この研究は、インドネシアの中学生を対象に、英語の発音学習におけるロゼッタストーンの使用が学生のモチベーションに与える影響を調査したものです。グローバル化が進む現代社会において、英語コミュニケーション能力の重要性は増す一方ですが、その中でも発音は特に習得が難しいスキルの一つとされています。
著者らは、学習におけるモチベーションの重要性を強調しています。モチベーションは学習の成功に不可欠な要素であり、特に外国語学習においては極めて重要です。しかし、インドネシアの学生の英語学習に対するモチベーションは依然として低く、その原因の一つとして自信の欠如が挙げられています。
この状況を改善するため、本研究ではコンピューター支援言語学習(CALL)の一つであるロゼッタストーンに注目しました。ロゼッタストーンは、独自の言語学習メソッドを採用したソフトウェアで、世界中で広く使用されています。著者らは、このツールが学生の発音学習におけるモチベーションを高める可能性があると考えました。
研究の主な目的は、ロゼッタストーンを使用した発音学習が、自己決定理論(SDT)の3つの主要な心理的欲求(自律性、有能感、関係性)に基づいて、学生のモチベーションにどのような影響を与えるかを明らかにすることです。
研究方法
本研究では、準実験的なプレテスト-ポストテストデザインが採用されました。参加者は30人の中学生で、実験群と統制群に分けられました。実験群はロゼッタストーンを使用した対面指導を受け、統制群は従来のドリル練習のみを行いました。
データ収集には質問紙が使用され、ロゼッタストーン使用前後で同じ質問紙が配布されました。質問項目は自己決定理論の3つの心理的欲求(自律性、有能感、関係性)に基づいて設計され、各側面について5項目ずつ、計15項目で構成されていました。
質問紙の信頼性と妥当性を確保するため、パイロット研究が実施されました。内的一貫性はクロンバックのαを用いて評価され、各尺度で0.6以上の値が得られたことから、十分な信頼性があると判断されました。
研究結果
研究結果は、自己決定理論の3つの側面(自律性、有能感、関係性)に基づいて分析されました。以下、各側面について詳細に見ていきます。
自律性
自律性に関する項目(1-5)では、ロゼッタストーン使用後に大幅な改善が見られました。特に注目すべき点は以下の通りです:
1. アプリケーションの操作を楽しんでいる学生が86.67%に増加
2. 発音練習のためにアプリケーションを使用している学生が73.33%に増加
3. アプリケーションを使った発音練習を好む学生が93.33%に増加
4. アプリケーションを使って多くの練習ができたと感じる学生が90%に増加
5. アプリケーション内のトピックが理解しやすいと感じる学生が83.33%に増加
これらの結果は、ロゼッタストーンが学生の自律的な学習を促進し、発音学習に対する内発的動機づけを高めたことを示唆しています。
有能感
有能感に関する項目(6-10)でも、ロゼッタストーン使用後に大きな改善が見られました:
1. アプリケーションの操作に満足している学生が86.67%に増加
2. 発音練習でうまくできたと感じる学生が73.33%に増加
3. このアプリケーションを使用した発音練習でうまくできたと思う学生が93.33%に増加
4. このアプリケーションを使用して多くの語彙を習得できたと感じる学生が90%に増加
これらの結果は、ロゼッタストーンが学生の有能感を高め、発音学習に対する自信を向上させたことを示しています。
関係性
関係性に関する項目(11-15)でも、ロゼッタストーン使用後に顕著な改善が見られました:
1. 他の学生とアイデアを共有できたと感じる学生が86.67%に増加
2. 正しい発音について他の学生と議論できたと感じる学生が73.33%に増加
3. このアプリケーションを使った発音練習を楽しんだ学生が93.33%に増加
4. アプリケーション内に選択できる多くのトピックがあったと感じる学生が90%に増加
これらの結果は、ロゼッタストーンが学生間のコミュニケーションと協力を促進し、学習コミュニティの形成に寄与したことを示唆しています。
考察
本研究の結果は、ロゼッタストーンが英語発音学習における学生のモチベーションを大幅に向上させたことを示しています。これは、自己決定理論の3つの心理的欲求(自律性、有能感、関係性)のすべてにおいてポジティブな影響が見られたことから裏付けられています。
自律性の向上
ロゼッタストーンは、学生が自分のペースで学習を進められる機能を提供しています。これにより、学生は自分の学習プロセスをコントロールできるという感覚を得られ、自律性が高まったと考えられます。また、アプリケーション内の多様なトピックや練習方法は、学生の興味や好みに合わせて学習内容を選択できる柔軟性を提供し、さらなる自律性の向上につながったと推測されます。
