研究の背景―ヨルダンにおける英語教育の現実
この論文”The development of new teaching strategies of speaking and reading skills among EFL learners in Jordan”の筆頭著者であるMaha Jamal Al-qadiをはじめとする5名の研究者たちは、ヨルダンのAl-Zaytoonah大学を拠点に、英語教育の実践的な改善に取り組んでいます。論文は2024年10月に投稿され、2025年1月に受理されたもので、まさに現在進行形の教育課題に向き合った研究といえます。
ヨルダンという国を思い浮かべてみると、中東に位置し、アラビア語を母語とする国です。そこで英語を学ぶということは、日本で英語を学ぶのと同様に、文法体系も文字も音声も大きく異なる言語を習得するという困難な挑戦です。研究者たちが指摘するのは、ヨルダンでは長年にわたって英語教育が行われてきたにもかかわらず、学生たちが実際に英語でコミュニケーションを取れないという深刻な問題です。
この状況は、日本の英語教育が直面してきた課題と驚くほど似ています。何年も英語を勉強しても、実際の会話になると言葉が出てこない。文法問題は解けるのに、自分の考えを英語で表現できない。こうした悩みは、国や文化を超えて共通する語学学習の壁なのかもしれません。
研究の核心―70名の学生たちの5週間
この研究で研究者たちが採用したのは、準実験的研究デザインと呼ばれる方法です。簡単に言えば、70名の大学1年生を二つのグループに分け、片方には新しい教授法を、もう片方には従来の教授法を適用して、その効果を比較するというものです。実験群と統制群にそれぞれ35名ずつ配置し、5週間にわたる授業を実施しました。
実験群に導入された新しい教授法の特徴は、いくつかの要素を組み合わせた包括的なアプローチにあります。第一に、TED TalksやPerfectly Spokenといったオンラインの学習資源を積極的に活用しました。これらは本物の英語に触れる機会を提供し、教科書だけでは得られない生きた言語表現に学生たちをさらします。
第二に、学生たちに自分で学習の時間や場所を選ぶ自由を与えました。これは自己主導型学習と呼ばれるもので、学生が自分のペースで、自分に合った方法で学習できるようにする考え方です。誰もが同じ速度で学習するわけではなく、朝型の人もいれば夜型の人もいる。そうした個人差を尊重することで、学習効果が高まるという発想です。
第三に、ペアやグループでの協働学習を重視しました。語学学習は本質的に社会的な活動です。他者とコミュニケーションを取るために言語を学ぶのですから、学習過程そのものにも他者との交流を組み込むのは理にかなっています。学生たちは小グループで読んだ内容について議論したり、スピーキングの練習を一緒に行ったりしました。
第四に、実世界の問題解決活動を取り入れました。単に文法規則を覚えるのではなく、複雑なテキストを分析したり、重要なトピックについて議論したりする活動を通じて、批判的思考力と言語能力を同時に育成しようとしたのです。
最後に、定期的な課題とフィードバックのサイクルを設けました。学生たちは読んだ内容の要約を書いたり、短いプレゼンテーションを行ったりし、教師から具体的なフィードバックを受けました。このプロセスを通じて、自分の強みと弱みを認識し、継続的な改善を図ることができるようにしたのです。
測定の方法―どうやって成長を測ったのか
研究の信頼性を確保するため、研究者たちは慎重に設計された評価方法を用いました。まず、5週間の授業が始まる前に、すべての学生にプレテストを実施しました。このテストは、スピーキングとリーディングの両方のスキルを測定するものです。
スピーキングテストでは、学生たちに自己紹介をしてもらい、写真を見て説明してもらうという課題が与えられました。これは、準備なしで即座に英語を話す能力を測るためのものです。リーディングテストでは、ペットの猫についての文章を音読してもらい、流暢さや発音、表現力を評価しました。
5週間の授業期間を経て、ポストテストが実施されました。ここでは、授業で学んだ内容が反映されるように、より複雑な課題が用意されました。スピーキングテストでは、旅行の思い出を語ったり、仮想的な状況(無料旅行が当たったら)について議論したり、レストランでの注文というロールプレイを演じたりといった、より実践的な課題が含まれていました。
