はじめに―「あの頃できたのに」という経験

大学時代に一年間フランスに留学して、帰国後しばらくはフランス語で夢を見るほど上達したのに、就職してから数年経つと、会議でフランス語を使う機会がほとんどなくなり、気づけばあのスムーズに言葉が出てきた感覚がどこかへいってしまった―そういう経験を持つ方は少なくないと思います。語学学習者なら誰しも、せっかく苦労して身につけた言語能力が、使わなくなると失われてしまうのではないかという不安を抱えています。

この不安は直感的にはもっともに思えます。スポーツでも楽器でも、練習をやめれば腕は落ちるものです。では言語も同じなのでしょうか。そして仮に衰えるとしたら、どの程度なのか、どの側面が特に影響を受けやすいのか、逆に何をしていれば維持できるのか。これらは語学教育の現場でも長年にわたって問われてきた問いですが、実はきちんとした長期データに基づく答えはほとんどなかったのです。

今回取り上げるのは、Nicole Tracy-Venturaら(Oklahoma State University・University of Pittsburgh・University of California Los Angeles・University of Southampton)が2025年に発表した論文”Is Second Language Attrition Inevitable After Instruction Ends? An Exploratory Longitudinal Study of Advanced Instructed Second Language Users”です。Language Learning誌(75巻1号、42–76ページ)に掲載されたこの研究は、8年間にわたる縦断的なデータを用いて、第二言語(L2)の喪失―専門的には「言語消耗(language attrition)」と呼ばれます―という問いに真剣に向き合った、現時点では世界でも数少ない本格的な長期追跡研究のひとつです。

LANGSNAP―イギリス人大学生を8年間追った研究

この研究の基盤となっているのは、「LANGSNAP(Languages and Social Networks Abroad Project)」と呼ばれる大規模な縦断研究プロジェクトです。2011年にイギリスの複数大学でフランス語またはスペイン語を専攻していた学部生56名を対象に始まり、当初は語学留学による言語習得の過程を記録することを目的としていました。参加者たちは4年制の学位取得プログラムの中で、3年次に必修として1年間フランス・メキシコ・スペインのいずれかに留学することになっており、留学前・留学中・留学後というかたちで定期的にデータが収集されました。

ここまでは比較的よくある留学研究の枠組みです。しかしこの研究の真骨頂は、卒業後にも追跡を続けたことにあります。2016年(卒業3年後)と2019年(卒業6年後)にも再度データ収集が行われ、最終的にはオリジナルの参加者のうち28名が研究に残りました。参加者たちは調査開始時点の平均年齢が20.3歳でしたから、2019年時点では30代前半になっています。大学を出て、就職して、場合によっては結婚や子育てもしながら、研究への参加を続けてくれたわけです。縦断研究の難しさのひとつは、まさにこうした長期的な参加者確保にあります。

調査に用いられた測定ツールは大きく3種類です。口頭能力全般を測る「Elicited Imitation Test(EIT)」、実際の口頭インタビューから分析した発話速度(スピーチレート)と語彙多様性(MATTR)、そして語彙知識を測る「X-Lex」テストです。EITというのは、録音された文を聞いてできるだけ正確に繰り返す課題で、単純に聞こえますが、文が長くなると記憶と言語処理能力が試されるため、全体的な口頭熟達度の信頼性の高い指標として研究者に広く使われています。

また、参加者は卒業後の言語接触状況に関するアンケートにも答えており、研究チームはこれらの情報をもとに、各参加者を「継続的接触群(consistent exposure)」と「限定的接触群(limited exposure)」の2グループに分けました。継続的接触群(16名)には、フランスやメキシコに住み続けた人、仕事でL2を使い続けた人、卒業後も12か月以上海外に滞在した人などが含まれます。限定的接触群(12名)は、帰国後にL2をほとんど使わない職についたり、日常的な接触がほぼない人々です。

何が明らかになったか―消耗は「思ったほど起きない」

結論から言えば、この研究の主要な発見は「思ったほど消耗しない」というものです。

口頭熟達度(EIT)の結果を見ると、限定的接触群は留学終了から7年後の時点でも、留学直後のスコアと統計的に有意な差がありませんでした。つまり、L2をほとんど使わない生活を6年以上送っていても、留学で身につけた口頭能力は有意な形では落ちていなかったのです。一方、継続的接触群はこの期間にスコアが有意に上昇し、2つのグループの差は留学後4年頃から顕著になっていきました。この差は、限定的接触群が「落ちた」というより、継続的接触群が「さらに伸びた」ことによるものです。

