研究の背景と意義

サウジアラビアのイマーム・ムハンマド・イブン・サウード・イスラーム大学のルジャイン・アルトウィジュリとタラル・ムサード・アルギッジによる本研究”Investigating the integration of artificial intelligence in English as foreign language classes for enhancing learners’ affective factors: A systematic review”は、高等教育における英語外国語(EFL)教育に人工知能技術を導入することが、学習者の心理的要因にどのような影響を与えるかを調査したシステマティックレビューです。2024年に学術誌「Heliyon」に掲載されたこの研究は、急速に発展するAI教育技術と語学学習の交差点において、重要な問題意識を提示しています。

近年、ChatGPTに代表される対話型AI技術の急速な普及により、教育現場でのAI活用が現実的な選択肢となりました。しかし、多くの研究がAI技術の語学スキル向上への効果に焦点を当てる一方で、学習者の動機、関与度、態度、不安といった心理的側面への影響については十分な検証が行われていませんでした。この研究は、まさにそのような研究の空白を埋めようとする試みとして位置づけられます。

研究方法の妥当性と限界

本研究では、2017年から2023年までの期間に発表された64件の論文から、最終的に21件を分析対象として選定しています。選定基準は明確に設定されており、英語で書かれた実証研究、高等教育での実施、AI技術の統合、学習者の情意的要因への焦点といった要件が定められています。

しかし、この選定過程にはいくつかの課題が指摘できます。まず、最終的に21件という限定された研究数は、包括的な結論を導き出すには不十分な可能性があります。特に、AI教育技術という新興分野において、質の高い実証研究が限られていることは理解できますが、それでも研究の一般化可能性には疑問が残ります。

また、研究の地理的分布を見ると、日本と中国の研究者による論文が全体の50%を占めているとされています。これは文化的・教育的文脈の偏りを示唆しており、他の地域や文化圏における結果の適用可能性について慎重に検討する必要があります。語学学習における情意的要因は、文化的背景によって大きく異なる可能性があるためです。

情意的要因の理論的基盤

研究者らは、動機(motivation)、関与度(engagement)、態度(attitude)、不安(anxiety)という四つの情意的要因に焦点を当てています。これらの要因の選択は、既存の第二言語習得研究における重要性に基づいているとされていますが、なぜこれらの四つに限定したのかについて、より詳細な理論的根拠が示されることが望ましいでしょう。

動機については、自己決定理論に基づいて内発的動機と外発的動機に分けて説明されています。この理論的枠組みは適切ですが、AI技術の特性と動機理論の関係について、より深い考察があれば研究の質が向上したでしょう。例えば、AI技術の個別化機能が自律性の欲求にどのように応えるのか、または即座のフィードバック機能が有能感にどのような影響を与えるのかといった具体的な検討が不足しています。

関与度の定義として「学習経験への積極的な参加の量と質」が示されていますが、この概念の測定方法や、AI技術との相互作用の具体的なメカニズムについては十分に説明されていません。特に、従来の対面授業での関与度と、AI支援学習での関与度を同じ基準で測定することの妥当性については議論の余地があります。

AI技術の役割分類の有用性

研究では、EFL教育におけるAI技術の役割を「教師アシスタント」「個人指導者」「学習パートナー」の三つに分類しています。この分類は実用的で理解しやすく、教育現場での応用を考える際に有効な枠組みを提供しています。

教師アシスタントとしてのAIは、学術的知識の提供、形成的フィードバック、足場掛けの提供といった機能を担います。個人指導者としては、DuolingoやSiriなどのアプリケーションが言語学習の文脈を提供します。学習パートナーとしては、音声やテキストを通じた対話機能を提供します。

ただし、この分類にはいくつかの限界があります。現実のAI技術は複数の役割を同時に果たすことが多く、明確な境界線を引くことは困難です。また、学習者が技術をどのように認識し、関わるかは個人によって大きく異なる可能性があり、一律的な分類では捉えきれない複雑さがあります。

研究結果の分析と解釈

分析された21件の研究のうち、大部分でAI技術の導入が学習者の情意的要因に肯定的な影響を与えたと報告されています。具体的には、チャットボットの使用が学習者の動機、熱意、自信を高め、内発的・外発的動機を向上させ、時間と労力の投資を促進したとされています。

しかし、これらの結果を解釈する際には慎重さが必要です。まず、多くの研究が短期間の実験(2回の50分実験から3か月の準実験まで)に基づいており、長期的な効果については不明です。語学学習は本来長期的なプロセスであり、初期の興味や関心が持続するかどうかは別の問題です。

また、実験デザインの多くが準実験的手法を採用しており、統制群の設定や変数の統制に課題がある可能性があります。特に、AI技術への新規性効果(novelty effect)が結果に影響している可能性は十分に検討されていません。新しい技術に対する初期の興味が、実際の学習効果とは別の要因として作用している可能性があります。

