研究の出発点―国境を越えた教育者たちの問題意識

この論文”New concept of teaching English to students from non-English speaking countries”は、一人の研究者が単独で書いたものではありません。インドネシア工科大学のRatna Rintaningrumを筆頭著者として、ロシア、セルビア、スペイン、インドネシアという四つの国から集まった12名もの研究者が共同で執筆したものです。専門分野も言語教育だけでなく、経済学や医学まで多岐にわたっており、これ自体が現代の国際的な学術協力の一例といえるでしょう。

彼らが取り組んだのは、多くの大学教員が日常的に直面している問題です。英語が母語でない国で、どのように効果的に英語を教えるのか。この問いは単純に見えて、実は非常に複雑な要素を含んでいます。たとえば、日本の大学で英語を教えている先生方も、学生が文法はわかっても実際の会話ができない、あるいは教科書の英語は読めても専門分野の論文になると途端に理解が追いつかない、といった悩みを抱えているのではないでしょうか。

研究手法―文献調査と大規模アンケートの組み合わせ

研究チームは2023年の第一四半期に、四つの国の大学生1595人を対象とした大規模な調査を実施しました。内訳はロシアから800人、インドネシアから600人、セルビアから100人、スペインから95人です。回答者はすべて大学一年生で、年齢は18歳から23歳まで、男性が845人、女性が750人でした。

調査方法はソーシャルメディア、特にFacebookを通じて参加者を募るという現代的な手法を取りました。つまり、特定の大学と事前に協力関係を結んでいたわけではなく、広く一般の学生に声をかけたということです。これには利点と欠点があります。利点は多様な背景を持つ学生の声を集められること、欠点は回答者に偏りが生じる可能性があることです。

アンケートは21項目からなり、学生の英語学習に対するニーズ、実際の学習経験、そして教育方法に対する意見を5段階評価で尋ねるものでした。加えて、2011年から2022年の間に発表された14本の論文を分析し、各国における英語教育の利点と欠点を比較検討しています。

それぞれの国の事情―言語の距離と文化の壁

この研究で興味深いのは、英語教育を単純な「方法論」の問題として扱っていない点です。むしろ、それぞれの国の言語的、文化的背景が英語学習にどう影響するかに注目しています。

ロシアの場合を見てみましょう。ロシア語と英語は、どちらもインド・ヨーロッパ語族に属していますが、ロシア語はスラブ語派、英語はゲルマン語派と、かなり距離があります。それでも、文の構造には似ている部分もあり、翻訳する際に語順がそれほど変わらないこともあるようです。ただし、ロシアは旧ソ連圏の独立国家共同体(CIS)の中心国であり、この地域ではロシア語が共通語として機能しています。つまり、仕事やビジネスで必ずしも英語が必要とされる環境ではないのです。実際、ロシアの博士論文の多くはロシア語で書かれており、これが国際的な学術交流を制限する要因になっているという指摘もあります。

一方、セルビアは状況が異なります。セルビア語もロシア語と同じスラブ語派ですが、バルカン諸国では特定の言語が共通語として機能していないため、英語が重要な役割を果たしています。経済規模は小さいものの、国際的なコミュニケーションの必要性は高いのです。教育現場では、教師がセルビア語と英語の両方を使って教えることで、学生が必要に応じて母語に戻れる環境を作っているといいます。

スペインの場合、スペイン語は英語と同じインド・ヨーロッパ語族のロマンス語派に属しており、文法構造も比較的似ています。英語にはラテン語由来の語彙が多く含まれているため、スペイン語話者にとって英語の語彙習得は比較的容易かもしれません。ただし、スペイン国内にはガリシア語、カタルーニャ語、アストゥリアス語など、複数の言語が公式に認められており、言語状況は単純ではありません。また、スペインではアメリカ英語の方がイギリス英語よりも受け入れられている傾向があるそうです。

インドネシアは四つの国の中で最も状況が異なります。インドネシア語はオーストロネシア語族に属し、英語とは言語系統が全く異なります。語彙レベルでは英語からの借用語も見られますが(universityがuniversitasになるなど)、文法や構文は大きく異なります。興味深いのは、インドネシアが文化的・言語的多様性において世界で2番目にランクされる国だという点です。オランダの植民地支配や英米の影響を受けた歴史的背景もあり、英語教育には複雑な文脈が絡んでいます。

