はじめに―この研究が問うていること
外国語を学ぶとき、子どもたちの間にはなぜこれほど大きな差が生まれるのでしょうか。同じ教室で、同じ先生から、同じテキストを使って学んでいるにもかかわらず、語彙を着実に増やしていく子もいれば、なかなか伸びない子もいます。この問いは、英語教育の現場で長年働いてきた人なら誰もが感じてきた素朴な疑問でもあります。
本稿で取り上げるのは、Mark Feng Teng(マカオ理工大学准教授)が2025年にJournal of Child Language誌に発表した論文”Longitudinal development of cognition and vocabulary knowledge in young second language learners in a bilingual programme”です。Tengは応用言語学を専門とし、コンピュータ支援語彙学習やL2ライティングを主な研究領域としています。2017年には香港応用言語学会のBest Paper Awardを受賞しており、スタンフォード大学のランキングで言語学・言語学分野における世界上位2%の研究者として認定されています。彼はこれまでも、メタ認知と語彙習得の関係を縦断的に追った研究を継続的に発表してきており、本論文はその集大成的な位置づけを持ちます。
この研究の核心は、「認知能力の発達が第二言語(L2)の語彙知識の成長をどのように予測するか」という問いを、小学1年生から6年生までの6年間にわたって追跡したことにあります。対象とした認知要因は三つ――メタ認知知識(自分の学習プロセスへの気づきや調整能力)、作動記憶(情報を一時的に保持・操作する能力)、非言語的知性(言語に依存しない抽象的・論理的思考能力)です。中国南部の私立小学校に通うバイリンガル教育プログラムの児童210名を追った、大規模な縦断研究です。
研究の設計―6年間という「粘り強さ」
縦断研究というものは、研究者にとっては非常に負担の大きい仕事です。参加者が転校したり、データが欠損したりするリスクを抱えながら、毎年同じ子どもたちを追い続けなければなりません。Tengは当初230名からスタートし、親の転居による脱落(15名)やデータ欠損(5名)を経て、最終的に210名の完全なデータセットを6時点にわたって取得しています。これは縦断研究としては相当に高い継続率であり、研究の信頼性を高める重要な条件を満たしています。
テストはiPadを使って個別に実施され、経験豊富な16名の調査員が担当しました。語彙知識の測定にはAnthony and Nationが開発したPicture Vocabulary Size Test(PVST)を採用しつつ、若い中国人学習者に配慮して、音声だけでなく文字も同時に呈示するよう修正を加えています。メタ認知知識は、子どもたちが絵を見ながら「どうすれば物語の内容をよく覚えられるか」などを口頭で説明する形式のインタビュー形式テストで評価され、その回答の質が0から3点の4段階で採点されます。作動記憶はWorking Memory Power Test(WMPT)を用い、非言語的知性はTONI-3(Test of Non-verbal Intelligence, Third Edition)で計測されました。
分析手法には潜在成長曲線分析(Latent Growth Curve Analysis)と多水準モデリング(Multilevel Modeling)が採用されており、個人間の差異だけでなく、時間の経過に伴う変化の軌跡と、その個人差までを精緻に捉えることができる現代的な統計アプローチが用いられています。
何がわかったか―成長の軌跡と個人差
まず驚かされるのは、語彙知識、メタ認知知識、作動記憶、非言語的知性のすべてが、6年間にわたって着実に伸びていることを実証した点です。これ自体は「そうだろう」と思われるかもしれませんが、重要なのはその「伸び方」の違いです。
語彙知識の成長は線形モデル、つまり一定のペースで安定的に伸び続けるパターンに最もよく当てはまりました。一方、メタ認知知識・作動記憶・非言語的知性の三つはいずれも2次曲線モデル(quadratic model)に従い、最初は急速に発達し、その後伸びのスピードが緩やかになるという非線形の軌跡を描きました。これは、認知能力の発達が単純に右肩上がりではなく、加速と減速を繰り返す複雑なプロセスであることを示しています。