この結果は、Murayama et al. (2015)の研究結果と一致しています。彼らは、自己決定的な選択が学習パフォーマンスを促進することを示しており、本研究でのロゼッタストーンの使用が同様の効果をもたらしたと考えられます。
有能感の醸成
ロゼッタストーンは、即時フィードバックや段階的な難易度の上昇など、学習者の有能感を高める機能を備えています。学生が自分の進歩を目に見える形で確認できることで、発音スキルの向上に対する自信が高まったと推測されます。
特に注目すべきは、93.33%の学生がアプリケーションを使用した発音練習でうまくできたと感じている点です。これは、Gangaiamaran & Pasupathi (2017)の研究結果と一致しており、適切に設計された言語学習アプリケーションが学習者の自己効力感を高める可能性を示しています。
関係性の促進
ロゼッタストーンは、直接的には個人学習ツールですが、本研究の結果は、このツールが間接的に学習者間の関係性も促進したことを示唆しています。例えば、73.33%の学生が他の学生と正しい発音について議論できたと感じています。
これは、ロゼッタストーンを使用した学習経験が、クラス内でのディスカッションや情報共有のきっかけとなった可能性を示しています。Aulia and Zainil (2020)の研究でも、テクノロジーを使用した言語学習が学習者間のコミュニケーションを促進することが報告されており、本研究の結果はこれを支持するものといえます。
総合的な考察
本研究の結果は、コンピューター支援言語学習(CALL)の効果に関する先行研究の知見を支持するものです。例えば、Gilakjani and Rahimy (2019, 2020)は、CALLが発音指導に有効であることを示しており、本研究はこの知見をさらに発展させ、学習者のモチベーションという観点からその効果を実証しています。
また、本研究の結果は、言語学習におけるテクノロジーの役割に関する議論にも重要な示唆を与えています。Em (2022)が指摘するように、テクノロジーは単なる教材の提供手段ではなく、学習者と教材、そして学習者同士の相互作用を促進する媒体としての役割を果たしています。本研究は、ロゼッタストーンがこのような役割を効果的に果たし、結果として学習者のモチベーション向上につながったことを示しています。
さらに、本研究の結果は、Bilgili and Keklik (2022)やHsu (2019)の研究結果とも整合性があります。彼らは、学習者の自律性、有能感、関係性の充足が学習動機と密接に関連していることを示しており、本研究はこの関係性が言語学習アプリケーションを介しても成立することを実証しています。
研究の意義と限界
本研究は、英語発音学習におけるロゼッタストーンの効果を、学習者のモチベーションという観点から実証的に検証した点で重要な意義があります。特に、自己決定理論の枠組みを用いて分析を行ったことで、ロゼッタストーンが学習者の心理的欲求をどのように満たし、モチベーションを高めているかを具体的に示すことができました。
これらの知見は、英語教育実践に直接的な示唆を与えるものです。例えば、教育者はロゼッタストーンのような言語学習アプリケーションを授業に取り入れることで、学習者の自律性、有能感、関係性を高め、結果として学習モチベーションを向上させられる可能性があります。
また、本研究の結果は、言語学習アプリケーションの開発者にとっても有用な情報となります。自己決定理論の3つの心理的欲求を満たすような機能を意識的に設計することで、より効果的な学習ツールの開発につながる可能性があります。
一方で、本研究にはいくつかの限界も存在します。まず、サンプルサイズが比較的小さく(30名)、結果の一般化には慎重になる必要があります。また、研究期間が4週間と比較的短期間であったため、長期的な効果については不明確です。
さらに、本研究では主に質問紙によるデータ収集を行っていますが、実際の発音スキルの向上度合いについては直接的な測定を行っていません。ロゼッタストーンの使用が実際の発音能力の向上にどの程度寄与したかについては、さらなる研究が必要です。
今後の研究への示唆
本研究の結果と限界を踏まえ、今後の研究に向けていくつかの提案ができます:
1. より大規模なサンプルを用いた研究
より多様な背景を持つ学習者を対象に、大規模な調査を行うことで、結果の一般化可能性を高めることができるでしょう。
2. 長期的な効果の検証
数ヶ月から1年程度の長期的な研究を行うことで、ロゼッタストーンの使用が学習者のモチベーションと発音能力に与える持続的な影響を明らかにできる可能性があります。
