研究の背景と筆者たち

南アフリカのTshwane University of TechnologyとUniversity of Pretoriaに所属するMadoda Cekiso、Naomi Boakye、Florence Olifantの3名は、大学教育の最前線で学生たちと向き合う中で、ある共通の悩みを抱えていました。それは、大学に入学してくる1年生たちの読解力が、大学での学習に必要とされるレベルに達していないという現実でした。

この問題は南アフリカだけの話ではありません。世界中の大学で同様の懸念が語られています。しかし、Cekisoたちは単に「最近の学生は本を読まない」と嘆くのではなく、実際に学生たちがどのような読書をしているのか、そしてなぜそうなのかを丁寧に調べることにしました。2022年の8月から10月にかけて実施されたこの調査は、65名の1年生を対象としています。

調査から見えてきた学生たちの読書の現実

研究チームが学生たちに尋ねたのは、「あなたは読者としてどんな人ですか」「何を読んでいますか、そしてなぜですか」といった開放的な質問でした。答えを選択肢から選ぶのではなく、学生たち自身の言葉で語ってもらう形式です。そこから浮かび上がってきたのは、私たちが想像する以上に複雑な読書の実態でした。

まず印象的だったのは、65名中45名もの学生が、必修の教科書以外の本を読むのを「面倒だ」と答えたことです。ある学生(S23と匿名化されています)は率直にこう述べています。「私は本を読みますが、それは履修している英語言語・比較文学(ECL)の授業で求められているからです。それ以外では、興味から本を読むことはありません」

この発言には、教育に携わる者として考えさせられるものがあります。本来、大学での学びは好奇心に基づくものであるはずです。しかし、多くの学生にとって読書は「しなければならないこと」になってしまっているのです。

デジタル時代の読書―印刷された本からソーシャルメディアへ

さらに興味深いのは、学生たちの読書の「場所」が大きく変化していることです。調査対象の65名中53名が、印刷された本よりもウェブサイトやソーシャルメディアの投稿を多く読んでいると答えました。

ある学生(S24)は次のように説明しています。「私がソーシャルネットワークを読むのは、国内外で起きている出来事について最新情報を得たいからです。それに、私の世代は新聞を手に取ることに関心がありません。新聞は退屈だからです。私たちはテクノロジー志向の世代ですし、それに新聞に載っていることは常にインターネットのウェブサイトにあります」

この発言は、世代間の読書習慣の断絶を如実に示しています。私たち(もし読者が30代以上であれば)の多くは、新聞を広げて読むことや、図書館で本を借りて読むことが当たり前でした。しかし、デジタルネイティブの学生たちにとって、情報はスマートフォンの画面から得るものなのです。

読書時間の実態―期待とのギャップ

研究チームは、学生たちが実際にどのくらいの時間を読書に費やしているかも調べました。その結果は、大学教育に求められる読書量との大きなギャップを示していました。

大学生は週に20時間から25時間を読書に費やすべきだとされています。しかし、この調査の学生たちは、課外読書(つまり、娯楽や自己啓発のための読書)に週にわずか1時間から4時間しか使っていませんでした。ある学生(S33)は「週に3時間から4時間くらい課外読書に使います」と答えていますが、これは期待される読書時間の6分の1以下です。

もっと衝撃的だったのは、学業のための読書についての回答です。学生(S1)はこう述べています。「学業のための読書については、課題やテストがあるかどうかによります。つまり、毎時間や毎日の習慣としてはやっていません」別の学生(S18)も「学業の課題がない限り、伝統的な学業のための読書にはほとんど時間を使いません」と答えています。

これは、読書が「習慣」ではなく「必要に迫られた行動」になってしまっていることを示しています。毎日少しずつでも本を読む習慣があれば、読解力は自然と向上します。しかし、テストや課題の前だけ慌てて読むのでは、十分な力は身につきません。

