はじめに:忘れ去られたスキルに光を当てる

英語学習において、リスニングは「灰かぶり姫」のような存在でした。読解や語彙学習が華やかな舞踏会で注目を浴びる一方で、リスニング研究は台所で黙々と働く存在だったのです。実際、2011年のPlonskyによるメタ分析では、戦略指導に関する61の研究のうち、リスニングを扱ったものはわずか10本に過ぎませんでした。読解が33本、語彙が32本であったことを考えると、この差は歴然としています。

そんな中、Wakamoto氏とRose氏による本論文”Learning to listen strategically: Developing a listening comprehension strategies questionnaire for learning English as a global language”は、リスニング戦略研究に新たな息吹を吹き込む試みとして注目に値します。両研究者は、従来のメタ認知的気づきを測定するMALQ(Metacognitive Awareness of Listening Questionnaire)が開発されてから15年が経過し、その間に言語学習戦略研究の理論的枠組みが大きく変化したことを指摘しています。特に自己調整理論の台頭と、英語が国際共通語(ELF: English as a Lingua Franca)として使用される現実への対応の必要性を強調しています。

研究の核心:三層構造のリスニング戦略モデル

本研究の最も重要な貢献は、リスニング戦略を三つの層に分けて理解する新しいモデルを提示したことです。これは、まるで建物の構造を理解するようなものです。

第一層の「認知的戦略」は、建物の基礎部分にあたります。これは学習者が直接的に行う具体的な行動、例えば「聞き取れない単語があっても文脈から推測する」「重要そうな部分にメモを取る」といった戦略です。多くの教師が授業で教える「テクニック」がこれに該当します。

第二層の「メタ認知的戦略」は、建物の骨組みのような役割を果たします。これは自分の学習プロセスを客観視し、計画を立て、モニタリングし、評価する能力です。「今の説明は理解できているか?」「この方法で本当に上達しているか?」といった自問自答がこれにあたります。

そして第三層の「練習(自己調整)戦略」は、建物全体を統合する役割を担います。これは学習者が自分の学習環境や方法を主体的に調整し、長期的な学習目標に向けて継続的に努力する能力です。興味深いことに、本研究では、TOEICリスニングスコアとの相関分析において、この第三層の戦略のみが有意な予測因子として確認されました。

方法論の評価:堅実さと革新性の融合

研究者たちの方法論は、まさに料理のレシピを慎重に開発するプロセスに似ています。既存の材料(MALQの項目)を基盤としながら、新しい食材(34名の学習者へのインタビューから得られた戦略)を加え、さらに現代的な調味料(グローバル英語使用に関する項目と自己調整理論に基づく項目)を組み合わせました。

特に評価すべきは、質問紙項目の開発において多様なアプローチを採用したことです。単に研究者の理論的関心から項目を作成するのではなく、実際の学習者の声を丁寧に聞き取り、それを理論的枠組みと融合させる姿勢は研究の信頼性を大きく高めています。

しかし、統計的手法についてはいくつかの課題も見えてきます。探索的因子分析(EFA)から確認的因子分析(CFA)への移行において、52項目から19項目へと大幅に項目数が削減されています。これは品質向上のための必要な過程とはいえ、削除された項目の中に重要な戦略が含まれていた可能性も否定できません。

また、適合度指標(GFI=.907; CFI=.938; RMSEA=.057)について、研究者は「完璧ではないが満足できる」と評価していますが、より厳格な基準を適用すれば改善の余地があることも確かです。

結果の解釈:自己調整の重要性という発見

本研究の最も印象的な発見は、練習(自己調整)戦略のみがTOEICリスニングスコアの有意な予測因子であったことです。これは従来の常識を覆す結果と言えるでしょう。

従来の研究では、具体的なテクニック(認知的戦略)や学習の計画・管理能力(メタ認知的戦略)が重視されてきました。実際、多くの英語教師は「こんなテクニックを使って聞きましょう」「聞く前に予測しましょう」といった指導を行っています。しかし、本研究の結果は、これらの戦略よりも、学習者が自分なりの学習環境を整え、継続的に学習を調整していく能力の方が実際のリスニング能力と強く関連していることを示しています。

これは、まるで楽器の演奏技術の習得に似ています。個々の技術や楽譜の読み方も重要ですが、最終的に上達を決めるのは、毎日の練習を継続し、自分の課題を見つけて改善していく自己調整能力なのかもしれません。

