研究背景と著者について
近年、ChatGPTをはじめとする生成AI技術の急速な発展により、教育現場でのAI活用が注目を集めています。特に、言語学習や文章作成の分野では、AIが学習者の強力な支援ツールとなる可能性が期待される一方で、過度な依存や学習効果への懸念も指摘されています。
この論文”Exploring students’ perspectives on Generative AI-assisted academic writing”の著者らは、オールドドミニオン大学と西安交通大学リバプール校の研究者チームです。筆頭著者のJinhee Kim氏は教育技術分野の専門家であり、特にAI教育における人間中心設計の研究で知られています。共著者らも教育学、心理学の分野で豊富な研究経験を持つ専門家です。
本研究が行われた背景には、英語を第二言語とする学習者(ESL学習者)が直面する学術ライティングの困難があります。学術的な文章作成は、単に言語運用能力だけでなく、批判的思考力、論理的構成力、そして専門知識を統合する高度な認知能力を要求します。ESL学習者にとって、これらの課題は言語的な障壁によってさらに複雑化します。従来、教師による個別指導や同僚からのフィードバックが重要な支援手段でしたが、時間的制約や人的リソースの限界により、十分な支援を提供することは困難でした。
このような状況下で、生成AIがどのような役割を果たし得るのか、そして学習者はAIをどのように認識し活用するのかを明らかにすることが、本研究の主要な目的となっています。
研究の方法と対象
本研究は、中国の蘇州にある国際共同大学で実施された質的研究です。対象となったのは、英語を使用言語とする教育環境で学ぶ20人の中国人学生(学士課程7人、修士課程8人、博士課程5人)でした。参加者の選定には、最大変動サンプリングという手法が用いられ、専攻分野、学位レベル、学術ライティング能力(IELTS成績で評価)、AI習熟度の多様性が確保されています。
研究手順は以下の通りです。まず、参加者にはIELTSの学術ライティングタスクが与えられ、60分以内に250語以上の英語エッセイを作成することが求められました。このとき、研究チームが開発した「Writing With GPT(WWG)」というChatGPT4を組み込んだライティングシステムを使用しました。このシステムには、ChatGPTが学術指導者の役割を担うための事前設定と、学生が自由に対話できる機能が備わっています。
ライティング作業完了後、各参加者に対して60-90分の半構造化インタビューが実施されました。インタビューは参加者の選択により中国語または英語で行われ、言語的な障壁を最小限に抑える配慮がなされています。全てのインタビューは録音・転写され、中国語で行われたものは英訳されました。データの信頼性を確保するため、逆翻訳による検証も実施されています。
分析手法には、演繹的・帰納的テーマ分析が採用されました。2人の研究者が独立してコーディングを行い、その後討議を通じて最終的なテーマを決定するという、質的研究における標準的な手続きが踏まれています。
学生が期待するAIの3つの顔
研究結果から、学生がAIに期待する役割として3つの主要なテーマが浮かび上がりました。これらは、従来の教育ツールとは異なる、AIならではの特性を反映したものとなっています。
第一の役割は「マルチタスキング・ライティング・アシスタント」です。学生たちは、AIが同時に複数の機能を提供することを期待していました。具体的には、検索エンジンとしての情報収集機能、思考を刺激するアイデア生成パートナー、初歩的な文章を作成する代筆者、そして文法や語彙の校正者としての役割です。
特に興味深いのは、学生が単純な自動化された文章生成を求めているのではなく、むしろ創造的思考を促進するパートナーとしてAIを捉えていることです。ある参加者は「AIには、私が考えたことのない質問で挑戦してもらい、新鮮な思考を与えてほしい」と述べています。これは、AIを単なる作業効率化ツールではなく、知的対話の相手として位置づけていることを示唆しています。
第二の役割は「プライベート・バーチャル・チューター」です。学生たちは、人間の指導者では実現困難な24時間体制での個別指導を期待していました。ある参加者は「質の高い1対1のレッスンは高額で現実的ではない。AIがそのような空白を埋め、いつでも必要な時に段階的な指導を提供してくれることを期待している」と語っています。
この役割への期待は、従来の教育システムの限界を補完するものとして捉えることができます。特に、個別化された学習支援への強いニーズが浮き彫りになっており、AI技術の教育分野での活用可能性を示しています。
第三の役割は「デジタル・ピア」です。これは特に注目すべき発見で、学生がAIを単なる機能的なツールではなく、学習過程を共にする仲間として認識していることを示しています。参加者の一人は「AIと話していると強い友情を感じる。何かを頼むと『もちろん、はい、確かに』と答えてくれて、強い安心感と親しみやすさを感じる」と述べています。
