英語を読むことの壁に直面する学習者たち

外国語として英語を学ぶ学生たちにとって、英語の文章を読むことは決して容易ではありません。多くの学生が、単語の意味がわからず辞書を何度も引きながら亀のようなスピードで読み進めるか、あるいは意味を十分に理解しないまま目だけを文字の上で走らせるという、どちらかの極端な状態に陥りがちです。この問題は日本だけでなく、世界中の英語学習者が共有する悩みといえるでしょう。

本論文”Use of AI tools in navigating reading difficulties of adult EFL learners”の筆者であるAbdullah Alshakhiは、サウジアラビアのKing Abdulaziz大学English Language Instituteの准教授として、まさにこうした学生たちの困難に日々向き合ってきました。サウジアラビアでは、中等教育まで英語を一つの科目として学んできた学生たちが、大学に入学すると突然、専門科目の多くを英語で学ばなければならないという現実に直面します。これは、日本の大学で理系の学生が英語の専門書や論文を読まなければならない状況と似ています。

AIという新しい可能性を教室に持ち込む

Alshakhiが着目したのは、急速に発展するAI技術を教育に活用する可能性でした。彼は、McGraw Hill社が提供する「Actively Learn」というAI搭載の読解支援プラットフォームを、従来型の読解授業に統合することで、学生たちの読解力向上を図ろうと考えました。このツールは、10,000冊以上の電子書籍を収録し、文章中の難しい単語をクリックすれば即座に意味や類義語が表示され、さらにアラビア語への翻訳機能も備えているという優れものです。

研究は2025年の3ヶ月間にわたって実施されました。参加したのは、理系を専攻する20歳から22歳の男子学生34名でした。彼らの英語レベルはB1(中級)で、6年間英語を学んできたものの、英語の本を読む習慣はほとんどなく、読解速度も遅く、語彙力も限られているという状態でした。

研究の設計に見る現実的な配慮と限界

この研究は準実験デザインを採用しています。つまり、実験群と対照群を設けて比較する厳密な実験ではなく、一つのクラス全体でAIツールを使った授業を行い、その前後での変化を測定するという方法です。研究者はこの選択について明確に説明していませんが、実際の教育現場では、一部の学生にだけ有益と思われる新しいツールを使わせ、他の学生には使わせないという倫理的な問題や、クラス運営上の困難があることは容易に想像できます。

学生たちは最初に読解テストを受け、その後3ヶ月間、Actively Learnを使って週に2ユニット分の読解課題に取り組みました。月末ごとにテストが実施され、最終的には4回目のテストまで行われました。テストの内容は、語彙知識、読解力、要約力、複雑な情報(図表や数値など)の理解力という4つの要素から構成され、各5点、合計20点満点でした。

ここで注目すべきは、テストの難易度が回を重ねるごとに上がっていったという点です。文章が長くなり、語彙も複雑になり、制限時間も短くなりました。つまり、単に同じレベルのテストで点数が上がったというだけでなく、より難しい課題に対しても成績が向上したということになります。これは学習の実質的な進歩を示す重要な設計といえます。

数字が語る着実な進歩

結果は研究者の期待を裏切らないものでした。事前テストでの平均点は11.35点でしたが、1回目の事後テストでは13.08点に上昇し、2回目では15.05点、そして最終テストでは16.97点にまで達しました。統計的な分析によれば、これらの差はすべて統計的に有意であり、偶然によるものではないことが示されました。特に事前テストと最終テストの差は5.62点と大きく、t値19.12、p値0.000という非常に高い統計的有意性を示しています。

4つの評価要素別に見ると、最も大きな改善が見られたのは語彙知識でした。平均で2.05点の向上があり、次いで読解力が1.58点、情報解読能力が1.05点、要約力が0.735点という順でした。この結果は、Actively Learnが持つ機能、特に即座に単語の意味を調べられる機能が、学生たちの語彙学習に大きく貢献したことを示唆しています。

一方で、要約力の向上が比較的小さかったことは興味深い発見です。要約という作業は、文章全体の構造を理解し、重要な情報と付随的な情報を区別し、それを自分の言葉で再構成するという高度な認知プロセスを必要とします。単語の意味がわかることや個々の文が理解できることと、文章全体を要約できることの間には、まだ埋めるべき隔たりがあることを、この結果は示しているのかもしれません。

