著者について

この論文”Epistemic (in)justice in English medium instruction: Transnational teachers’ and students’ negotiation of knowledge participation through translanguaging”の著者は、Yongyan ZhengとYixi Qiuという二人の研究者です。二人とも中国の名門・復旦大学の外国語文学院に所属しており、特にZhengは応用言語学の分野で国際的に知られた研究者です。彼女たちは長年にわたって、英語を教授言語とする教育環境(EMI)における言語使用や学習者のアイデンティティについて研究を重ねてきました。この論文は、そうした研究の延長線上にあり、2024年に学術誌『Language and Education』に掲載されました。

この研究が行われた背景には、中国の大学における急速な国際化があります。中国教育部が2016年に「一帯一路」構想のための教育行動計画を打ち出して以来、中国の大学には49万人を超える留学生が集まるようになりました。その多くが英語で授業を受けるプログラムに在籍しています。こうした環境では、英語を母語としない教員や学生が、自分の考えを十分に表現できないという問題に直面することが少なくありません。

知識の不平等という問題

この論文の核心にあるのは、「エピステミック・インジャスティス(認識論的不正義)」という概念です。これは哲学者のMiranda Frickerが2007年に提唱したもので、簡単に言えば「知識を持つ者としての能力を不当に否定される」ことを指します。

たとえば、あなたが仕事の会議で英語でプレゼンテーションをしなければならないとしましょう。内容については誰よりも詳しいのに、英語が流暢でないために、同僚たちがあなたの意見を真剣に受け止めてくれない。こんな経験をしたことはないでしょうか。これがまさに「証言的不正義」です。言語能力の問題が、あなたの専門知識や判断力まで疑われることにつながってしまうのです。

もう一つの側面として、「解釈学的不正義」というものもあります。これは、ある集団の経験を理解し表現するための言葉や概念が社会に欠けている状態を指します。英語圏で発展した学問の概念や理論ばかりが教室で使われると、他の文化圏の学生たちは自分の経験を適切に表現する手段を持てなくなります。

トランスランゲージングという可能性

こうした不平等に対抗する手段として、著者たちが注目したのが「トランスランゲージング」という概念です。これは単なる「コードスイッチング」(二つの言語を切り替えて使うこと)とは異なります。トランスランゲージングは、人が持つすべての言語的・文化的資源を、状況に応じて柔軟に動員する営みを指します。

たとえば、ある学生が英語で説明しきれない概念を中国語で補ったり、先生が古い中国の寓話を使って西洋の理論を説明したりする。こうした行為は、従来の言語教育では「正しくない」とされてきました。しかし、トランスランゲージングの観点からは、これらはむしろ豊かなコミュニケーションの証なのです。

実際の教室で起きていたこと

著者たちは、中国のある一流大学の国際関係学の大学院プログラムで、12か月にわたる詳細な観察を行いました。このプログラムには、中国人学生と留学生が半々の割合で在籍していました。留学生の出身国はロシア、日本、シンガポール、マレーシア、モンゴル、カナダと多岐にわたります。

研究者たちは授業を録画し、学生たちに毎週の振り返り日誌を書いてもらい、教員や学生と詳細なインタビューを行いました。そこで見えてきたのは、予想以上に複雑で、同時に希望に満ちた現実でした。

中国人学生のLXRは、日誌にこう書いています。「自分の意見を述べる前提条件は三つあります。一つ目は中国語を使うこと(英語では勝てません)。二つ目は先生が私の質問に丁寧に答えてくれること。三つ目は、先生が私たちを対等な対話の相手として扱ってくれることです」。彼女の言葉からは、英語だけの環境が生み出すプレッシャーと、それが学びへの参加を妨げている様子が伝わってきます。

一方、別の中国人学生LSは、こう述べています。「中国人が多い環境や、先生が中国語を知っている環境では、英語で上手く表現できないときに中国語を使えます。先生が私の答えを改善して英語に訳してくれます。こういう環境では、自分の意見を言いたくなります」。

教員たちの工夫

この研究で印象的なのは、教員たちが単に学生の言語的困難を「許容する」だけでなく、積極的に多様な言語資源を活用して教育の質を高めようとしていた点です。

Prof. Zという教員は、インタビューでこう語っています。「問題の解決策を提示するとき、あなたは自分の言語レベルを気にしますか?しませんよね。学術的な議論でも同じです。核心的な概念だけを伝えてくれればいいのです。英語が上手である必要はありません。流暢に話す必要もなく、キーワードだけを伝えてくれればいいのです」。

