子どもたちの読解力を支える試行錯誤

小学校3年生から5年生にかけて、英語を第二言語として学ぶ子どもたちは、しばしば大きな壁に直面します。単語を読むことはできても、文章全体の意味を理解することが難しい。この困難は、日本の英語教育現場でも決して他人事ではありません。North Carolina State Universityを中心とした研究チームが、この課題に真正面から取り組んだ研究がAERA Open誌に掲載されました。筆頭著者のDennis S. Davisらは、2年間にわたって15人の教師と協働し、K.L.I.(Knowledge, Language, and Structured Inquiry)と名付けられた読解支援プログラムを開発しました。

この論文”Usability of a reading intervention for upper-elementary English learners: Building reading comprehension through knowledge, language, and structured inquiry (K.L.I.)”が特に興味深いのは、完成したプログラムの効果を示すことよりも、「どうやって使いやすいプログラムを作り上げたか」というプロセスそのものに焦点を当てている点です。教育研究の世界では、新しい指導法や教材の効果を検証する研究は多く存在します。しかし、その前段階として「現場で本当に使えるものをどう作るか」という問いに正面から答えた研究は意外なほど少ないのです。

読解の複雑さに立ち向かう

研究チームは、読解という行為の多面性を理解することから始めました。文章を理解するには、単に文字を音に変換する力だけでは足りません。語彙の知識、文の構造を把握する力、背景知識、そして自分の理解を監視する力など、さまざまな要素が絡み合っています。

たとえば、「ロボット技術が農業にもたらした変化」という文章を読むとき、子どもは「技術」「農業」といった個々の単語を知っているだけでは不十分です。ロボットについてのある程度の知識、農業が抱える課題、そして「もたらした」という表現が因果関係を示していることなど、複数の層での理解が必要になります。

K.L.I.プログラムは、この複雑さに対応するため、5つの構成要素を組み合わせています。Discovery Readingでは、情報テキストを小さな塊に区切って読み、メタ認知的な問いかけを通じて理解を深めます。Confident Readingでは、同じ内容を3段階の難易度で繰り返し読むことで、複雑な文章への橋渡しをします。Uncover the Structureでは、説明文の構造を明示的に学びます。Breaking Wordsでは多音節語の分析を、Sentence Workshopでは複雑な文の組み立てを扱います。

これらの活動を貫くのが「Inquiry Space」という仕組みです。子どもたちは学んだことをこの共有スペースに蓄積し、最終的にグループでプレゼンテーションを行います。

教師の声を聞きながら改善を重ねる

研究チームの開発手法は、デザインベース研究と呼ばれるアプローチに基づいています。これは、理論に基づいて教材を設計し、実際の教室で試し、その結果を踏まえて改良を繰り返すというサイクルです。K.L.I.の開発では、各構成要素についてバージョン0から4まで、合計5回の改訂が行われました。

初期段階では、教師たちに教材案を見てもらい、率直なフィードバックを求めました。そこで浮かび上がったのは「時間が足りない」という切実な声でした。ある教師は、当初の計画では10分で終わるはずのレッスンが「自分の生徒たちには絶対に無理」と指摘しました。子どもたちに十分な発言の機会を与え、適切なフィードバックをしようとすると、どうしても時間がかかる。理想と現実のギャップが明らかになりました。

研究チームは、この問題に対処するため、いくつかの戦略を採用しました。たとえばDiscovery Readingでは、導入時に紹介する語彙を3語から2語、さらに1語へと減らしました。テキストを読む際の区切りも、最初は3箇所だったものを2箇所に減らし、その後3箇所に戻しましたが、各区切りの長さを短くすることで調整しました。こうした細かな調整の積み重ねが、実行可能なプログラムを作り上げていったのです。

実施の様子を客観的に評価する

研究チームは、教師からの主観的な意見だけでなく、実際の授業の様子を体系的に記録し分析しました。各構成要素について、理論的に重要だと考えられる要素を「実施マップ」として整理し、録画された授業を見ながら、それらの要素が実際に現れているかをチェックしました。

