この論文が問いかけること

語学を学んだことのある人なら、誰でも一度は経験があるのではないでしょうか。教室ではそれなりに話せるのに、いざネイティブの友人と会話するとなると、言葉が思うように出てこない。あるいは逆に、特に勉強した覚えもないのに、気づけばある表現をごく自然に使いこなせるようになっていた、という経験です。

今回取り上げるのは、Stephen Levey、Kathryn L. Rochon、Laura Kastronicの3名による論文”Language Learning in the Wild: The L2 Acquisition of English Restrictive Relative Clauses”(Languages誌、2025年9月)です。タイトルの「in the Wild」という表現が、この研究の本質をうまく言い表しています。野生の、すなわち制御された実験室の外の、生きた言語の世界で、人はどのように第二言語を習得していくのか。それを問う研究です。

研究の対象は「制限的関係節」と呼ばれる文法構造です。たとえば「the guy that laughed at me」や「the decision I’ve made」「a person who likes to sleep」のような表現がそれにあたります。日本語でいえば「私を笑った男」「私が下した決断」「朝寝坊が好きな人」のように、名詞を後ろから修飾する(英語では前から修飾する)節のことです。英語ではこの名詞を修飾する節を導く標識として、that、ゼロ(何も置かない)、who、whichといった選択肢があり、どれを使うかは文脈や文法環境によって変わります。この「どれを選ぶか」という変動のパターンが、習得の進み具合を測る優れた指標になるというのが、本研究の基本的な着眼点です。

研究者たちはどんな人たちか

Leveyはオタワ大学言語学部の教授で、英語の変異社会言語学を専門としています。特に文法的変動の定量分析において多くの実績を持ち、関係節に関する先行研究も複数発表しています。Rochonは本論文の元となった修士論文(2023年)の著者でもあり、Kastronicはかつてオタワ大学に在籍し、現在はカナダ連邦政府機関に勤務しながら研究を続けています。3名に共通するのは、Shana Poplackらによって確立された「変異社会言語学」の伝統を引き継いでいる点で、言語の変動を確率的な構造として捉え、その構造を複数の話者集団間で比較するという方法論が本研究の背骨をなしています。

本研究の舞台となるカナダの国家首都圏(オタワ―ガティノー都市圏)は、英語と仏語が長年にわたって接触してきた「自然の言語実験室」と称される場所です。オタワ(オンタリオ州)では英語が多数言語、ガティノー(ケベック州)ではフランス語が多数言語となっており、日常的に二言語が使われる社会的文脈の中で、フランス語を母語とする人々が英語を第二言語として習得するプロセスを追うことができます。

三つのデータを比較する研究デザイン

本研究の強みの一つは、三種類のコーパスを同時に比較するという周到な設計にあります。第一は29名のフランス語母語話者による英語L2(第二言語)自然発話コーパス(約27万7000語)、第二は37名の英語母語話者による目標言語(TL)ベースラインコーパス(オタワ英語コーパス、約27万3000語)、第三はL2話者のうち20名から収集したフランス語L1コーパス(約22万8000語)です。

L2話者は2018年から2022年の間に録音された人々で、フランス語を幼少期から母語として習得し、フランス語教育機関で義務教育を修了したという条件を満たしています。また、インタビューは英語母語話者のインタビュアーとの自然な会話形式で行われ、平均55分という長さは、参加者の英語運用能力がある程度高かったことを示しています。

興味深いのは、話者の英語習熟度を測るために、CEPI(累積英語習熟度指数)という独自の指標を開発している点です。これは自己申告による習熟度評価、英語を使う場面の頻度に関するアンケート、そして実際の発話データの内容分析(単語探索の困難さや形態統語的特徴の変動)を組み合わせたものです。スコアは0.450から0.863の範囲に分布し、話者は低・中低・中高・高の四つのバンドに分類されました。

関係節の使われ方―数字が語ること

さて、実際の結果を見てみましょう。まず、関係節の出現頻度について、先行研究では目的語関係節が主語関係節より多いという主張がありましたが、本研究ではL2、TL、フランス語L1のいずれのコーパスでも主語関係節が最多(約53〜55%)でした。これはKeenanとComrie(1977)が提唱した「名詞句到達可能性階層」―主語が最も関係節化しやすく、目的語、斜格、属格と続くにつれて難しくなるという類型論的一般化―と整合的な結果です。