彼は実際の授業でも、英語の専門用語に中国語訳を併記したスライドを使っていました。これは単に理解を助けるだけでなく、学生が後で中国語の文献を自分で探せるようにするためでもありました。つまり、中国語という知識の世界へのアクセスを保証していたのです。

文化を超えた知の交流

もう一人の教員Prof. Xの実践は、さらに興味深いものでした。彼女は「存在論」と「認識論」という抽象的な哲学概念を説明する際に、中国の古い寓話「盲人摸象(もうじんもぞう)」を使いました。これは、目の見えない人々が象の異なる部分を触って、それぞれが象について異なる結論を出すという話です。

興味深いのは、この寓話自体が実は2000年以上前の仏教の経典に由来し、それが中国に伝わったものだという点です。つまり、もともと文化を超えた知識交流の産物なのです。Prof. Xはこの寓話を使って、「真実」というものが見る人の立場によって異なって見えるという、構成主義的な認識論を説明しました。

授業の録画を見ると、彼女はまず「外国人の学生さんたちは、この絵を知っているかわかりませんが」と前置きをし、中国語で「盲人摸象」と言ってから、その内容を英語で丁寧に説明しています。そして、シンガポールからの学生Ellisが「構成主義的ですか?」と答えると、「そうです。異なる人々は異なる経験を持ち、したがって世界についての理解も異なる。これが構成主義的な考え方です」と確認しています。

この場面は、トランスランゲージングが単なる言語の混用ではなく、異なる知識体系や思考様式を結びつける営みであることを示しています。

学生たちの主体的な取り組み

学生たちも、受け身で教員の指示を待つだけではありませんでした。日本からの留学生Uchidaは、インタビューでこう述べています。「租税効果や統計学のような概念を理解したいときは、日本語で資料を探します。私の優先順位は概念を理解することだからです。それが、知りたいことへの理解を深めてくれます」。

また、中国人学生ZHは、「価値判断」という概念を説明するプレゼンテーションで、英語とドイツ語の対照表を作りました。彼女は、この概念がもともとドイツ語の「Werturteilsfreiheit」(価値判断からの自由)に由来することを示したかったのです。教室の誰もドイツ語を共有していないにもかかわらず、彼女はこの言語的・知的伝統を可視化することで、概念のより深い理解を促そうとしたのです。

留学生たちの反応

こうした多言語的な実践に対して、留学生たちはどう感じていたのでしょうか。ロシアからの学生Anaは、こう語っています。「Prof. Xが他の学生と中国語でコミュニケーションをとるのが本当に好きです。なぜなら、特定の専門用語以外は、彼らが言っていることの大部分を理解できるからです。中国の寓話や慣用句を使うことも気にしません。何を意味しているか理解できますし、たとえ知らなくても、それは新しいことを学ぶ素晴らしい機会だからです」。

日本人学生Uchidaも、振り返りの日誌にこう書いています。「最初はこの例(盲人摸象)がわかりませんでしたが、Prof. Xがその絵をとてもよく説明してくれました。彼女の説明を聞いた後は理解できました。また、『古代中国語』を学ぶのはとても興味深いようです」。

これらの反応は、多言語的な実践が決して中国語を理解する学生だけに利益をもたらすのではないことを示しています。むしろ、知識には多様な源があり、それぞれの言語や文化が独自の視点を提供するのだという認識を、すべての学生に促しているのです。

教員たちの意識の変化

研究者たちが特に注目したのは、教員たちの意識が時間とともに変化していったことです。Prof. Zは、EMIの授業を始めた当初、自分が英語の教師のように感じられて苦労したと振り返っています。しかし数年を経て、彼の考えは変わりました。「EMIのクラスは、実は中国語のクラスと同じなのです。最も重要なのは、どう考えるか、問題をどう理解し、どう対処するかです。完全な英語の文章を話す必要はまったくありません。段落を話す必要もなく、キーワードをいくつか言ってくれればいいのです」。