先行研究との対話が示す普遍性

Alshakhiは、自身の研究結果を先行研究と丁寧に照らし合わせています。たとえば、Almadhi and Alanazi(2024)の研究も、電子書籍がサウジアラビアのEFL学習者の読解習慣と理解力に良い影響を与えることを報告しています。また、Daweli and Mahyoub(2024)やYuan and Liu(2025)の研究も、AIツールが学習者の意欲を高め、読解への自信を向上させることを示しています。

これらの研究との一致は、本研究の発見が特定の状況に限定されたものではなく、より広い文脈で再現可能な現象である可能性を示唆しています。ただし、研究の多くが中国やサウジアラビアなど、特定の地域から報告されており、異なる文化的・教育的背景を持つ地域でも同様の効果が得られるかどうかは、さらなる検証が必要でしょう。

研究の限界

Alshakhiは、自身の研究の限界についても率直に述べています。まず、参加者が34名の男子学生のみであり、女子学生が含まれていないという点です。これはサウジアラビアの教育制度における男女別学という背景によるものですが、性別によってAIツールへのアクセスや使用方法、得られる効果に違いがある可能性を考えると、重要な限界といえます。

また、対照群を設けなかったため、観察された改善がAIツールの導入によるものなのか、それとも単に3ヶ月間の継続的な練習効果なのか、あるいは教師の熱意や学生の意欲といった他の要因によるものなのかを完全に区別することはできません。研究者は「他の学習条件は変えていない」と述べていますが、新しいツールを導入すること自体が学習環境に変化をもたらし、学生の意欲を刺激する可能性は否定できません。これは心理学で「ホーソン効果」として知られる現象です。

さらに、研究期間が3ヶ月間と比較的短く、長期的な効果や習慣の定着については不明です。AIツールという新鮮な刺激によって一時的に意欲が高まり成績が向上したとしても、それが持続するかどうかは別の問題です。筋力トレーニングを始めた最初の数ヶ月は目覚ましい効果が現れても、それを長期間継続するのは難しいのと似ています。

日本の英語教育への示唆を考える

この研究は、遠く離れたサウジアラビアで行われたものですが、日本の英語教育にとっても多くの示唆を含んでいます。日本の学生も、中学・高校で英語を学びながら、大学では専門書や論文を英語で読むことに苦労する点で、サウジアラビアの学生と共通の課題を抱えています。

特に興味深いのは、語彙学習における大きな改善です。日本の英語教育でも、語彙力不足は長年の課題として指摘されてきました。従来の紙の辞書では、単語を調べるのに時間がかかり、調べた頃には文脈を忘れてしまうということがよくありました。電子辞書の普及により状況は改善しましたが、それでも読書の流れを中断せざるを得ません。AIツールが提供する即座の語義表示や、文脈に応じた適切な訳語の提案は、この問題を大きく軽減する可能性があります。

ただし、日本の教育現場でこうしたツールを導入する際には、いくつかの課題も考えられます。第一に、すべての学生がスマートフォンやタブレットを持っているとは限らず、デジタルデバイドの問題があります。第二に、AIツールに過度に依存することで、自分で辞書を引いたり文脈から意味を推測したりする力が育たなくなる懸念もあります。これは、計算機の使用が暗算能力を低下させるのではないかという議論と似ています。

また、この研究が示す要約力の向上が限定的だったという結果は、AIツールが万能ではないことを示しています。語彙や個別の文の理解を支援する能力は高くても、高次の読解スキル、特に批判的思考や総合的な理解を要する能力の育成には、依然として人間の教師による指導が不可欠であることを示唆しています。

教育におけるAI活用の本質的な問い

この研究を読んで考えさせられるのは、AIは教育において何を支援できて、何を支援できないのかという本質的な問いです。Alshakhiの研究が示すのは、AIツールが学習者の「足場」として機能し、彼らが自分の力だけでは難しかった課題に取り組めるようにする可能性です。これは、発達心理学者Vygotskyが提唱した「最近接発達領域」の概念と重なります。つまり、学習者が一人ではできないが、適切な支援があればできることの領域です。

