はじめに―言語を「脳の中」だけで考えることの限界
言語を学ぶとはどういうことでしょうか。単語を覚え、文法規則を習得し、会話の練習をする。そういったイメージが一般的かもしれません。しかし、ネイティブスピーカーでも「正しい」一形式だけを使うわけではなく、状況や相手、自分のアイデンティティに応じて表現をたえず選んでいます。英語で言えば “going to” と “gonna” の使い分けがその典型です。フランス語の未来形にも複数の形式があり、誰がどのような場面で話しているかによって使われ方が変わります。第二言語(以下L2)を習得するとは、そのような社会的・文脈的な変異のパターンまで身につけることを含むはずです。
本稿が批評の対象とする論文は、Aarnes GudmesteadとMatthew Kanwitによる “Reconsidering the Social in Language Learning: A State of the Science and an Agenda for Future Research in Variationist SLA”(2025年、Languages誌掲載)です。Gudmesteadはバージニア工科大学の現代・古典語文学科に所属し、L2フランス語の習得研究で知られています。KanwitはピッツバーグLangを大学の言語学科に所属し、L2スペイン語の変異習得を中心に研究しています。二人ともPenelope Eckertらの社会言語学的変異研究とSLAを架橋する「変異論的SLA」(Variationist SLA)の第一線にいる研究者です。この論文は学術誌の特集号「社会言語学的能力(Sociolinguistic Competence)」の一部として書かれており、その分野の現状整理と今後の研究指針を示すことを目的としています。
変異論的SLAとは、平たく言えば「人がL2を使うとき、同じ意味を表す複数の形式をどのように使い分けているか、またその使い分けに言語内外のどんな要因が影響しているか」を研究する分野です。著者たちのメッセージは明快です―これまでの変異論的SLA研究は言語内部の要因(文法的・音韻的な制約)ばかりに目を向けすぎており、社会的要因の扱いが手薄だった。そこをもっと掘り下げなければ、L2習得における「社会言語学的能力」を本当に理解したことにはならない、というものです。
変異論的SLAとは何か―基礎概念を整理する
この論文を読む上でまず理解が必要なのが、変異論的SLAの基本的な考え方です。ネイティブスピーカーでさえ、「一つの意味や機能を表すのに複数の形式を使う」ということが普通に起きます。これを「変異」(variation)と呼びます。論文ではアラビア語の子音と、フランス語の未来表現(迂言的未来・屈折未来・直説法現在)を例に挙げています。こうした「可変構造」(variable structures)をL2学習者がどのように習得していくかを探るのが変異論的SLAの核心です。
理論的な柱となるのがDennis Prestonの「中間言語変異の心理言語学的モデル」です。このモデルは三層で構成されています。第一層が社会的(課外言語的)変数―話者の性別、学習到達度、話題の深刻さなど。第二層が言語内的要因―語中の音の位置や語彙的な時間指示詞など。第三層が時間軸、つまり学習の発達段階です。著者たちはこのモデルの第一層、すなわち社会的変数の研究が相対的に手薄であることを問題の出発点としています。
研究手法としては、主に多変量回帰分析が用いられます。ある変異形の使用を従属変数とし、言語内外の要因を独立変数として統計的に検証するわけです。Picoral & Carvalho(2020)のポルトガル語学習者を対象とした研究では、前置詞と冠詞の縮約形使用に対して、冠詞の単複(言語内的要因)と学習レベル(課外言語的要因)の両方が有意に関与していました。こうした研究の蓄積が変異論的SLAの強みです。
これまで調べられてきた社会的要因―その成果と限界
著者たちは、従来の変異論的SLAが扱ってきた社会的要因を丁寧にレビューしています。性別・社会階層・学習環境・L2習熟度・話題がその主なものです。
