はじめに―読むことの難しさと戦う学生たち
英語の文章を読むとき、皆さんはどのような経験をされるでしょうか。単語の意味を一つ一つ調べながら、なんとか文章の意味をつなぎ合わせようとする。しかし読み終わった後で、結局何が書いてあったのかよくわからない。そんな経験は誰にでもあるのではないでしょうか。
今回取り上げる論文”The effects of metacognitive reading strategy instruction on Thai EFL engineering students: Metacognitive strategy use and students’ attitudes”は、Mahasarakham大学のJiraporn NoipaとPilanut Phusawisotによる研究で、タイの工学部学生145名を対象に、メタ認知的読解方略指導(MRSI)という教授法が読解力の向上にどれほど効果があるのかを検証したものです。2024年7月に投稿され、同年9月に採択、12月に刊行されたばかりの新しい研究成果となっています。
この研究が扱っているのは、工学を専攻する学生たちの英語読解力という、非常に実践的なテーマです。工学部の学生にとって、専門分野の英語文献を読む能力は必須です。しかし多くの学生が、専門用語の難しさや複雑な文章構造に苦戦しています。筆者たちは、単に英語を教えるだけでなく、「どのように読むか」という方略そのものを教えることで、この問題に取り組もうとしました。
筆者たちの背景と問題意識
Jiraporn Noipaは、Mahasarakham大学の英語教育プログラムに所属する研究者です。一方、指導教員であるPilanut Phusawisotは、同大学の西洋言語・言語学部門に所属しています。タイ東北部のMaha Sarakham県にあるこの大学は、工学、技術教育、経営学といった実践的なプログラムを重視している技術系大学です。
筆者たちがこの研究に取り組んだ背景には、タイの英語教育が抱える深刻な課題があります。英語が外国語として位置づけられているタイでは、学生たちが英語に触れる機会は限られています。特に工学部の学生たちは、入学後に突然、高度な専門英語の文献を読むことを要求されます。しかし多くの学生は、そのための準備ができていません。
論文の中で筆者たちが指摘しているように、従来の読解指導は教科書に沿った内容を教えるだけで、「どうやって読むか」という方略を明示的に教えることがありませんでした。これはまるで、泳ぎ方を教えずにプールに放り込むようなものです。学生たちは必死に手足を動かしますが、効率的な泳ぎ方を知らないため、すぐに疲れてしまいます。
メタ認知とは何か―自分の学習を見つめる力
ここで、この研究の核心となる「メタ認知」という概念について説明しましょう。メタ認知とは、簡単に言えば「自分の思考について思考すること」です。たとえば、数学の問題を解いているとき、「この解き方で合っているだろうか」「別のアプローチを試してみた方がいいかもしれない」と考えることがあります。これがメタ認知です。
読解におけるメタ認知とは、自分がどのように読んでいるかを意識し、必要に応じて読み方を調整する能力のことです。具体的には、読む前に目的を設定したり、読みながら理解度をチェックしたり、読んだ後に内容を振り返ったりすることを指します。
この研究で採用されたMRSIは、読解のメタ認知的方略を三つの段階に分けて教えます。第一段階は「計画(planning)」で、読む前に文章のタイトルや図表を見て、どんな内容が書かれているか予測します。第二段階は「モニタリング(monitoring)」で、読みながら自分の理解度をチェックし、わからない部分があれば立ち止まって考えます。第三段階は「評価(evaluating)」で、読んだ後に内容を振り返り、重要なポイントを整理します。
研究の設計―実験群と統制群の比較
この研究は、準実験デザインという方法を用いています。145名の機械工学専攻の2年生を、実験群82名と統制群63名に分けました。実験群はMRSIによる指導を受け、統制群は従来の教科書ベースの指導を受けました。
研究期間は13週間で、毎週3時間の授業が行われました。両グループとも、授業の前後に読解力テストを受けました。また、実験群の学生たちには、MRSIに対する態度を尋ねる質問紙調査も実施されました。