3. 混合研究法の採用
質問紙調査に加えて、インタビューや観察などの質的データを収集することで、学習者の経験をより深く理解できるかもしれません。
4. 実際の発音能力の測定
客観的な発音評価テストを導入することで、ロゼッタストーンの使用が実際の発音能力の向上にどの程度寄与しているかを明らかにできるでしょう。
5. 他の言語学習アプリケーションとの比較
ロゼッタストーン以外の言語学習アプリケーションを使用した場合との比較研究を行うことで、各アプリケーションの特徴や効果の違いを明らかにできる可能性があります。
6. 文化的要因の考慮
異なる文化背景を持つ学習者を対象に研究を行うことで、文化がロゼッタストーンの効果に与える影響を検証できるかもしれません。
結論
本研究は、ロゼッタストーンが英語発音学習における学生のモチベーション向上に大きな効果があることを示しました。特に、自己決定理論の3つの心理的欲求(自律性、有能感、関係性)のすべてにおいてポジティブな影響が見られたことは注目に値します。
これらの結果は、テクノロジーを活用した言語学習の可能性と重要性を改めて示すものです。ロゼッタストーンのようなツールは、単に学習コンテンツを提供するだけでなく、学習者の心理的ニーズを満たし、学習プロセス全体を支援する役割を果たしていると言えるでしょう。
しかし、これはテクノロジーが教師の役割を完全に代替できるということを意味するものではありません。むしろ、教師はこのようなツールを効果的に活用し、学習者の個別ニーズに応じた指導を行うことが求められています。ロゼッタストーンのような学習アプリケーションは、教師の指導を補完し、より効果的な学習環境を創出するための強力なツールとして位置付けられるべきでしょう。
また、本研究の結果は、言語学習におけるモチベーションの重要性を改めて強調するものです。特に発音のような習得が難しいスキルにおいては、学習者のモチベーションを維持・向上させることが非常に重要です。ロゼッタストーンは、その設計と機能によって学習者のモチベーションを効果的に高めることに成功していると言えるでしょう。
最後に、本研究は言語教育におけるテクノロジー活用の在り方に関する議論にも重要な示唆を与えています。テクノロジーを単なる教材提供の手段としてではなく、学習者の心理的ニーズを満たし、自律的な学習を促進するツールとして捉え直す必要があります。この観点から、今後の言語学習アプリケーションの開発や教育現場でのテクノロジー活用の方向性を考えていく必要があるでしょう。
本研究には限界もありますが、その成果は英語教育、特に発音指導の分野に大きな貢献をもたらすものです。今後、より大規模かつ長期的な研究を通じて、これらの知見がさらに検証され、発展していくことが期待されます。そして、これらの研究成果が実際の教育現場に還元され、より効果的な言語教育の実現につながることを願っています。
おわりに
本論文は、英語発音学習におけるロゼッタストーンの効果を、学習者のモチベーションという観点から実証的に検証した意義深い研究です。特に以下の点で高く評価できます。
1. 理論的枠組みの適切な活用
自己決定理論を用いて分析を行うことで、ロゼッタストーンの効果を心理学的な観点から説明することに成功しています。これにより、単なる効果の有無だけでなく、なぜそのような効果が生まれるのかについての洞察を得ることができています。
2. 実践的示唆の提供
研究結果が教育実践に直接的に結びつく形で提示されており、教育者や学習アプリケーション開発者にとって有用な情報となっています。
3. 多面的な分析
自律性、有能感、関係性という3つの側面から分析を行うことで、ロゼッタストーンの効果を多角的に捉えることに成功しています。
4. 研究の限界の適切な認識
サンプルサイズの小ささや研究期間の短さなど、研究の限界を適切に認識し、今後の研究への示唆を提供している点も評価できます。
一方で、以下の点については改善の余地があると考えられます:
1. 実際の発音能力の測定
モチベーションの向上が実際の発音能力の向上にどのようにつながるのかについて、より直接的な証拠があれば研究の説得力がさらに増すでしょう。
2. 質的データの活用
質問紙調査に加えて、インタビューなどの質的データを活用することで、学習者の経験をより深く理解できる可能性があります。
3. 他の要因の考慮
学習者の年齢、性別、学習スタイルなど、他の要因がロゼッタストーンの効果にどのような影響を与えるかについても検討する余地があります。
4. 長期的な効果の検証
4週間という比較的短期間での効果を見ていますが、より長期的な効果についても検証する必要があるでしょう。