性別については、男性学習者が女性より非公式変異形を好む傾向が複数の研究で報告されています。たとえばAdamson & Regan(1991)は、英語学習者のカンボジア・ベトナム語母語話者を対象に、「going」「nothing」などの語尾変異([in]対[iŋ])を調査し、男性が非公式形を好む傾向を見出しました。フランス語の研究でも類似のパターンが報告されています。もっとも「常にそうである」わけではなく、例外もあり、結果は複雑です。Regan et al.(2009)のフランス語学習者研究では、女性が非公式変異形をより多く使う場合もありました。社会階層については、上位階層の学習者が公式変異形を好む傾向がL2フランス語研究で示されています。
学習環境の影響も興味深い研究があります。Kanwit & Solon(2013)はスペインとメキシコで学ぶスペイン語学習者を比較し、それぞれの地域のネイティブスピーカーパターンに近づいていくことを示しました。7週間の留学でも、学習者の未来表現選択は現地話者の傾向に接近していったのです。習熟度については、多くの研究が課レベルを代替指標として用いてきましたが、Solon & Kanwit(2022)のようにより精緻な測定ツール(誘発模倣課題)を用いた研究も出てきています。
これらの研究は確かに価値のある成果ですが、著者たちが指摘するように、どれも「マクロな社会的属性」を扱っており、より細やかな社会的意味の次元には踏み込んでいません。言い換えれば、「男性か女性か」「上流か中流か」といった大枠のカテゴリーを変数として扱ってはいるものの、その人物が実際にどのような社会的文脈の中でどんな意図をもって言語を選んでいるか、という問いには答えられていないのです。
社会言語学の三つの波―理論的な進化を読み解く
論文の核心部分の一つが、Penelope Eckert(2012)の「三つの波」論の紹介とその変異論的SLAへの接続です。
第一波とは、Labov(1972)以来の伝統的な変異研究です。コミュニティの代表的サンプルから量的データを収集し、年齢・性別・社会経済階層といった「あらかじめ決まったマクロ属性」と言語変異の相関を調べます。先述した変異論的SLAの研究のほとんどがこの流儀に属します。
第二波は民族誌的手法の導入によって特徴づけられます。地域に根ざした「ローカルな社会的カテゴリー」の意味を深く理解した上で、それと言語変異の関連を探ります。Eckert自身の高校における研究(1989, 2000)はその代表例です。彼女は「Jocks」(学校活動に積極的で学校空間を中心とする生徒)と「Burnouts」(学校の課外活動を拒否し、校庭や駐車場を好む生徒)という地域固有の社会カテゴリーを発見し、それが言語変化と深く結びついていることを示しました。重要なのは、「親の社会経済的地位」という第一波的カテゴリーでは語れなかった変異が、この地域固有のカテゴリーで説明できたという点です。変異論的SLAにおけるこの波の応用は、著者たちが指摘するようにまだ非常に限られています。
第三波は、個人の「スタイル実践」と流動的な「社会的意味の索引性」に注目します。言語変異は固定した社会的カテゴリーに縛られたものではなく、話者が能動的に社会的意味を作り出すための資源として機能するという考え方です。Podesva(2007)による「Heath」の研究はその好例として紹介されています。Heathというゲイ男性が、友人とのバーベキューで過剰明瞭発音(hyperarticulation)を使うことで「playful diva」というペルソナを演じていた―これは、/t/の過剰明瞭化が「教育ある」「エレガント」「ゲイ的な」といった複数の社会的意味と索引的に結びついているからこそ可能なことです。著者たちはこれを「索引場」(indexical field)という概念で説明しています。
この枠組みをL2学習者に適用した実例として、Grammon(2024a)によるペルーのCuzcoに留学した学習者「Rita」の研究が紹介されています。Ritaはまず地域形式の存在に気づき、それを標準形より劣るものと評価するイデオロギー的判断をします(第一次索引性)。その後、地域形式が「bricheros(からかい目的の男性)」や「cholos(先住民系の人々)」といったローカルな社会類型と結びついていることを社会経験を通じて学んでいきます(高次索引性)。これは、L2習得が単なる形式の習得ではなく、社会的意味のネットワークへの参入であることを示す貴重な事例です。
変異論の外から―他分野のL2研究が教えてくれること
論文の後半部分は、変異論的SLA以外の社会的視点を持つL2研究の成果を紹介し、それを変異論的SLAに取り込む可能性を論じます。