学生たちの本音―英語は必要だが、学ぶのは難しい

アンケート結果から見えてきたのは、学生たちの率直な声でした。約75%の学生が、英語は日常的な社会生活に必要だと答えています。特に注目すべきは、B2レベル(中上級レベル)の英語力が学部教育において重要だという認識が非常に高かった点です(平均スコア4.55)。これは、多くの修士課程プログラムがB2からC1レベルの英語力を要求しているという現実を反映しています。

しかし、必要性を認識していることと、実際に学習がうまくいくことは別問題です。約65%の学生が、教師が使う専門用語や言い回しを理解するのが難しいと答えています。これは想像してみればわかります。たとえば、日本の大学で英語で授業を受ける場合を考えてみてください。教科書の英語は辞書を引きながらなんとか読めても、ネイティブスピーカーの教員が講義中に使うスラングや慣用表現、あるいは専門分野特有のジャーゴンには、まったく手が出ないということがあるでしょう。

さらに約80人の学生が、こうした専門用語を覚えるために論理的思考を駆使して暗記しているが、これには不必要なほど時間がかかると報告しています。言語学習において、単なる暗記ではなく理解を伴った学習が重要だという教育理論は誰もが知っていますが、実際の現場では学生たちが時間との戦いの中で、効率的とは言えない方法に頼らざるを得ない状況があるのです。

教育方法への評価―音声学習への期待

教育方法に関する質問では興味深い結果が出ています。英語を教育言語として使用するEMI(English as a Medium of Instruction)戦略については、約20%の学生が肯定的な評価をしていますが(平均スコア4.3)、これは決して高い数字とは言えません。デジタルアプリを使った語彙学習については35%が支持していますが、これも平均スコア4.12と、熱狂的な支持とまでは言えません。

興味深いのは、英語のネイティブスピーカーによる授業については平均スコアが3.5と、他の項目よりも低かった点です。これは一見、意外に思えるかもしれません。ネイティブスピーカーから学ぶのが最も効果的だという考え方は広く受け入れられていますが、実際には学生たちの間では必ずしもそう思われていないのです。おそらく、先ほど触れたように、ネイティブスピーカーが使うジャーゴンやスラングが理解できないという経験が、この評価につながっているのでしょう。

最も高い評価を得たのは、オーディオブックを使った学習でした(平均スコア4.79)。約97%の学生が、テキストを読みながら音声を聞くことで記憶力と理解力が向上すると答えています。また、音声による指示を聞きながら学習することも高く評価されています(平均スコア4.44)。

この結果は、ある意味で直感的に理解できます。子どもが言語を習得する過程を考えてみてください。まず耳から音を聞き、それを真似して発音し、徐々に意味と結びつけていきます。大人の第二言語学習においても、視覚情報(テキスト)と聴覚情報(音声)を同時に処理することで、より深い理解と定着が促されるのかもしれません。

論文の提案―オーディオブックとYouTubeの活用

研究チームは、これらの調査結果を踏まえて、新しい教育方法の概念を提案しています。その中心となるのが、オーディオブックとYouTubeなどの動画プラットフォームの活用です。

具体的には、大学の専門科目の教科書や実験マニュアルなどをオーディオブック化し、学生が読みながら聞ける環境を整えるというものです。さらに、これらのコンテンツをYouTubeのチャンネルで公開し、章ごとに整理して提供する。その際、単に英語を読み上げるだけでなく、翻訳や文法、語彙の解説も含めるという構想です。

この提案の背景には、現代の若者の学習スタイルへの理解があります。スマートフォンが普及した今、若い世代は移動中や空き時間にイヤホンで音声コンテンツを聞くことに慣れています。ポッドキャストや音楽配信サービスの人気を考えれば、この学習スタイルが受け入れられやすいことは想像に難くありません。

また、研究チームは翻訳アプリの活用も提案しています。学生が自分でYouTubeなどのコンテンツを視聴し、わからない部分を翻訳アプリで確認しながら学習を進めるという、いわば自主学習のスタイルです。教師はこのプロセスをガイドする役割を果たします。

批判的な検討―この研究の強みと弱み

さて、ここまで論文の内容を紹介してきましたが、研究者の視点から批判的に検討すべき点もあります。

まず、この研究の強みは、四つの国にまたがる大規模なサンプルを集めたことです。1595人という数は、教育研究としては相当な規模です。また、単に量的な調査だけでなく、文献レビューを通じて各国の状況を質的にも分析している点も評価できます。さらに、実際の学生の声を集めることで、教育政策立案者や教員に具体的な示唆を与えようとしている点も実践的です。