たとえばDiscovery Readingには16項目の評価指標が設定されました。「教師は読む前に重要な語彙を紹介したか」「生徒たちは自分の理解を確認する言葉を使ったか」「全員の生徒が少なくとも一度は議論に参加したか」といった具体的な項目です。研究チームは、80%以上の授業でこれらの要素が観察されることを目標としました。

最初のバージョンでは、16項目のうち約半数しか目標に達しませんでした。特に困難だったのは「生徒全員が議論に参加する」という項目でした。小グループとはいえ、3~4人の子どもたち全員に発言の機会を保証することは容易ではありません。研究チームは、教師向けのガイドに具体的な声かけの例を追加し、参加を促す方法を明示しました。こうした改善を重ねた結果、最終バージョンでは、ほぼすべての項目で目標値を達成することができました。

つまずきやすいポイントが見えてきた

4回の改訂を経ても、なお一貫して実施が難しい要素もありました。それらは「プレッシャーポイント」と名付けられ、今後の改善課題として認識されています。

第一のプレッシャーポイントは、全員参加を促すことです。先ほど触れたように、すべての子どもに発言の機会を与えることは、理念としては当然でも、実践としては難しい。特に英語学習者の場合、言語面での不安から発言をためらう子どももいます。

第二のプレッシャーポイントは、教師がその場で判断を求められる場面です。レッスンプランには書き切れない、状況に応じた柔軟な対応が必要になるとき、実施の質にばらつきが生じました。たとえば、子どもたちがテキストから学んだことを、以前のレッスンで学んだ内容と結びつけて話すように促す場面では、教師が「今が適切なタイミングだ」と判断し、自然な形で促す必要があります。こうした暗黙の判断は、マニュアルに書くのが難しいのです。

第三のプレッシャーポイントは、プログラムの異なる部分をつなげることです。K.L.I.は5つの構成要素から成り立っていますが、それらを子どもたちの中で有機的につながったものとして経験させるには工夫が必要でした。Confident Readingで読んだテキストをUncover the Structureで再度扱う、Discovery Readingで出会った語彙をBreaking Wordsで深く学ぶ、といった連続性を意識させることが重要だったのです。

使いやすさを高める4つの要素

教師たちへのインタビューから、プログラムの使いやすさを高める要因も明らかになりました。

まず、各要素がばらばらではなく、全体として一貫性を持っていることが重要でした。同じテキストが異なる活動で使われたり、ある活動で学んだ語彙が別の活動で再登場したりすることで、子どもたちは学びのつながりを実感できます。ある教師は「Inquiry Spaceがあることで、子どもたちは以前に学んだことを思い出し、新しい学びと結びつけられる」と述べています。

次に、子どもたちの多様性に対応できる柔軟性も評価されました。Sentence Workshopという活動では、簡単な文から始めて徐々に複雑な文を作っていきます。ある教師は「活動自体が差異化されている。短い文で達成感を得る子もいれば、最後の長い文に挑戦できる子もいる」と語りました。英語の習熟度が異なる子どもたちが同じグループで学ぶとき、こうした段階的な構造は大きな助けになります。

第三に、教師の学びを支援する工夫も重要でした。研究チームは、レッスンプランを2種類用意しました。最初の数回は、教師の発言例や予想される子どもの反応まで含めた詳細版を提供し、慣れてきたら要点だけを示した簡略版に切り替えました。これは料理のレシピに似ています。初めて作る料理では詳しい手順が必要ですが、何度か作れば「中火で炒める」という一言で十分になります。ある教師は「最初は詳しい計画が助けになったが、慣れてきたら簡潔な計画の方が使いやすかった」と振り返っています。