この社会的な側面への期待は、従来の教育技術研究ではあまり注目されてこなかった領域です。AIが提供する情緒的支援や社会的相互作用の価値を認識することは、今後のAI教育システム設計において重要な示唆を与えています。
AI支援ライティングがもたらす効果
研究では、AI支援ライティングの利点として3つの主要な領域が特定されました。これらの発見は、AIがライティング教育にもたらす多面的な効果を明らかにしています。
最初の領域は「生産的なライティングプロセス」の向上です。学生たちは、ライティングプロセスの各段階でAIからの支援を実感していました。アイデア生成段階では、AIが多様な視点を提供し、話題に関する知識理解を深める助けとなったと報告されています。企画段階では、論理的な構成や一貫した流れの作成において指導を受けたと感じていました。
下書き作成段階では、AIとの協働的・反復的なプロセスが特に評価されています。学生がアイデアを提示し、AIがそれを発展させ、学生が再び修正を加えるというサイクルが、より質の高い文章作成に寄与したと報告されています。修正段階では、従来の校正機能を超えて、メタ認知スキルの向上にも貢献したとされています。
第二の領域は「ライティング性能の向上」です。学生たちは、文章の品質、作成速度、そして話題に関する知識の3つの側面で改善を実感していました。品質面では、文法、句読点、語彙使用の正確性向上だけでなく、論理的一貫性や明確性の向上も報告されています。
速度面での改善は、情報収集や反復的な確認作業をAIが代行することで、学生がより高次の思考活動に集中できるようになったことに起因しています。また、話題知識の向上については、AIが提供する説明や例示を通じて、ライティング課題の理解が深まったと報告されています。
第三の領域は「感情的領域の向上」です。これは特に意義深い発見で、AI支援ライティングが学習者の情緒面にも好影響を与えることを示しています。学生たちは、従来は孤独な作業だったライティングが、AIとの相互作用により楽しい体験に変化したと述べています。
また、AIとの対話を通じて質問生成能力が向上し、より積極的な学習姿勢が培われたという報告もあります。さらに、AIの存在により心理的支援を感じ、ライティング作業への自信が向上したという声も聞かれました。特にESL学習者にとって、言語能力への不安が軽減され、「AIの支援があれば、私も英語で上手に書ける」という自己効力感の向上は重要な意味を持ちます。
浮かび上がる課題と限界
一方で、研究では多くの課題や限界も明らかになりました。これらは、AI技術そのものの限界、学習者側の準備不足、そして実施環境の制約に分類されます。
AI技術に関連する課題として最も深刻なのは「幻覚」現象です。これは、AIが事実に基づかない情報を、もっともらしく提示する問題を指します。学生たちは「AIが生成した内容や参考文献が表面的には信頼できそうで話題に関連しているように見えたが、実際には事実性や正確性に欠けていた」と報告しています。学術ライティングでは情報の正確性が極めて重要であるため、この問題は深刻な懸念事項となります。
また、AIの文脈理解の不足も指摘されています。学術ライティングでは、単に関連情報を要約するだけでなく、より広い文脈の中でアイデアや議論を位置づける必要があります。しかし、現在のAI技術では、複雑な社会的動態や個人差、社会政治的関心、歴史的視点、異なる社会や文化が直面する独特の問題などを理解することができず、表面的で汎用的な情報の提供に留まってしまいます。
高次思考能力の不足も重要な課題です。ブルームの分類法における分析・評価・創造といった高次レベルの思考をAIが十分に支援できないことが、学生の認知負荷や疲労の増加につながっているとの指摘があります。
学習者側の課題としては、AIリテラシーの不足が最も大きな問題として浮上しました。効果的なプロンプト作成や、AI生成コンテンツの批判的評価能力の欠如により、AIの機能を十分に活用できない状況が報告されています。また、一部の学生はAIに対する否定的な態度を持っており、これが学習機会の制限につながっています。
さらに、学習者自身の高次思考能力、話題に関する事前知識、基本的なライティングスキルの不足が、AI支援の効果を限定する要因として指摘されています。
実施環境に関しては、時間制約が主要な課題として挙げられています。限られた時間内では、AI生成コンテンツを十分に検証・修正することができず、結果的にAIへの過度な依存につながる可能性があります。
研究方法の妥当性を問う
本研究の方法論については、いくつかの長所と限界を指摘することができます。
まず長所として、質的研究アプローチの採用により、学生の主観的体験や認識を深く理解することができた点が挙げられます。量的調査では捉えきれない、AIとの相互作用における細やかな感情の変化や認知プロセスを明らかにできたことは重要な貢献です。
また、最大変動サンプリングによる参加者選定により、異なる学習背景や能力レベルの学生の視点を包含できた点も評価できます。さらに、実際のライティング作業を経験した後でインタビューを実施することで、具体的な体験に基づいた反応を得ることができました。