語彙知識(X-Lex)と語彙多様性(MATTR)については、継続的接触群の方が数値は高い傾向にあったものの、群間の差は統計的に有意ではありませんでした。専門的な表現を借りれば、効果量は小さく、信頼区間がゼロをまたいでいました。

発話速度(流暢さの指標)は少し異なる様相を示しました。限定的接触群では、留学後に一度上がったスピーチレートが、帰国後4年ほどで有意に低下しました。一方、継続的接触群は同時期にむしろスピーチレートが上昇し、両群の乖離が明確になりました。つまり「流暢さ」は他の側面よりも、継続的な使用の有無に敏感であることが示唆されています。

これらの結果を総合すると、先進学習者レベルに達した人々の第二言語能力は、少なくとも6年程度の期間においては、劇的には失われない。ただし、流暢に話す能力は使わなければ徐々に落ちやすく、継続的に使い続ければ全体的なパフォーマンスはさらに向上する。そういう姿が浮かび上がってきます。

「最高到達点」が後の保持を左右する

研究の第二の問いは、「到達レベルが高ければ高いほど後の保持もよいのか」というものでした。

EITの分析では、留学終了直後(最高到達点)のスコアが高い人ほど、6年後のスコアも高いという正の相関が両群に認められました。ただしこの「最高到達点効果」の働き方は、継続的接触群と限定的接触群で異なっていました。限定的接触群では、最高到達点のスコアが後のパフォーマンスをより強く予測していました。言い換えれば、L2をあまり使わない状況になった時、出発点が高かった人ほど能力を保ちやすいということです。一方、継続的接触群では、最高到達点の高低に関わらず、継続的接触によって全員がある程度向上する傾向があり、最高到達点の差が後の結果に与える影響が相対的に小さくなっていました。

これは実践的に非常に興味深い発見です。「継続的な接触は、過去の最高到達点の差を縮める」というメカニズムが示唆されるからです。逆に言えば、言語使用の機会が限られる環境に置かれた人にとっては、在学中にいかに高いレベルまで達するかが、長期保持のうえでより重要になるということでもあります。

発話速度に関しては、最高到達点の予測力は両群でほぼ同等でした。継続的接触が「均等化」効果を持つという傾向は、流暢さについては見られませんでした。つまり、流暢さは継続的な使用によって向上はするものの、出発点の差を埋めるほどの効果は見られなかったということです。

先行研究との対比―消耗研究の長い歴史

第二言語消耗の研究は、実は数十年の歴史があります。最も有名な古典的研究はHarry Bahrickによる1984年の大規模調査で、スペイン語を学んだアメリカ人773名を対象に、学習終了後1年から50年にわたるパフォーマンスを横断的に分析したものです。Bahrickの研究では、能力の低下は主に学習後6年以内に起き、その後約20年は安定するという「パーマストア(permastore)」モデルが提唱されました。今回のTracy-Venturaらの研究は、8年間というスパンでBahrickの知見と部分的に重なり合っており、「最初の6年が重要」という観点は両研究に共通しています。

ただし方法論的な違いは大きく、Bahrickの研究が横断的・自己報告的であったのに対し、今回の研究は縦断的かつ最高到達点を実測したうえで追跡しています。これは言語消耗研究における方法論的な進歩として評価されます。Bardovi-Harlig & Stringer(2010)がかねてより指摘してきたように、消耗の研究には「最高到達点の実測からの追跡」が不可欠であり、その要件を満たした数少ない研究がこれです。

Mehotcheva(2010)やMurtagh(2003)らの研究では、接触量の減少が消耗の強い予測因子にはならないという結論が出ており、今回の研究もその方向性を支持しています。一方、Mickan et al.(2023)は、留学後6か月という短期スパンで語彙に焦点を当てた追跡を行い、スペイン語の使用頻度が高いほど語彙の消耗が少ないことを示しました。スパンと測定対象の違いを考慮すると、両研究は矛盾するというより補完的な知見を提供していると見ることができます。

