教室で感じる切実な願い

教室で子どもたちと向き合っていると、一人ひとりの理解度の違いに日々頭を悩ませます。ある子は問題をすらすら解いていく一方で、別の子は基本的なところでつまずいている。「もっと一人ひとりに時間をかけてあげられたら」そんな思いを抱く教育者は多いはずです。サルマン・カーンの『AIは私たちの学び方をどう変えるのか』は、教育現場のこうした切実な願いに応える一冊です。

著者は、YouTubeの教育動画で世界中の数十億人にリーチし、教育の民主化を推し進めてきたカーンアカデミーの創設者です。ChatGPTの登場という転換点を経て、教育とAIの関係について深く考察したのが本書です。

「賢明な勇気」という新しい見方

本書で最も印象に残ったのが、「賢明な勇気」という概念です。これはAIに対する理性的な恐れを抱きながらも、その可能性と課題の両方を冷静に見つめた上で前進する勇気のことです。

教育の世界では、「AIが教師の仕事を奪うのではないか」「子どもたちがAIに依存して考える力を失うのではないか」という不安の声が聞かれます。著者はこうした不安を否定せず、むしろ正面から受け止めます。リスクはある。だからこそ目を背けずに、このテクノロジーとどう向き合うべきかを真剣に考える必要がある、と。

子どもに自転車の乗り方を教える時を思い出します。転ぶかもしれない、怪我をするかもしれない。でも、そのリスクを恐れて何もしなければ、決して自転車に乗れるようにはなりません。必要なのは、適切な準備と見守りです。AIとの関係も同じなのです。

カンミーゴが示した意外な発見

本書が理論に終わっていないのは、カーンアカデミーが実際にAIチューター「カンミーゴ」を開発・運用している点です。2024年初頭、全米で3万人以上を対象に試験導入されました。

インディアナ州ホバート学区での事例が特に興味深いものでした。導入6か月後に現れた変化、それは子どもたちの「自己肯定感の向上」でした。知識習得や効率化といったAIの典型的な効果ではなく、もっと人間的な心の部分への影響だったのです。

教育長のペギー・バフィントンが指摘するように、手を挙げて質問するのを躊躇する子どもでも、AIには気軽に質問できます。「こんなこと聞いたら馬鹿だと思われないか」という不安がないからです。学生時代、理解できないまま授業が進み、後で一人で苦労した経験は誰にでもあるでしょう。いつでも気軽に質問できる存在がいたら、どれだけ心強かったことか。

教科の壁を越える学び

カンミーゴのもう一つの特徴は、教科横断的な学びの促進です。指導部長ティム・クリーグは、AIによって「教科間の枠はもうあまり重要ではない」と語ります。数学と芸術、科学と歴史がどうつながっているのか、AIは自然に教えてくれるのです。

現実の世界は教科書のように整然と区分けされていません。地球温暖化一つとっても、科学、経済、歴史、政治、倫理が複雑に絡み合っています。従来は各教科が別々に教えられ、そのつながりを子どもたちが理解しづらい面がありました。

絵を描くのが好きだが数学が苦手で「自分は文系だ」と決めつけていた知人がいます。大学で建築を学ぶ中で幾何学の美しさに気づき、数学観が一変したそうです。AIチューターは、こうした気づきを早い段階で、より多くの子どもたちに提供できる可能性を持っています。

教師の役割はむしろ重要になる

「AIが教育を担うなら、教師は不要では?」多くの人が抱く疑問に、著者の答えは明確です。教師の役割はさらに重要になる、と。

カーンはオンデマンド動画が広まった時の経験を振り返ります。動画は教師の代わりではなく、講義時間を減らすことで個別指導やコミュニケーションの時間を増やしました。教師の価値は下がるのではなく、高まったのです。

AIが採点や進捗管理といった機械的作業を担うことで、教師は本来最も重要な役割に集中できます。子どもたちとの人間的なつながり、創造的な授業設計、個々の心に寄り添うこと。本書には力強い言葉があります。「LLMの世界で、教師ほど安全な職業はありません。教師は、決して代替可能な存在ではありません」。人と人とのつながり、信頼、共感、学びへの情熱、これらは決してAIには代替できないのです。

個別最適化という理想の実現

教育の長年の夢が個別最適化された学びです。子どもたちはそれぞれ異なるペースで、異なる方法で学びますが、現実には一人の教師が30人、40人を同時に見なければなりません。

著者は、AIによってすべての子どもが「世界レベルの家庭教師」を持てる時代が来ると語ります。24時間利用でき、何度でも質問に答え、理解度に応じて説明を調整するAIチューター。それが世界中のどこでも、経済状況に関係なく利用できるのです。これは教育格差の解消という点で、計り知れない価値を持っています。

ソクラテス的対話の復活

本書で提案される「反転授業」も興味深いものです。従来は教師が教壇で知識を伝え、生徒は家で宿題をしていました。AIの時代には、子どもたちは動画やAIで基礎を学び、授業時間はソクラテス的な対話や協働課題に充てるべきだと著者は主張します。

ソクラテス的対話とは、問いを投げかけることで学習者自身に考えさせる方法です。「なぜそう思うのか」「別の見方はできないか」といった問いを通じ、深い理解と批判的思考力が育まれます。これは最も人間的で価値ある学びの形ですが、従来はカリキュラムに追われ、十分な時間が取れませんでした。AIが基礎知識の習得をサポートすることで、教室は本来あるべき探究と対話の場に戻れるのです。