また、グローバル英語の使用に関する項目のうち、「低い英語能力の人の話を理解する戦略」と「強いアクセントの英語話者を理解する戦略」が自己調整因子に含まれたことも注目に値します。これは、現代の英語学習が単にネイティブスピーカーの「正しい」英語を理解するだけでなく、多様な背景を持つ英語使用者とのコミュニケーション能力を求められていることを反映しています。

限界点の誠実な認識

研究者たちは自身の研究の限界について率直に言及しており、これは学術的誠実性の表れとして評価できます。

最も重要な限界は、参加者の同質性です。255名すべてが日本の同一大学の18-20歳の女性英語専攻学生という極めて均質な集団でした。これは統計的なノイズを減らす効果はありますが、結果の一般化可能性を著しく制限します。英語を学ぶ動機や環境、年齢、性別、専攻分野が異なる学習者にも同様の結果が得られるかは不明です。

また、リスニング能力の測定にTOEICを使用したことも議論の余地があります。TOEICは確かに標準化されたテストですが、ビジネス場面に特化した内容であり、学習者の包括的なリスニング能力を測定しているとは言い難い面があります。日常会話、学術的な講義、メディアの内容など、多様な文脈でのリスニング能力との関係は検証されていません。

さらに、認知的戦略とメタ認知的戦略がリスニング能力の予測因子として有意でなかったことについて、研究者は十分な説明を提供していません。これらの戦略が本当に重要でないのか、それとも測定方法や理論的枠組みに問題があるのかについて、より深い検討が必要でしょう。

教育現場への示唆:実践的価値の検討

この研究結果は、英語教育の現場に重要な示唆を提供しています。

従来のリスニング指導では、「音の変化を理解する」「文脈から推測する」「キーワードを聞き取る」といった具体的なテクニックの指導に重点が置かれてきました。しかし、本研究の結果は、これらのテクニックを教えるだけでは不十分であることを示唆しています。

より重要なのは、学習者が自分なりの学習環境を構築し、継続的に学習を調整していく能力を育成することです。これは、まるでガーデニングのようなものです。種を植える技術(個別の戦略)も大切ですが、土を整え、水やりを継続し、季節に応じて手入れを調整する(自己調整)能力があってこそ、美しい花を咲かせることができるのです。

具体的には、教師は学習者に対して以下のような支援を提供することが重要でしょう:

学習材料や方法の選択についての相談に乗ること、学習進度や課題について定期的に振り返る機会を設けること、多様なアクセントや能力レベルの英語に触れる機会を意図的に作ること、学習者が自分なりの学習スタイルを見つけることを支援すること。

理論的貢献と今後の課題

本研究は、リスニング戦略研究における理論的空白を埋める重要な試みです。語彙学習や作文において自己調整理論を取り入れた研究が成果を上げている中で、リスニング分野でも同様のアプローチの有効性を示したことは意義深いものです。

しかし、同時に新たな疑問も生まれています。なぜ認知的戦略とメタ認知的戦略がリスニング能力の予測因子として機能しなかったのでしょうか。これは測定の問題なのか、それとも理論的枠組みの問題なのか。また、自己調整戦略が重要だとしても、それをどのように効果的に育成できるのか。

今後の研究では、より多様な学習者集団での検証、縦断的研究による因果関係の検討、他のリスニング能力測定方法との比較、戦略指導の効果に関する実証研究などが求められるでしょう。

結論:新しい扉の開放

本論文は、リスニング戦略研究に新しい視点を提供する価値ある研究です。完璧ではありませんが、長らく停滞していた分野に新鮮な空気を送り込み、今後の研究の方向性を示す重要な役割を果たしています。

特に、自己調整の重要性を実証的に示したことは、英語教育の実践に大きな影響を与える可能性があります。個別のテクニックを教えることから、学習者の自律性と継続的な学習調整能力を育成することへのパラダイムシフトを促す研究として、その価値は高く評価されるべきでしょう。

ただし、結果の一般化については慎重である必要があります。この研究は重要な第一歩ですが、より多様な文脈での検証を経て、初めてその真価が明らかになるでしょう。英語がますますグローバルな言語として使用される現代において、このような実証的研究の積み重ねが、より効果的な英語教育の実現につながることを期待したいと思います。


Wakamoto, N., & Rose, H. (2021). Learning to listen strategically: Developing a listening comprehension strategies questionnaire for learning English as a global language. System, 103, Article 102670. https://doi.org/10.1016/j.system.2021.102670

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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