はじめに:身近な学習体験から考える読解の難しさ

外国語の文章を読んでいて、「この単語の意味がわからない」「文の構造が複雑すぎて理解できない」といった経験は誰にでもあるでしょう。そんな時、辞書を引いたり、前後の文脈から推測したり、一度読み返したりといった様々な工夫をするはずです。これらの工夫こそが「読解ストラテジー」と呼ばれるものであり、特に自分の学習過程を意識的にコントロールする「メタ認知読解ストラテジー」は外国語学習において重要な役割を果たしています。

今回取り上げるのは、ヨルダンの大学で英語とフランス語を専攻する学生たちの読解ストラテジー使用について調査した研究論文”Metacognitive reading strategies use by English and French foreign language learners”です。筆者らは、これらの学生がどのような読解ストラテジーを使用し、英語学習者とフランス語学習者の間にどのような違いがあるのかを詳細に分析しています。この研究は単なる学術的関心にとどまらず、日本の外国語教育現場にも重要な示唆を与える内容となっています。

研究の背景:メタ認知の重要性とその複雑さ

この研究を主導したのは、ヨルダン・ドイツ大学のリーム・イブラヒム・ラバディ氏、ヤルムーク大学のバトゥール・アル・ムハイセン氏、同じくヤルムーク大学のモハメド・アル・バタイネ氏です。彼らは中東地域の外国語教育における読解指導の改善を目指し、学習者の実態を把握することから研究をスタートさせました。

メタ認知とは、簡単に言えば「考えることについて考える」能力のことです。読書で例えるなら、「今自分は内容を理解できているか」「この部分がわからないから戻って読み直そう」「この文章の要点は何だろう」といったように、自分の理解過程を意識的に監視し、調整する能力を指します。

従来の読解指導では、語彙や文法の知識を身につけることに重点が置かれがちでした。しかし近年の研究では、知識だけでなく、その知識をいかに効果的に使うかという「ストラテジー」の重要性が強調されています。これは料理に例えると、良い食材(語彙・文法知識)があっても、調理法(ストラテジー)を知らなければ美味しい料理は作れないのと似ています。

研究方法:大規模調査による実態把握

研究チームは、ヨルダンの5つの大学から240名の4年生を対象に調査を実施しました。内訳は英語専攻が141名(男性35名、女性106名)、フランス語専攻が99名(男性26名、女性73名)で、年齢は20歳から24歳、全員がアラビア語を母語とする学習者でした。

調査には「読解ストラテジー調査票(SORS)」という国際的に広く使用されている質問紙が用いられました。この調査票は30の質問項目から構成され、読解ストラテジーを3つのカテゴリーに分類しています。

第一のカテゴリーは「グローバルストラテジー」で、これは読書の全体的な計画や監視に関わるものです。「読む前にテキストの概要を把握する」「読む目的を明確にする」「文脈の手がかりを使う」といったストラテジーが含まれます。これは森を見てから木を見るような、全体から部分へのアプローチと言えるでしょう。

第二のカテゴリーは「問題解決ストラテジー」で、理解に困難が生じた際に直接的に対処するものです。「わからない単語の意味を推測する」「読み返す」「読むスピードを調整する」などがあります。これは料理中に味が薄いと感じた時に調味料を足すような、その場での調整に相当します。

第三のカテゴリーは「サポートストラテジー」で、理解を補助するための基本的な手段です。「ノートを取る」「重要部分に下線を引く」「辞書を使う」などが含まれます。これは勉強する時にペンと紙を用意するような、学習を支える道具の使用と考えられます。

主要な発見:予想外の結果が示すもの

調査の結果、いくつかの興味深い発見がありました。まず全体的に、参加者たちは読解ストラテジーを「中程度」に使用していることが明らかになりました。5段階評価で3.0という数値は、決して高いとは言えません。これは、学習者が読解ストラテジーの存在を知ってはいるものの、積極的に活用しているとは言い難い状況を示しています。

特に注目すべきは、ストラテジーのカテゴリー別使用頻度です。最も多く使用されていたのは「グローバルストラテジー」(平均3.06)で、次に「サポートストラテジー」(平均3.01)、最も使用頻度が低かったのは「問題解決ストラテジー」(平均2.88)でした。

