、聴覚(音声)、そして双方向のやり取り(音声認識)を組み合わせた学習環境を構築したのです。

研究の設計―丁寧に組み立てられた実験プロセス

この研究では、152名の非英語専攻の大学生が参加しました。彼らの平均年齢は21.6歳で、工学部、コンピュータサイエンス学部、経営学部、人文社会科学部など、さまざまな学部に所属しています。重要なのは、彼らが「英語を専攻していない」という点です。日本でいえば、理系や経済学部の学生が一般教養科目として英語を学ぶような状況に近いでしょう。

学生たちの英語能力は、TOEICに相当する模擬テストで測定され、平均スコアは504.1点でした。これはヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)でいうA2レベル、つまり「基礎段階の使用者」に相当します。日本の大学生の平均的な英語力と比較すると、それほど変わらない、あるいはやや高いレベルかもしれません。

研究で使用されたテキストは、BBCの公式ウェブサイトから引用された、気候変動と地球温暖化に関する360語の英文記事でした。24の文から構成され、Flesch Reading Ease scoreは63.2で、これは米国の8年生(中学2年生)レベルに相当します。専門的すぎず、かといって易しすぎない、ちょうど良い難易度設定だったといえるでしょう。

Tsaiが開発した学習モデルは、5つの段階から構成されています。まず事前テストで学生の初期能力を測定し、次に目標テキストを読む段階で、Google翻訳の各種機能(翻訳、音声読み上げ、音声認識)を自由に使えるようにしました。学生たちは不明な単語や文章をハイライトし、その数を記録することで、自分の理解度を意識化させられました。そして50分間の読解時間の後、事後テストで学習効果を測定しました。

さらに興味深いのは、一部の学生(42名)を対象に、7週間後に遅延テストを実施した点です。学習の効果は、すぐに測定しても高い数値が出がちですが、本当の学習効果は時間が経っても保持されているかどうかで判断すべきです。この点で、Tsaiの研究設計は非常に堅実だといえます。

主な発見―数字が語る学習効果の実態

研究の結果は、率直に言って驚くべきものでした。事前テストでの平均スコアは10点満点中2.75点でしたが、Google翻訳支援ツールを使って学習した後の事後テストでは7.48点に上昇しました。統計的にいえば、効果量(Cohen’s d)は2.28で、これは「非常に大きな効果」とされる0.8を大きく上回ります。

ここで少し専門的な説明をすると、効果量とは、単に「統計的に有意な差がある」というだけでなく、「その差がどれくらい実質的に大きいか」を示す指標です。教育研究において効果量が2を超えるというのは、かなり稀なことです。それだけ、このGoogle翻訳を活用したアプローチには強力な学習効果があったということになります。

しかし、研究の真価は、こうした表面的な数字だけではなく、より深い分析にあります。Tsaiは、学生を英語能力の高いグループと低いグループに分けて分析しました。すると、英語能力の高い学生の方が、事前テストでも事後テストでも高いスコアを記録しただけでなく、不明な単語や文章の数も有意に少なかったのです。これは当然といえば当然ですが、重要な発見もありました。それは、英語能力が事前テストやGT支援テスト、事後テストのスコアとは有意な正の相関を示したものの、7週間後の遅延テストとは有意な相関がなかったという点です。

この結果は何を意味するのでしょうか。おそらく、Google翻訳などのツールを使った学習では、一時的な理解は促進されるものの、長期的な記憶の定着には、英語能力以外の要因―たとえば、学習への動機づけ、復習の頻度、内容への興味関心など―が大きく影響するということでしょう。

遅延テストの結果自体も示唆に富んでいます。7週間後のスコアは平均3.93点で、事後テストの7.62点からは大きく低下していますが、事前テストの2.69点よりは有意に高いままでした。つまり、学習の保持率は51.6%だったということです。これを高いと見るか低いと見るかは議論の余地がありますが、何の復習もなく7週間という長い期間を経ても、半分以上の学習効果が残っているというのは、悪くない結果だといえるでしょう。

学生の声―アンケート調査から見える受容と課題

数字だけでは見えてこない側面もあります。学生たちは、このGoogle翻訳を活用した学習アプローチをどのように感じたのでしょうか。

13項目からなるアンケート調査の結果は、概ね好意的でした。5点満点で、全体の平均は3.98点でした。特に高い評価を得たのは、「マルチモーダルGTツールの使いやすさ」(4.32点)、「英語の単語を継続して使用したい」(4.16点)、「英語語彙の中国語訳が読解に役立つ」(4.19点)、「英語語彙のリスニングのための2つの異なる音声速度が役立つ」(4.14点)といった項目でした。