さらに重要なのは「個人差」の問題です。語彙知識については、初期の習得レベルが高い子どもほどその後の伸び率も速いという相関が確認されました。俗な言い方をすれば「できる子はますますできるようになる」という傾向です。これは教育学でいうマタイ効果(Matthew Effect)と呼ばれる現象に通じるものがあり、早期介入の重要性を強く示唆しています。一方、認知能力の三因子については、初期レベルと成長率の間に必ずしも有意な相関は見られませんでした。つまり、認知能力の発達は語彙習得ほど単純に「出発点」が有利不利を決めるわけではなく、より多元的・非線形的な過程であることがわかります。
三つの認知要因はどう語彙知識と関連するか
各認知要因と語彙知識の共変関係(covarying relations)の分析では、すべての認知要因が語彙知識と有意な正の相関を持つことが確認されました。具体的には、メタ認知知識の初期レベルが高いほど語彙知識も高く、かつその後の伸び率も速い(r=.877, p<.001)という強い相関が得られています。同様の傾向は作動記憶(r=.808, p<.001)と非言語的知性(r=.762, p<.001)についても確認されましたが、その相関係数の大きさはメタ認知知識が群を抜いていました。
多水準モデリングによる三要因の相対的な寄与度の分析では、標準化回帰係数はメタ認知知識が.441、非言語的知性が.186、作動記憶が.166という結果が得られています。つまり、語彙知識の発達に対する影響力の順位は「メタ認知知識 > 非言語的知性 > 作動記憶」となります。
この順位は、これまでの研究の常識をある意味で覆すものです。なぜなら、従来の語彙習得研究では「作動記憶」や「知性」が主要な予測因子として強調されることが多かったからです。ところがTengの研究では、より「メタ認知的」な能力―つまり自分の学び方を知っていること、どんな戦略が効くかを理解していること―が、語彙習得においてもっとも強力な予測因子であることが示されました。
なぜメタ認知がそんなに重要なのか
この結果をどう解釈すべきでしょうか。一つの見方は、メタ認知知識が「認知の認知」として機能するという点から理解できます。Flavell(1979)が定義したように、メタ認知とは自分自身の思考プロセスへの気づきと調整能力です。新しい語彙を覚えようとする際、単に記憶力が高いだけでなく、「この単語は繰り返し読むより例文で覚えた方が定着する」「図と一緒に学ぶと関連語彙と結びつきやすい」といった戦略的な判断ができるかどうか―これがメタ認知の力です。
もう一つ、Teng自身が論文の中で指摘している興味深い可能性があります。本研究ではメタ認知知識のテストは口頭(母語の中国語)で実施されており、語彙知識テストも言語的な理解力を問うものです。つまり、両方のテストが「言語能力」という共通基盤を持つため、両者の相関が高くなっている可能性があります。これは研究の限界として誠実に言及されており、学術的な誠実さを感じさせる部分です。
また、Tengは知性・作動記憶・メタ認知の関係を階層的モデルで捉えています。知性と作動記憶は情報処理の基盤的能力として機能し、その上にメタ認知知識が積み重なって語彙習得に直接的な影響を与えるという構造です。これはちょうど、料理に例えると食材(知性・作動記憶)の質だけでなく、どう調理するかの判断力(メタ認知)こそが料理の出来を左右する、というような関係に似ています。
関連研究との対比―何が新しいのか
TengはこれまでもMetacognitive Knowledgeと語彙習得の縦断的関係を追った研究(Teng, 2022; Teng & Zhang, 2024a)を発表しています。それらは主に単語の広さ(breadth)に焦点を当てたものでしたが、本研究はメタ認知知識・作動記憶・非言語的知性の三要因を同時に扱い、その相対的な寄与度を多水準モデルで比較したことが大きな進展です。
Morra and Camba(2009)はイタリアのバイリンガル小学生161名を対象に作動記憶と語彙学習の関係を分析しており、作動記憶が語彙習得の主要な予測因子であることを示しました。しかし彼らの研究は横断的なものであり、時間の流れの中での変化を追うことはできませんでした。Sun et al.(2018)はシンガポールの多言語児童805名を対象に、作動記憶と分析的推論能力が語彙学習の分散を大きく説明することを報告していますが、こちらもメタ認知知識は測定対象に含まれていません。