総じて、本研究は英語教育、特に発音指導におけるテクノロジー活用の可能性を示す重要な貢献をしています。今後、これらの知見がさらに発展し、より効果的な言語教育の実現につながることを期待します。
また、本研究は言語教育におけるテクノロジーの役割について再考を促すものでもあります。テクノロジーは単なる教材提供の手段ではなく、学習者の心理的ニーズを満たし、自律的な学習を促進する重要なツールとなり得ることを示しています。この視点は、今後の言語教育の在り方を考える上で非常に重要なものとなるでしょう。
最後に、本研究はグローバル化が進む現代社会における言語教育の重要性を改めて強調するものでもあります。英語コミュニケーション能力、特に正確な発音の習得は、国際的な場面で活躍する上で極めて重要です。本研究が示すように、適切なテクノロジーの活用によって、これらのスキル習得をより効果的に、そして学習者にとってより魅力的なものにできる可能性があります。
Yuliani, S., Khulaifiyah, & Idayani, A. (2023). Investigating Students’ Motivation on the Use of Rosetta Stone in Learning English Pronunciation. Al-Ishlah: Jurnal Pendidikan, 15(2), 2433-2440. https://doi.org/10.35445/alishlah.v15i2.3160
補足:ロゼッタストーンとは
ロゼッタストーンは、言語学習ソフトウェアとして広く知られている教育ツールです。以下、ロゼッタストーンの特徴と機能について詳しく説明します。
- 学習メソッド: ロゼッタストーンは「自然言語習得法」と呼ばれる独自のメソッドを採用しています。これは、母語を習得する過程を模倣したアプローチで、以下の特徴があります。
- 完全イマージョン:学習者は目標言語のみに触れ、翻訳や文法説明を介さずに学習します。
- 直観的学習:画像と音声を組み合わせ、単語や文章の意味を直感的に理解させます。
- 繰り返し練習:同じ概念を様々な文脈で繰り返し提示し、自然な言語習得を促します。
- インタラクティブな学習体験: ロゼッタストーンは、以下のような特徴を持つインタラクティブな学習体験を提供します。
- 音声認識技術:学習者の発音を評価し、即時フィードバックを提供します。
- アダプティブ学習:学習者の進捗に合わせて難易度を調整します。
- ゲーミフィケーション:ポイントやバッジなどの要素を取り入れ、学習意欲を高めます。
- 多言語対応: ロゼッタストーンは30以上の言語に対応しており、英語だけでなく、様々な言語の学習に利用できます。
- マルチデバイス対応: PC、スマートフォン、タブレットなど、様々なデバイスで利用可能です。これにより、場所や時間を選ばず学習できます。
- カリキュラム構成: ロゼッタストーンのカリキュラムは通常、以下のように構成されています:
- コア・レッスン:基本的な語彙や文法を学びます。
- 発音練習:ネイティブスピーカーの発音を聞き、自分の発音と比較します。
- 読解練習:短い文章を読み、理解度をチェックします。
- 書き取り練習:音声を聞いて、正しくタイピングする練習をします。
- ロールプレイ:実際の会話シーンを想定した練習をします。
- 進捗管理: 学習者は自分の進捗状況を詳細に確認できます。これにより、自己管理能力が向上し、学習モチベーションの維持につながります。
- コミュニティ機能: 一部のバージョンでは、他の学習者とオンラインでつながり、会話練習をしたり、経験を共有したりできる機能があります。
- 企業・教育機関向けソリューション: 個人学習者向けだけでなく、企業や教育機関向けのソリューションも提供しています。これにより、組織的な言語教育プログラムの実施が可能です。
ロゼッタストーンの特徴は、従来の言語学習方法とは異なるアプローチを取っている点です。文法規則の暗記や母語からの翻訳に頼るのではなく、目標言語に完全に没入することで、より自然な言語習得を目指しています。
しかし、このアプローチにも批判はあります。例えば、完全イマージョン方式が全ての学習者に適しているわけではないという指摘や、文化的背景や言語学的説明が不足しているという意見もあります。
それにもかかわらず、ロゼッタストーンは多くの学習者に支持され、言語学習ツールとして広く認知されています。本研究が示すように、特に学習者のモチベーション向上という観点では、大きな効果を発揮する可能性があります。
ロゼッタストーンの活用は、従来の教室での学習を完全に代替するものではなく、むしろ補完するツールとして捉えるべきでしょう。教師の指導と組み合わせることで、より効果的な言語学習環境を創出できる可能性があります。