筆者と研究の背景

この論文”A systematic literature review on enhancing critical thinking skills in EFL reading”は、マレーシアのUniversiti Teknologi Malaysiaに所属するXing Liuと、同大学のMarlia Putehによって執筆されました。Liu氏は中国の山西省にあるLyuliang Universityの外国語学部にも籍を置いており、中国における英語教育の課題を肌で感じている研究者です。2025年に発表されたこの研究は、外国語として英語を学ぶ学生の読解力向上において、批判的思考力(Critical Thinking)がいかに重要であるかを、過去10年間の研究成果から探ったものです。

教育の現場で長く教えていると、学生たちが文章を「読める」ことと、その内容を「批判的に理解する」ことの間には、実は大きな隔たりがあることに気づきます。単語の意味を知っていて、文法構造を理解していても、著者の主張を疑ったり、複数の視点から考察したり、文章の背後にある意図を読み取ったりする力は、また別の能力なのです。この研究は、そうした批判的思考力を英語の読解教育の中でどのように育てていくべきかという、多くの教育者が直面している課題に取り組んでいます。

研究の設計と方法論の堅実さ

Liu氏らは、PRISMA(Preferred Reporting Items for Systematic Reviews and Meta-Analyses)という、医学や教育研究で広く用いられている系統的レビューの手法を採用しました。これは料理のレシピのようなもので、どの材料(論文)をどのように選び、どう調理(分析)するかが明確に定められています。

研究チームは、Web of ScienceとScopusという二つの主要な学術データベースから、2014年から2024年の10年間に発表された論文を検索しました。最初に集まった295本の論文から、査読済みの学術論文であること、英語で書かれていること、大学レベルの教育を対象としていること、オープンアクセスで誰でも読めることなど、厳格な基準を設けて絞り込みました。その結果、最終的に11本の実証研究が分析対象となりました。

この絞り込みのプロセスは、まるで砂金採りのようです。大量の砂の中から、本当に価値のある金粒を見つけ出す作業には、忍耐と正確さが求められます。295本から11本まで絞り込んだということは、実に96%以上の論文が除外されたことになります。これは厳しすぎるようにも思えますが、質の高い知見を得るためには必要な厳密さだったと言えるでしょう。

批判的思考の枠組み―教育者たちが頼りにする道具

分析された11本の研究では、さまざまな批判的思考の枠組みが使われていました。最も多く採用されていたのは、Bloom’s taxonomyと呼ばれる分類法です。これは1956年にBenjamin Bloomが提唱し、2001年にAndersonとKrathwohlによって改訂されたもので、学習目標を「記憶する」「理解する」「応用する」「分析する」「評価する」「創造する」という6段階に分けています。

この枠組みは、階段を登るようなものだと考えるとわかりやすいでしょう。最初の段階では、文章に書かれている事実を覚えることから始まります。次に、その意味を理解し、実際の場面で使えるように応用します。そして、内容を分析し、価値を評価し、最終的には新しいアイデアを創造するところまで登っていくのです。

6本の研究がBloomの分類法を採用していた理由は、その構造的な明確さにあります。教師にとって、「今日の授業では分析レベルの思考力を育てよう」といった具体的な目標設定がしやすいのです。ある研究では、Paul and Elderが提唱した別の基準(正確さ、明確さ、精密さ、深さ、妥当性、論理性)も併用していました。これは、学生の思考の質を多角的に評価できるという利点があります。

一方、Facioneの分類法を使った研究もありました。これは「解釈」「分析」「評価」「推論」「説明」「自己調整」という6つの次元から批判的思考を捉えるものです。ただし、論文の著者たちは、Facioneの評価ツールには費用がかかることや、使用できる人数に制限があることを課題として指摘しています。

興味深いのは、Lewison et al.の批判的リテラシーモデルを使った研究です。これは「常識を疑う」「複数の視点を検討する」「社会政治的問題に焦点を当てる」「行動を起こして社会正義を促進する」という4つの次元から構成されています。しかし、この枠組みは社会政治的なテーマの読解には適していますが、英語教育で扱うすべての種類の文章に適用できるわけではないという限界も指摘されています。

