はじめに―英語教育における長年の課題

英語を外国語として学ぶ学生たちにとって、読解力の向上は常に大きな課題です。多くの教室では文法訳読や試験対策に偏った指導が行われており、学生は英語の文章を「意味のある内容」として読むのではなく、単なる「言語練習の材料」として扱いがちです。まるで、美味しい料理のレシピを読むときに、その料理を作って食べることを考えず、文法や単語の意味だけを確認しているような状態だと言えるでしょう。

本稿で取り上げるのは、Lu Zhang、Hanita Hanim Ismail、Nur Ainil Sulaimanの3名が2026年に発表した研究論文”Theme-based, sheltered, or adjunct? Evaluating CBI models for improving English reading skills in Chinese EFL classrooms”です。この研究は、中国の大学生を対象に、内容重視の指導法(Content-Based Instruction、以下CBI)の3つの異なるモデルが英語リーディング能力にどのような影響を与えるかを実証的に比較したものです。

研究チームと研究の背景

この研究を主導したのは、マレーシアのUniversiti Kebangsaan Malaysiaの教育学部に所属する研究者たちです。筆頭著者のLu Zhangは中国での英語教育の経験を持ち、指導教授であるHanita Hanim IsmailとNur Ainil Sulaimanの指導のもと、理論と実践を結びつける研究に取り組んでいます。

中国の高等教育において英語リーディングの重要性が高まっている背景には、国際化政策があります。中国政府が推進する「双一流」(Double First-Class)政策により、主要大学は国際的な水準を目指すことが求められています。その結果、学生たちは英語で書かれた学術文献を読む必要に迫られているのです。しかし従来の文法中心、試験中心の英語教育では、こうした実際的な読解力の育成が十分にできていないという問題意識が、この研究の出発点となっています。

CBIとは何か―3つの異なるアプローチ

CBIとは、英語を単独で教えるのではなく、何らかの内容(歴史、科学、ビジネスなど)を学ぶ過程で英語も同時に習得させる教授法です。例えば、環境問題について英語で読んだり議論したりすることで、環境に関する知識と英語力の両方を身につけるというアプローチです。

この研究が比較した3つのモデルは次のようなものです。テーマベースモデルは、興味深いトピックを中心に言語学習を組織するもので、言語習得が主な目的です。例えば、「持続可能性」というテーマのもとで、様々な英語の読み物を使いながら語彙や文法を学びます。シェルターモデルは、英語力がまだ十分でない学習者向けに、内容を簡略化したり、語彙の説明を加えたりしながら、専門的な内容を英語で教えるものです。アジャンクトモデルは、通常の専門科目と英語科目を並行して履修させ、両者の内容を連携させる方法です。

研究方法―丁寧に設計された比較実験

この研究の優れた点の一つは、研究デザインの綿密さにあります。中国東部の名門大学で、105名の2年生を対象に、各35名ずつの3つのクラスで異なるCBIモデルを10週間実施しました。重要なのは、3つのクラスすべてで同じ教科書を使い、授業時間も同じに保った点です。違いは「教え方」だけです。これは、料理の比較実験で、同じ材料と同じ調理時間を使い、調理法だけを変えて味を比較するようなものです。

研究者たちは量的データと質的データの両方を収集しました。量的データとしては、授業開始前と終了後に標準化されたリーディングテストを実施しました。このテストは、中国の大学英語試験(College English Test)から採用されたもので、明示的情報の理解、暗示的情報の理解、言語的特徴を使ったテキスト理解という3つの下位技能を測定します。質的データとしては、授業観察と半構造化インタビューを実施しました。25名の学生と3名の教師にインタビューを行い、彼らの経験や認識を深く掘り下げました。

主な発見―テーマベースモデルの優位性

研究の結果は興味深いものでした。まず、どのモデルでも学生のリーディング能力は有意に向上しました。これは、CBIという枠組み自体が効果的であることを示しています。しかし、モデル間で差が出た部分もありました。

最も顕著だったのは、「言語的特徴を使ってテキストを理解する」能力において、テーマベースモデルが他の2つのモデルを大きく上回ったことです。言語的特徴とは、「しかし」「したがって」といった接続詞や、代名詞が何を指しているか、文の構造がどうなっているかといった要素です。これらは、文章の論理展開を追うために不可欠な手がかりです。

教室観察とインタビューから、なぜテーマベースモデルが優れていたのかが明らかになりました。テーマベースモデルの教師は、文章を読む際に「この『which』は何を指していますか」「この『although』はどんな役割をしていますか」といった質問を頻繁に投げかけていました。学生たちも「先生が接続詞や文の構造に注目するよう教えてくれた。以前は気づかなかったが、今はそれらを使って意味を推測できる」と語っています。

