はじめに
この論文”Validation of metacognitive knowledge in vocabulary learning and its predictive effects on incidental vocabulary learning from reading”は、マカオ理工大学のMark Feng Teng氏と関西大学の水本篤氏による共同研究です。水本氏は日本の外国語教育研究において統計分析の専門家として知られており、特に語彙学習研究の分野で多くの業績を持っています。一方、Teng氏は第二言語ライティングやメタ認知研究を専門としており、両氏の専門性が組み合わさった形で本研究が実現しています。
外国語を学ぶとき、私たちは単に単語を丸暗記するだけではありません。効果的に学習できる人は、自分がどのように学んでいるか、どんな方法が自分に合っているか、どこでつまずいているかを把握しています。このような「自分の学び方についての知識」を専門用語で「メタ認知的知識」と呼びます。本研究は、この見えにくい能力を測定する質問紙を開発し、それが実際の語彙学習の成果とどう関係するかを調べたものです。
何を明らかにしようとしたのか
研究者たちが取り組んだのは、大きく分けて二つの問いでした。まず第一に、語彙学習における学習者のメタ認知的知識を適切に測定できる質問紙を作ることができるか、という点です。これまでの研究では、メタ認知という概念は重要だと認識されていたものの、語彙学習に特化した測定ツールが不足していました。
第二の問いは、そのメタ認知的知識が、実際の語彙学習の成果、特に読解を通じて自然に単語を覚える「付随的語彙学習」にどう影響するか、というものでした。付随的語彙学習とは、文章を読みながら自然と新しい単語を覚えていく学習のことです。単語帳で意図的に暗記するのとは異なり、読書という活動の中で偶然出会った単語を覚えていく過程を指します。
研究の進め方:慎重に設計された測定方法
研究チームは776名の中国の大学生を対象に調査を行いました。これらの学生は全員、英語を外国語として学んでいる1年生で、少なくとも6年間の英語学習経験がありました。彼らの年齢は17歳から19歳で、母語は中国語です。
質問紙の開発過程は非常に丁寧に行われています。まず10名の学習者に個別インタビューを実施し、彼らが語彙学習についてどのように考えているかを聞き取りました。その内容を既存の理論や先行研究と照らし合わせながら、最初は40項目の質問を作成しました。その後、統計的な分析を通じて最終的に16項目まで絞り込んでいます。
質問紙は3つの側面から構成されています。一つ目は「人(自己)についての知識」です。これは、学習者が自分自身の認知能力についてどう理解しているかを測ります。例えば、「テキスト理解に必要な新出単語がどれか分かる」「新しい単語のスペルや意味を正確に覚えられる」といった項目です。二つ目は「課題についての知識」で、学習者が語彙学習の課題要求をどう認識しているかを測ります。「文脈から単語の意味を推測するのは簡単だ」「新しく学んだ単語を使って文を作るのは簡単だ」などの項目が含まれます。三つ目は「方略についての知識」で、学習を進めるための戦略についての理解を測ります。「読み終わった後、著者の意図通りに理解できたか確認する」「難しい文章を読むとき、事前に何をどの順序でするべきか考える」といった項目です。
語彙学習の成果を測定するために、研究者たちは2,864語からなる読解テキストを用意しました。学生たちは30分かけてこのテキストを読み、読みながら辞書を使って分からない単語を調べることができました。テキストの最後には10問の理解度チェックの質問があり、学生たちは読解に集中することになります。重要なのは、学生たちは語彙テストがあることを事前に知らされていなかった点です。これにより、意図的な暗記ではなく、読解活動を通じた自然な語彙習得を測定できるようにしています。
テストでは30個の目標単語について、形式(スペリング)、意味、使い方の3つの側面から知識を測定しました。形式のテストは選択式でしたが、意味と使い方のテストは、学習者が単語の意味を説明したり、実際に文を作ったりする記述式でした。
統計分析の工夫:より正確な結果を求めて
分析方法にも注目すべき工夫があります。