本研究の独自性は、これら先行研究が見落としていた「メタ認知知識」を明示的に測定し、それが他の認知要因よりも強力な予測力を持つことを縦断データで示した点にあります。また、中国のバイリンガルプログラムという特定の教育文脈を対象にしており、他の文化・言語環境との比較研究が今後求められるという課題も同時に示しています。
Gathercole et al.(1992)のイギリスの単言語英語学習者を対象にした縦断研究では、音韻記憶と語彙知識の間の発達的関係が報告されていましたが、Tengの研究はバイリンガル環境において同様の分析を展開し、さらにメタ認知という要因を加えることで、認知と語彙習得の関係をより複雑・多元的に描き出すことに成功しています。
研究の限界―正直な自己評価
Tengはこの研究の限界についても率直に述べています。まず、語彙知識の測定が受容的語彙(receptive vocabulary)のみに限られており、産出的語彙(productive vocabulary)や語彙知識の「深さ(depth)」については測定できていないことを認めています。語彙を「知っている」ことと「使える」こととの差は大きく、語彙知識のより立体的な評価には今後の改善が必要です。
また、対象サンプルが中国南部の都市部の高収入家庭の子どもたちに偏っており、その結果を低所得層や農村部の子どもたちに一般化できるかどうかは慎重に判断すべきだと指摘されています。保護者の学歴、学外での英語への接触量や使用頻度といった変数も統制されておらず、これらが語彙知識の成長に与える影響は未解明のままです。さらに、本研究はあくまで「認知能力が語彙習得を予測する」という方向性の分析が中心ですが、逆に「語彙知識の拡大がより豊かな認知発達をもたらす」という双方向性の可能性も理論的には考えられます。バイリンガル経験そのものが認知発達に好影響を与えるという「バイリンガリズムの認知的利得」仮説との関連でも、この逆方向の分析は興味深い課題です。
日本の英語教育への示唆
日本の小学校英語教育は2020年度から本格実施となり、3・4年生での「外国語活動」、5・6年生での「外国語」として教科化されました。この変化により、英語教育が低年齢化する流れは加速しています。Tengの研究が日本の文脈にどのような示唆を与えるかは、現場の教師や研究者にとって重要な問いです。
最も直接的な示唆は、語彙指導においてメタ認知的な活動を意識的に取り入れることの有効性です。たとえば、語彙ノートをつけながら「どうやって覚えたか」「どの方法が自分には合っているか」を子ども自身が振り返る活動、あるいは「この単語とあの単語はどんな関係があるか」を子ども同士で話し合う活動などは、メタ認知の育成に直接的に寄与します。単語を機械的に何度も書き写すだけの学習より、「なぜ覚えにくいのか、どうすれば覚えやすくなるか」を子ども自身に問いかける指導の方が、長期的な語彙定着に効果があることを、この研究は理論的に支持しています。
また、作動記憶と語彙習得の関係から考えると、語彙学習の活動において情報の保持・操作を促すゲーム的な要素(例えば単語の並び替え、定義との照合タスクなど)を取り入れることの有効性も示唆されます。これは、機械的な暗記一辺倒でなく、処理の深さを意識した語彙指導の必要性を裏づけるものでもあります。
ただし、ここで注意が必要な点があります。本研究の対象はバイリンガル教育プログラムに通う、英語への接触量が比較的多い児童です。日本の多くの公立小学校では、英語の授業時数はかなり限られており、「週に数時間だけ英語に触れる」という環境は、本研究の対象とは大きく異なります。バイリンガル環境での知見を、いわゆる「外国語としての英語(EFL)」環境である日本に単純に当てはめることには慎重でなければなりません。それでも、認知的個人差を考慮した指導という方向性そのものは、日本の文脈でも十分に参照価値があります。
さらに言えば、日本の小学校英語ではいまだ語彙の体系的指導が十分に行われていないという指摘が多くあります。本研究が示す「語彙知識の発達は線形に進み、出発点が高い子どもほど伸びやすい」という知見は、早期の語彙指導・介入がいかに重要かを示しており、小学校英語教育の政策立案においても参考にすべき視点です。
