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研究背景と意義:教育現場でのAI導入における教師の役割

この論文”Modeling English teachers’ behavioral intention to use artificial intelligence in middle schools”は、中国の中学校において英語を外国語として教える教師(EFL教師)が、人工知能(AI)技術を教育に取り入れる意欲や意図について、科学的な手法で調査・分析した研究です。筆者らは北京師範大学の安鑫氏を中心とするチームで、教育技術分野の専門家として、教師の技術受容に関する理論的研究を進めています。

近年、教育分野におけるAI技術の活用が世界的に注目されており、特に中国では2017年に政府が「新世代人工知能発展計画」を発表し、AI教育の推進を国家戦略として位置づけています。このような政策的背景のもと、実際の教育現場でAI技術をどのように受け入れ、活用していくかという問題は、教育の質的向上にとって極めて重要な課題となっています。

本研究の特色は、単なる技術的な観点からではなく、教師の心理的・認知的側面に焦点を当てて、AI技術の教育現場での受容メカニズムを解明しようとしている点にあります。従来のAI教育研究の多くが技術開発に重点を置いていたのに対し、この研究は教師という「人」の要素を中心に据えて分析を行っています。

理論的枠組み:二つの理論モデルの統合による包括的アプローチ

この研究の理論的基盤となっているのが、UTAUT(統合技術受容利用理論)とTPACK(技術教育内容知識)という二つの確立された理論モデルです。これらを組み合わせることで、教師のAI技術に対する受容行動をより包括的に理解しようとしています。

UTAUTは、技術受容に関する既存の8つのモデルを統合して開発された理論で、技術利用の行動意図を予測する力が70%に達するとされています。この理論では、性能期待(その技術が仕事の効率を向上させるという信念)、努力期待(その技術が使いやすいという認識)、社会的影響(周囲の重要な人々がその技術を使うべきだと考えているという認識)、促進条件(技術利用を支援する組織的・技術的基盤の存在)という4つの主要因子が、行動意図に影響を与えるとされています。

一方、TPACKは教師が技術を教育に効果的に統合するために必要な知識の枠組みを示したもので、技術知識(TK)、教育学知識(PK)、内容知識(CK)、そしてこれらの相互作用から生まれる複合的知識(TCK、PCK、TPK、TPACK)を含みます。特にAIに特化した形では、AI言語技術知識(AIL-TK)、AI技術教育知識(AI-TPK)、AI技術教育内容知識(AI-TPACK)として概念化されています。

この二つの理論を統合することの意義は、技術受容の外的要因(使いやすさ、有用性など)と内的要因(教師の専門知識や教育設計能力)の両方を考慮できる点にあります。これにより、教師がAI技術を受け入れる際の複雑な心理的プロセスをより正確に把握できると期待されます。

研究方法:大規模調査による実証的アプローチ

研究方法論の観点から見ると、この研究は量的研究の手法を用いた大規模な実証研究として設計されています。調査対象は中国のAI教育実証地区の40校から470名のEFL教師で、これは統計的分析を行うには十分な標本サイズといえます。

調査地域の選択も戦略的です。AI教育実証地区は、政府の支援のもとで積極的にAI技術の教育活用を進めている地域であり、教師たちは専門家による指導を受けながらAI支援言語学習の実践を行っています。このような環境での調査により、理想的な条件下での教師の反応を把握することができます。

調査票の開発過程では、既存の理論に基づいて質問項目を作成し、15名のEFL教師へのインタビューを通じて項目の精緻化を図っています。また、教育技術の専門家3名による内容妥当性の確認、中学校英語教師6名による予備調査を経て、最終的な調査票を完成させるという、慎重なプロセスを踏んでいます。

分析手法としては、探索的因子分析(EFA)と確認的因子分析(CFA)による尺度の妥当性・信頼性の検証を行った後、構造方程式モデリング(SEM)によって仮説検証を実施しています。これは教育学や心理学分野では標準的な分析手順であり、研究の科学的厳密性を担保しています。

主要な発見:教師のAI受容に影響する要因の解明

研究の結果から、いくつかの重要な発見が得られています。まず、教師の行動意図に最も強い影響を与えるのは「性能期待」であることが明らかになりました。これは、教師がAI技術によって教育の質や効率が向上すると信じる程度が、実際の使用意欲に直結することを意味しています。