教育方法の三つの潮流―伝統、構成主義、テクノロジー

研究で明らかになった教育方法は、大きく三つに分類できます。伝統的教育法、構成主義的教育法、そしてテクノロジー活用型教育法です。

伝統的教育法は、多くの人が経験したことのある、教師が前に立って説明し、学生がノートを取り、文法を学び、理解度テストを受けるというスタイルです。4本の研究がこの方法を検討していましたが、結果は厳しいものでした。こうした方法は、事実の暗記には効果的かもしれませんが、批判的思考力の育成には不向きだというのです。Zhou et al.の研究では、伝統的教育法は言語習得に焦点を当てすぎて、高次の思考力を育てることができていないと指摘されています。

これは、泳ぎ方を学ぶときのことを考えるとわかりやすいかもしれません。プールサイドで腕の動かし方や息継ぎの仕方を説明されても、実際に水に入らなければ泳げるようにはなりません。批判的思考力も同じで、講義を聞いているだけでは身につかず、実際に考え、議論し、試行錯誤する経験が必要なのです。

構成主義的教育法は、学生自身が積極的に学びに参加し、問題を解決しながら知識を構築していく方法です。6本の研究がこのアプローチを採用していました。具体的には、プロジェクト学習(PBL)、SQ3R法(Survey-Question-Read-Recite-Review)、QAR法(Question-Answer-Relationships)などが使われていました。

Zhang and Linの研究では、プロジェクト学習が伝統的方法と比べて批判的思考力を大きく向上させることが示されました。学生たちは自分でテーマを選び、調査し、グループで協力しながら成果物を作り上げていきます。このプロセスで、単に教科書を読むだけでは得られない深い理解と思考力が育つのです。

ただし、プロジェクト学習にも課題があります。学生たちは、テーマの選定、グループ作業の進め方、批判的な視点での課題への取り組みなどで困難に直面します。特に、自律的な学習に慣れていない学生にとっては、大きな挑戦となります。教師側も、従来の講義型の授業よりもはるかに多くの準備時間と、高度な教室運営スキルが求められます。

テクノロジー活用型の教育法も注目されています。オンライン授業、反転授業(Flipped Classroom)、非同期型のウェブベース協働学習などが含まれます。Yulianの研究では、反転授業によって学生の批判的思考力が向上したことが報告されています。反転授業では、学生は授業前に教材を読み、授業中は分析や議論、応用に時間を使います。これにより、深い学びのための時間を確保できるのです。

Mohammadi et al.の研究では、非同期型のウェブベース協働学習が効果的だったことが示されています。学生たちは自分のペースで文章を読み、じっくり考えて反応を書くことができます。対面での議論では思いつかないような深い考察ができるのです。

ただし、Hastuti et al.の研究は、オンライン授業の効果は限定的だったと報告しています。教師の指導力不足、学生の動機づけや自信の欠如、不安定なインターネット接続などが障害となったのです。これは、テクノロジーは万能ではなく、使い方次第で効果が大きく変わることを示しています。

教育現場が直面する五つの壁

この研究で最も実践的な価値があるのは、教育現場が抱える課題を明確にした点です。批判的思考力を育てることの重要性は誰もが認めるところですが、実際に実践するとなると、多くの障害があります。

第一の課題は、教師の知識不足です。Moghadam et al.やMohammadi et al.の研究では、多くの教師が批判的思考の枠組みを理解しておらず、どのように教えればよいかわからないと報告されています。Bloomの分類法のような構造化された枠組みの知識がなければ、分析的、評価的、内省的な思考を促す活動を設計することは困難です。Gustineが指摘しているように、教師自身が必要なスキルと戦略を持っていなければ、学生の批判的思考力を育てることはできません。

第二の課題は、伝統的な教育方法への過度の依存です。多くの教育機関では、文法の正確さや基本的な読解理解に重点が置かれ、批判的思考力の育成は後回しにされています。これは教育目標にも反映されており、言語能力(文法や語彙)が重視される一方で、分析、評価、創造といった高次の思考スキルは軽視されがちです。さらに、試験対策が教育を支配している状況では、学生は暗記と選択式問題の練習に時間を費やし、探究や批判的評価を促す学習には時間が割かれません。

第三の課題は、教材の問題です。6本の研究が、従来の言語学習用テキストへの過度の依存を指摘しています。これらの教材は語彙習得や文法の正確さを目的として設計されており、認知的な深い関与を促すものではありません。表面的な理解に重点が置かれ、批判的な質問、評価、統合を促す活動の余地が少ないのです。