一方、アジャンクトモデルでは、言語的な説明はあるものの、それが読解活動と切り離されていることが多く、学生たちは「文法は習ったけど、それをどう読解に活かすかわからない」と感じていました。シェルターモデルでは、教師が内容を簡略化して説明することに重点を置き、言語的な特徴についてはほとんど触れませんでした。学生たちは「主に内容について話すだけで、言語の部分は飛ばされた」と述べています。

興味深いことに、「暗示的な情報を理解する」能力については、3つのモデルで統計的に有意な差は見られませんでした。どのモデルでも改善は見られたものの、モデル間の違いは明確ではなかったのです。質的データの分析から、その理由が見えてきます。暗示的な意味を読み取る指導は、どのモデルでも一貫性に欠けていました。テーマベースモデルでは推論を促す質問はありましたが、シェルターモデルでは教師が答えを直接説明してしまうことが多く、アジャンクトモデルでは内容理解に偏っていました。つまり、推論力の育成は、モデルの種類というより、個々の教師の指導法に左右されていた可能性があります。

研究の強み―実践的な価値と方法論の堅実さ

この研究にはいくつかの顕著な強みがあります。第一に、リーディング能力を総体としてではなく、明示的情報の理解、暗示的情報の理解、言語的特徴の活用という3つの下位技能に分けて測定した点です。多くの先行研究では「リーディングが向上した」という漠然とした結論にとどまっていましたが、この研究はどの技能がどのモデルで伸びるのかを明確にしました。これは、医者が「体調が悪い」という訴えを聞いて、血圧、血糖値、コレステロール値といった具体的な指標を測定するのと似ています。

第二に、量的データと質的データを組み合わせた混合研究法を採用したことで、数字だけでは見えない教室の実態が浮かび上がりました。なぜテーマベースモデルが優れていたのか、なぜ暗示的情報の理解では差が出なかったのか、といった「なぜ」に答えられるのは、実際の授業を観察し、学生や教師の声を聞いたからです。

第三に、実験条件の統制が適切だった点も評価できます。教科書、授業時間、評価方法を統一し、変えたのは指導モデルだけという設計は、因果関係を特定する上で重要です。また、担当教師全員がそれぞれのCBIモデルについて専門的な訓練を受けていた点も、実験の質を高めています。

第四に、中国の教育政策や実情に即した研究である点も意義深いものです。中国の「大学英語教学指南」(College English Teaching Guidelines)や国際化政策といった文脈の中に研究を位置づけることで、単なる理論的な興味を超えた実践的な価値を持っています。

研究の限界―今後の改善の余地

もちろん、この研究にも限界があります。著者自身も認めているように、まず対象が1つの大学の3クラス105名に限られており、一般化には注意が必要です。中国は広大で地域差も大きく、また大学のレベルや学生の背景によって結果は変わるかもしれません。

また、効果の測定が授業終了直後のポストテストのみである点も課題です。学習効果が長期的に維持されるのか、あるいは実際の学術文献を読む際に役立つのかは、この研究だけではわかりません。例えば、短期間の集中トレーニングで体重が減っても、それが持続するかどうかは別問題であるのと同じです。

さらに、質的データの収集方法にも改善の余地があります。授業観察と事後インタビューだけでなく、学生が実際に文章を読んでいる最中の思考プロセスを捉える方法(例えば、読みながら考えていることを声に出してもらう「思考発話法」)を使えば、より詳細な理解が得られたでしょう。

統計分析についても、ノンパラメトリック検定を使用したのは正しい選択でしたが、効果量(effect size)の報告がないため、統計的有意性が実践的にどの程度重要なのかが判断しにくい面があります。有意差があっても、その差が教育的に意味のある大きさなのかは別の問題です。

日本の英語教育への示唆―応用可能性を考える

この研究は中国の大学を舞台にしたものですが、日本の英語教育にも多くの示唆を与えます。日本も中国と同様、文法訳読中心の伝統があり、大学生の実践的な英語読解力の不足が指摘されています。また、グローバル化への対応という政策的要請も共通しています。

まず、この研究はCBI全般の有効性を支持しています。日本の大学でも、専門科目を英語で学ぶEMI(English as a Medium of Instruction)やCLIL(Content and Language Integrated Learning)の導入が進んでいますが、本研究は内容と言語を統合した指導の理論的根拠を補強するものです。