関係標識の選択については、thatがL2で68%、TLで59%と最多で、ゼロ標識はそれぞれ24%と22%でほぼ同程度でした。唯一顕著な差があったのはwhoで、TLでは19%を占めるのに対し、L2では8%にとどまりました。

主語関係節と非主語関係節に分けて見ると、より鮮明なパターンが浮かび上がります。非主語関係節では、thatとゼロの競合がL2とTLでほぼ同様の比率で生じており、L2話者がTLの規範をかなりよく習得していることが分かります。しかし主語関係節では、TL話者がwhoを34.5%使うのに対し、L2話者はわずか14%です。この差は習熟度バンドで分けても同様に現れ、高習熟度でも低習熟度でも約14%と変わりません。不思議な数字です。

whoが使われにくい謎

なぜL2話者はwhoをあまり使わないのでしょうか。論文ではいくつかの仮説が検討されています。

まず「フランス語からの転移(L1転移)」という仮説は、却下されます。フランス語には英語のwhoに対応するqui(キ)という関係代名詞があり、これはフランス語コーパスの中で66%という圧倒的な頻度を誇ります。もしフランス語の影響があるなら、むしろwhoの使用を促進するはずです。ところが実際はその逆です。

次に「習熟度の低さが原因」という仮説も検討されましたが、前述の通り高習熟度グループでも同じ比率であり、これも支持されませんでした。

論文は最終的に、whoの低使用率の原因は「はっきり分からない」と率直に認めています。一つの可能性として、英語のwhoとフランス語のquiが形式的には似ていても、意味的特性(英語のwhoは[+人間]を必須とするが、フランス語のquiは先行詞の生物性に関係なく使われる)が異なるため、その非一致が言語間のプライミングを阻害している可能性を示唆しています。Van Lieburら(2023)の構造的プライミング研究を援用したこの解釈は示唆的ですが、証明には至っていません。

一方、誰がwhoを使う場合でも、それが人間先行詞にのみ適用されるという意味的制約はL2話者もTL話者も同様に守っていました。つまり問題は「使う頻度」であって「使い方」ではない。これは量的差異であって質的差異ではないという論文の結論を支持する重要な観察です。

多変量分析が明かす「見えない文法」

本研究の最も精緻な部分は、Rbrul(社会言語学研究用混合効果モデルツール)を用いた多変量回帰分析です。これは、個々の言語的・社会的要因がそれぞれ独立して関係標識の選択にどう影響するかを同時に推定する手法で、日常会話の統計的構造を可視化します。

非主語関係節でthatとゼロの競合に影響する要因として、L2とTLの双方で有意に選ばれた変数は、関係節内主語の種類(代名詞か名詞か)、母型節の構造タイプ、そして隣接性(先行詞と関係節が連続しているかどうか)でした。代名詞主語のとき、つまり「the book I read」のような場合にゼロが好まれるのは、母型節と関係節の「融合度(mergedness)」が高まるためだという Fox & Thompson(2007)の語用論的説明が、ここでも支持されます。また隣接性については、関係節が先行詞から離れているほどゼロ標識が回避される傾向があり、これはRohdenburg(1996)の「複雑性原則」―認知的に複雑な環境では明示的な文法形式が好まれる―と一致します。

制約の「順序」がL2とTLでわずかに異なる部分もありますが、その差異は「語用論的に複雑な文脈でゼロが避けられる」といった基本的パターンが揺らぐほどのものではありません。論文はこの比較を通じて、L2話者が意識的に学習したとは考えにくい微細な統語的・語用論的パターンをも内在化していることを示しています。コパラ節(copula clauses)でゼロが促進されやすいというパターンがその一例で、これは教室でまず教わるような規則ではありません。

フランス語との対照―L1転移の証拠はあるか

フランス語コーパスの分析も興味深い結果をもたらしています。特に注目すべきは斜格関係節(前置詞を含む関係節)の標識戦略で、規範文法が義務的とするpied-piping(「la maison dans laquelle j’habite(私が住む家)」のような前置詞ごと移動させる形)は、実際の口語データでは最多ではなく(23%)、null-prep(前置詞を省略する形)が57%と最多でした。このことは、規範文法と実際の口語使用の間の乖離を示す重要な発見です。