ある学生の言葉を借りれば、「Google翻訳があれば、難しい単語が出てきてもすぐに意味を確認できるし、発音も聞けるから、一人で学習していても不安が少ない」ということでしょう。この「不安の軽減」という心理的効果は、特に英語が苦手な学生にとって重要です。従来の学習環境では、わからない単語があったら辞書を引くか、次の授業で先生に質問するしかありませんでした。しかし、デジタルツールを使えば、その場で即座に解決できます。この即時性が、学習意欲の維持につながっているのかもしれません。

一方で、興味深いことに、最も評価が低かった項目は「GTが提供する英単語の中国語訳は正確である」(3.59点)と「GTが提供する英文の中国語訳は正確である」(3.49点)でした。つまり、学生たちはGoogle翻訳を便利だと感じながらも、その翻訳の正確性については懐疑的だったのです。この結果は、機械翻訳の限界を学生たちが経験的に理解していることを示しています。

さらに、「事後テスト後の教師による説明が必要」という項目も4.03点と比較的高いスコアを得ました。これは、デジタルツールがいくら発達しても、教師の役割が完全になくなるわけではないことを示唆しています。むしろ、教師はツールの使用をサポートし、機械翻訳では理解しきれない微妙なニュアンスや文脈を説明する、新しい役割を担うべきなのかもしれません。

研究手法の評価―強みと弱みのバランス

研究手法という観点から見ると、Tsaiの研究にはいくつかの強みがあります。第一に、事前・事後テストに加えて遅延テストを実施した点は、学習効果の持続性を検証する上で非常に重要です。多くの教育研究が短期的な効果しか測定しないのに対し、この研究は長期的な視点を持っています。

第二に、量的データ(テストスコア)と質的データ(アンケート)を組み合わせた混合研究法を採用している点も評価できます。数字だけでは見えてこない学生の実感や課題を捉えることができています。

第三に、学生の英語能力レベル別、学部別の分析を行い、どのような学生に特に効果的なのかを明らかにしようとしている点も、実践的な意義があります。

一方で、いくつかの限界も認識しておく必要があります。まず、参加者が1つの大学の学生に限られており、その結果をどこまで一般化できるかという問題があります。Tsai自身も論文中でこの点を認めており、異なる教育背景や国の学生を対象とした研究の必要性を指摘しています。

また、学生の学習プロセスを詳細に観察できていない点も課題です。学生がGoogle翻訳をどのように、どれくらいの頻度で使ったのか、どの機能を最もよく使ったのか、といった情報は限定的です。Tsaiは今後の研究で、画面録画やアイトラッキング技術を使って、学習プロセスをより詳細に分析する必要性を述べています。

さらに、実験期間が2週間と比較的短いことも指摘できます。もっと長期間、たとえば1学期を通じてこのアプローチを継続した場合、どのような効果が現れるのか、また学生の使い方や態度がどう変化するのかは、今後の課題として残されています。

理論的背景―認知理論とマルチモーダル学習

Tsaiの研究は、Chapelleが1998年に提唱した、第二言語習得のためのマルチメディアCALL(コンピュータ支援言語学習)開発の評価基準に基づいています。この基準は、言語の鍵となる特徴を顕著にすること、言語入力の修正を提供すること、学習者が自分の誤りに気づく機会を提供すること、学習者が言語出力を修正する機会を提供することなどを重視しています。

また、Mayerの認知理論的マルチメディア学習理論も背景にあります。この理論によれば、人間は視覚情報と聴覚情報を別々の経路で処理するため、テキストと音声を組み合わせることで、より効果的な学習が可能になるとされています。Google翻訳の音声読み上げ機能は、まさにこの原理を活用したものといえるでしょう。

さらに、ハイライト機能を使わせることで、学生に自分の理解度を意識させ、メタ認知能力を高めようとしている点も、教育心理学の知見に基づいています。自分が何を理解し、何を理解していないかを自覚することは、効果的な学習の第一歩です。