一方でインターネットでの読書は活発

興味深いことに、インターネット上での読書については、学生たちははるかに活発でした。65名中43名が、週に4時間から12時間をインターネットでの読書に費やしていると答えました。さらに、何人かの学生は時間を特定せず、「ほぼ毎日インターネットで読んでいます」(S41)、「インターネットでの読書にほとんどの時間を使っています。他のどの形式の読書よりも多いです」(S17)と答えています。

ある学生(S15)は端的に「毎日、ソーシャルメディアを使っています」と述べています。これは現代の学生像を象徴的に表している発言です。彼らは「本を読まない」のではなく、「違う形で読んでいる」のです。

読書習慣を形づくる要因―なぜこうなったのか

研究チームは、学生たちの読書習慣がどのような要因によって形づくられているかを分析しました。その結果、3つの主要な要因が浮かび上がってきました。

第一に、必修教材の影響です。学生たちは、授業で指定された教材を読むことに読書時間の大半を費やしていました。これは一見当然のことのようですが、問題は、それ以外の読書をほとんどしないという点にあります。大学での学びは、教科書を超えた幅広い読書によって深まるはずですが、多くの学生にとって読書は「試験対策」の域を出ていないのです。

第二に、ソーシャルネットワークとウェブサイトの利用しやすさです。学生たちの多くはラップトップ、タブレット、スマートフォンを持っており、いつでもどこでもインターネットにアクセスできます。S60の言葉を借りれば、「ソーシャルネットワークとインターネットのウェブサイトから教材を読むことを選ぶのは、これらの教材が私にとって最もアクセスしやすい教材であり、探している情報を時間通りに見つけるのが簡単だからです」ということになります。

高価な本を買ったり、図書館まで足を運んだりする必要がなく、スマートフォンで検索すればすぐに情報が手に入る。これが現代の学生の読書環境なのです。

第三に、読書材料の選択と読書時間の関係です。学生たちは、自分が興味を持てる読み物には比較的多くの時間を費やす傾向がありました。これは当然のことのように思えますが、重要な示唆を含んでいます。つまり、教師が学生の興味に合った教材を提供できれば、読書時間を増やすことができる可能性があるということです。

Attribution Theory(帰属理論)からの分析

研究チームは、これらの発見を解釈するために、心理学者Fritz Heiderが1958年に提唱したAttribution Theory(帰属理論)を用いています。この理論は、人々が自分の行動や出来事の原因をどのように理解するかを説明するものです。

学生たちの読書行動を見ると、彼らは読書を「内発的動機」(楽しいから、知りたいから読む)ではなく、「外発的動機」(試験があるから、課題があるから読む)に基づいて行っていることがわかります。また、読書をする・しないという決定は、「個人的な興味」よりも「アクセスのしやすさ」や「必要性」によって大きく左右されています。

帰属理論の観点から見ると、学生たちは読書を「自分の選択」というよりも「外的な要因によって決まるもの」として捉えているといえます。これは、読書が持続的な習慣として定着しにくい状況を生み出しています。

過去の研究との比較―新しい問題か、継続する問題か

興味深いのは、この研究が示す問題が決して新しいものではないということです。研究論文では、2004年のNel、Dreyer、Kopperの研究や、2017年のNtekereとRamorokaの研究が引用されています。これらの研究も、南アフリカの大学生の読書習慣の問題を指摘していました。

つまり、少なくとも20年以上前から、大学生の読書習慣は懸念されていたのです。「最近の若者は本を読まない」という嘆きは、実は世代を超えて繰り返されてきた言葉なのかもしれません。

しかし、今回の研究が明らかにしたのは、デジタル時代における読書の変容です。2004年当時と2022年では、学生たちを取り巻く情報環境が大きく変わっています。スマートフォンとソーシャルメディアの普及によって、読書の形態そのものが変化しているのです。

この研究の意義と限界

この研究の最大の意義は、学生たちの読書習慣を「悪い」と決めつけるのではなく、その実態を丁寧に記述し、背景にある要因を理解しようとした点にあります。開放型の質問によって学生たち自身の声を集め、彼らの視点から読書行動を理解しようとする姿勢は評価できます。