そして最後に、現実的な時間配分です。これは最初から最後まで最大の課題でした。子どもたちとの対話を大切にしながら、限られた時間内で活動を終えるバランスは、改訂を重ねる中で少しずつ改善されていきました。

研究の意義と限界

この研究の最大の貢献は、教育プログラムの「使いやすさ」を体系的に検証する方法を示したことでしょう。多くの教育研究は、プログラムの効果を示すことに集中します。しかし、どんなに効果的なプログラムでも、現場で使いこなせなければ意味がありません。Davis らは、この当たり前だけれども見過ごされがちな問いに、2年間かけて丁寧に向き合いました。

研究チームは、この過程から5つの原則を導き出しています。複数の要素を組み合わせたプログラムを開発する際には、(1)各要素をつなぐ理論的な論理を明確にし、(2)教師がその論理を理解できるよう支援し、(3)教師の学びを段階的に支える仕組みを組み込み、(4)時間の制約を現実的に考慮し、(5)すべての子どもが参加できる具体的な手立てを示すことが重要だと述べています。

もちろん、この研究には限界もあります。参加した教師は15人と少数で、しかも研究に積極的に関わりたいと志願した人たちでした。放課後の補習という環境も、通常の授業とは異なります。研究チームも認めているように、この管理された環境での成功が、より多様で制約の多い現実の教室でも再現されるかは、まだわかりません。

日本の英語教育への示唆

この研究から、日本の英語教育現場が学べることは少なくありません。

まず、読解指導の多面性です。日本の英語教育でも、文法や語彙の知識に重点が置かれがちですが、K.L.I.が示すように、読解には語彙、文構造、背景知識、メタ認知など、複数の要素が関わっています。これらを統合的に扱う指導が求められます。

次に、教材開発のプロセスです。新しい指導法を導入するとき、最初から完璧を目指すのではなく、現場で試しながら改善を重ねる姿勢が重要です。特に印象的なのは、教師の「時間が足りない」という声に対して、研究チームが理論を曲げるのではなく、本質を保ちながら実行可能な形に調整した点です。たとえば、導入する語彙を減らすことで時間を節約しましたが、テキストを読みながら語彙を学ぶ機会は維持しました。こうした「本質的な部分とそうでない部分の見極め」は、日本の現場でも参考になるでしょう。

また、教師支援の重要性も示唆的です。詳細版と簡略版のレッスンプランを使い分ける発想は、日本の学習指導案にも応用できそうです。初任者には詳しいガイドを、ベテランには柔軟性を持たせた計画を、というように。

さらに、このプログラムが「英語学習者」を対象としている点も重要です。K.L.I.では、子どもたちが母語を使って新しい語彙を説明したり、母語と英語の類似点を指摘したりすることが奨励されています。日本の英語教室でも、日本語を排除するのではなく、日本語を足がかりとして英語を学ぶアプローチが有効かもしれません。

おわりに

教育研究における「つくる」ことの意味を、この論文はあらためて考えさせてくれます。Davisらが2年間かけて取り組んだのは、単に新しい教材を作ることではありませんでした。理論と実践の間を何度も往復し、教師の声に耳を傾け、データを丁寧に分析しながら、「使える」プログラムへと磨き上げていくプロセスそのものが研究だったのです。

完璧なプログラムなど存在しません。K.L.I.にも、まだ改善の余地があることを研究チームは率直に認めています。しかし、この誠実な試行錯誤の記録は、教育実践を改善しようとするすべての人にとって、貴重な道しるべとなるでしょう。読解指導の難しさと向き合い、一歩ずつ前進していく姿勢こそが、子どもたちの学びを支える力になるのだと、この研究は教えてくれます。


Davis, D. S., Relyea, J. E., Samuelson, C., Huang, B., & Dobis, C. (2025). Usability of a reading intervention for upper-elementary English learners: Building reading comprehension through knowledge, language, and structured inquiry (K.L.I.). AERA Open, 11, 1–23. https://doi.org/10.1177/23328584251323893

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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