ある高校の英語教師は、こんな経験を語ってくれました。教科書の文章は確かに文法的には正しく、語彙も適切に選ばれていますが、学生の心に響くものがほとんどないというのです。現実の世界とのつながりが薄く、多様な視点を考えさせるような内容も少ない。結果として、学生は機械的に文章を読み、問題に答えるだけで、本当の意味で文章と向き合うことがないのだと言います。

デジタルリソースの不足も問題です。Mohammadi et al.はウェブベースの協働学習ツールの効果を示しましたが、多くの教室では必要な技術的リソースが利用できません。Hastuti et al.も、デジタルリソースを選ぶ際には、アクセスのしやすさ、費用、インタラクティブ性を考慮する必要があると強調しています。

第四の課題は、評価方法の不備です。Arifin et al.やMoghadam et al.の研究では、批判的思考力と読解力の両方を測定する、明確で標準化された評価ツールがないことが指摘されています。伝統的な評価方法―多肢選択式テスト、文法演習、期末試験―は、表面的な理解、事実の記憶、主要な考えの特定に焦点を当てており、批判的思考に関連する高次の認知スキルを測定していません。適切な評価ツールがなければ、批判的思考力を育てる取り組みは断片的で一貫性のないものになってしまいます。

第五の課題は、教師の意識と訓練の不足です。多くの教師は批判的思考力の重要性を理解しておらず、それをどのように実践すればよいかもわかっていません。Arifin et al.の研究では、教師は批判的思考力が言語学習にどのように貢献するかを明確に理解しておらず、読解課題を通じて育成できる可能性も認識していないと報告されています。

さらに、Setyaningsiの研究では、一部の教師が批判的思考力を高度な英語能力と結びつけており、低い言語スキルを持つ学生には批判的思考活動を設計することを避ける傾向があることが明らかになりました。しかし、適切なサポートがあれば、能力レベルに関係なく学生は批判的思考に取り組むことができます。この誤解により、学習の初期段階で批判的思考を実践する機会を奪われてしまうのです。

教師の訓練不足も深刻です。Mohammadi et al.は、英語教師の多くが批判的思考を教える十分な訓練を受けていないと指摘しています。教師教育プログラムは言語教育技術に焦点を当てる一方で、批判的思考力を育てるために必要な教育方法を十分に扱っていません。必要な専門的開発のサポートやリソースがなければ、教師は新しい方法への不慣れ、標準化されたカリキュラムへの固執、伝統的教育方法への依存などの理由から、批判的思考の指導を取り入れることに抵抗を感じてしまうのです。

研究の意義と限界

この研究の最大の貢献は、散在していた知見を体系的にまとめ、英語読解における批判的思考力育成の現状を包括的に示したことです。11本という限られた数の研究からの知見ではありますが、中国、インドネシア、イラン、タイ、パキスタンという多様な文化圏からのデータを含んでおり、ある程度の一般化が可能です。

また、教育方法を三つに分類し、それぞれの効果と課題を明らかにしたことは、実践者にとって有用な情報です。どの方法が絶対的に優れているというわけではなく、それぞれに長所と短所があることを示したのは、現実的で誠実なアプローチだと言えます。

さらに、教育現場が直面する具体的な課題を五つのカテゴリーに整理したことは、問題解決の出発点として価値があります。漠然と「批判的思考力の育成は難しい」と感じていた教育者に、何が具体的に難しいのか、どこから改善していけばよいのかを示してくれるからです。

ただし、この研究にも限界があります。最も大きな限界は、分析対象となった研究の数が11本と少ないことです。これは、厳格な選択基準を設けた結果ではありますが、より幅広い知見を得るには、より多くの研究を含めることが望ましかったかもしれません。

また、ほとんどの研究が目的抽出法(purposive sampling)を使っており、参加者を特定の特性に基づいて選んでいます。これは深い理解を得るには有効ですが、結果の一般化可能性を制限します。無作為抽出を用いた研究は3本のみでした。

研究の地理的分布にも偏りがあります。アジアの国々に集中しており、他の地域からの研究が含まれていません。文化的背景が批判的思考の捉え方や教育方法に影響を与える可能性を考えると、より多様な地域からの研究を含めることが望ましかったでしょう。