この結果は、先行研究の多くが示してきた傾向とは異なるものでした。一般的に、外国語学習者は理解困難に直面した際の問題解決ストラテジーを最も多く使用し、サポートストラテジーの使用は比較的少ないとされていました。しかし今回の調査では、学習者が全体的な読書計画や監視に重点を置き、具体的な問題解決よりもサポート手段に依存する傾向が見られました。

この現象は、参加者が4年生という上級学習者であることと関連している可能性があります。長年の学習経験を通じて、彼らは読書に対する総合的なアプローチを身につけており、個別の問題に対処するよりも、全体的な理解戦略を重視するようになったのかもしれません。これは熟練したドライバーが個々の運転技術よりも全体的な交通状況の把握に注意を向けるのと似ています。

英語学習者とフランス語学習者の興味深い違い

研究のもう一つの重要な発見は、英語学習者とフランス語学習者の間に統計的に有意な差があったことです。英語学習者は、3つのストラテジーカテゴリーすべてにおいて、フランス語学習者よりも高い使用頻度を示しました。

この違いには複数の要因が考えられます。最も大きな要因は、学習期間の違いでしょう。ヨルダンでは英語が必修の外国語として小学校から教えられているのに対し、フランス語は選択科目として限られた期間しか学習されていません。英語学習者は長年にわたって様々な読解経験を積み重ねる中で、自然とストラテジーの使用が身についたと考えられます。

また、英語とフランス語の社会的地位の違いも影響している可能性があります。ヨルダンでは英語がより広く使用され、学術資料や日常的な情報源としても頻繁に接触する機会があります。一方、フランス語学習者は限られた学習環境でのみフランス語に触れるため、ストラテジー使用の機会や動機が相対的に少ないのかもしれません。

これは日本の外国語教育状況と重なる部分があります。英語は中学・高校・大学と長期間学習し、日常的にも触れる機会が多い一方で、第二外国語として学習する言語は限られた時間と環境での学習となりがちです。

個別ストラテジーの分析から見える学習者の実態

研究では30の個別ストラテジーについても詳細な分析が行われました。最も使用頻度が高かった上位3つのストラテジーは、いずれもグローバルストラテジーでした。「新しい情報に出会った時に理解度をチェックする」(平均3.60)、「文章の長さや構成などの特徴を最初に確認する」(平均3.58)、「読む前にテキストの全体的な概要を把握する」(平均3.51)です。

これらの結果は、参加者が読書に対して計画的で意識的なアプローチを取っていることを示しています。まるで旅行前に地図を確認し、目的地までのルートを計画するように、読書においても事前準備と継続的な監視を重視していることがわかります。

一方、使用頻度が最も低かった3つのストラテジーは興味深い傾向を示しています。「理解を確実にするためにゆっくりと注意深く読む」(平均2.42)、「理解を深めるために図表や写真を活用する」(平均2.38)、「文章が難しくなった時により注意深く読む」(平均2.24)という結果でした。

これらの低使用ストラテジーは、時間がかかったり、より集中力を要求したりするものが多く含まれています。現代の学習者が効率性を重視し、時間のかかる詳細な読解よりも、概要把握や全体的な理解を優先する傾向があることを示唆しています。これは現代社会の情報処理スタイルの変化を反映している可能性もあります。

研究方法の妥当性と限界

この研究の強みは、十分な規模の参加者を対象とし、国際的に認められた調査票を使用している点です。240名という参加者数は統計的分析には十分であり、結果の信頼性を高めています。また、SOSRという調査票は多くの先行研究で使用されており、結果の比較可能性も確保されています。

しかし、研究にはいくつかの限界も存在します。最も大きな限界は、自己報告式の調査に依存していることです。参加者が実際にどのようなストラテジーを使用しているかではなく、自分がどのようなストラテジーを使用していると思っているかを測定しているに過ぎません。これは体重計で測った数値と、自分で申告した体重の間に差があるのと似ている問題です。

また、調査は一時点での横断的なものであり、学習者のストラテジー使用がどのように変化するかという発達的な側面は捉えられていません。さらに、参加者の個人的特性(性格、学習スタイル、動機など)や、教師の指導方法がストラテジー使用に与える影響についても考慮されていません。

教育実践への示唆:知識と実践の橋渡し

この研究の最も重要な含意は、学習者が読解ストラテジーについてある程度の知識を持っているにも関わらず、その使用が「中程度」にとどまっているという事実です。これは、単にストラテジーを教えるだけでは不十分であり、いかに効果的に使用するかという実践的な指導が必要であることを示しています。

