研究の背景と筆者たち
この論文”Vocabulary instruction for English learners: A systematic review connecting theories, research, and practices”は、Texas A&M大学の教授法・学習・文化学部に所属する5名の研究者によって執筆されました。筆頭著者のZeng, Yanfangをはじめ、Kuo, Li-Jen、Chen, Lu、Lin, Jr-An、Shen, Haoranといった研究者たちは、いずれも第二言語習得や読み書き能力の発達に深い関心を持つ専門家です。彼らが2025年2月に発表したこの研究は、英語を第二言語として学ぶ子どもたち(ELs)のための語彙指導について、理論と実践の架け橋を築こうとする野心的な試みといえます。 研究チームは、教育現場で実際に使われている指導法が、どのような理論的基盤に支えられているのか、また過去10年間でどのような変化が起きているのかを明らかにしようとしました。なぜ10年間なのか。それは、2013年以降の教育現場が、テクノロジーの急速な普及や多様な学習者への対応といった大きな変化に直面してきたからです。特に新型コロナウイルスのパンデミックは、教育のデジタル化を一気に加速させました。
語彙力が持つ重要性―すべての学びの土台
この研究を理解するには、まず語彙力がなぜ重要なのかを考える必要があります。言葉を知らなければ、本は読めません。話も理解できません。特に英語を母語としない子どもたちにとって、語彙の習得は二重の困難を伴います。新しい言語を学びながら、同時に学校の勉強もこなさなければならないのです。 例えば、小学校4年生の理科の授業で「蒸発」という概念を学ぶとします。英語を母語とする子どもなら、”evaporation”という言葉を一度聞けば、すでに知っている日常的な現象と結びつけられるかもしれません。しかし、英語学習者の子どもは、まず”evaporation”という言葉自体を覚え、その意味を理解し、さらに科学的な概念として定着させなければなりません。研究によれば、語彙力の不足は読解力の発達を妨げ、その結果さらに語彙が増えないという悪循環を生み出します。
研究の方法―43本の論文から何を読み取るか
研究チームは、実践志向の主要な3つのジャーナルから2013年から2024年までに発表された論文を集めました。The Reading Teacher、Journal of Adolescent & Adult Literacy、そしてTESOL Journalです。これらは教育現場の教師たちが実際に読む雑誌で、研究者だけでなく、日々子どもたちと向き合う教師たちに向けて書かれています。 最初に233本の論文が候補に挙がりましたが、厳密な選別を経て最終的に43本に絞られました。選ばれた論文は、英語学習者のための語彙指導に明確に焦点を当てたものだけです。ここで研究チームが取り組んだのは、それぞれの論文で紹介されている指導法を、理論的な枠組みに沿って分類するという作業でした。 分析の枠組みは慎重に設計されました。語彙指導を「メタ言語認識」と「指導アプローチ」の2つの軸で捉えたのです。メタ言語認識とは、言語そのものについて考える能力のことで、音韻認識、綴り認識、形態認識、意味認識の4つに分けられます。一方、指導アプローチは、グループワークや絵本の読み聞かせ、ゲーム化といった具体的な教授法を指します。 信頼性を確保するため、4名のコーダー(分析者)が独立して論文を評価し、94%という高い一致率を達成しました。これは研究の質を保証する重要な指標です。
発見された傾向―高学年に偏る関心
分析の結果、いくつかの明確な傾向が浮かび上がりました。
まず、研究の対象となった子どもたちの学年について見てみましょう。最も多く取り上げられていたのは、小学校高学年(39%)と小学校低学年(32%)でした。中学生は約10%、高校生と大学生を合わせて17%、就学前の子どもたちは15%程度でした。 この分布は興味深い示唆を含んでいます。小学校の時期が語彙習得の土台を築く重要な時期だという認識が、教育現場で共有されているのでしょう。しかし同時に、中学生や高校生への関心が比較的低いことも明らかになりました。思春期の英語学習者たちも、依然として語彙の壁に直面しているはずなのに、この年代に特化した研究は少ないのです。 指導の焦点についても興味深い結果が出ました。意味認識(言葉の意味や関連性の理解)が圧倒的に多く、全体の約47%を占めていました。次いで形態認識(単語の構造、接頭辞や接尾辞などの理解)が28%、音韻認識(音の認識)が9%、綴り認識が7%でした。 これは理にかなっています。言葉の意味が分からなければ、読解も会話も成り立ちません。しかし、音韻認識や綴り認識への関心が低いことは、やや懸念されます。英語の発音と綴りは複雑で、母語話者でない子どもたちにとっては大きな挑戦だからです。