懸念事項への誠実な向き合い

本書はAIの良い面だけを描くのではありません。カンニング、プライバシー、過度な依存といった懸念にも率直に向き合っています。

特にカンニングは深刻です。AIで簡単に答えを得られるし、作文も書かせられます。完全な防止は難しいでしょう。しかし著者は、これを技術的問題として片付けません。「なぜ学ぶのか」という根本的な動機付けが重要なのです。AIで答えを得るのは簡単だが、それで本当に学びになるのか。試行錯誤の過程にこそ学びの価値があるのではないか。そうした本質的な問いを、子どもたちと共有することが大切だと説きます。

協働学習の新しい形

意外なことに、著者はAIが生徒同士の協調性を高めると主張します。AIは各生徒の強みと弱みを分析・可視化し、生徒たちは自然と互いに教え合うようになります。数学が得意な子が英語の苦手な子を助け、その逆もまた然り。こうした相互学習は従来の一斉授業では実現しにくいものでした。

またAIのリアルタイムフィードバックは親にも共有され、親は子どもの学習状況をより深く理解できます。年に数回の面談でしか得られなかった情報が日常的に共有されることで、家庭と学校の連携が強まるのです。

実践者の言葉の重み

本書の強みは、著者が理論家ではなく実践者である点です。カーンアカデミーを立ち上げ、世界中の数億人にリーチし、今、AIを組み込んだ教育プラットフォームを実際に運用している。その経験から語られる言葉には重みがあります。

ビル・ゲイツ、サム・アルトマン、アンジェラ・ダックワースといった著名人が推薦するのも、この実践に裏打ちされたビジョンへの共感からでしょう。ゲイツの「AI時代の学びに関心のあるすべての人が読むべき本。AIと教育の課題に向き合い、豊かな見識をもって語れるのは彼だけだ」という推薦文は印象的です。

著者はOpenAIと密接に協力し投資も受けています。完全中立ではありませんが、それはこの分野の最前線にいることを意味します。AIと教育の交差点で実際に何が起きているのか、肌で感じている人の言葉なのです。

日本の文脈で考える

本書はアメリカを想定していますが、日本での導入にはいくつかの考慮が必要です。

学習指導要領や教科書検定制度という日本独自のシステムとの整合性をどう図るか。日本語AIモデルはまだ発展途上であり、特に微妙なニュアンスや敬語の扱いに課題があります。効果的なAIチューターには、日本語特化型モデルの開発が不可欠です。

また日本は協調性や集団での学びを重視します。個別最適化は素晴らしい理想ですが、個人主義的な学びにならないよう、バランスが必要です。AIを使いながらも、クラスメートとの協働や教師との人間的つながりを大切にする。そんな日本型AI活用モデルの模索が求められます。

技術決定論への警戒

建設的な懸念を一つ述べるなら、本書が時に技術決定論的に見える点です。技術の進歩が必然的に社会を良い方向に導く、という前提に見えます。

歴史を振り返ると、ラジオ、テレビ、パソコンなど、新しい技術が登場するたび「教育を変える」と期待されました。確かに影響は与えましたが、期待通りの「改善」をもたらしたとは言えません。AIも同じです。可能性は大きいですが、その実現には適切なインフラ、教師の研修、カリキュラムの見直し、そして教育とは何かという根本的な問いへの答えが必要です。技術は手段であって、目的ではありません。目指すべき教育の姿を明確にしてこそ、AIは意味のあるツールになります。

対話の始まりとして

『AIは私たちの学び方をどう変えるのか』は、完璧な答えを提供する本ではありません。むしろ、問いを投げかけ、対話を始めるための本です。AIと教育について、私たちはどう考え、どう行動すべきか。

本書を読んで感じるのは著者の誠実さです。AIの可能性を語りながらも、リスクや課題から目を背けません。教師の重要性を強調し、人間的なつながりの価値を繰り返し述べます。これは技術に対する盲目的な楽観主義ではなく、人間への深い信頼に基づいた楽観主義です。

私たちは大きな転換点にいます。AIという強力なツールが登場し、教育のあり方を根本から変える可能性があります。変化を恐れて拒絶することも、無批判に受け入れることもできます。しかし最も賢明なのは、「賢明な勇気」を持って、慎重に、しかし前向きに、新しい可能性を探ることではないでしょうか。

本書の価値は、そのための指針を提供してくれることです。完璧な地図ではないかもしれませんが、暗闇で進むよりずっとましです。世界中で同じ問いに向き合う人たちがいます。知見を共有し、失敗から学び、成功を分かち合いながら、より良い教育の形を模索していく。本書はその対話の出発点として、多くの読者に読まれるべき一冊だと思います。

教室の子どもたちの笑顔を思い浮かべながら、私たちは問い続けなければなりません。この技術は本当に子どもたちのためになるのか。一人ひとりの可能性を引き出せるのか。より公平で豊かな学びの機会を提供できるのか。本書はその問いに一つの誠実な答えを提示しています。そして今度は、私たち読者がそれをどう受け止め、どう行動するかが問われています。


カーン, S. (2025). 『AIは私たちの学び方をどう変えるのか:BRAVE NEW WORDS』(稲垣みどり訳). 東洋館出版社.

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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