しかし同時に、この研究は教育における人間的要素の重要性も示唆しています。Alshakhiという情熱的な教師が、新しいツールを導入し、学生たちを励まし、定期的にフィードバックを提供したからこそ、これらの成果が得られたのかもしれません。AIツールは道具であり、それをどう使うかは人間次第です。優れた料理人が良い包丁を使えばさらに良い料理を作れますが、包丁だけでは何も作れないのと同じです。

研究方法論についての省察

研究方法論の観点から見ると、この研究にはいくつかの改善の余地があります。前述した対照群の不在に加えて、参加者の選択バイアスの問題もあります。研究に参加することに同意した学生たちは、もともと英語学習に対して比較的前向きな姿勢を持っていた可能性があります。また、研究者自身が教師として授業を担当しており、研究者バイアスが結果に影響を与えた可能性も排除できません。

テストの作成と採点の客観性についても、詳細な情報が不足しています。誰がテストを作成し、誰が採点したのか、採点基準はどのように設定され、複数の採点者による評価の一致度はどうだったのかといった情報があれば、結果の信頼性をより適切に評価できたでしょう。

また、統計分析の手法として対応のあるt検定が用いられていますが、4回のテストを通じた変化を追うのであれば、反復測定分散分析のような、より適切な統計手法も考えられます。さらに、効果量(effect size)の報告がないことも、実用的な意義を判断する上で惜しまれる点です。

より深い学びへの道筋

この研究が開いた道をさらに進めるためには、いくつかの方向性が考えられます。まず、より長期的な追跡調査が必要です。AIツールの使用を中止した後も効果が持続するのか、あるいは学習者が自立した読解者として成長していくのかを確認することは重要です。

また、質的なデータの収集も価値があるでしょう。学生たちはAIツールをどのように使ったのか、どの機能が最も役立ったと感じたのか、どんな困難に直面したのか。こうした生の声を聞くことで、量的データだけでは見えてこない学習プロセスの詳細が明らかになるかもしれません。実際、優れた教育研究の多くは、数字と物語を組み合わせることで、より豊かな理解を提供しています。

さらに、異なる学習者特性(例えば、初級レベルと上級レベル、若い学習者と年配の学習者、異なる文化的背景を持つ学習者)における効果の違いを検証することも重要です。一つのツールがすべての学習者に等しく有効であるとは限りません。

教育の未来を考える上での貢献

批判的なコメントもいくつか述べましたが、この研究の価値を否定するものではありません。むしろ、実際の教室という複雑で制約の多い環境で、新しい技術の可能性を探ろうとした勇気ある試みとして評価すべきです。完璧な研究など存在せず、すべての研究は何らかの限界を持っています。重要なのは、その限界を認識しながらも、そこから得られる知見を活かし、さらなる研究への足がかりとすることです。

Alshakhiの研究は、AI技術が教育現場で実際に役立つ可能性を具体的なデータで示した点で、重要な貢献をしています。特に、サウジアラビアという、この種の研究がまだ少ない地域からの報告として、グローバルな教育研究の地図を豊かにしています。

まとめにかえて

教育におけるテクノロジーの役割について、私たちは常に二つの極端な見方の間を揺れ動いてきました。一方では、テクノロジーがすべての教育問題を解決するという過度な楽観主義があり、他方では、テクノロジーは本質的な学びを妨げるという悲観主義があります。しかし、Alshakhiの研究が示唆するのは、より中庸な視点です。AIツールは魔法の杖ではありませんが、適切に設計され、思慮深く実装されれば、学習者の成長を支える有用な道具になり得るということです。

結局のところ、教育の本質は人と人との関わりにあります。しかし、その関わりをより効果的にし、学習者一人ひとりのニーズに応えるために、テクノロジーが果たせる役割は確かにあります。Alshakhiの研究は、その可能性の一端を垣間見せてくれたといえるでしょう。私たち教育に関わる者にとって、この研究から学ぶべきは、新しいツールを盲目的に受け入れることでも拒絶することでもなく、批判的に検討し、自分たちの文脈に適した形で活用する方法を探求し続けることなのかもしれません。


Alshakhi, A. (2025). Use of AI tools in navigating reading difficulties of adult EFL learners. World Journal of English Language, 15(8), 358–368. https://doi.org/10.5430/wjel.v15n8p358

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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