しかし、弱点もあります。論文の著者たち自身が認めているように、この研究は横断的調査(ある時点での調査)であり、時間の経過に伴う変化を追跡していません。たとえば、オーディオブックを実際に導入した場合に学生の英語力がどう変化するかは、この研究からはわかりません。

また、サンプルの偏りも問題です。四つの国から集めたとはいえ、その内訳はかなり不均等です。ロシアから800人、インドネシアから600人集めているのに対し、セルビアは100人、スペインは95人しかいません。これでは、国ごとの比較を行うには限界があります。特にセルビアとスペインについては、これだけの人数で一般化できる結論を導き出すのは難しいでしょう。

さらに、参加者がすべて首都または大都市の学生である点も考慮が必要です。モスクワ、ベオグラード、マドリード、ジャカルタといった都市部の学生は、地方の学生とは異なる環境で学んでいる可能性があります。大都市では外国人との接触機会も多く、英語を使う必要性も高いかもしれません。

統計分析の面でも、物足りなさが残ります。論文では主に平均値と標準偏差を報告していますが、国ごとの比較分析や、性別、年齢、現在の英語レベルといった要因が教育方法への評価にどう影響するかといった、より詳細な分析は行われていません。

オーディオブック提案の妥当性について

論文の中心的な提案であるオーディオブックの活用については、もう少し掘り下げて考える必要があります。

確かに、学生たちがこの方法を支持していることは調査結果から明らかです。しかし、支持していることと、実際に効果があることは別問題です。たとえば、学生は「楽しそうだから」「新しいから」という理由で支持している可能性もあります。

オーディオブックによる学習の効果については、実は賛否両論があります。一部の研究では、音声と文字を同時に処理することで理解が深まるという結果が出ていますが、別の研究では、音声に頼りすぎると読解力の発達が阻害される可能性も指摘されています。特に、複雑な学術的内容を扱う場合、音声だけでは処理が追いつかず、何度も繰り返し聞く必要があるかもしれません。

また、この論文で提案されているオーディオブックは、単に既存のテキストを読み上げるだけでなく、翻訳や文法解説も含めるというものです。しかし、こうした教材を作成するには膨大な時間と労力がかかります。誰が作るのか、予算はどこから出るのか、といった現実的な問題については、論文では触れられていません。

さらに言えば、オーディオブックは受動的な学習方法です。聞くだけでは、実際に英語を使ってコミュニケーションする力は育ちにくいでしょう。論文の中でも、学生たちは文章を作る能力や構文を理解する能力に課題を抱えていることが指摘されていますが、オーディオブックがこうした能動的なスキルの向上にどこまで貢献できるのかは不明です。

文化的要因への配慮不足

この研究のもう一つの弱点は、文化的要因についての分析が表面的である点です。論文では各国の言語的背景について詳しく述べていますが、より深い文化的な文脈については十分に掘り下げられていません。

たとえば、インドネシアについては、家族や社会的つながりを重視する文化的価値観が言語学習の動機づけに影響を与える可能性が指摘されています。しかし、これが具体的にどういう意味なのか、どう対処すべきなのかについては明確ではありません。

また、ロシアやスペインにおける英語学習の位置づけは、単に実用的な技能の習得というだけでなく、グローバル化や欧米化に対する態度とも関連しているはずです。英語を学ぶことは、ある意味で自国の文化的アイデンティティとの折り合いをつけることでもあります。しかし、こうした複雑な問題については、論文ではほとんど触れられていません。

教師の役割についての議論の欠如

もう一つ気になるのは、教師の役割についての議論が不十分な点です。論文の最後で、政策提言の一つとして教師のトレーニングの重要性が述べられていますが、これは付け足し程度の扱いです。

実際には、どんなに優れた教材や方法論があっても、それを使いこなす教師がいなければ意味がありません。特に、この研究が提案しているようなテクノロジーを活用した教育方法を導入する場合、教師自身がそのテクノロジーに習熟している必要があります。しかし、論文で調査対象となった四つの国すべてにおいて、すべての英語教師がYouTubeコンテンツの作成やオーディオブックの効果的な活用方法について十分な知識を持っているとは限りません。

また、EMI(英語を教育言語として使用する方法)への評価が低かったという結果も、教師の問題と切り離せません。おそらく、EMIを実施している教師の多くは、学生の理解度を適切に把握する訓練を受けていないのでしょう。英語で授業をすることと、英語で効果的に教えることは全く別のスキルです。