独自の学術的考察―研究の意義と問い残された課題
本研究は、方法論的に見ても非常に精緻な仕事です。潜在成長曲線分析と多水準モデリングを組み合わせることで、集団レベルの発達軌跡と個人差の両方を同時に扱うことができており、縦断データの豊かさを最大限に活かした分析になっています。また、オープンサイエンスの観点からデータと分析コードをOSF(Open Science Framework)で公開していることも、研究の透明性と再現可能性を高める姿勢として評価に値します。
ただ、研究全体を通じて感じるのは、「測定の精度」への問いです。メタ認知知識の測定には個別のインタビューと口頭評価という手法が用いられており、評価者間信頼性(interrater reliability)は86〜95%と報告されています。これは合格点ですが、口頭説明の「質」を評価するという性質上、評価者の判断に一定の主観性が混入する可能性は否定できません。また、評価基準が「0点:無関係な回答 / 1点:暗黙的な言及 / 2点:適切な認知処理の記述 / 3点:明示的な認知処理の説明」という形で設定されていますが、1点と2点の境界は実際の採点において解釈の幅が残ります。今後、この測定方法のさらなる精緻化と他言語・他文化環境での妥当化が求められるでしょう。
もう一点、研究の構造的な問いとして残るのは、三つの認知要因の間の相互作用についてです。本研究ではそれぞれの要因が語彙知識に与える相対的影響が分析されていますが、メタ認知知識・作動記憶・非言語的知性の間で、互いにどのように影響し合っているかという相互作用効果は明示的には分析されていません。Tengは論文の中で階層的関係(非言語的知性 → 作動記憶 → メタ認知知識 → 語彙知識)という理論的枠組みを示唆していますが、これをデータで直接検証するためにはパス解析や媒介分析が必要です。この点は今後の発展的研究として残されています。
さらに言えば、バイリンガリズムの研究における大きな論争点の一つは、二言語の相互影響(cross-linguistic transfer)の問題です。本研究では中国語(L1)でのメタ認知知識テストと英語(L2)の語彙知識テストの結果が比較されており、両者の強い相関が報告されています。これは母語での認知的気づきが第二言語の語彙学習に転移することを示唆していますが、その転移のメカニズム―どのような条件のもとでどの程度の転移が起きるのか―は依然として未解明のテーマです。本研究は問いを立てる貢献は大きいものの、そのメカニズムの解明には別のアプローチが必要です。
おわりに―縦断研究が教えてくれること
6年間にわたって子どもたちの成長を丁寧に追い続けるという作業は、地道でありながら、横断研究では決して見えない「変化の軌跡」を浮き彫りにします。Tengのこの研究が示したのは、語彙習得は単に「たくさん単語を覚えること」ではなく、その背後に働く認知的・メタ認知的能力の発達と深く絡み合ったプロセスだということです。そしてそのプロセスにおいて、「自分がどのように学んでいるかを知ること」、つまりメタ認知知識が、想像以上に重要な役割を担っていることが明らかになりました。
現場の教師の立場から言えば、この研究は「賢い子が語彙を覚えやすいのは当たり前だ」という単純な話ではないことを教えてくれます。大切なのは、自分の学び方を振り返り、どの戦略が自分に効くかを理解させる指導です。それはどんな学習環境においても、教師が意識的に取り組むことのできる実践的な課題です。
研究として見れば、本論文はその規模・期間・方法論のいずれの面においても質の高い貢献であり、L2語彙習得と認知発達の縦断的関係を論じる先行研究の中でも際立った位置を占めています。限界もあるとはいえ、今後この分野を切り開いていく研究者たちにとって、重要な出発点の一つとなる仕事だといえるでしょう。
Teng, M. F. (2025). Longitudinal development of cognition and vocabulary knowledge in young second language learners in a bilingual programme. Journal of Child Language, 1–31. https://doi.org/10.1017/S0305000925000042