また、従来の研究が書くことに焦点を当てることが多かった中で、読書そのものに注目した点も重要です。Baker、Bangeni、Burke、Hunmaらが2018年の研究で指摘したように、高等教育における読書実践についての研究は比較的少なく、この分野への貢献は意義深いものです。

一方で、この研究にはいくつかの限界もあります。まず、サンプルサイズが65名と比較的小規模であり、しかも1つの大学の1つの学科(英語言語・比較文学)の学生に限られています。したがって、この結果がどの程度一般化できるかは慎重に考える必要があります。

また、質的研究の性質上、学生たちの自己申告に基づいているため、実際の読書行動と報告された読書行動との間にずれがある可能性も考慮すべきでしょう。人は自分の行動を実際よりも良く報告する傾向があります。

さらに、この研究は横断的(ある一時点での調査)であり、学生たちの読書習慣が1年間の大学生活を通じてどのように変化するかは追跡していません。入学時と卒業時では読書習慣が変わる可能性もあります。

教育現場への示唆―私たちは何ができるか

この研究から、教育者や政策立案者は何を学べるでしょうか。研究チームは具体的な提言をいくつか行っています。

まず、教師は学生たちに必修テキストを超えた幅広い読書を積極的に勧めるべきだとしています。ただし、単に「もっと読みなさい」と言うだけでは不十分です。研究チームは「テキスト・コンステレーション」(text constellation)というアプローチを提案しています。これは、メインのテキスト(たとえば小説)に加えて、学術論文、ポッドキャスト、ビデオエッセイ、そしてソーシャルメディアの関連投稿など、様々な形式のテキストを組み合わせる方法です。

この提案は現実的で実践しやすいものです。たとえば、日本の大学で文学作品を教える場合、作品そのものだけでなく、作家のインタビュー動画、批評家のブログ記事、関連するニュース報道、さらにはTwitter(現X)での読者の反応なども教材に含めることができます。これによって、学生たちが日常的に使っているデジタルメディアと学術的な学びを結びつけることができます。

次に、研究チームは大学が学生たちのテクノロジーへの親和性を活用すべきだと提案しています。学生たちがソーシャルメディアで読むことを好むなら、その習慣を学術的な読書につなげる工夫をすべきだということです。たとえば、授業専用のハッシュタグを作ったり、オンラインディスカッションフォーラムを設けたりすることが考えられます。

さらに、定期的で広範な読書活動をカリキュラムに組み込むべきだとしています。週に一度、必修テキストと自分で選んだテキストの両方について短い感想を書かせるような課題は、学生の自主性を尊重しながらも読書習慣を促進できます。

日本の教育現場への示唆

この南アフリカの研究は、日本の英語教育にも多くの示唆を与えてくれます。日本の大学でも、学生の読書離れや英語リーディング力の低下が懸念されています。

まず、日本の学生も南アフリカの学生と同様に、スマートフォンでの情報収集に慣れています。通勤電車の中で見る光景を思い浮かべてください。ほとんどの人がスマートフォンを見つめています。若者たちは、紙の本ではなく、画面から情報を得ることに慣れているのです。

したがって、英語教育においても、従来の紙のテキストだけでなく、デジタルコンテンツを積極的に取り入れることが有効かもしれません。英語のニュースサイト、ブログ、ポッドキャストの書き起こし、YouTubeの英語字幕など、様々なデジタルリソースを教材として活用できます。

また、この研究が示したように、学生たちは「必要に迫られて」読むことが多いのですが、興味のある題材には比較的多くの時間を費やします。ということは、学生の興味に合った英語教材を選ぶことが重要です。

たとえば、すべての学生に同じ古典文学作品を読ませるのではなく、スポーツ、音楽、テクノロジー、ファッションなど、様々なジャンルから選べるようにすることで、読書へのモチベーションを高められるかもしれません。

