日本の国際学校という特殊な環境で明らかになったこと

この論文”Exploring the importance of vocabulary for English as an additional language learners’ reading comprehension”は、Kwansei Gakuin UniversityのGavin Brooks、Hiroshima UniversityのJon ClentonとSimon Fraserという3人の研究者が、日本の国際学校で学ぶ子どもたちを対象に行った調査研究です。彼らが注目したのは、英語を母語としない子どもたち、つまり英語を追加言語として学ぶ学習者(EAL学習者と呼ばれます)が、なぜ英語の文章を読んで理解することに苦労するのかという問題です。

国際学校というのは、私たちが想像する以上に複雑な言語環境です。日本語、韓国語、オランダ語、クロアチア語など、さまざまな言語を母語とする子どもたちが、日本語のクラス以外はすべて英語で授業を受けています。教室の中を見渡せば、英語がペラペラな子もいれば、まだ英語に慣れていない子もいる。そんな多様な子どもたちが同じ教室で同じテキストを読み、同じ課題に取り組んでいるのです。

研究者たちが取り組んだ問い

研究者たちは、読解力に影響を与えると考えられる4つの要素に注目しました。それは、語彙知識(どれだけ多くの単語を知っているか)、単語のデコーディング能力(文字を見て正しく音に変換できるか)、読解の流暢性(どれだけ速く正確に読めるか)、そして一般的な言語能力です。これらの要素の中で、どれが最も読解力と関係が深いのか。特に語彙知識は、他の要素とは独立して読解力に影響を与えているのか。これが彼らの中心的な問いでした。

調査に参加したのは、11歳から15歳までの31名の生徒です。そのうち25名がEAL学習者で、6名が英語を母語とする生徒でした。EAL学習者の中でも、17名は教師から「教室で追加的な言語サポートが必要」と認識されている生徒たちでした。全員が少なくとも2年間は英語で教育を受けてきた経験を持っています。

丁寧に設計された調査方法

調査は2017年12月から2018年1月にかけて、2回のセッションに分けて実施されました。研究者たちは、生徒たちの負担を考慮しながら、慎重に測定ツールを選んでいます。

第1回目のセッションでは、生徒たちの言語背景を尋ねる質問紙と、2つのテストが実施されました。1つ目はC-testと呼ばれる一般言語能力を測るテストです。これは、文章の中の単語の一部が欠けていて、それを補完するというものです。たとえば、”The deleted parts are given in bold”という文があったとして、実際のテストでは”The dele___ par___ are giv___ in bo___”のようになっているわけです。単語レベルの知識だけでなく、文脈全体を理解する力も必要になります。

2つ目は新語彙レベルテスト(nVLT)です。これは、最も頻繁に使われる1000語から5000語までの各レベル、そしてアカデミックな語彙リストについて、生徒がどれだけ習得しているかを測定します。研究者たちは、各レベルで86%以上のスコアを取れば、そのレベルを「習得した」とみなしました。

第2回目のセッションでは、個別面接の形式で2つのテストが行われました。1つは単語読解テスト(SWRT)で、70個の単語を見て正しく読めるかどうかを確認します。単語は易しいものから難しいものへと並んでおり、”see”や”look”のような簡単な単語から、”lacerate”や”pharmaceutical”のような専門的な単語まで含まれています。

もう1つがYork Assessment of Reading for Comprehension(YARC)という、読解力を総合的に測定するテストです。このテストは3つのパートから成り立っています。まず、フィクションとノンフィクションの文章を黙読して、13問の理解度チェック問題に答えます。次に、読んだ内容を記憶から要約します。最後に、別の文章を音読して、正確さとスピードを測定します。

予想を上回る語彙知識の重要性

分析の結果、研究者たちが最初に発見したのは、語彙知識と読解力の間に非常に強い相関関係があるということでした。相関係数は0.86で、これは統計的に非常に強い関係を示しています。一般言語能力を測るC-testのスコアも0.83という強い相関を示しましたが、語彙知識にはわずかに及びませんでした。

一方、読解の流暢性は0.70、単語のデコーディング能力は0.67という中程度の相関でした。もちろん、これらも無視できない関係ですが、語彙知識ほどではありません。

さらに興味深いのは、偏相関分析という統計手法を使った結果です。これは、他の要因の影響を除いた上で、語彙知識だけが読解力にどれだけ影響しているかを調べる方法です。その結果、一般言語能力、流暢性、デコーディング能力の影響を取り除いても、語彙知識は読解力の変動の約33%を説明していました。つまり、語彙知識は他の要因とは独立して、読解力に大きな影響を与えているということです。