さらに、研究者たちは質問紙とインタビューという質的なデータ収集方法も併用しました。テストの点数だけでは見えてこない、学生たちの実際の経験や感じ方、学習戦略の使い方などを深く理解するためです。この多角的なアプローチは、研究の妥当性を高める重要な要素となっています。
数字が物語る成果―統計的に見た教育効果
研究の結果は、新しい教授法の効果を明確に示すものでした。プレテストの段階では、統制群の平均点が30.69点(標準偏差7.502)、実験群が29.94点(標準偏差7.452)で、統計的に有意な差は認められませんでした。つまり、両グループの出発点は同じだったということです。これは実験研究において非常に重要なポイントです。
ところが、ポストテストになると状況は一変します。実験群の平均点は41.69点(標準偏差5.764)に上昇したのに対し、統制群は31.34点(標準偏差8.495)にとどまりました。この差は統計的に有意(p=0.000)であり、新しい教授法が明らかに効果を発揮したことを示しています。
特に注目すべきは、実験群のプレテストとポストテストを比較した結果です。31.28点から41.69点への上昇は、約10点という大きな伸びを意味します。標準偏差が小さくなっていることも興味深い点で、これは学生間の成績のばらつきが減少したことを示しています。つまり、新しい教授法は、できる学生だけでなく、苦手な学生にも効果があったということです。
学生たちの声―質問紙とインタビューが明かす学習体験
数字だけでは語れない部分を補ってくれたのが、質問紙とインタビューの結果です。学生たちが最も高く評価したのは、Perfectly Spokenのようなオンラインコースで、平均スコアは4.69(5点満点)でした。多くの学生が、これらのコースによって自分のペースで学習でき、特に従来の教室での授業と組み合わせることで大きな効果があったと述べています。
教師からのフィードバックも高い評価を受けました(平均4.57点)。ある学生はインタビューで、「先生からの具体的なフィードバックによって、自分の弱点がどこにあるのかがはっきりわかり、何を改善すればいいのかがわかった」と語っています。これは、単に間違いを指摘するだけでなく、どう改善すればいいかという建設的な助言が含まれていたことを示唆しています。
学習教材を自分で選べることも、学生たちにとって大きな意味を持ちました。スピーキングスキルの向上については平均4.40点、リーディングスキルについては4.34点という高い評価でした。自分の興味に合った教材を選ぶことで、学習への動機づけが高まり、より主体的に学習に取り組めたようです。
協働学習については、スピーキングで4.31点、リーディングで4.17点という評価でした。インタビューでは、「グループで学習することで、間違いを恐れずに英語を話せた」「他の人の表現から新しい語彙を学べた」という声が聞かれました。これは、協働学習が単に知識を共有するだけでなく、心理的な安心感を提供し、リスクを取って新しいことに挑戦する環境を作り出していたことを示しています。
学習の時間と場所を自分で選べることも重要な要素でした。スピーキングで4.26点、リーディングで4.11点という評価です。ある学生は、「自分が最も集中できる時間に学習できることで、効率が上がった」と述べています。これは、画一的な学習スケジュールではなく、個人の生活リズムや学習スタイルに合わせた柔軟なアプローチの価値を示しています。
TED Talksの利用については、スピーキングで4.17点、難しい読み物の理解で3.91点という評価でした。学生たちは、「実際の英語話者がどのように話すのかを見ることができた」「様々なトピックに触れることで語彙が増えた」と感じていたようです。
研究の強みと限界―批判的な視点から
この研究には、いくつかの重要な強みがあります。第一に、準実験的デザインを採用し、実験群と統制群を設定したことで、因果関係についてある程度の推論が可能になっています。単に新しい方法を試してみただけではなく、従来の方法と比較することで、その効果を実証的に示そうとした点は評価できます。
第二に、量的データと質的データを組み合わせた混合研究法を用いたことも強みです。テストの点数という客観的な指標だけでなく、学生たちの主観的な経験や感じ方も丁寧に拾い上げることで、より立体的な理解が可能になっています。実際、質問紙とインタビューの結果は、テスト結果を補完し、なぜ新しい教授法が効果的だったのかを説明するのに役立っています。
第三に、実際の教育現場で実施された研究である点も重要です。実験室的な設定ではなく、実際の大学の授業という現実的な状況で検証されたことで、結果の実践的な価値が高まっています。