例えば、多くの学習者は「文脈から単語の意味を推測する」というストラテジーを知っています。しかし、実際にそのストラテジーを使う際の具体的な手順や、推測が正しいかどうかを確認する方法、推測が失敗した時の代替案などについては十分な指導を受けていない可能性があります。

これは楽器の演奏に例えると理解しやすいでしょう。ピアノの鍵盤の位置を知っていることと、実際に美しい演奏ができることは全く別の話です。読解ストラテジーも同様で、その存在を知ることと、適切なタイミングで効果的に使用できることの間には大きな隔たりがあります。

文化的・言語的背景の考慮

この研究はヨルダンという特定の文化的・言語的背景を持つ学習者を対象としており、結果の解釈にはその背景を考慮する必要があります。アラビア語は右から左に書かれるセム語族の言語であり、英語やフランス語とは系統が大きく異なります。このような言語系統の違いは、読解プロセスや効果的なストラテジーに影響を与える可能性があります。

また、ヨルダンの教育システムや文化的価値観も結果に影響していると考えられます。例えば、暗記重視の学習文化では、理解よりも記憶に依存する傾向があり、これがストラテジー使用パターンに反映されている可能性があります。

これらの文化的要因は、研究結果を他の文脈に適用する際の注意点でもあります。日本の学習者に同様の調査を実施した場合、異なる結果が得られる可能性は十分にあります。

今後の研究への期待と課題

この研究は重要な第一歩を踏み出しましたが、より深い理解のためには追加的な研究が必要です。筆者らも指摘しているように、思考発話法(think-aloud protocol)のような質的研究手法を用いることで、学習者が実際にどのようなストラテジーを使用しているかをより詳細に把握できるでしょう。

また、ストラテジー指導の効果を検証する介入研究も重要です。どのような指導方法が効果的で、どの程度の期間でストラテジー使用が改善されるかといった実践的な問題への答えを提供できるでしょう。

さらに、テキストの難易度や種類、学習者の熟達度レベルなどの要因がストラテジー使用にどのような影響を与えるかという研究も有益です。初級者と上級者では適切なストラテジーが異なる可能性があり、レベル別の指導指針の開発につながるでしょう。

日本の外国語教育への含意

この研究の発見は、日本の外国語教育にも重要な示唆を与えています。日本でも多くの学習者が語彙や文法の知識は豊富に持っているにも関わらず、読解力に課題を抱えています。これは知識とその効果的な使用方法の間にある溝を示している可能性があります。

特に、英語学習とその他の外国語学習の間に見られた差は、日本の状況と重なります。英語は長期間学習し日常的に接触する機会も多い一方で、第二外国語は限られた環境での学習となりがちです。この研究結果は、第二外国語教育においてより明示的で集中的なストラテジー指導が必要であることを示唆しています。

また、上級学習者においても読解ストラテジーの使用が中程度にとどまっているという発見は、大学レベルでの指導においても継続的なサポートが必要であることを示しています。語学力の向上とともに、より高度で効果的なストラテジー使用への移行を支援する必要があるでしょう。

結論:効果的な読解指導に向けて

この研究は、外国語読解におけるメタ認知ストラテジーの重要性を再確認するとともに、知識と実践の間にある隔たりという重要な課題を浮き彫りにしました。学習者がストラテジーを知っていることと、それを効果的に使用できることは別の問題であり、後者により重点を置いた指導が必要です。

研究結果は、読解指導において以下の点を重視すべきことを示しています。まず、ストラテジーの存在を教えるだけでなく、いつ、どのように、なぜそのストラテジーを使用するかという実践的な知識の提供が重要です。次に、学習者の言語的・文化的背景や学習経験を考慮した個別化された指導が必要です。そして、継続的な練習と振り返りの機会を提供し、ストラテジー使用の自動化を支援することが重要です。

この研究は一つの答えを提供するというよりも、より良い外国語読解指導のための新たな問いを提起しています。教育者、研究者、政策立案者が協力して、学習者の読解力向上に向けた効果的なアプローチを開発していくことが期待されます。言語学習は単なる知識の蓄積ではなく、その知識を効果的に活用する能力の育成でもあることを、この研究は改めて私たちに思い起こさせてくれています。


Rabadi, R. I., Al-Muhaissen, B., & Al-Bataineh, M. (2020). Metacognitive reading strategies use by English and French foreign language learners. Jordan Journal of Modern Languages and Literatures, 12(2), 243-262.

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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