二つの言語を行き来しながら育つ子どもたちの現実

アメリカの幼稚園や小学校の教室を覗いてみると、家では両親とスペイン語で話しているのに、学校では英語だけで学ばなければならない子どもたちが大勢います。想像してみてください。朝、お母さんに「いってきます」と母語で挨拶して家を出た子どもが、学校の門をくぐった瞬間から、まだ十分に理解できない言語で一日中過ごさなければならない状況を。絵本を読んでもらっても、先生の説明を聞いても、お友達と遊ぼうとしても、すべてが慣れない英語です。これでは、本来持っている能力を十分に発揮できないのも無理はありません。

University of South FloridaのTrina D. Spencerをはじめとする研究チームは、このような子どもたちを支援するために、母語であるスペイン語と英語の両方を使った多層的な教育プログラムを開発し、その効果を検証しました。2020年にAERA Open誌に発表されたこの研究”Early efficacy of multitiered dual-language instruction: Promoting preschoolers’ Spanish and English oral language”は、言語教育の分野に新しい視点をもたらすものです。

なぜ口で話す力が大切なのか

私たちは文字を読むことばかりに注目しがちですが、実は話したり聞いたりする「口語言語」の力こそが、あとあと文章を読んで理解する力の土台になります。これは、家を建てるときの基礎工事のようなものです。いくら立派な壁や屋根を作っても、基礎がしっかりしていなければ、家は傾いてしまいます。

具体的には、豊かな語彙、物語を理解し語る力、人の話を聞いて内容を把握する力、複雑な文章を使いこなす力などが含まれます。これらは幼児期に育まれるべき重要なスキルです。ところが、英語を母語としない子どもたちは、学校に入る時点ですでに英語力が同年代の子どもたちより遅れていることが多く、その後の学習にも影響が出てしまいます。

従来のアメリカの教育システムでは、こうした子どもたちへの支援は限られていました。通常の授業についていけなければ特別支援教育を受けるという、白か黒かの二択しかなかったのです。しかし、これらの子どもたちは障害があるわけではありません。ただ、まだ英語を学んでいる途中なのです。そこで登場したのが「多層的支援システム」という考え方です。

段階的に支援を強化する多層的アプローチ

多層的支援システム、英語でMulti-Tiered System of Supports(MTSS)と呼ばれるこの方法は、もともとは読み書きの支援のために開発されました。すべての子どもがまず通常の授業を受け(第一層)、それでも十分でない子どもには追加の小グループ指導を行い(第二層)、さらに支援が必要な場合は個別指導を行う(第三層)という、段階的な支援の仕組みです。

この方法の良いところは、特別な診断名がなくても、必要な子どもは誰でも追加の支援を受けられることです。まるで階段を一段ずつ上るように、子どもの状況に応じて支援の強度を調整できます。しかし、これまでこのアプローチは主に読み書きの指導に使われており、口語言語の発達支援にはあまり活用されていませんでした。

二つの言語を使うことの意味

この研究のもう一つの重要な柱は、母語を活用するという点です。多くの研究が、母語で学んだことは第二言語にも転移する、つまり応用できることを示しています。たとえば、スペイン語で物語の構造を理解できるようになった子どもは、英語でも同じように物語を理解しやすくなります。それは、物語には「始まり」があって「問題が起こり」「解決される」という基本的な流れがあり、この構造はどちらの言語でも共通しているからです。

また、母語で概念を学んでから第二言語でその概念を学ぶと、ゼロから学ぶよりもずっと速く習得できることもわかっています。これは、すでに頭の中にその概念の「引き出し」ができているので、新しい言語での呼び方を覚えるだけで済むからです。さらに、母語を大切にすることは、子どもたちの文化的アイデンティティを保つことにもつながります。

「物語の橋」というカリキュラム

研究チームが開発したのは「Puente de Cuentos」、日本語に訳すと「物語の橋」という名前のカリキュラムです。この名前には、物語を通じて二つの言語の間に橋をかけるという意味が込められています。