提案の実現可能性について

この論文の提案を実際に導入しようとした場合、いくつかの障壁が予想されます。

まず、技術的なインフラの問題です。オーディオブックやYouTubeを活用した学習は、安定したインターネット接続とデバイスを前提としています。しかし、四つの国すべてにおいて、すべての学生がこうした環境にアクセスできるわけではありません。特に、地方の学生や経済的に恵まれない学生は、デジタルディバイドの影響を受ける可能性があります。

次に、著作権の問題もあります。既存の教科書をオーディオブック化してYouTubeで公開するというアイデアは魅力的ですが、これを実現するには出版社の許可が必要です。また、YouTubeの動画を教材として使う場合も、その内容の正確性や適切性を誰が保証するのかという問題があります。

さらに、評価の問題もあります。学生がオーディオブックを聞いて学習した結果、実際に英語力が向上したかどうかを、どのように測定するのでしょうか。従来の試験では測れない能力もあるかもしれません。

では、何が必要なのか

批判的な検討を重ねてきましたが、それではこの研究から何も学べないのかというと、そうではありません。むしろ、この研究が提起している問題意識そのものは非常に重要です。

非英語圏における英語教育は、確かに多くの課題を抱えています。学生たちは英語の必要性を認識していながら、効果的な学習方法を見つけられずにいます。教師たちも、限られたリソースと時間の中で、多様な背景を持つ学生たちに対応しようと苦労しています。

この状況を改善するには、おそらく単一の「魔法の解決策」はありません。オーディオブックも、使い方によっては有効なツールの一つになり得ますが、それだけで問題が解決するわけではないでしょう。

必要なのは、複数のアプローチを組み合わせた、柔軟で包括的な戦略です。たとえば、オーディオブックのような音声教材は、語彙学習や発音練習には適しているかもしれませんが、文章を書く練習やディスカッションスキルの向上には、別の方法が必要です。また、学生の現在の英語レベルや学習目的に応じて、異なる教育方法を適用する必要もあるでしょう。

さらに重要なのは、学生自身が主体的に学習に取り組める環境を作ることです。この論文の調査結果を見ると、学生たちは受動的に「教えられる」だけでなく、自分で学習方法を選択し、自分のペースで進めたいという希望を持っているように見えます。デジタルツールへの期待の高さは、そうした自主性への願望の表れかもしれません。

研究の意義と今後への期待

最後に、この研究の意義について改めて考えてみましょう。

確かに、この論文にはいくつかの方法論的な問題や、提案の実現可能性についての疑問があります。しかし、四つの国から集まった研究者たちが、それぞれの現場での経験を持ち寄り、共通の課題に取り組もうとした姿勢は評価されるべきです。

国際的な共同研究には、単一の国や文化圏での研究にはない価値があります。それは、自分たちの「当たり前」を相対化できることです。たとえば、ロシアの研究者にとっては自明だと思われていた教育方法が、インドネシアの文脈では全く機能しないかもしれません。そうした気づきは、より普遍的な原理を見出すための第一歩となります。

この研究の真の貢献は、おそらく明確な解決策を提示したことではなく、問題の複雑さを浮き彫りにしたことにあるのかもしれません。英語教育は言語学習の技術的な側面だけでなく、文化、経済、テクノロジー、教育政策など、多くの要因が絡み合った複合的な課題です。

今後の研究では、この論文が提案したオーディオブックなどの方法を実際に導入し、その効果を長期的に追跡する実験的研究が必要でしょう。また、教師の視点も含めた、より包括的な調査も求められます。さらに、デジタルツールを使った学習が、実際にどのような認知プロセスを通じて英語力の向上につながるのか、あるいはつながらないのかについて、より詳細な分析も必要です。

英語教育の現場で働く方々にとって、この研究から得られる最も重要な示唆は、学生の声に耳を傾けることの大切さかもしれません。教育者や政策立案者が「良い」と考える方法と、学生が実際に効果的だと感じる方法の間には、しばしばギャップがあります。このギャップを埋めるための対話こそが、より良い教育方法を見出すための鍵となるでしょう。


Rintaningrum, R., Kavgić, A., Garaeva, M., Shcherbatykh, L., Kosov, M., Morán, P., Saddhono, K., Shalina, O., Vatutina, L., & Dudnik, O. (2023). New concept of teaching English to students from non-English speaking countries. Emerging Science Journal, 7(6), 2202–2215. https://doi.org/10.28991/ESJ-2023-07-06-020

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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