興味深いのは、「努力期待」(使いやすさ)が行動意図に直接的な影響を与えないという結果です。これは一般的な技術受容研究とは異なる発見で、教師にとってはAI技術が使いやすいかどうかよりも、教育効果があるかどうかの方が重要であることを示唆しています。ただし、努力期待は性能期待を通じて間接的に行動意図に影響を与えており、使いやすい技術ほど有用だと認識される傾向があることも確認されています。

TPACK関連の知識では、AI-TPACKが最も強く行動意図に影響することが示されました。これは、単にAI技術について知っているだけでは不十分で、それを具体的な教育内容や教育方法と統合して活用できる知識を持つことが、実際の使用につながることを意味しています。

また、促進条件(学校や組織からの支援)が、教師のTPACK関連知識の発達に重要な役割を果たすことも明らかになりました。これは、AI技術の導入において、単に技術を提供するだけでなく、継続的な研修や支援体制を整備することの重要性を示しています。

結果の解釈と教育実践への示唆

これらの結果は、教育現場でのAI技術導入戦略について重要な示唆を提供しています。まず、教師にAI技術の使用を促すためには、その技術がいかに教育効果を向上させるかを具体的に示すことが最も重要だということです。技術的な機能の説明よりも、実際の教育場面での効果や成果を重視したアプローチが有効と考えられます。

例えば、AI技術による個別化学習の効果、即座のフィードバック機能による学習満足度の向上、発音矯正や作文添削の自動化による教師の負担軽減など、具体的で測定可能な教育効果を示すことが、教師の受容を促進すると考えられます。

また、教師の専門知識の発達段階に応じた支援の重要性も示されています。AI言語技術知識(AIL-TK)が基礎となって、AI技術教育知識(AI-TPK)、さらにAI技術教育内容知識(AI-TPACK)へと発達していくという階層的な関係が確認されており、研修プログラムもこの発達段階を考慮して設計する必要があります。

具体的には、まず音声認識技術、自然言語処理、機械翻訳などの基本的なAI技術の理解から始まり、それらを教育場面でどのように活用するかという教育学的知識、最終的には英語教育の特定の内容(語彙、文法、発音など)とAI技術を統合した実践的知識へと段階的に発達させる研修体系が効果的と考えられます。

方法論的な強みと制約

この研究の方法論的な強みとして、まず大規模標本による統計的検証の信頼性があります。470名という標本サイズは、構造方程式モデリングを用いた分析には十分であり、結果の一般化可能性を高めています。

また、探索的因子分析と確認的因子分析を別々の標本で実施するという慎重なアプローチも評価できます。これにより、尺度の妥当性と信頼性が二重に検証されており、測定の精度が高められています。

理論的な観点では、UTAUTとTPACKという異なる理論的背景を持つモデルの統合は野心的な試みといえます。技術受容の外的要因と内的要因を包括的に捉えることで、より現実的で実用的な理解が可能になっています。

ただし、いくつかの制約も存在します。まず、横断的調査であるため、因果関係の推論には限界があります。行動意図と実際の行動の関係についても、縦断的な追跡調査が必要でしょう。

また、調査対象がAI教育実証地区の教師に限定されているため、一般的な教育現場への適用可能性について疑問が残ります。実証地区では専門家による継続的な支援や研修が提供されており、このような恵まれた環境下での結果が、通常の学校現場でも同様に得られるかは不明です。

さらに、AI技術に対する不安や懸念といったネガティブな要因が十分に考慮されていないことも限界として指摘できます。教師の中には、AI技術による教育の人間性の喪失や、自身の職業的アイデンティティへの脅威を感じる者もいると考えられますが、こうした要因は本研究では検討されていません。

文化的・政策的文脈の考慮

この研究は中国の教育システムという特定の文化的・政策的文脈で実施されており、結果の解釈にはこの点を考慮する必要があります。中国では政府主導でAI教育が推進されており、教師が新技術を受け入れる際の社会的圧力や期待が他国とは異なる可能性があります。

実際、研究結果では「社会的影響」が行動意図に有意な影響を与えることが示されており、これは中国の集団主義的文化や上意下達の教育行政システムの影響を反映している可能性があります。他の文化圏では、より個人的な判断に基づく技術受容が行われる可能性があり、結果の一般化には注意が必要です。

また、調査時期(2021年11月)も重要な文脈です。新型コロナウイルスパンデミックによってオンライン教育が急速に普及した時期であり、教師の技術受容に対する態度が通常時とは異なっていた可能性があります。