テストは2種類用意されました。一つは初級レベル(A1とA2)、もう一つは中級レベル(B1とB2)です。これは欧州言語共通参照枠(CEFR)に基づく分類で、A1が最も易しく、B2が最も難しいレベルです。このように難易度の異なるテストを用意したのは、学生たちの読解力の伸びをより正確に測定するためです。
ここで注目すべきは、両グループの学生たちの英語力が同程度であったという点です。統制群の入学時英語試験の平均点は62.50点、実験群は64.73点でした。この差はわずかであり、両グループを比較する上で重要な条件となっています。
驚くべき成果―数字が語る指導の効果
研究の結果は、MRSIの効果を明確に示すものでした。実験群の学生たちは、事前テストでは平均35.30%の正答率でしたが、事後テストでは50.04%まで向上しました。約15ポイントの上昇です。一方、統制群も35.58%から43.28%へと向上しましたが、その伸び率は実験群ほどではありませんでした。
この差を統計的に分析すると、実験群の向上は統計的に有意であり、効果量も大きいことがわかりました。効果量というのは、指導の効果がどれくらい実質的に意味があるかを示す指標です。この研究では、効果量dが1.12という値を示しており、これは非常に大きな効果を意味しています。
統制群も成績が向上していることは注目に値します。これは、通常の授業でも学生たちは成長するということを示しています。しかし、MRSIを受けた実験群の成長はそれをはるかに上回るものでした。たとえて言えば、統制群がゆっくりと階段を上っていったのに対し、実験群はエスカレーターに乗ったような勢いで上昇したのです。
学生たちの声―MRSIへの肯定的な態度
数字だけではなく、学生たちの態度も調査されました。質問紙調査の結果、実験群の学生たちはMRSIに対して非常に肯定的な態度を示しました。
計画段階の方略については、84.32%の学生が高い評価を示しました。特に、「読む前に詳細な計画を立てることは、読解体験を大きく向上させる重要なステップである」という項目には、90.24%の学生が同意しました。これは、読む前の準備がいかに重要かを学生たち自身が実感していることを示しています。
モニタリング段階については、84.05%の学生が肯定的な評価をしました。「理解度をモニタリングすることは、読解全体の満足度に大きく貢献する重要な側面である」という項目には、90.24%が同意しています。読みながら自分の理解を確認することの大切さを、学生たちは身をもって体験したのです。
評価段階については、82.95%が肯定的でした。「ノートを取ることは読解力を促進する適切な方略である」という項目には、89.51%が同意しました。読んだ内容を自分の言葉でまとめ直すことが、理解を深めることにつながると学生たちは感じていました。
ある学生(ST7と匿名化されています)は、「教師のサポートと指導が、困難を克服するのに役立ち、オープンなコミュニケーションとさらなる質問を促してくれた」と述べています。また別の学生(ST5)は、「授業中に教わった語彙を思い出せたときの喜び」を語っています。これらの声は、MRSIが単に読解力を向上させただけでなく、学習そのものへの意欲を高めたことを示唆しています。
研究の理論的基盤―情報処理アプローチ
この研究は、情報処理アプローチ(IPA)という理論的枠組みに基づいています。これは1970年代にBaddeleyとHitchが提唱した理論で、人間の心をコンピュータに喩えて、情報がどのように処理されるかを説明しようとするものです。
IPAでは、情報処理を三つの段階に分けます。まず、感覚記憶(sensory register)で情報が一時的に保持されます。次に、短期記憶(作業記憶)で情報が処理されます。そして最後に、長期記憶に保存されます。
読解においても、この過程が働いています。文字を目で追うとき、視覚情報は感覚記憶に入ります。次に、作業記憶で単語や文の意味が処理されます。そして、理解した内容が長期記憶に保存されるのです。
MRSIは、この情報処理の各段階を効率化しようとする試みだと言えます。計画段階で読む目的を明確にすることで、どの情報に注目すべきかが明確になります。モニタリング段階で理解度を確認することで、作業記憶の負荷を軽減します。評価段階で内容を振り返ることで、長期記憶への定着を促進します。
方法論への批判的考察
この研究は、多くの点で丁寧に設計されていますが、いくつかの限界も存在します。