一方で、限界も認識する必要があります。まず、サンプル規模が20人と限定的であり、一般化可能性に制約があります。また、参加者が全て中国系学生であり、文化的背景や教育システムの影響を考慮する必要があります。
研究設定についても検討が必要です。60分という限られた時間での1回限りの体験に基づく評価が、長期的な使用における認識や効果を十分に反映しているかは疑問視されます。実際の学習環境では、学習者はより長期間にわたってAIツールと相互作用し、その過程で認識や使用パターンが変化する可能性があります。
また、研究で使用されたライティングシステムの設計や事前設定が、学生の体験や認識に与えた影響についても、より詳細な分析が必要でしょう。異なるAIシステムや設定により、結果が大きく変わる可能性があります。
インタビュー分析においても、研究者の先入観や解釈の偏りを完全に排除することは困難です。複数の研究者による分析や参加者による結果確認などの信頼性確保措置は取られていますが、質的研究の性質上、解釈の主観性は避けられません。
教育現場への実践的示唆
本研究の発見は、AI時代の学術ライティング教育に対して重要な示唆を提供しています。
まず、AIリテラシー教育の必要性が明確になりました。学生がAIツールを効果的に活用するためには、適切なプロンプト設計、AI生成コンテンツの批判的評価、AIの限界と可能性の理解などの能力を体系的に育成する必要があります。これは、従来のデジタルリテラシー教育を拡張した、新しい教育領域として確立される必要があります。
また、AIを活用したライティング指導においては、学生の期待と実際の機能との間のギャップを適切に管理することが重要です。学生が期待する「人間らしい」特性(文脈理解、情緒的支援、個別化された指導など)と、現在のAI技術の実際の能力との間には大きな差があります。教育者は、これらの期待を適切に調整し、AIの強みと限界を明確に伝える役割を担う必要があります。
さらに、AI支援ライティングにおいては、学生の高次思考能力の発達を阻害しないよう注意深い設計が必要です。AIが提供する便利性に過度に依存することで、批判的思考や創造的思考の機会が減少する可能性があります。教育プログラムでは、AIを思考の代替ではなく、思考を促進するツールとして位置づけることが重要です。
時間管理と評価方法の再考も必要です。AI支援下でのライティングプロセスは従来とは異なる特性を持つため、適切な時間配分や評価基準の設定が求められます。特に、AI生成コンテンツの検証や修正に十分な時間を確保することは、学習効果の向上にとって不可欠です。
今後の研究への提言
本研究は重要な第一歩を示しましたが、さらなる研究の必要性も明らかになりました。
まず、より大規模で多様な参加者を対象とした研究が必要です。異なる文化的背景、言語習得レベル、学習段階の学習者における反応の違いを明らかにすることで、より普遍的な知見を得ることができるでしょう。
また、縦断的研究の実施により、長期的なAI使用が学習者の認識、能力、学習成果に与える影響を詳細に分析することが重要です。短期的な印象と長期的な効果は大きく異なる可能性があり、持続可能なAI活用モデルの構築には時間軸を考慮した分析が不可欠です。
技術的側面からは、異なるAIシステムや設定による効果の違いを比較検討する研究も必要です。現在のChatGPTだけでなく、他の生成AIや、教育用に特化されたAIシステムとの比較により、最適な技術仕様を明らかにできるでしょう。
学習成果の客観的評価も重要な研究課題です。本研究では学習者の主観的認識に焦点を当てましたが、実際のライティング能力向上や学習効果を客観的に測定する研究が必要です。AI支援の有無による成果の違いや、支援方法による効果の差異を定量的に分析することで、より説得力のある証拠を提供できるでしょう。
さらに、教育者の視点からの研究も重要です。学生の認識だけでなく、指導者がAI支援ライティング教育をどのように認識し、実施しているかを明らかにすることで、教育現場での実装に関するより実践的な知見を得ることができます。
最後に、倫理的・社会的側面の研究も不可欠です。AI支援による学術的誠実性への影響、知的財産権の問題、教育格差の拡大や縮小への影響など、技術的効果を超えた広範囲な社会的インパクトを検討する必要があります。
本研究は、AI時代の教育の可能性と課題を浮き彫りにした貴重な研究です。技術の急速な発展に伴い、教育現場でのAI活用はますます広がることが予想されます。しかし、その効果的な活用のためには、技術的な進歩だけでなく、教育学的な理解と慎重な実装が不可欠であることを、この研究は明確に示しています。今後の関連研究や教育実践の発展により、AIが真に学習者の成長を支援するツールとして機能することを期待したいと思います。
Kim, J., Yu, S., Detrick, R., & Li, N. (2025). Exploring students’ perspectives on Generative AI-assisted academic writing. Education and Information Technologies, 30, 1265–1300. https://doi.org/10.1007/s10639-024-12878-7