このプログラムは1年間で36の英語の物語と、それに対応する36のスペイン語の物語を使います。物語は3つのユニットに分かれており、各ユニットは8週間から10週間かけて実施されます。それぞれの物語には2つの重要な語彙が含まれており、年間で72の動詞や形容詞を学びます。ただし、これらは「走る」や「赤い」といった日常的な単語ではありません。「震える」や「狭い」といった、少し高度で、学校での学習に役立つような言葉です。

授業の進め方も工夫されています。すべての子どもが参加する大グループでの英語レッスンが週2回あり、さらに支援が必要な子どもたちには小グループでのレッスンが週4回提供されます。小グループでは、スペイン語と英語を日替わりで使います。まずスペイン語で学び、次に英語で学ぶという順序には意味があります。母語で基礎を固めてから第二言語に移ることで、学習効果が高まるのです。

物語は、シンプルな線画のイラストとともに提示されます。先生は物語を読み聞かせた後、子どもたちが自分で物語を語り直す練習を手伝います。この「語り直し」という活動が、このプログラムの核心です。ただ物語を聞くだけでなく、自分の言葉で語ることで、物語の構造、新しい語彙、複雑な文の使い方を実践的に学ぶのです。

実際の研究はどのように行われたか

この研究は、アメリカ南西部のHead Startという低所得家庭の子どもたちのための就学前教育プログラムで実施されました。25の教室が参加し、無作為に治療群(新しいプログラムを受けるグループ)12教室と、対照群(通常の授業を受けるグループ)13教室に分けられました。

参加したのは、家庭でスペイン語を話す3歳から5歳の子ども81名です。ただし、誰でも参加できたわけではありません。研究チームは、英語の物語を語り直す力や語彙力を調べ、年齢相応の英語力がまだ身についていない子どもたちを選びました。つまり、この支援を必要としている子どもたちが対象となったのです。

興味深いのは、治療群の12教室のうち3教室には、スペイン語を話せる先生や補助教員がいなかったという点です。現実の教育現場では、理想的な条件が常に整っているわけではありません。この3教室の子どもたちは、スペイン語での小グループレッスンを受けることができず、英語のレッスンだけを受けました。こうした制約も含めて、プログラムの効果を検証することが重要でした。

家族の関わりも重視されました。小グループでの支援を受ける子どもたちの保護者には、家庭でできる活動の案内がスペイン語で提供されました。これには、家で物語について話し合う際の質問例や、新しく学んだ単語をスペイン語で使う機会を作る提案などが含まれていました。

子どもたちはどう変わったか

プログラムの効果は、複数の角度から測定されました。まず、プログラムで直接教えた内容に近い「近接測定」として、物語の語り直しと語彙の理解を調べました。そして、より広い言語能力を見る「遠隔測定」として、物語の理解力や一般的な言語能力を標準化されたテストで評価しました。

結果は期待以上のものでした。英語の物語を語り直す力では、治療群の子どもたちは対照群と比べて大きな伸びを示しました。統計的には、効果量が0.85という大きな値で、これは教育研究の中でも非常に印象的な数字です。わかりやすく言うと、対照群の平均的な子どもがこのプログラムを受けていたら、現在の位置から30パーセント上の成績になっていただろうと推定されます。

スペイン語での物語の語り直しも、効果量0.48という中程度の改善が見られました。英語ほどではないものの、これは意味のある進歩です。英語のレッスンの方が回数が多かったことを考えれば、納得できる結果と言えるでしょう。

語彙に関しても、プログラムで教えた英語の単語はすべてのユニットで、スペイン語の単語は3ユニット中2ユニットで、統計的に有意な改善が見られました。効果量は0.46から0.63の範囲で、これも教育的に意味のある数値です。

もっと驚くべきことは、プログラムで直接教えなかった内容でも効果が見られたことです。物語を聞いて質問に答えるテストでは、治療群の子どもたちの方が対照群よりも良い成績を収めました。これは、このプログラムが単に教えた内容を覚えさせるだけでなく、より広い言語理解力を育てていることを示しています。