特に注目すべきは、テーマベースモデルが言語的特徴への気づきを高めた点です。日本の英語教育でも、接続詞や指示語、文の構造といった言語的手がかりを使って読む力の育成は重要ですが、それを内容学習の中で自然に指導できることが示されました。例えば、環境問題について英語で読みながら、「この『however』が前後の段落をどうつないでいるか」を考えさせることで、内容理解と言語学習の両方が深まる可能性があります。

ただし、モデルの選択は慎重に行う必要があります。シェルターモデルやアジャンクトモデルも有効でしたが、実施には課題があります。シェルターモデルでは、教師が内容を過度に簡略化すると、学生が複雑な英文に触れる機会が減り、言語的成長が限られる恐れがあります。アジャンクトモデルでは、英語科目と専門科目の連携に相当な調整が必要で、日本の縦割りの強い大学組織では実施が難しいかもしれません。

この研究が示すもう一つの重要な点は、教師の専門的訓練の必要性です。3つのモデルの教師は全員、それぞれのアプローチについて専門的な訓練を受けていました。日本でCBIを効果的に実施するには、内容の専門知識と言語教育の両方に通じた教師の育成、あるいは両分野の教師の協働が不可欠です。

さらに、評価方法についても学べることがあります。この研究は読解力を下位技能に分けて測定しましたが、日本の英語教育でも、総合的な読解力だけでなく、どの技能が伸びているのかを細かく把握することで、より的確な指導改善ができるでしょう。

考察―なぜテーマベースモデルが優れていたのか

この研究の結果を解釈する上で、認知負荷理論(Cognitive Load Theory)の視点が役立ちます。人間の作業記憶の容量には限りがあり、学習者は限られた認知資源を効率的に使う必要があります。

テーマベースモデルでは、一貫したテーマのもとで内容と言語が統合されているため、学習者は文脈の中で言語的特徴の意味と機能を理解できます。これは、生産的な認知負荷(germane load)を促進します。例えば、環境問題というテーマで複数の文章を読む中で、「一方で(on the other hand)」という表現が対比を示すことを繰り返し経験すれば、その機能が自然と身につきます。

一方、アジャンクトモデルでは、英語の授業と専門科目の授業が分離しているため、学習者は両者のつながりを自分で見出す必要があります。これは認知的な負担を増やし、特に自律学習能力の低い学習者には困難です。シェルターモデルでは、教師が内容を簡略化することで認知負荷を下げていますが、その代わりに複雑な言語構造に触れる機会が減り、言語的成長が制限される可能性があります。

また、相互作用の質も重要です。テーマベースモデルの教室では、教師と学生、学生同士の活発な対話が観察されました。言語について話し合い、推測し、確認し合うプロセスそのものが、メタ言語的な気づき(metalinguistic awareness)を高めたと考えられます。これは、友人と一緒に料理をしながら、「なぜこの調味料を入れるのか」「この手順の意味は何か」を話し合うことで、料理の理解が深まるのと似ています。

結び―研究の貢献と今後の展望

この研究は、CBI研究の分野において重要な貢献をしています。これまでの多くの研究がCBIを一枚岩として扱ってきたのに対し、この研究は3つの主要なモデルを実証的に比較し、それぞれの強みと弱みを明らかにしました。特に、リーディング能力を下位技能に分解して測定し、質的データでその背景メカニズムを解明したことは、理論的にも実践的にも価値があります。

中国の大学英語教育の文脈で実施されたこの研究は、同様の課題を抱える日本や他のアジア諸国の英語教育にも示唆を与えます。内容と言語を統合した指導は、適切に設計され実施されれば、学習者の読解力、特に言語的特徴への気づきと活用能力を高める可能性があります。

同時に、この研究は新たな問いも提起しています。テーマベースモデルの優位性は他の技能(スピーキングやライティング)でも見られるのか、異なる習熟度レベルの学習者でも同様の結果が得られるのか、長期的な効果はどうかといった問題は、今後の研究で検証される必要があります。

教育は常に文脈に依存します。ある状況で効果的な方法が、別の状況でも同じように働くとは限りません。しかし、この研究のように丁寧に設計され、量的データと質的データの両方を用いて多角的に検証された知見は、他の文脈にも適応可能な原則を提供してくれます。今後、日本を含む様々な国で同様の研究が行われ、知見が蓄積されることで、より効果的な英語教育の実現に近づくことができるでしょう。


Zhang, L., Ismail, H. H., & Sulaiman, N. A. (2026). Theme-based, sheltered, or adjunct? Evaluating CBI models for improving English reading skills in Chinese EFL classrooms. World Journal of English Language, 16(2), 282–294. https://doi.org/10.5430/wjel.v16n2p282

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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