逆に、語彙知識の影響を取り除くと、他の3つの要因はいずれも読解力との有意な相関を示さなくなりました。これは、語彙知識がいかに基盤となる重要な要素であるかを物語っています。

思いのほか深刻な語彙の遅れ

研究者たちが驚いたのは、EAL学習者と英語母語話者の間の語彙知識の差の大きさでした。英語母語話者6名のうち、5000語レベルまで習得していなかったのは1名(7年生)だけでした。しかし、EAL学習者25名では、5000語レベルまで習得していたのはわずか11名(44%)に過ぎませんでした。

さらに問題なのは、高頻度語彙の習得状況です。2000語レベルを習得していたEAL学習者は76%、3000語レベルになると28%にまで減少します。研究によれば、基本的な文章を理解するには少なくとも3000語ファミリーを自動的に使える必要があるとされています。つまり、多くのEAL学習者は、この最低限の基準さえ満たしていない可能性があるのです。

アカデミック語彙リストの習得状況はさらに厳しいものでした。これを習得していたのは、英語母語話者では67%でしたが、EAL学習者ではわずか28%でした。アカデミック語彙というのは、科学や数学、社会科などの教科書でよく使われる専門的な語彙のことです。たとえば、”analyze”(分析する)、”significant”(重要な)、”process”(過程)といった言葉です。これらの語彙なしには、教科書を読んで内容を理解することは極めて困難になります。

国際学校という特殊な環境が生み出す課題

この研究が明らかにした重要な点の1つは、日本の国際学校で学ぶEAL学習者の語彙知識が、イギリスなど英語圏の学校で学ぶEAL学習者よりもさらに遅れている可能性があるということです。

イギリスでの先行研究では、EAL学習者は英語母語話者より2年程度の語彙の遅れがあると報告されていました。しかし、この研究では、それよりもはるかに大きな差が見られました。研究者たちは、その理由として、教室の外で英語を使う機会の少なさを挙げています。

考えてみれば、イギリスの学校に通う子どもは、学校を一歩出れば、街中で英語が飛び交っています。お店での買い物、友達との遊び、テレビ番組、看板、すべてが英語です。一方、日本の国際学校に通う子どもは、学校を出れば日本語の世界です。英語に触れる機会は、基本的に学校の中だけに限られてしまいます。

この違いは、語彙習得に大きな影響を与えます。語彙というのは、何度も繰り返し触れることで、少しずつ深く理解していくものです。教科書で一度見ただけの単語と、教科書で見て、友達との会話で使って、テレビで聞いて、お店の看板で見かけるという経験を重ねた単語では、定着の度合いがまったく違います。

この研究の強みと限界

この研究の大きな強みは、複数の側面から読解力を捉えようとした包括的なアプローチにあります。多くの先行研究は、語彙だけ、あるいは流暢性だけというように、1つの要因に焦点を当てていました。しかし、実際の読解というのは、さまざまな能力が組み合わさった複雑な営みです。この研究は、そうした複雑さを捉えようとしています。

また、C-testを使って一般言語能力を測定したことも評価できます。これによって、語彙知識という具体的な知識と、より全体的な言語運用能力を区別して考えることができました。その結果、語彙知識が独立した重要な要因であることが、より明確に示されたのです。

一方で、研究者たち自身も認めているように、この研究にはいくつかの限界があります。最も大きな問題は、参加者が31名と少なかったことです。統計分析では、ブートストラップ法という特殊な手法を使って、サンプルサイズの小ささを補おうとしていますが、それでも結果の一般化には慎重になる必要があります。

また、使用した語彙テストが本来は大人向けに開発されたものであるという点も問題です。子どもと大人では、必要とされる語彙の種類が異なる可能性があります。研究者たちは、子ども向けの語彙評価ツールを開発中だと述べていますが、現時点では完璧なツールがなかったという事情があります。

さらに、この研究は横断的調査であり、ある時点での状況を切り取ったものです。語彙知識が読解力の原因なのか、それとも読解力が高いから語彙が増えるのか、あるいは両方が相互に影響し合っているのか、この研究からは明確には分かりません。因果関係を明らかにするには、縦断的研究、つまり同じ子どもたちを何年かにわたって追跡する必要があります。