ジェンダー・セクシュアリティについては、Knisely(2020)によるL2フランス語における非二元的形式(ノンバイナリー話者のための言語形式)の研究が紹介されています。iel(il「彼」とelle「彼女」を組み合わせた代名詞)などの革新的形式が、アイデンティティの表現と言語的理解可能性の間でどのような緊張をはらんでいるかを明らかにした研究です。また、Moore(2019)はL2日本語を学ぶLGBT学習者の言語的経験を質的に調査し、クラスメートや教員のシグナル(「セイリエント指標」「インサイダー的証拠」「明示的発言」)に応じてアイデンティティ表示の程度を調整していることを示しました。これらの研究は、変異論的SLAが扱ってきた性別カテゴリーが実は非常に単純化されたものであったことを浮き彫りにします。
文化・人種・民族については、Lybeck(2002)のノルウェー語習得研究があります。ノルウェー文化への同一化が強い学習者ほど、/r/の発音がネイティブ的であったという結果は、文化的帰属感が言語変異の方向性を左右することを示しています。Anya(2017)は、アフリカ系アメリカ人学生がブラジルのアフロ・ブラジル地域で学ぶ経験を記録し、人種的アイデンティティをめぐる安心感が言語発達に肯定的な影響を持つことを示唆しました。
会話相手(interlocutor)要因についても、L2語用論研究からの示唆が紹介されています。Kobayashi & Rinnert(2003)は、日本の英語学習者が依頼の際、相手への負担が高い状況ほど、依頼に先立つ前置き発話(preparators)や依頼を後回しにする発話順序を用いることを示しました。こうした相手との社会的距離・力関係・親疎関係の変数は、変異論的SLAにおいても組み込まれるべきだと著者たちは主張します。実際、Geeslin(2020)は学習者と会話相手の関係を言語発達の中心に据えたモデルを提唱しており、この方向性に親和的です。
論文の評価―何が優れていて、何が足りないか
以上の内容を踏まえ、この論文の学術的意義を評価してみましょう。
まず優れている点として、三点を挙げることができます。第一に、変異論的SLAというやや専門的な分野の「現状」を整理した上で「課題」を明確化するという構成が非常に明快です。すでに行われた研究に敬意を示しながら、その限界を冷静に指摘するバランス感覚があります。第二に、変異論的SLAの外部にある研究(語用論・アイデンティティ研究・人種言語学など)を積極的に参照し、分野の視野を広げようとしている点は評価に値します。「タコツボ化」しがちな学術分野において、横断的な視点は貴重です。第三に、今後の研究課題として「エージェンシーとアイデンティティの統合」「研究手法の多様化」「参加者プールの多様化」という三点を具体的に示している点も、研究者コミュニティへの貢献として明確です。
一方で、批判的な観点からは次の点が指摘できます。まず、論文が「べき論」にとどまっている部分が多く、新しい理論的枠組みを自ら提案するには至っていません。既存の諸研究を並置し、その橋渡しを提案するという「展望論文」(state-of-the-science paper)の性格上、これは一定程度仕方がないとも言えますが、読者によってはやや物足りなさを感じるかもしれません。また、第三波的アプローチの変異論的SLAへの導入が具体的にどのような分析手法で実現できるのかという点で、議論が抽象的に留まっている部分もあります。索引場の概念や、ローカルなカテゴリーの特定をどのように量的研究と統合するかについて、より詳細な方法論的提案があれば一層説得力を持ったでしょう。
さらに、性別・人種・セクシュアリティといったアイデンティティ変数の導入を推奨しながらも、それが研究倫理上どのような配慮を要するかについての議論は薄く、この点は今後の研究設計において重要な補完課題です。
日本の英語教育現場への示唆
この論文は直接的には研究者向けに書かれていますが、日本の英語教育の実践にも多くの示唆を含んでいます。
日本の英語教育は長らく「標準的」「正確な」英語形式の習得を重視してきました。しかし、グローバル化が進む今日、学習者が実際に英語を使う相手はアメリカ人やイギリス人だけではありません。東南アジア、南アジア、アフリカなど多様な英語変種を持つ人々との交流が増えています。変異論的SLAの観点からは、どの変種が「正しい」かという問いよりも、「どのような場面でどのような形式を選ぶことが社会的に適切か」という問いの方が実践的です。