Prof. Xも、中国の寓話や慣用句を授業で使うのは偶然ではなく、意図的な選択だと説明しています。「外国人学生が中国に来てEMIのコースに申し込む理由の一部は、まさにこれなのです。実際、英語ばかり話していても、彼らにとっては意味がありません。中国の寓話や慣用句を伝えれば、それは記憶に残るエピソードになるかもしれません。それは追加の収穫なのです」。

この研究が教えてくれること

この研究から、私たちは何を学べるでしょうか。第一に、言語能力と専門知識を混同してはならないということです。英語が流暢でないからといって、その人の知的能力や専門性が劣るわけではありません。しかし現実には、そうした偏見が根強く存在し、多くの学習者の声を沈黙させています。

第二に、多言語的な実践は「言語的欠陥の補償」ではなく、むしろ知識を豊かにする積極的な戦略だということです。異なる言語には、それぞれ独自の概念や思考様式が埋め込まれています。たとえば、日本語の「もったいない」や「おもてなし」といった言葉は、単なる翻訳では伝えきれない文化的・哲学的な意味を含んでいます。こうした多様性を尊重し活用することで、より深く豊かな学びが可能になるのです。

第三に、教員の役割の重要性です。教員が単に「英語で教える人」ではなく、多様な知識体系の橋渡しをする存在になることで、教室の力学が大きく変わります。Prof. ZやProf. Xのように、学生たちの持つ言語的・文化的資源を価値あるものとして認め、それを授業に組み込んでいく姿勢が求められます。

日本の教育現場への示唆

この研究は、日本の教育現場にも重要な示唆を与えてくれます。日本でも近年、大学の国際化が進み、英語で授業を行うコースが増えています。文部科学省のスーパーグローバル大学創成支援事業などの後押しもあり、多くの大学が英語による授業の拡大に取り組んでいます。

しかし、この論文が指摘するような「認識論的不正義」は、日本の教室でも起きていないでしょうか。日本人学生が英語での発言を躊躇し、その結果として知識創造のプロセスから排除されてしまう。あるいは、英語圏で発展した理論や概念ばかりが教えられ、日本や他のアジア諸国の知的伝統が軽視される。こうした問題は、決して中国だけの話ではありません。

この研究が提案するトランスランゲージング的なアプローチは、日本の教室でも有効でしょう。たとえば、英語で授業をしながらも、重要な概念については日本語の訳語を示す。日本の文化や思想に基づく例を積極的に取り入れる。学生が日本語で考えをまとめてから英語で発表することを認める。こうした柔軟な実践が、より包摂的で公正な学びの場を作り出すのではないでしょうか。

残された課題

もちろん、この研究にも限界があります。著者たち自身が認めているように、ここで特定された三つのトランスランゲージングの働き(証言的不正義への対抗、解釈学的資源の提供、認識論的感受性の向上)がすべてのEMI環境で現れるとは限りません。また、すべての学生がこうした多言語的な実践から同じように恩恵を受けるわけでもないでしょう。

さらに、教員にも学生にも、多様な言語資源を活用するための能力と意欲が求められます。この研究の参加者たちは、比較的恵まれた環境にいました。教員は国際的な経験が豊富で、学生も高い英語力を持っていました。より厳しい条件下では、同じアプローチが機能するかどうかは未知数です。

むすびに

それでも、この研究が示した方向性は説得力があります。グローバル化した世界で、知識は一つの言語や文化に閉じ込められるものではありません。むしろ、多様な言語と文化が出会い、交流し、時には衝突する中で、新しい理解が生まれます。そうした場を作り出すためには、私たち一人ひとりが、自分の持つ言語的・文化的資源を価値あるものとして認識し、それを恐れずに表現することが大切です。

同時に、教育者や制度設計者は、こうした多様性を単なる「問題」としてではなく、豊かな学びの源として捉え直す必要があります。英語だけが知識の媒体である必要はないし、西洋の理論だけが価値あるものでもありません。Yongyan ZhengとYixi Qiuの研究は、そうした新しい教育のあり方への道筋を、具体的な実践を通して示してくれています。


Zheng, Y., & Qiu, Y. (2024). Epistemic (in)justice in English medium instruction: Transnational teachers’ and students’ negotiation of knowledge participation through translanguaging. Language and Education, 38(1), 97–117. https://doi.org/10.1080/09500782.2023.2248968

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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