しかし同時に、いくつかの限界も指摘できます。まず、サンプルサイズが比較的小さいことです。各群35名という規模では、結果の一般化には慎重である必要があります。また、研究期間が5週間と短いため、長期的な効果についてはわかりません。語学学習は本来、長い時間をかけて積み重ねていくものですから、この短期間の成果が持続するかどうかは別の問題です。
さらに、研究者たちは「準実験的」デザインと述べていますが、学生をランダムに二つのグループに割り当てたのかどうかが明確ではありません。もしランダム割り当てでなければ、選択バイアスの可能性を排除できません。また、実験群を教えた教師と統制群を教えた教師が同一人物だったのか、別の人物だったのかも明記されていません。もし別の教師だったとすれば、教授法の違いなのか、教師の違いなのかを判別することが難しくなります。
評価者のバイアスという問題もあります。ポストテストを採点した人は、どの学生がどちらのグループに属しているかを知っていたのでしょうか。もし知っていたとすれば、無意識のうちに採点に影響が出る可能性があります。理想的には、採点者は学生がどちらのグループに属するかを知らない状態で採点すべきです(盲検法)。
また、実験群に導入された要素が多岐にわたるため、具体的にどの要素が最も効果的だったのかを特定することが困難です。デジタルツールなのか、協働学習なのか、自己主導型学習なのか、それともこれらの組み合わせなのか。今後の研究では、各要素の効果を個別に検証することも必要でしょう。
理論的基盤―なぜこの方法が効くのか
研究者たちは、先行研究に基づいて新しい教授法を設計しました。その背景には、いくつかの重要な理論的考え方があります。
一つは、真正性(authenticity)の概念です。TED Talksのような実際のコミュニケーション目的で作られた教材を使うことで、学習者は教科書的な人工的な英語ではなく、実際に使われている生きた英語に触れることができます。これは、学習した内容が実世界でどう使われるかを理解し、学習の意義を実感するのに役立ちます。
もう一つは、学習者の自律性(learner autonomy)を重視する考え方です。学生に学習の時間、場所、教材を選ぶ自由を与えることで、学習への主体性が高まり、内発的動機づけが促進されると考えられています。心理学者のRyan & Deci(2000)の自己決定理論は、この考え方の理論的基盤となっています。
協働学習の効果については、社会構成主義の考え方が背景にあります。知識は個人の頭の中だけで構築されるのではなく、他者との相互作用を通じて社会的に構築されるという考え方です。Johnson & Johnson(2014)らの研究が示すように、グループでの学習は、単に知識を共有するだけでなく、批判的思考力やコミュニケーション能力の育成にも寄与します。
フィードバックの重要性については、Hattie & Timperley(2007)の研究が示すように、効果的なフィードバックは学習成果を大きく向上させることが知られています。ただし、単に「良い」「悪い」を伝えるだけでは不十分で、何が良かったのか、何を改善すればいいのか、どう改善すればいいのかという具体的な情報を含む必要があります。
ヨルダンの文脈―文化と教育システムの特殊性
この研究をより深く理解するためには、ヨルダンという国の教育文化的な文脈を考慮する必要があります。研究者たちが指摘するように、ヨルダンでは伝統的に文法中心の教授法が主流でした。これは日本の英語教育とも共通する特徴です。
中東の多くの国と同様、ヨルダンでも教師中心の講義形式が一般的で、学生は受動的に知識を受け取る存在として位置づけられてきました。このような教育文化の中で、学生主導の学習や協働学習を導入することは、単に教授法を変えるだけでなく、教室の権力関係や役割期待を変えることを意味します。
また、デジタル技術へのアクセスという問題もあります。ヨルダンは中東では比較的発展した国ですが、すべての学生が高速インターネットや最新のデバイスを持っているわけではありません。この研究では大学という恵まれた環境で実施されましたが、同じアプローチを初等中等教育で実施しようとすると、インフラの問題が障壁になる可能性があります。
さらに、英語の位置づけという問題もあります。ヨルダンではアラビア語が公用語であり、日常生活で英語を使う必然性は限られています。これは日本と似た状況です。外国語を学ぶ動機づけを維持することは、その言語が日常的に使われる環境と比べて、より困難な課題となります。