理論の風景―実践を支える考え方
この研究の最も重要な貢献の一つは、実践がどのような理論に基づいているかを明らかにしたことです。分析の結果、スキーマ理論と心理言語学理論が最も頻繁に用いられていることが分かりました(63%の論文)。 スキーマ理論は、私たちが新しい情報を既存の知識の枠組み(スキーマ)に組み込むことで学習すると考えます。例えば、「犬」という概念を持っている子どもは、新しく「プードル」という言葉に出会ったとき、既存の「犬」のスキーマにそれを位置づけることができます。語彙指導においては、概念地図を作ったり、言葉同士の関連性を探ったりする活動がこの理論に基づいています。 次に多かったのが、社会構成主義と社会文化理論(56%)です。これらの理論は、学習が社会的な相互作用を通じて起こると考えます。Vygotskyの「最近接発達領域」という概念は、子どもが一人ではできないことでも、教師や仲間の助けがあればできるようになるという考え方です。グループワークや読み聞かせといった協働的な活動は、この理論的背景を持っています。 構成統合モデル(34%)、二重符号化理論(22%)、動機づけ理論(22%)も重要な位置を占めていました。二重符号化理論は特に興味深く、人間の認知が言語システムとイメージシステムの両方を使っているという考え方です。絵カードを使ったり、実物を見せたりする指導法は、この理論の実践化といえます。
学年による違い―発達段階に応じた工夫
研究チームは、学年レベルによって指導法がどう変わるかも詳しく調べました。結果は予想通り、かつ示唆に富むものでした。 就学前と小学校低学年では、読み聞かせと絵カードが主な指導法でした。これらの年齢の子どもたちは、具体的で視覚的な支援を必要とします。ある研究では、iPadアプリを使って音楽、演劇、ダンス、アートを組み合わせた活動が紹介されていました。遊びを通じて言葉を学ぶという考え方です。 小学校高学年になると、形態認識(単語の構造)への関心が高まります。例えば、”happy”(幸せな)に”un-“という接頭辞をつけると”unhappy”(不幸せな)になる、といった規則を教えることで、子どもたちは未知の言葉の意味を推測できるようになります。これは効率的な語彙学習につながります。 中学生や高校生、大学生になると、コーパス(大量のテキストデータベース)やチェックリストといった、より分析的で自律的な学習ツールが登場します。この年代の学習者は、自分で言葉を調べ、パターンを見つけ、学習を管理する能力が求められるのです。 しかし、ここに一つの問題があります。音韻認識(発音の認識)に焦点を当てた研究の多くが、実は大学レベルで行われていたのです。通常、音の学習は幼少期に重視されるものですが、大学生でも英語の発音やアクセントに苦労している実態が浮かび上がりました。これは、基礎的なスキルが見過ごされてきた可能性を示唆しています。
研究の強みと限界―何が明らかになり、何が残されたか
この研究には明確な強みがあります。まず、理論と実践の関係を体系的に整理したことです。教育現場では、しばしば「効果的だから」という理由で特定の指導法が用いられますが、その背後にある理論的根拠が明示されることは多くありません。この研究は、実践者たちが無意識に依拠している理論的枠組みを可視化しました。 また、10年間という時間軸で変化を追ったことも重要です。研究チームは、テクノロジーの活用が増えているという仮説を立てていましたが、実際にはゲーム化や視覚的な教材の使用は近年むしろ減少傾向にありました。これは予想外の発見で、教育現場のトレンドを理解する上で貴重な情報です。 しかし、限界も明確です。筆者たち自身が認めているように、対象を3つのジャーナルに限定したため、他の重要な研究が見逃されている可能性があります。また、実践志向のジャーナルに掲載される論文は、厳密な実験研究よりも事例報告や提案が多く、効果の大きさ(effect size)を報告できなかったことも制約です。 理論の分類にも主観が入り込む余地があります。94%という高い一致率を達成したとはいえ、ある指導法がどの理論に基づくかの判断は、必ずしも一義的ではありません。例えば、グループワークは社会文化理論に基づくとされましたが、同時に動機づけ理論の観点からも説明できるかもしれません。
実践への示唆―教室で何ができるか