また、日本の英語クラスルームにはそれ自体がひとつのコミュニティとして機能する可能性があります。Bayley & Tarone(2012)が述べるように、L2クラスルームを地域コミュニティとして捉え、そこでどのようなローカルなカテゴリーが生成されているかを第二波的視点で観察することは、教室内の社会的ダイナミクスと言語使用の関係を理解する上で有益です。たとえば、「英語が好きな生徒グループ」と「英語を苦手とするグループ」の間で、どのような言語的スタイルの違いが生まれているか―これは日本の教室でも実際に起きているはずです。
さらに、LGBTを含む多様なジェンダーアイデンティティを持つ学習者が教室に存在することを前提とした教材開発や授業設計は、日本においても急務です。Knisely(2020)やMoore(2019)の研究が示すように、クラスメートや教員の態度・言動が学習者のアイデンティティ表示に影響を与えるとすれば、教室環境のデザインは言語習得にも直結します。「だれでも自分らしく英語を使える教室」を作ることは、人権上の問題であると同時に、言語習得効果の面でも重要である可能性があります。
また、論文が強調する「参加者プールの多様化」という点は、日本のSLA研究にも直接当てはまります。日本語を母語とする英語学習者を対象にした変異論的SLA研究は少なく、かつ大学生(おそらく多くは均質な背景を持つ)に集中しています。外国にルーツを持つ子どもたち、高校を中退した若者、就労者など、多様な学習者の言語変異パターンを調査することで、より包括的な習得理論の構築に貢献できるでしょう。
関連研究との対比―変異論的SLAの位置づけを考える
変異論的SLAは、SLAの中でも独自の位置を占めています。認知的SLA(心内処理を重視)とも、社会文化理論的アプローチ(Vygotsky的な社会的相互行為の強調)とも異なり、変異という現象をレンズとして言語と社会の接点を探ります。
van Compernolle & Williams(2012)は社会文化理論の枠組みからL2学習者のアイデンティティ交渉と変異使用の関係を論じており、本論文もこの研究を肯定的に言及しています。両者の対話を深めることは有益ですが、方法論上の相性の問題(量的変異分析と質的なアイデンティティ研究の統合)は依然として課題です。
Grammon(2024b)は、留学中の人種的言語イデオロギーを論じ、変異論的SLAの枠外にある問題提起を行っています。本論文はこの研究を参照しながら、変異論的SLAがこうした批判的言語学の成果をどう吸収できるかを模索しています。これは重要な姿勢ですが、批判的言語学・人種言語学(raciolinguistics)が持つ「権力構造の解体」という政治的含意をどこまで変異論的SLAの枠内に取り込むべきかについては、より慎重な議論が必要かもしれません。
おわりに―研究の積み重ねが変えていくもの
この論文を読んで印象に残るのは、著者たちが自らのフィールドに対して率直に「まだ足りないところがある」と言える姿勢です。長年の研究の蓄積を否定するのではなく、その上に立ちながら、次のステップを示している。学術論文にはしばしば「自分たちの研究の重要性を強調する」傾向がありますが、この論文は同時に「自分たちがまだやれていないこと」を誠実に認めています。
言語は確かに、一人ひとりの頭の中で育つものでもあります。しかし同時に、それは人と人の間で、社会のただ中で、アイデンティティの葛藤の中で育つものでもあります。英語の “gonna” を使うか “going to” を使うかは、文法規則の問題であると同時に、「自分はどんな人間として見られたいか」という問いと切り離せません。
L2習得研究がそのような問いに正面から向き合うためには、数値だけでなく、人の経験の厚みを捉える手法が必要です。本論文はその方向性を、具体的な研究例と丁寧な論証によって示しています。変異論的SLAというやや専門的な分野の論文ですが、その問いの根には「人間にとって言語とは何か」という普遍的な問いかけが宿っています。そしてその問いは、研究室の中だけでなく、日々の教室の中でも、私たちが言語を使うあらゆる瞬間の中でも、静かに息づいているのです。
Gudmestad, A., & Kanwit, M. (2025). Reconsidering the social in language learning: A state of the science and an agenda for future research in variationist SLA. Languages, 10(4), 64. https://doi.org/10.3390/languages10040064