日本への示唆―どう応用できるか
この研究から、日本の英語教育が学べることは多くあります。第一に、デジタルツールの効果的な活用です。日本でもGIGAスクール構想により、すべての児童生徒に端末が配布されましたが、それをどう教育に活かすかはまだ模索段階です。この研究は、TED Talksやオンラインコースのようなリソースを従来の授業と組み合わせることで、大きな効果が得られることを示しています。
重要なのは、デジタルツールを単なる付け足しとして使うのではなく、教育設計の中心に位置づけることです。そして、それを教師の指導や対面での活動と効果的に組み合わせることです。オンラインか対面かという二者択一ではなく、両方の強みを活かしたハイブリッドなアプローチが求められています。
第二に、学習者の自律性を育てることの重要性です。日本の学校では、まだまだ画一的な指導が主流です。すべての生徒が同じペースで、同じ内容を、同じ方法で学ぶことが期待されています。しかし、この研究が示すように、学習者に選択の自由を与えることで、動機づけと学習効果が向上します。
もちろん、完全な自由放任では混乱が生じるでしょう。大切なのは、適切な構造と支援の中で、段階的に自律性を育てていくことです。最初は教師が提示した選択肢の中から選ぶところから始め、徐々に自分で目標を設定したり、学習方法を工夫したりできるように支援していくアプローチが考えられます。
第三に、協働学習の重視です。日本の教室でも、グループ活動は珍しくありません。しかし、形だけのグループワークになっていることも多いのではないでしょうか。この研究が示すように、効果的な協働学習のためには、明確な課題設定、役割分担、相互依存性の構築などが必要です。
また、協働学習は単に知識を共有するだけでなく、社会的スキルやコミュニケーション能力を育てる機会でもあります。英語学習の文脈では、他者と英語でコミュニケーションを取る必要性が生じることで、言語使用の真正性が高まります。
第四に、フィードバックの質の向上です。日本の学校でも、教師は学生にフィードバックを与えています。しかし、それは往々にして「〇」か「×」かという評価にとどまり、具体的な改善方法まで示されないことが多いのではないでしょうか。効果的なフィードバックは、何ができていて、何ができていないのか、そしてどうすれば改善できるのかを具体的に示すものでなければなりません。
教師の役割の変容―新しい時代の語学教師像
この研究が示唆するのは、教師の役割の根本的な変容です。従来の「知識を伝達する人」から、「学習を促進する人」「環境をデザインする人」への転換が求められています。
新しい役割の教師は、まず学習環境をデザインします。どのようなデジタルツールを使うか、どのような協働活動を設計するか、どのように学生の自律性を支援するかを考えます。これは、教材を選んで説明するという従来の役割よりも、はるかに複雑で創造的な仕事です。
次に、学生一人ひとりの学習プロセスをモニターし、適切なタイミングで適切なフィードバックを提供します。これは、全員に同じ内容を一斉に教えるよりも、きめ細かい観察力と対応力を要求します。
さらに、学生同士の相互作用を促進します。グループ活動がうまく機能するように支援し、建設的な議論が生まれるように問いかけ、学生が互いから学べるような環境を整えます。
このような役割の変化は、教師にとって大きな挑戦です。多くの教師は、自分が学生として経験してきた伝統的な教授法を身につけており、それを変えることは容易ではありません。研究者たちが指摘するように、カリキュラム改革が行われても、それに見合った教師研修が行われなければ、実践は変わりません。
評価の再考―何を測るべきか
この研究は、評価についても重要な問題を提起しています。従来の英語教育では、主に文法知識や語彙力が評価されてきました。しかし、コミュニケーション能力を育てることが目標であるなら、評価方法もそれに合わせて変わる必要があります。
この研究では、スピーキングテストで実際に話す能力を評価し、リーディングテストで音読の流暢さや表現力を評価しています。これらは、ペーパーテストでは測れない能力です。さらに、質問紙やインタビューを通じて、学習への態度や動機づけ、自己調整学習のスキルなども把握しようとしています。
このような多面的な評価は、学習の複雑さをより適切に捉えることができます。ただし、実施には時間と労力がかかります。一人ひとりとインタビューしたり、スピーキングテストを実施したりすることは、マークシート式のテストを採点するよりもはるかに手間がかかります。