日本の教育現場への示唆―文脈の違いを踏まえて

この研究から、日本の英語教育現場はどのような示唆を得ることができるでしょうか。

まず、デジタルツールの積極的な活用という点では、日本も学ぶべきことが多いでしょう。日本の学校現場では、スマートフォンの使用が制限されていたり、授業中に翻訳アプリを使うことが「ずる」と見なされたりすることがまだ多いのが現状です。しかし、Tsaiの研究が示すように、適切に設計された環境でこれらのツールを使用すれば、学習効果を高めることができます。

ただし、日本と台湾では言語的背景が異なることに注意が必要です。台湾の学生にとって、中国語から英語への翻訳は、文法構造の違いこそあれ、漢字という共通要素があります。一方、日本の学生にとっても、英語から日本語への翻訳は、カタカナ語の普及などにより、ある程度親しみやすい面もあります。しかし、文法構造の大きな違いは、機械翻訳の精度や学習効果に影響を与える可能性があります。

また、日本の教育現場では、大学入学共通テストに代表されるように、読解力の測定が重視されています。この研究で使用されたクローズテスト(文中の空欄に適切な語を入れる形式)は、まさに読解力と語彙力を測定するのに適した方法です。日本の教師も、このような評価方法と、デジタルツールを組み合わせた学習活動を設計できるでしょう。

さらに、この研究は「教師の役割の変化」という重要な問題を提起しています。デジタルツールが普及しても、教師が不要になるわけではありません。むしろ、教師は学習のファシリテーターとして、ツールの効果的な使い方を指導し、機械では提供できない深い理解や文化的背景の説明を行う、新しい役割を担うべきです。日本の教師は、この新しい役割にどう適応していくかを考える必要があります。

批判的考察―見落とされている視点

研究の価値を認めつつも、いくつか批判的に検討すべき点もあります。

第一に、この研究は学術的な英文読解に焦点を当てていますが、実際のコミュニケーション能力の向上にどの程度つながるのかは不明です。読解力は重要ですが、英語学習の最終的な目標は、読む・書く・聞く・話すという4技能をバランスよく発達させることです。Google翻訳に過度に依存することで、自分で英文を理解しようとする努力や、英語で考える習慣が失われる可能性はないでしょうか。

第二に、機械翻訳の質の問題です。研究中でも学生が翻訳の正確性に疑問を持っていたように、特に専門的な文章や文学的な表現では、機械翻訳は依然として限界があります。学生がこの限界を理解し、批判的にツールを使う能力を身につけることが重要ですが、この研究ではその点が十分に扱われていません。

第三に、動機づけの問題です。短期的な実験では、新しいツールを使うこと自体が学習意欲を高める「新奇性効果」が働く可能性があります。しかし、長期的に使い続けたとき、学生は依然として高い動機を保てるのでしょうか。また、ツールに依存しすぎて、自力で学習する能力が低下する危険性はないでしょうか。

むすびに―テクノロジーと人間の協働

Tsaiの研究は、教育テクノロジーの可能性と課題を同時に示しています。Google翻訳のようなツールは、適切に使えば、特に英語が苦手な学生の学習を大きく支援できることが明らかになりました。即座に翻訳を確認できる、音声で発音を聞ける、自分の発音を確認できるという機能は、従来の学習環境では得られなかった利便性をもたらしています。

しかし同時に、この研究は「ツールはあくまでツールである」という当たり前の真実も思い起こさせます。学生は翻訳の正確性に疑問を持ち、教師による説明を求めていました。デジタル時代においても、あるいはデジタル時代だからこそ、教師の役割は依然として重要なのです。

今後の研究課題として、Tsai自身が指摘するように、より長期的な効果の検証、異なる教育文脈での検証、学習プロセスのより詳細な分析などが必要です。また、個人的には、このアプローチが学生の批判的思考力や自律的学習能力にどのような影響を与えるかについても、さらなる研究が望まれます。

最後に、この研究が私たちに投げかける本質的な問いは、「テクノロジーと人間がどのように協働すべきか」ということでしょう。テクノロジーを排除するのでもなく、盲目的に信頼するのでもなく、その長所と短所を理解した上で、賢く活用する。そのような態度こそが、21世紀の教育に求められているのかもしれません。Tsaiの研究は、その道筋を示す一つの重要なステップといえるでしょう。


Tsai, S.-C. (2025). Implementing the digital multimodality of a Google Translate-assisted approach to online academic EFL reading. Australasian Journal of Educational Technology, 41(2), 89–105. https://doi.org/10.14742/ajet.10120

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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