また、子どもの帰国者を扱った研究(Flores, 2010, 2015; Tomiyama, 2000など)では、接触量の激減から6か月ほどで消耗の兆候が見られ、18か月後にはL2で話すことが困難になるケースも記録されています。今回の成人学習者との対比は示唆的です。子どもの帰国者は準ネイティブレベルのL2を持ちながらも消耗しやすく、今回の高度な指導下学習者(instructed learners)は消耗しにくいという逆説的な図式が見えてきます。これは、言語知識の表現形式の違い―明示的・制御的な知識は消耗に対して構造的に堅固である可能性―という神経言語学的な問いへとつながります。Paradis(2004)の「神経言語学的バイリンガリズム理論」が示すように、習得された言語知識は永久に失われるのではなく、使用の欠如によってアクセスしにくくなるという解釈も、今回のデータ―すなわち「全体的な能力低下は見られないが流暢さは落ちる」という非対称な消耗パターン―とも整合します。

この研究の限界と残された問い

もちろん、この研究には限界もあります。著者たち自身が論文の中で率直に認めているように、参加者数は28名と少なく、探索的研究の位置づけであることを強調しています。グループ分けも「継続的接触」「限定的接触」という2値の分類に留まっており、接触の量・質・形式(読む、聞く、話すなど)のより細かい分析には至っていません。参加者の大多数が女性(25/28名)であり、英語を母語とするフランス語・スペイン語学習者に限定されていることも一般化可能性を制限します。

また、研究期間が6年という点については「その後どうなるのか」という問いが残ります。Bahrickのモデルに従えば、最初の6年以降は安定期に入るはずですが、今回の研究はちょうどその境界で終わっています。参加者たちの2025年以降のデータがあれば、さらに深い洞察が得られるでしょう(ただし著者たちが次のデータ収集を計画しているかどうかは論文中で明言されていません)。

さらに、この研究で扱われた能力は口頭能力(発話・語彙)に限られており、読解・文法・聴解・書き取りといった他のスキルについては不明です。Bahrick(1984)の研究では文法の記憶(grammar recall)と熟語認識(idiom recognition)が継続的に低下し続けたことが示されており、スキルによって消耗パターンが異なる可能性は十分にあります。

日本の英語教育現場への示唆

ここで少し視点を変えて、日本の英語教育という文脈でこの研究の含意を考えてみましょう。

日本では、大学入学以前に6年間以上英語を学び、大学でも英語を学び続ける学習者が多く存在します。その中で、留学経験者や英語で授業を受けた学生が卒業後に就職し、英語を使わない職場環境に入ることは珍しくありません。「せっかく英語を学んだのに、社会人になってから使わなかったら忘れてしまう」という声はよく聞かれます。

今回の研究が示すことのひとつは、指導を受けた環境で高い熟達度(advanced proficiency)に達した学習者は、使用頻度が下がっても、少なくとも中期的(数年単位)には全体的な口頭能力を大きく失わないということです。この知見は、特に日本の高等教育機関が英語教育の成果評価をどこに置くべきかを考えるうえで、重要な視点を提供します。「卒業後に使われない英語教育は無意味だ」という批判への反論として機能するとともに、在学中にある程度高いレベルまで引き上げることの長期的な意義を支持するものです。

ただし同時に、この研究は「流暢さ(fluency)は継続的使用なしには落ちやすい」ことも示しています。語彙知識や全体的な口頭能力は保持されやすい一方で、スムーズに話す能力はもっと脆弱です。日本の英語教育において「スピーキング力」の育成が課題とされてきたことを考えると、この知見は示唆深いです。スピーキング力を維持・向上させるためには、卒業後も何らかの形でアウトプットの機会を確保し続けることが重要であり、これは大学教育や社会人学習支援のあり方を考えるうえで見落とせない点です。

さらに、継続的接触の内容として、この研究では「職場でのL2使用」「海外居住」「デジタルメディアを通じた接触」などが含まれていました。論文中では、スペイン語の石鹸オペラ(テレビドラマ)を毎日視聴している参加者が継続的接触群に分類されている例が紹介されており、ネイティブスピーカーとのやりとりがなくても、一定の接触は保持に貢献しうることが示唆されています。日本においては、英語を日常的に話す機会は限られていても、英語のポッドキャストや映像コンテンツへのアクセスは格段に増えています。受動的な接触がどの程度スピーキング能力の維持に効果があるかという問いは、今後さらに研究が必要ですが、全くの「無接触」よりは明らかに有益と考えられます。