しかし、評価は教育の方向性を決定します。文法テストを重視すれば、教師も学生も文法学習に時間を割きます。コミュニケーション能力を重視するなら、評価方法もそれを反映させる必要があります。日本でも、大学入試改革でスピーキングテストの導入が議論されたのは、まさにこの点を踏まえてのことでした。
技術と人間の教師―補完関係の構築
この研究で興味深いのは、デジタルツールと対面授業を対立するものとしてではなく、補完し合うものとして位置づけている点です。学生たちのインタビューでも、オンラインコースと教室での授業の両方が必要だという声が聞かれました。
デジタルツールの強みは、いつでもどこでもアクセスできること、自分のペースで学習できること、豊富で多様なリソースにアクセスできることです。一方、人間の教師の強みは、個別のニーズに応じた支援ができること、動機づけを高められること、社会的な学習環境を作れることです。
将来的に人工知能がさらに発展しても、人間の教師の役割がなくなることはないでしょう。むしろ、技術が定型的な知識伝達を担当することで、教師は人間にしかできない創造的で関係的な側面により多くの時間を割けるようになるかもしれません。
重要なのは、技術を恐れるのでも盲信するのでもなく、その特性を理解して効果的に活用することです。そして、それを人間の教育活動とどう組み合わせるかを、教育目標に照らして慎重に考えることです。
動機づけと持続可能性―長期的視点の必要性
この研究の一つの限界は、5週間という短い期間で実施されたことです。短期的には効果が見られても、それが長期的に持続するかは別の問題です。特に外国語学習は、長い時間をかけて少しずつ積み重ねていく性質のものです。
動機づけの維持は、長期的な学習において最も困難な課題の一つです。最初は新しい方法に興味を持って取り組んでも、時間が経つにつれて飽きてしまったり、他の優先事項に押されたりすることがあります。この研究で導入された方法が、数ヶ月、数年という長期にわたって効果を維持できるかは、今後の検証が必要です。
また、学習環境が変わったときにどうなるかという問題もあります。この研究は、支援的な環境で、十分なリソースがある中で実施されました。しかし、現実の教育現場は常にそうとは限りません。クラスサイズが大きかったり、リソースが限られていたり、時間的制約が厳しかったりする中で、同じアプローチが実現可能なのかは疑問です。
持続可能な教育実践のためには、理想的な条件だけでなく、制約のある現実的な条件の中でも実施可能な形に調整していく必要があります。そして、教師自身が疲弊しないような、現実的な負担の範囲で実施できることが重要です。
文化的適応―一つの方法がすべてに効くわけではない
この研究はヨルダンという特定の文化的文脈で実施されたものであり、その結果をそのまま他の国や地域に適用できるとは限りません。教育実践は、その社会の文化、価値観、教育システムと深く結びついています。
たとえば、学習者の自律性を重視するアプローチは、個人主義的な文化圏では受け入れられやすいかもしれませんが、集団主義的な文化圏では調整が必要かもしれません。協働学習についても、文化によって好ましいグループの大きさや相互作用の仕方が異なる可能性があります。
日本の教育現場にこの研究の知見を応用する際にも、日本の文化的文脈を考慮する必要があります。日本の学生は、明示的な指示やガイドラインを好む傾向があるかもしれません。あるいは、間違いを恐れて発言を控える傾向があるかもしれません。そうした特性を理解した上で、適切に調整することが求められます。
同時に、文化的な違いを過度に強調し、「日本では無理」と決めつけてしまうことも避けるべきです。文化は固定的なものではなく、教育実践を通じて変化していくものでもあります。新しいアプローチを試みることで、学生や教師の態度や行動が変わっていく可能性もあります。
研究倫理と学生の権利―実験的介入の正当性
教育研究において常に問われるべきなのは、研究参加者である学生たちの権利と福祉です。この研究では、一部の学生には新しい教授法を、他の学生には従来の教授法を適用しました。新しい方法が効果的だったということは、統制群の学生たちは、より効果的な教育を受ける機会を奪われたとも言えます。
もちろん、事前にどちらの方法が効果的かはわかりません。だからこそ研究が必要なのです。しかし、研究に参加することで不利益を被る可能性があることを、学生たちは理解していたでしょうか。インフォームド・コンセント(十分な説明に基づく同意)は得られていたのでしょうか。