測定方法と評価指標の課題

研究で使用された測定方法の多くが自己報告式のアンケートに依存していることも問題です。情意的要因は主観的な性質を持つため、自己報告が重要な測定手段であることは理解できますが、社会的望ましさバイアスや実験者効果の影響を受けやすいという限界があります。

さらに、多くの研究で使用された測定尺度の妥当性や信頼性についての情報が不十分です。特に、異なる文化的背景を持つ学習者に対して、同じ尺度を適用することの適切性については疑問があります。例えば、不安の表現や動機の源泉は文化によって大きく異なる可能性があります。

統計分析についても、多くの研究でp値のみが報告され、効果量(effect size)の報告が不十分です。統計的有意性だけでなく、実際の教育現場での意味のある変化の大きさについて判断するためには、効果量の情報が不可欠です。

倫理的考慮と社会的影響

本研究で取り上げられた論文の多くで、AI技術の教育利用における倫理的側面への言及が不足していることは重要な課題です。研究の最後でUNESCOの「AI と教育に関する北京コンセンサス」に触れられているものの、より詳細な倫理的検討が必要でした。

AI技術の教育利用には、プライバシーの保護、データの使用、アルゴリズムの透明性、公平性の確保といった重要な倫理的課題があります。特に、学習者の行動データや学習履歴が大量に収集・分析される環境では、これらの情報の適切な管理と使用が重要な問題となります。

また、AI技術の導入が既存の教師と学習者の関係性にどのような影響を与えるかについても、より深い考察が必要です。研究では「AIは教師の代替ではなく補完的なツールとして位置づけられるべき」と述べられていますが、実際の教育現場では技術と人間の役割分担について混乱が生じる可能性があります。

研究の実用的含意と限界

研究の実用的含意として、学習者がAI統合型EFL授業に対して肯定的な態度を示していることから、今後の導入が期待できるとされています。また、研究者、教育者、カリキュラム設計者に対してそれぞれ具体的な提言が示されている点は評価できます。

しかし、これらの含意には重要な前提条件が伴います。まず、適切な教師研修が不可欠であることが指摘されていますが、実際にどのような研修が必要で、どのような期間と内容が適切なのかについては詳細が示されていません。

また、技術インフラの整備や維持費用、学習者間のデジタル格差への対応といった実践的な課題についても十分に検討されていません。特に、すべての学習者が等しくAI技術にアクセスできる環境を確保することは、教育の公平性の観点から重要な課題です。

今後の研究への提言

研究の最後に今後の課題として、長期的な効果の検証、質的研究方法の活用、多様なAI技術の統合、大規模実験の実施などが挙げられています。これらの提言は適切ですが、さらに以下の点が重要と考えられます。

まず、個人差への注目が必要です。学習スタイル、技術への親和性、文化的背景などによって、AI技術の効果は大きく異なる可能性があります。一律的な効果を期待するのではなく、どのような学習者にどのような技術が適しているかを明らかにする研究が求められます。

また、教育目標との整合性についても検討が必要です。情意的要因の向上は確かに重要ですが、それが最終的に語学能力の向上や実践的なコミュニケーション能力の発達につながるかどうかの検証が不可欠です。

結論

本研究は、EFL教育におけるAI技術の情意的効果という重要なテーマを取り上げ、現在の研究状況を体系的に整理した貢献度の高い研究です。AI技術の教育利用に関する議論が活発化する中で、学習者の心理的側面に焦点を当てたアプローチは価値があります。

しかし、研究の限界も明確です。限定的な研究数、短期的な実験期間、測定方法の課題、文化的偏り、倫理的考慮の不足などが指摘できます。これらの限界は、研究分野の新しさと実証研究の困難さを反映していますが、今後の研究でより厳密な検証が必要です。

教育現場での実際の導入を考える際には、本研究の結果を参考にしながらも、個々の教育環境や学習者の特性を十分に考慮した慎重な判断が求められます。AI技術は確かに教育に新たな可能性をもたらしますが、それは万能の解決策ではなく、適切な設計と実施があって初めて効果を発揮する道具であることを忘れてはいけません。

今後の研究では、より長期的で包括的な検証、多様な文化的文脈での検証、倫理的配慮を含む総合的な評価が必要でしょう。そうした研究の積み重ねによって、AI技術の教育利用に関するより確実な知見が蓄積され、効果的な教育実践の基盤が構築されることが期待されます。


AlTwijri, L., & Alghizzi, T. M. (2024). Investigating the integration of artificial intelligence in English as foreign language classes for enhancing learners’ affective factors: A systematic review. Heliyon, 10, Article e31053. https://doi.org/10.1016/j.heliyon.2024.e31053

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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