日本の英語教育への示唆

この研究は、日本の英語教育にとっても重要な示唆を含んでいます。日本の英語教育は、長年、文法訳読式の伝統的方法に依存してきました。大学入試でも、正確な文法知識と語彙力が重視され、批判的に文章を読む力は十分に評価されてきませんでした。

しかし、2020年度から始まった大学入学共通テストでは、複数の資料を比較検討する問題や、文章の論理構造を問う問題が増えています。これは、暗記中心の学習から思考力重視への転換を示すものです。この研究が示す知見は、まさにこうした変化に対応するために必要な教育実践のヒントを提供してくれます。

日本の教育現場でも、この研究で指摘された五つの課題は当てはまります。特に、教師の研修不足と評価方法の問題は深刻です。多くの教師は批判的思考力をどのように教えればよいかの訓練を受けておらず、手探りで授業を行っている状態です。また、定期試験や入試では依然として知識の再生が中心で、批判的思考力を適切に測定できていません。

プロジェクト学習や反転授業といった構成主義的・テクノロジー活用型の方法は、日本でも一部の学校で導入されていますが、まだ主流とは言えません。大きな障害の一つは、学習指導要領で定められた内容を一定の時間内にカバーしなければならないという制約です。批判的思考を育てる活動は時間がかかるため、カリキュラムの圧力の中で優先順位が下がってしまいがちです。

また、日本の教育文化には、教師の言うことを疑わない、正解は一つだけという考え方が根強くあります。批判的思考は、複数の視点を考慮し、権威を疑い、自分なりの結論を導くことを求めます。これは、従来の日本の教育文化とは必ずしも相性がよくありません。批判的思考力の育成には、教育方法の変更だけでなく、教室文化そのものの変革が必要なのです。

この研究が提案する改善の方向性は、日本の文脈でも有効でしょう。まず、教師研修プログラムを充実させ、批判的思考の枠組みと教育方法についての理解を深めることが急務です。Bloomの分類法のような構造化された枠組みを学ぶことで、教師は具体的な目標を設定し、効果的な活動を設計できるようになります。

次に、教材の開発が必要です。日本の英語教科書も、語彙と文法に重点を置きすぎており、批判的思考を促す内容が不足しています。多様な視点、議論の余地のあるトピック、現実世界とのつながりを持つ教材が求められます。

評価方法の改革も欠かせません。知識の再生だけでなく、分析、評価、創造といった高次の思考プロセスを測定できる評価ツールが必要です。これは一朝一夕にはできませんが、少しずつパフォーマンス課題やポートフォリオ評価などを取り入れていくことができるでしょう。

研究の先にあるもの

この研究は、英語読解における批判的思考力育成という課題に対して、現状を整理し、効果的な方法を示し、障害を明らかにするという点で貴重な貢献をしています。ただし、著者自身も認めているように、これは出発点に過ぎません。

著者たちは、今後の研究の方向性として六つの領域を提案しています。長期的な効果を追跡する実験的研究、さまざまな批判的思考の枠組みの比較、批判的思考を促す教材の開発と評価、テクノロジーの活用方法、適切な評価ツールの開発、そして教師研修プログラムの設計と評価です。

これらの課題に取り組むことで、批判的思考力の育成はより効果的なものになっていくでしょう。しかし、最終的に重要なのは、研究知見を実際の教室にどう活かすかです。教育は、理論と実践の往復運動の中で進化していきます。この研究が提供する知見を、教師たちが自分の教室の状況に合わせて応用し、試行錯誤しながら最適な方法を見つけていく―そのプロセスこそが、真の教育改善につながるのです。

批判的思考力は、単に英語を読む力だけでなく、情報が溢れる現代社会を生きていく上で不可欠な能力です。フェイクニュースがSNSで拡散し、AIが生成した文章が真実のように見える時代に、情報を批判的に読み解く力の重要性はますます高まっています。英語教育において批判的思考力を育てる努力は、学生たちが英語を使って世界と関わっていくための基盤を作ることにつながるのです。


Liu, X., & Puteh, M. (2025). A systematic literature review on enhancing critical thinking skills in EFL reading. World Journal of English Language, 15(8), 239-253. https://doi.org/10.5430/wjel.v15n8p239

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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