まず、準実験デザインであるという点です。理想的には、学生を無作為に実験群と統制群に割り当てるべきですが、この研究では既存のクラスをそのまま使用しています。これは教育現場の研究では避けられない制約ですが、結果の解釈には注意が必要です。
また、指導期間が13週間という点も考慮すべきでしょう。確かに成績の向上は見られましたが、この効果が長期的に持続するかどうかはわかりません。読解方略の習得には時間がかかります。半年後、1年後にも同じ効果が見られるのか、追跡調査が必要です。
さらに、テストの難易度設定についても疑問があります。A1からB2まで幅広いレベルのテストが用意されましたが、機械工学を専攻する2年生にとって、A1レベルのテストは簡単すぎたのではないでしょうか。天井効果(テストが簡単すぎて差が出ない)や床効果(難しすぎて差が出ない)の可能性も考慮する必要があります。
態度調査についても、実験群の学生のみを対象としている点は問題です。統制群の学生たちは従来の指導をどう感じていたのでしょうか。比較することで、MRSIの利点がより明確になったはずです。
日本の英語教育現場への示唆
この研究から、日本の英語教育現場はどのような教訓を得られるでしょうか。
第一に、読解方略の明示的な指導の重要性です。日本でも、多くの英語教師は「たくさん読めば読解力が上がる」と考えがちです。しかし、この研究が示すように、「どう読むか」を教えることが重要なのです。
たとえば、大学の専門英語の授業で、学生たちに論文を読ませる前に、タイトルやアブストラクトから内容を予測させる活動を取り入れることができます。読みながら、段落ごとに要点をメモさせることもできます。読んだ後に、重要な概念を自分の言葉で説明させることもできます。これらは、MRSIの三段階アプローチそのものです。
第二に、学習者の態度の重要性です。この研究で、学生たちがMRSIに肯定的な態度を示したことは注目に値します。新しい教授法を導入する際、学生がその価値を認識することが、成功の鍵となります。日本の教育現場でも、なぜこの方略が役立つのかを学生に説明し、納得してもらうことが大切です。
第三に、工学系学生への英語教育の特殊性です。工学を専攻する学生たちは、将来、専門分野の英語文献を読む必要があります。しかし、一般的な英語の授業では、このニーズに応えられていません。ESP(特定目的の英語)の観点から、専門分野に特化した読解指導が求められています。
日本の大学でも、理工系学部の英語教育は課題となっています。多くの学生が、高校までの受験英語と大学での専門英語のギャップに苦しんでいます。MRSIのような方略指導を取り入れることで、このギャップを埋める手助けができるかもしれません。
文化的文脈の違いを考える
ただし、タイと日本では教育文化が異なることに注意が必要です。タイの教育は、一般的に教師中心の講義形式が主流です。学生たちは、教師の指示に従って学習することに慣れています。一方、日本では近年、学生中心の能動的学習(アクティブラーニング)が推奨されています。
MRSIは、教師が明示的に方略を教えるという点で、やや教師中心的なアプローチです。日本の教育現場に導入する際には、学生の自律性をより重視した形に調整する必要があるかもしれません。たとえば、教師が方略を提示するだけでなく、学生同士で効果的な読み方を話し合わせたり、自分に合った方略を選択させたりすることが考えられます。
また、タイの工学部学生の英語力と日本の学生の英語力は異なります。この研究の参加者は、入学時の英語試験で平均63点程度でした。この点数が何点満点なのか論文には明記されていませんが、実験前の読解テストの正答率が35%程度だったことを考えると、決して高い英語力ではありません。日本の大学生、特に理工系学部の学生も同様の課題を抱えていますが、文化的背景や学習歴が異なるため、同じアプローチがそのまま有効とは限りません。
教師の役割と専門性
この研究からは、教師の役割の重要性も浮かび上がってきます。MRSIを効果的に実施するためには、教師自身がメタ認知的方略について深く理解している必要があります。
論文の中で、ある学生が「教師のサポートと指導が困難を克服するのに役立った」と述べていることは示唆的です。単に方略のリストを提示するだけでは不十分で、学生一人一人の理解度を見極めながら、適切なサポートを提供することが求められます。