標準化された言語テストでも、文の構造を理解する力では英語とスペイン語の両方で有意な改善が見られました。文法的に複雑な表現を使う力でも、統計的には有意ではなかったものの、中程度の効果が見られました。

ただし、一般的な語彙力を測るテストでは、治療群と対照群の間に差は見られませんでした。これは、このプログラムが教える単語が、一般的な語彙テストで扱われる日常的な単語とは異なるためです。プログラムでは「泣く」や「消防士」といった基本的な単語ではなく、「震える」や「狭い」といった、より学術的な単語を教えています。このため、一般的な語彙テストでは効果が現れにくかったと考えられます。

先生たちの声:現場での実現可能性

どんなに理論的に優れたプログラムでも、実際の教室で使えなければ意味がありません。この研究では、プログラムの実現可能性も詳しく調べられました。

教師や補助教員からの評価は概ね好意的でした。彼らは、このプログラムを「受け入れやすい」「理解しやすい」「実行可能」と評価しました。実際、授業の忠実度、つまり計画通りにプログラムを実施できた度合いは、小グループレッスンで96-98パーセント、大グループレッスンで91-97パーセントという高い数値でした。これは、教師たちがプログラムの手順をよく理解し、確実に実行できていたことを示しています。

年度末のアンケートでは、ほとんどの教師が研究終了後もこのプログラムを使い続けたいと答えました。また、プログラムが自分たちの教育理念や生徒のニーズ、教室の環境に合っていると感じていることもわかりました。

研究チームのサポート体制も充実していました。プログラム開始前に丸一日の研修を実施し、短い動画モジュールで指導方法を説明しました。この動画は教師たちに配布され、いつでも見返すことができました。さらに、研究助手が週に1-2回教室を訪問し、教師をサポートしました。こうした継続的な支援があったからこそ、高い実施度が維持できたのでしょう。

この研究が抱える課題と限界

研究チームは、この研究の限界についても正直に述べています。まず、これは初期段階の効果検証研究であり、規模が小さいという点です。25教室、81名の子どもという数は、統計的な検証力を高めるには十分とは言えません。実際、スペイン語の語彙の一部のユニットや、文法的な表現力の測定では統計的に有意な差が出ませんでしたが、これはサンプルサイズが小さいことが影響している可能性があります。

また、研究助手がどのグループかを知った状態で評価を行ったことも、理想的とは言えません。本来であれば、評価者は子どもがどちらのグループに属しているか知らない方が、より客観的な評価ができます。しかし、限られた予算の中で、すべての理想的条件を整えるのは難しいのが現実です。

プログラムの実施状況にもばらつきがありました。スペイン語を話せる教員がいない3教室では、スペイン語での指導が行えませんでした。また、5つの教室では、支援が必要な子どもが3人以上いたにもかかわらず、時間的な制約から3人しか小グループ指導を受けられませんでした。現実の教育現場では、こうした制約は避けられません。

研究チームは、将来的にはスペイン語での指導が子どもたちにどのような利益をもたらすのか、言語間の転移が実際にどのように起こるのかを、より詳しく調べる必要があると指摘しています。また、小グループ指導が大グループ指導に加えてどれだけの効果を追加するのかも、今後検証すべき課題です。

この研究が教育現場に投げかけるもの

この研究の意義は、単に新しいプログラムが効果的だったという事実を超えています。幼児教育の現場に多層的支援システムを導入できることを示し、さらに二言語教育のアプローチを組み合わせることで、より効果的な支援が可能になることを実証しました。

従来、英語を学習中の子どもたちは、英語力が不足しているという「欠如」の視点で見られがちでした。しかし、この研究は、彼らが持っている母語という資源を活用することで、より効果的に英語を学べることを示しています。これは視点の転換と言えるでしょう。

また、特別支援教育の対象ではない、いわゆる「グレーゾーン」の子どもたちに対しても、適切な支援を提供できる道筋を示しました。学習に困難を抱えているけれど診断名はつかない、そういった子どもたちを放置せず、早期に予防的な介入を行うことの重要性を、この研究は教えてくれます。