尺度開発の貢献と限界

この研究の重要な貢献の一つは、AI教育に特化したTPACK尺度の開発です。従来のTPACK研究は一般的な技術を対象としていましたが、AIという特定の技術領域に特化した尺度の開発は、今後の関連研究にとって有用なツールとなるでしょう。

特に、AI言語技術知識(AIL-TK)の測定項目では、音声認識技術、意味分析技術、画像認識技術といった具体的なAI技術に関する知識を評価しており、実用的な尺度として活用できると考えられます。

ただし、筆者らも認めているように、最終的に残った項目数が当初の設計よりも少なくなっており(AIL-TKは7項目から3項目に削減)、尺度の包括性に課題が残ります。また、AI-TPKとAI-TPACKの相関が高い(0.84)ことも、概念的区別の曖昧さを示唆しています。

実践的示唆と政策提言

この研究から得られる実践的示唆は多岐にわたります。教師教育の観点では、AI技術に関する研修プログラムを設計する際に、技術的知識から教育的応用知識への段階的な発達を考慮することが重要です。

具体的には、第一段階でAI技術の基本概念と機能を理解させ、第二段階で教育場面での活用方法を学習させ、第三段階で特定の教科内容との統合的活用を実践させるという三層構造の研修が効果的と考えられます。

学校管理者や政策立案者にとっては、技術導入時の支援体制の重要性が示されています。単に技術を提供するだけでなく、継続的な研修、技術的サポート、同僚間の協働学習の場を提供することが、教師の技術受容を促進する鍵となります。

また、教師にAI技術の有用性を実感させるためには、具体的で測定可能な教育効果を示すことが重要です。学習成果の向上、教師の業務効率化、学習者の満足度向上など、定量的な効果指標を用いた説得的なアプローチが有効でしょう。

今後の研究課題と展望

この研究は重要な出発点を提供していますが、さらなる研究の発展が期待される分野でもあります。まず、縦断的研究による因果関係の検証が必要です。行動意図から実際の行動への移行プロセス、継続的な技術使用に影響する要因の解明が課題となります。

また、より多様な文化的・教育的文脈での検証も重要です。中国以外の国々、特に個人主義的文化圏や分散型教育システムを持つ国々での検証により、結果の一般化可能性を高めることができるでしょう。

技術的な観点では、急速に進歩するAI技術に対応した尺度の更新も必要です。大規模言語モデル、生成AI、適応学習システムなど、新しいAI技術の教育活用に関する教師の知識や態度を測定する尺度の開発が求められます。

さらに、教師だけでなく、学習者、保護者、学校管理者など、教育システムの他のステークホルダーの視点を含めた包括的な研究も必要です。AI教育の成功は、これらすべての関係者の協働によって実現されるためです。

結論:教育技術受容研究の新たな展開

この研究は、教育現場でのAI技術受容という現代的で重要な課題に対して、理論的に堅固で方法論的に妥当なアプローチを提供しています。UTAUTとTPACKの統合というイノベーティブな理論的枠組み、大規模標本による実証的検証、AI教育に特化した尺度開発など、多面的な貢献を行っています。

研究結果は、教師のAI技術受容が単純なプロセスではなく、外的要因(使いやすさ、有用性、社会的影響、組織的支援)と内的要因(専門知識、教育設計能力)の複雑な相互作用によって決定されることを示しています。特に、教育効果への期待と統合的な専門知識の重要性が明確に示されたことは、実践的に価値ある知見といえます。

ただし、文化的特殊性、調査時期の特殊性、ネガティブ要因の未考慮など、結果の解釈や一般化には慎重さが求められます。また、行動意図と実際の行動の関係、継続的使用に影響する要因など、さらなる研究が必要な領域も多く残されています。

全体として、この研究は教育技術受容研究の新たな方向性を示す重要な貢献であり、AI時代の教育改革を推進するための科学的基盤を提供していると評価できます。今後の関連研究の発展と、実際の教育現場での知見の活用が期待されます。


An, X., Chai, C. S., Li, Y., Zhou, Y., Shen, X., Zheng, C., & Chen, M. (2023). Modeling English teachers’ behavioral intention to use artificial intelligence in middle schools. Education and Information Technologies, 28, 5187–5208. https://doi.org/10.1007/s10639-022-11286-z

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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