日本の英語教師の中には、文法や語彙の知識は豊富でも、読解方略の指導については十分な訓練を受けていない人も多いでしょう。教師教育のプログラムに、メタ認知的方略の指導法を組み込むことが重要です。また、現職の教師に対しても、研修の機会を提供する必要があります。
評価の在り方を再考する
この研究は、読解力の評価についても考えさせられます。一般的な読解テストは、内容理解を問う問題で構成されています。しかし、メタ認知的方略の使用は、テストの点数だけでは測れません。
実際、この研究でも、読解テストの点数と態度調査を組み合わせることで、より包括的な評価を試みています。学生たちが方略を理解し、それを価値あるものと感じているかどうかは、長期的な学習成果に大きく影響します。
日本の教育現場でも、テストの点数だけで読解力を評価するのではなく、学生がどのような方略を使っているか、どのように学習をモニタリングしているかを評価することが重要です。たとえば、読解プロセスの自己評価シートや、学習日記などを活用することが考えられます。
今後の研究への期待
筆者たちも論文の最後で認めているように、この研究にはいくつかの限界があります。今後の研究では、これらの点を改善することが期待されます。
まず、より多様な専門分野の学生を対象とした研究が必要です。機械工学以外の分野でも、MRSIは有効なのでしょうか。医学、法学、経済学など、それぞれの分野に特有の読解の難しさがあるはずです。
また、長期的な効果の検証も重要です。13週間の指導で身につけた方略は、卒業後も活用されるのでしょうか。追跡調査を行うことで、真の教育的価値を測ることができます。
さらに、オンライン学習環境での応用も検討する価値があります。新型コロナウイルス感染症の影響で、多くの大学がオンライン授業を導入しました。対面授業とオンライン授業では、読解方略の指導方法も変わってくるでしょう。デジタルツールを活用したMRSIの開発が期待されます。
日本の研究者にも、同様の研究を実施してほしいと思います。日本語を母語とする学生が英語を読む際のメタ認知的方略は、タイ語を母語とする学生とは異なるかもしれません。母語の読解力と第二言語の読解力の関係、母語の影響など、探求すべき問題は多くあります。
おわりに―方略を教えることの意味
この研究が私たちに教えてくれるのは、学習者に「魚を与える」のではなく「魚の釣り方を教える」ことの重要性です。英語の文章を一つ一つ訳してあげることは、その場では役に立つかもしれません。しかし、学生が独力で読めるようになるためには、どうやって読むかという方略を身につける必要があります。
読解は、単なる言語知識の問題ではありません。どのように情報を処理し、理解を構築し、学習を管理するかという、高度な認知プロセスです。MRSIは、この複雑なプロセスを学習者に意識させ、コントロールする力を養います。
タイの工学部生を対象としたこの研究は、規模としては決して大きくありません。しかし、丁寧な実験設計と混合研究法による多角的な分析により、説得力のある結果を示しています。実験群の学生たちが示した約15ポイントの成績向上と、90%近くの学生が示した肯定的な態度は、MRSIの可能性を強く示唆しています。
もちろん、この研究結果をそのまま日本の教育現場に当てはめることはできません。文化的背景、教育システム、学習者の特性など、考慮すべき要因は数多くあります。しかし、メタ認知的方略の重要性、明示的な指導の効果、学習者の態度の役割といった基本的な知見は、普遍的な価値を持っています。
英語教育に携わる私たち一人一人が、この研究から何かを学び取り、自分の教育実践に活かしていくことが大切です。学生たちに単に英語を教えるのではなく、英語を通じて学ぶ力、自分の学習を管理する力を育てていく。それこそが、21世紀の英語教育に求められている姿なのではないでしょうか。
Noipa, J., & Phusawisot, P. (2025). The effects of metacognitive reading strategy instruction on Thai EFL engineering students: Metacognitive strategy use and students’ attitudes. World Journal of English Language, 15(2), 263–273. https://doi.org/10.5430/wjel.v15n2p263