実際の教育現場は、研究室のように条件をコントロールできません。スペイン語を話せる教員が不足している、時間が限られている、予算が限られているなど、さまざまな制約があります。しかし、そうした現実的な制約の中でも、このプログラムは効果を発揮しました。これは、実践的な価値がある証拠です。

子どもたちの声なき声に耳を傾けて

この研究に参加した子どもたちの多くは、年収が22,000ドル以下の低所得家庭の出身です。保護者の多くは大学教育を受けておらず、新しい国での生活に奮闘しています。こうした家庭の子どもたちは、経済的な困難に加えて言語的なハンディキャップも抱えており、学校で成功するためには多くの障壁を乗り越えなければなりません。

しかし、適切な支援があれば、これらの子どもたちも十分に学び、成長できることを、この研究は示しています。プログラムの終わりには、子どもたちは以前よりも複雑な物語を理解し、語ることができるようになりました。新しい単語を学び、より複雑な文を理解できるようになりました。これらは、今後の学校生活で役立つ基礎的なスキルです。

研究に関わった教師たちも、子どもたちの成長を実感したからこそ、プログラムを継続したいと考えたのでしょう。毎日の教室で、子どもたちが徐々に自信を持って物語を語るようになり、新しい単語を使おうとする姿を見ることは、教師にとっても喜びだったに違いありません。

これからの二言語教育に向けて

この研究は、完璧な答えを提供するものではありません。むしろ、さらなる疑問と可能性を提起しています。たとえば、このプログラムを2年間続けたら、どこまで効果が積み上がるのでしょうか。小学校に入学した後も、効果は持続するのでしょうか。他の言語を話す子どもたち、たとえば中国語やベトナム語を母語とする子どもたちにも、同じようなアプローチが有効なのでしょうか。

また、家庭での活動がどれだけ効果に貢献したのかも、まだ明確ではありません。今回の研究では、スペイン語の語彙習得が以前の研究よりも良好でしたが、これは家庭での活動が加わったためかもしれません。今後は、学校と家庭の連携がどのように子どもの学習を支えるのか、より詳しく調べる必要があります。

教師の養成という観点も重要です。二言語で教えられる教師をどのように育成し、確保するかは、このようなプログラムを広く実施する上での大きな課題です。また、教師が無理なくプログラムを実施できるよう、どのようなサポート体制が必要かも、さらに検討が必要でしょう。

言語の橋を渡る子どもたち

Spencerたちの研究が私たちに教えてくれるのは、言語を学ぶということは、単に単語や文法を覚える以上のことだということです。それは、自分の考えを表現し、他者を理解し、物語を通じて世界を理解する力を育てることです。そして、その過程で母語が果たす役割は、決して軽視できません。

二つの言語の間に橋をかけ、子どもたちがその橋を自由に行き来できるようにすること。それが「Puente de Cuentos」という名前に込められた願いであり、この研究が目指したものです。一つの言語を犠牲にして別の言語を学ぶのではなく、両方の言語を資源として活用しながら、より豊かな言語能力を育てていく。そんな教育の形が可能であることを、この研究は示しています。

教育は時に、標準化されたテストの点数や統計的な数値に還元されがちです。しかし、その数字の背後には、毎日教室に通い、一生懸命に学ぼうとしている子どもたち一人ひとりの姿があります。新しい言語に戸惑いながらも、少しずつ理解できるようになる喜び。自分で物語を語れるようになる達成感。そうした日々の小さな成長の積み重ねが、やがて大きな力となっていきます。

この研究は、そんな子どもたちの成長を支える具体的な方法を提案し、その効果を科学的に検証しました。完璧ではないかもしれませんが、確かな一歩です。そして、この一歩が、さらなる研究と実践へとつながり、より多くの子どもたちが言語の橋を渡って、自分の可能性を開花させる助けとなることを願わずにはいられません。


Spencer, T. D., Moran, M., Thompson, M. S., Petersen, D. B., & Restrepo, M. A. (2020). Early efficacy of multitiered dual-language instruction: Promoting preschoolers’ Spanish and English oral language. AERA Open, 6(1), 1–16. https://doi.org/10.1177/2332858419897886

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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