この研究から、教育実践者は何を学べるでしょうか。まず、語彙指導には多様なアプローチが必要だということです。意味認識だけでなく、形態認識、音韻認識、綴り認識のバランスを取ることが重要です。 小学校低学年の教師であれば、読み聞かせや絵カードを活用しながら、子どもたちが言葉の音や綴りにも注意を向けるよう促すことができます。高学年の教師は、単語の構造(接頭辞、語幹、接尾辞)を教えることで、子どもたちに語彙を自己拡張する力を与えられます。 また、英語学習者と母語話者では、必要な支援が異なることを認識すべきです。研究では、翻訳や同根語(cognates、異なる言語で語源が同じ言葉)の活用が、特にスペイン語を母語とする子どもたちに効果的だと示されています。例えば、英語の”family”とスペイン語の”familia”は同根語です。こうした言語間のつながりを意識的に教えることで、学習は加速します。 グループワークや協働学習の重要性も強調されています。言語は本質的に社会的なツールです。仲間と一緒に言葉を使い、議論し、説明することで、子どもたちは語彙を深く理解します。
残された問いと今後の方向性
この研究は重要な問いを投げかけています。なぜ中学生や高校生を対象とした研究が少ないのでしょうか。この年代の英語学習者も、依然として語彙の壁に直面しているはずです。学術的な文章を読み、抽象的な概念を理解するには、高度な語彙力が必要です。今後の研究は、この年代に特化した指導法の開発に力を入れるべきでしょう。 また、音韻認識や綴り認識への関心が低いことも課題です。発音や綴りの習得は、単なる基礎スキルではなく、読み書きの流暢さに直結します。特に英語は、発音と綴りの対応が複雑な言語です。これらの側面にもっと注意を払う必要があります。 テクノロジーの活用についても、さらなる探求が求められます。パンデミックを経て、デジタル教材は教育現場に広く浸透しました。しかし、この研究では、デジタルツールを活用した語彙指導の増加は明確には確認されませんでした。効果的なデジタル語彙学習の方法を、より体系的に研究する必要があります。 効果の測定も重要な課題です。どの指導法が最も効果的かを判断するには、厳密な実験研究と定量的なデータが必要です。実践志向のジャーナルだけでなく、研究志向のジャーナルも含めた包括的なレビューが求められます。
結びに代えて―理論と実践をつなぐ営み
教育研究には、常に理論と実践の緊張関係があります。理論家は普遍的な原理を追求し、実践者は目の前の子どもたちに最適な方法を求めます。この研究は、その両者をつなごうとする貴重な試みです。 Zeng, Yanfangたちの研究チームが明らかにしたのは、実践者たちが決して理論を無視しているわけではないということです。むしろ、多くの教師たちは、明示的であれ暗黙的であれ、理論に基づいて指導を行っています。スキーマ理論に基づいた概念地図、社会文化理論に基づいたグループワーク、二重符号化理論に基づいた視覚的支援。これらはすべて、理論が実践に生きている証です。 同時に、理論と実践のずれも見えてきました。研究で効果が実証されている方法が、必ずしも現場で広く使われているわけではありません。逆に、現場で人気のある方法が、必ずしも強固な理論的基盤を持っているとは限りません。 英語学習者の数は、世界中で増え続けています。アメリカでは、公立学校の生徒の約10%が英語学習者です。日本でも、外国にルーツを持つ子どもたちが増えています。彼らに効果的な語彙指導を提供することは、教育の公平性と質を保つ上で不可欠です。 この研究が示したのは、完璧な答えではなく、より良い問いです。どの理論が最も有効か。どの年代に、どのような支援が必要か。テクノロジーはどう活用すべきか。これらの問いに答えるには、研究者と実践者のさらなる対話が必要です。 教室で日々子どもたちと向き合う教師たちにとって、理論は決して抽象的な概念ではありません。それは、なぜある方法が効くのか、どう改善できるのかを考えるための道具です。そして研究者にとって、実践は理論を検証し、洗練させる場です。この研究は、その相互作用の重要性を、改めて私たちに気づかせてくれます。 語彙力は、すべての学びの土台です。言葉を知ることは、世界を知ることです。英語学習者の子どもたちが、豊かな語彙を身につけ、学問の世界へと羽ばたいていけるよう、理論と実践の両輪を回し続けることが、私たち教育に関わる者の責任なのですね。
Zeng, Y., Kuo, L.-J., Chen, L., Lin, J.-A., & Shen, H. (2025). Vocabulary instruction for English learners: A systematic review connecting theories, research, and practices. Education Sciences, 15(3), Article 262. https://doi.org/10.3390/educsci15030262