また、研究終了後、統制群の学生たちにも効果的だった方法を提供する機会があったのでしょうか。これは研究倫理において重要な考慮事項です。
さらに、研究者と教師が同一人物だった場合、利益相反の問題も生じます。研究の成功を望む研究者としての立場と、すべての学生の学習を支援すべき教師としての立場の間で、葛藤はなかったでしょうか。
これらの倫理的問題について、論文では十分に触れられていません。今後の研究では、こうした側面についても明示的に議論することが望ましいでしょう。
政策への示唆―システムレベルでの変革
個々の教師の実践を変えるだけでは、教育の改善には限界があります。この研究の知見を広く活かすためには、システムレベルでの変革も必要です。
第一に、教師教育の充実です。新しい教授法を効果的に実施できる教師を育てるためには、職前教育と現職研修の両方で、理論と実践を統合した学習機会を提供する必要があります。単に講義を聞くだけでなく、実際に試してみて、振り返り、改善するサイクルを経験することが重要です。
第二に、カリキュラムと評価システムの整合性です。コミュニケーション能力を育てることを目標とするなら、カリキュラムも評価システムもそれを反映させる必要があります。文法知識を問う筆記試験だけで評価していては、教師も学生もそこに注力してしまいます。
第三に、リソースの配分です。デジタルツールを効果的に活用するためには、インフラ整備が必要です。また、協働学習や個別指導を充実させるためには、適切なクラスサイズも重要です。教育の質を高めるためには、十分な投資が必要なのです。
第四に、時間の確保です。新しい教授法を試したり、一人ひとりの学生に丁寧にフィードバックしたりするには、時間が必要です。教師が過重な業務に追われていては、質の高い教育実践は困難です。
結論として―この研究が示す道筋
Maha Jamal Al-qadiらの研究は、ヨルダンという一つの文脈において、デジタルツールと協働学習、自己主導型学習を組み合わせたアプローチが、EFL学習者のスピーキングとリーディングスキルの向上に効果的であることを示しました。統計的な証拠と学生たちの声の両方が、この結論を支持しています。
この研究の価値は、単に「効果があった」という結果を示したことだけにあるのではありません。どのような要素を組み合わせ、どのように実践したかという具体的な記述、そして学生たちがどう経験したかという質的なデータが、他の教育者にとって貴重な参考資料となります。
同時に、この研究にはいくつかの限界もあります。サンプルサイズの小ささ、研究期間の短さ、方法論的な詳細の不足などです。これらの限界を認識した上で、結果を解釈し、応用する必要があります。
日本の英語教育にとって、この研究は多くの示唆を与えてくれます。デジタルツールの効果的な活用、学習者の自律性の育成、協働学習の重視、質の高いフィードバックの提供など、日本の教育現場でも取り入れられる要素は多くあります。
ただし、それをそのまま移植するのではなく、日本の文化的文脈や教育システムに合わせて調整することが重要です。また、個々の教師の実践レベルだけでなく、システムレベルでの支援も必要です。
語学教育は、簡単な答えのない複雑な営みです。一つの方法がすべての学習者に、すべての状況で効果的というわけではありません。しかし、このような実証的な研究の積み重ねによって、何が効果的で、なぜ効果的なのかについての理解を深めていくことができます。
最後に、この研究が示すのは、語学教育における希望です。適切な方法とリソースがあれば、学習者は確実に成長できるということ。そして、教師の創意工夫と学生の主体的な取り組みが組み合わさることで、より効果的な学習が実現できるということ。このメッセージは、日々教育の現場で奮闘する教師たちにとって、励みとなるのではないでしょうか。
Al-qadi, M. J., Mohammad, H. M. A., Yousef, K. I. K., Alsalti, M. J., & Naser, I. M. (2025). The development of new teaching strategies of speaking and reading skills among EFL learners in Jordan. World Journal of English Language, 15(6), 252–267. https://doi.org/10.5430/wjel.v15n6p252