また、日本での英語教育という観点からもう一点触れておきたいのは、「最高到達点」の測定というテーマです。この研究では、参加者の能力が最高点に達した時期(多くの場合、留学終了時)を実測値として特定し、そこから追跡しています。日本の大学入試や英語検定試験は、到達点の把握という意味では一定の役割を果たしていますが、「ある時点での最高到達点」と「その後の変化」を系統的に追いかける枠組みは、教育機関レベルでもほとんど存在しません。長期的な言語能力の変化を把握するためのアルムナイ(卒業生)追跡評価の仕組みを構築することは、教育政策上の課題として浮かび上がってきます。

学術的な視点からの独自考察

第二言語消耗研究が長年抱えてきた根本的な難しさは、「最高点がどこだったかわからないまま、低下したかどうかを論じている」という問題です。体重を一度も測らずに「やせた」と主張するようなもので、これでは正確な評価は難しい。この研究はその問題を正面から解決しようとしたという点で、方法論的に誠実です。

また興味深いのは、参加者グループ全体として見たとき、消耗の証拠がほとんどないという事実です。これはある意味、「消耗は普遍的に起きる」という暗黙の前提を揺るがします。「使わなければ必ず落ちる」という常識的な信念は、実は高い熟達度の学習者には当てはまらない可能性があるのです。これはParadisのNTB理論が示すように、一定以上の強度で習得された言語知識は、神経的表現として比較的安定しており、「消えるのではなくアクセスしにくくなるだけ」という状態を経由する可能性とも符合します。

一方で、この研究が「消耗がほとんどない」ことを示したもう一つの理由として、参加者バイアスの可能性も完全には排除できません。8年間にわたって研究への参加を続けた28名は、そもそも言語への関心が高く、何らかの形でL2と関わり続けている可能性があります。完全に英語(ないしフランス語・スペイン語)と縁を切った人ほど追跡から脱落しやすいとすれば、残ったサンプルは保持傾向の高いグループに偏っている可能性があります。著者らもこの点を認識しており、研究の探索的な性格を強調しています。

それでも、方法論的な制限を踏まえたうえでなお、この研究が示すデータの傾向は一貫しており、「高度な指導下学習者の第二言語は、卒業後6年程度で劇的に消失するわけではない」という主張を支持するものとして評価できます。

結びに―言語は「使わないと消える」のか

冒頭の問いに戻りましょう。語学留学で身につけた語学力は、卒業後に使わなくなったら消えてしまうのか。

この研究の答えは、「完全には消えない、ただし変化はする」というものです。特に流暢に話す能力は、継続的に使わなければ徐々に落ちていきます。しかし全体的な口頭能力や語彙知識は、高い熟達度に達した学習者であれば、6年間ほとんど使わなくても有意には低下しないというデータが得られました。そしてL2と継続的に関わり続けた人々は、さらに能力が向上していました。

「語学は筋肉と同じで、使わなければ衰える」とよく言われます。それは完全に間違いではないでしょうが、正確でもありません。少なくとも一定以上のレベルに達した後は、「完全に使わない」状況でも能力の核心部分は驚くほど保たれ、何らかの形で言語に触れ続けることができれば、むしろ伸び続けることもある―今回の研究はそういう、いくぶん希望の持てる結果を示しています。

もちろん、参加者数や対象言語の限定など、この研究には解決されていない問いが多く残っています。研究者たちも自ら探索的な研究と位置づけており、より大規模な追跡研究の必要性を訴えています。しかし8年間という稀有な縦断データを積み上げ、言語消耗という難問に真摯に取り組んだこの研究は、今後の研究の重要な基盤となるものです。語学学習者にとっても、教育に携わる者にとっても、丁寧に読む価値のある一篇です。


Tracy-Ventura, N., Huensch, A., Katz, J., & Mitchell, R. (2025). Is second language attrition inevitable after instruction ends? An exploratory longitudinal study of advanced instructed second language users. Language Learning, 75(1), 42–76. https://doi.org/10.1111/lang.12665

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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