さらに、この研究は「読書習慣」の重要性を強調しています。週に1回まとめて読むよりも、毎日少しずつ読む方が、読解力の向上には効果的です。英語教育においても、毎日少しずつ英語に触れる習慣を作ることが大切です。たとえば、「毎日10分間、好きな英語の記事を読む」といった小さな目標を設定し、それを継続させるサポートをすることが考えられます。

批判的考察―研究が見落としているかもしれないこと

この研究は貴重な知見を提供していますが、いくつかの点でさらなる検討が必要かもしれません。

まず、この研究は学生たちの読書「量」に焦点を当てていますが、読書の「質」については十分に扱っていません。ソーシャルメディアでの短い投稿を読むことと、学術論文や文学作品を深く読むことは、認知的には全く異なる活動です。画面を素早くスクロールしながら情報を拾い読みする習慣は、長い文章を集中して読む能力を損なう可能性があります。

また、この研究は読書を個人的な活動として捉えていますが、実際には読書は社会的な実践でもあります。読書会や授業でのディスカッションなど、他者と共に読むことで、読書はより豊かな経験になります。学生たちがソーシャルメディアを好むのは、そこに社会的なつながりがあるからかもしれません。だとすれば、学術的な読書も、もっと社会的な活動として位置づけることができるかもしれません。

さらに、この研究は「読書すること」自体を疑問視していません。しかし、なぜ大学生は読書すべきなのでしょうか。知識を得るためなら、今やビデオやポッドキャストなど、他のメディアもあります。読書の固有の価値は何なのか、という根本的な問いも重要です。

デジタル時代の読書の未来

この研究が描き出す学生像は、ある意味でデジタル時代の読者の典型的な姿かもしれません。情報は豊富にあり、いつでもどこでもアクセスできます。しかし同時に、情報は断片化され、深い読書の時間は減少しています。

教育者としての私たちの課題は、学生たちの現在の読書習慣を頭ごなしに否定するのではなく、それを理解した上で、より深い読書へと導いていくことではないでしょうか。

学生たちがソーシャルメディアを好むなら、そこから始めればよいのです。短い記事から始めて、徐々に長い文章へ。断片的な情報から始めて、徐々に体系的な知識へ。画面での読書から始めて、時には紙の本の良さも体験してもらう。そのような段階的なアプローチが必要なのかもしれません。

結びに代えて―読書という営みの本質

この研究を読んで考えさせられるのは、読書という営みの本質についてです。私たちはなぜ読むのでしょうか。情報を得るため、楽しむため、学ぶため、考えるため―理由は様々です。

学生たちが必修の教科書しか読まないとき、彼らは読書の一面しか経験していないことになります。読書は義務であり、試験のための手段でしかありません。しかし、本当は、読書は世界を広げ、新しい視点を得て、自分自身を深く理解する機会でもあるはずです。

CekisoとBoakye、そしてOlifantの研究は、現代の大学生の読書実態を丁寧に記述することで、私たち教育者に重要な問いを投げかけています。どうすれば学生たちに、読書の喜びを伝えられるのか。どうすれば、読書を「しなければならないこと」から「したいこと」に変えられるのか。

その答えは簡単ではありません。しかし、学生たちの現実を理解することが、第一歩であることは確かです。この研究は、その理解のための貴重な窓を提供してくれています。そして、その窓を通して見える風景は、南アフリカだけでなく、日本を含む世界中の教育現場に共通するものなのかもしれません。

読書文化を育てることは、一朝一夕にはできません。しかし、学生たち一人ひとりの経験に寄り添い、彼らの日常的な読書習慣を尊重しながら、より深い読書の世界へと誘っていく。そのような地道な努力の積み重ねが、結局は最も確実な道なのではないでしょうか。


Cekiso, M., Boakye, N., & Olifant, F. (2025). Understanding the reading practices of first-year university students through their experiences. Literator, 46(1), Article a2105. https://doi.org/10.4102/lit.v46i1.2105

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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