教育現場への示唆

それでも、この研究は教育実践に対して重要な示唆を与えてくれます。最も明確なメッセージは、EAL学習者の読解力を向上させたいのであれば、まず語彙指導に力を入れるべきだということです。

ただし、研究者たちも指摘しているように、これは介入研究ではありません。つまり、実際に語彙指導を行って、その効果を測定したわけではないのです。したがって、どのような語彙指導が効果的なのかについては、この研究からは直接的には言えません。

しかし、過去の研究を参照すれば、いくつかのヒントが得られます。効果的な語彙指導には、2つのアプローチが必要だとされています。1つは、意図的な語彙学習活動です。重要な単語を選んで、その意味や使い方を明示的に教える活動です。もう1つは、偶発的な学習の機会を増やすことです。つまり、読書やディスカッションなど、自然な文脈の中で新しい単語に触れる機会を豊富に提供することです。

国際学校の文脈では、後者が特に重要かもしれません。教室の外で英語に触れる機会が限られているのであれば、学校がその機会を意識的に作り出す必要があります。多読プログラム、英語での課外活動、英語の映画やドキュメンタリーの視聴など、さまざまな工夫が考えられます。

より広い文脈で考える

この研究は、グローバル化が進む現代社会における言語教育の課題を浮き彫りにしています。世界中で、英語を母語としない子どもたちが英語で教育を受ける状況が増えています。それは、国際学校だけでなく、移民や難民を受け入れている国々の公立学校でも同様です。

イギリスでは、2013年に母語が英語以外の生徒が16.2%も増加したと報告されています。このような状況下で、すべての子どもたちに質の高い教育を提供するには、EAL学習者特有のニーズを理解し、適切な支援を提供することが不可欠です。

この研究が示したのは、一見すると流暢に英語を話しているように見える子どもでも、実は読解に必要な語彙知識が不足している可能性があるということです。口頭でのコミュニケーション能力と、学習言語としての英語力は、必ずしも一致しません。日常会話はできても、科学の教科書を読んで理解することができない、という状況は十分にありえるのです。

したがって、教師は生徒の表面的な言語能力に惑わされず、定期的に語彙知識を評価し、必要に応じて支援を提供する必要があります。研究者たちが提案しているように、語彙テストは、支援が必要な生徒を特定するための有効なツールとなりえます。

今後の研究への期待

この研究は、いくつかの重要な問いを残しています。まず、日本以外の国の国際学校でも同様の結果が得られるのか、検証する必要があります。研究者たちは、今後、他の国の国際学校でも調査を行いたいと述べています。

また、より大規模なサンプルでの調査も必要です。31名という参加者数では、細かいサブグループの分析が難しく、結果の一般化にも限界があります。

さらに、縦断的研究も期待されます。同じ子どもたちを数年間追跡することで、語彙知識の発達と読解力の向上の関係がより明確になるでしょう。また、どの時期にどのような介入が効果的なのかについても、示唆が得られるかもしれません。

そして何より、介入研究が必要です。つまり、実際にさまざまな語彙指導法を試してみて、どの方法が国際学校のEAL学習者にとって最も効果的なのかを検証する研究です。それによって、この研究が示した知見を、具体的な教育実践に結びつけることができます。

最後に

Brooks、Clenton、Fraserによるこの研究は、規模は小さいながらも、国際学校という特殊な環境で学ぶEAL学習者の実態に光を当てた貴重な研究です。彼らが明らかにしたのは、語彙知識が読解力の基盤であり、国際学校のEAL学習者の多くがその基盤を十分に築けていないという厳しい現実でした。

しかし、この知見は悲観的に受け止めるべきものではありません。むしろ、何に焦点を当てて支援すればよいのかが明確になったと、前向きに捉えるべきでしょう。語彙知識は、適切な指導と十分な学習機会があれば、確実に伸ばすことができる能力です。

教師、保護者、学校管理者、そして政策立案者が、この研究が示した知見を真摯に受け止め、EAL学習者への支援を強化していくことを期待したいと思います。すべての子どもたちが、言語的背景に関わらず、学ぶ喜びを感じられる教育環境を作ること。それこそが、グローバル化時代における教育の最も重要な課題の1つなのではないでしょうか。


Brooks, G., Clenton, J., & Fraser, S. (2021). Exploring the importance of vocabulary for English as an additional language learners’ reading comprehension. Studies in Second Language Learning and Teaching, 11(3), 351–376. https://doi.org/10.14746/ssllt.2021.11.3.3

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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