L2英語データにも10例のnull-prepが確認されました(例―「the questions that you’re evaluating me」の末尾の前置詞省略)。しかし論文はこれをフランス語転移と単純に結論づけることを慎重に避けています。理由は二つあります。一つは、TL(英語母語話者)コーパスにも同様の現象が散発的に存在すること、もう一つは、Bardovi-Harlig(1987)が異なるL1背景を持つL2学習者でもnull-prepは発達的段階として普遍的に現れることを示しているからです。習熟度との相関も明確には認められず、「多重因果性」(複数の要因が絡み合っている状態)という概念を用いてこの現象を説明しています。

一方、英語の斜格関係節では前置詞遊離(preposition stranding)が圧倒的に優勢であり(L2で88%、TLで98%)、フランス語でも少数見られる前置詞遊離の影響があるかもしれませんが、より決定的なのはTLそのものの影響だと結論付けています。

日本の英語教育への示唆

ここで少し立ち止まって、この研究が日本の英語教育の文脈でどのような意味を持つかを考えてみたいと思います。

日本の多くの学校では、関係代名詞の授業において「人にはwho、物にはwhich、どちらにもthat」という規則が教えられます。しかしこの研究が示すように、実際の口語英語ではthatが圧倒的に多く(L2で68%、TLで59%)、whoは特定の文脈に限られ、whichはほぼ使われません。教室で教わる規則と実際の使用実態の間にある溝は、日本の学習者とカナダのフランス語母語話者に共通の課題かもしれません。

さらに興味深いのは、ゼロ標識―何も置かない形―が実際の英語で非常に頻繁に使われる(TLで22%、非主語関係節では45%)という事実です。「the decision I’ve made」のように、関係代名詞を置かない形は日本の教科書では扱いが薄いことが多く、学習者がこれを自然に使えるようになるには、大量の自然な英語入力が必要だということを本研究は示唆しています。

また本研究は、意識的学習では習得しにくい微細な変動パターン―copula節でのゼロ標識選好、代名詞主語が関係標識省略を促進する傾向など―が、コミュニティへの統合を通じた自然な言語接触によって習得されることを示しています。これは、英語教育において「正しい形」を教えることに加え、自然な英語に触れる機会を系統的に設けることの重要性を示す実証的根拠となり得ます。

先行研究との対話

本研究が対話している先行研究は多岐にわたりますが、中でもGhafar Samar(2000)との対比は興味深いです。Ghafar Samarはペルシャ語母語話者が同じカナダ首都圏でwhoをTL話者を上回る比率で使用したことを報告しています。ペルシャ語にはWH系の関係詞形式がないにもかかわらず、です。一方、本研究のフランス語話者はquiというほぼ対応する形式を持っているにもかかわらず、whoの使用率が低い。この逆説は、L1の形式的類似性が必ずしも習得を促進するとは限らないという、言語習得研究における重要な問いを提起します。

Brook & Tagliamonte(2023)のトロント英語研究が同様のwho使用率(約34%)を報告していることも確認されており、本研究のTLデータが地域的に偏った例外ではないことが示されています。また、Fox & Thompson(2007)の会話的関係節研究との整合性も確認されており、先行語と関係節の「融合度」という概念が口語のL2データにも適用できることが裏付けられています。

研究の限界と正直さ

優れた研究論文のもう一つの徴は、自らの限界を正直に語ることができる点です。この論文は最後にきちんとその作業をしています。

自然な口語データでは関係節の出現頻度が低いため、個々の話者ごとに十分なデータを確保することが難しく、個人差の分析が不十分にならざるを得ないこと、また縦断的な発達過程を追えていないことが認められています。属格関係節(whose)はほぼ皆無であり、斜格関係節も量が少ないため、詳細な変量分析が難しかったことも率直に述べられています。

そして論文は、実験的パラダイムとコーパス研究の相互補完の可能性を指摘して締めくくられています。Labov(1972b)が「一つの問題を複数の方法で」と言ったことを引用しながら、コーパスと実験の三角測量が今後の研究に豊かな実りをもたらすだろうという展望で終わります。

「野生」の言語習得が教えてくれること

この研究全体を通じて伝わってくるメッセージを、あえて一言で言うならこうなるかもしれません―「人は、コミュニティに溶け込むことで言語を学ぶ」。

L2話者の半数以上が個人的な社会的ネットワークの50%以上を英語母語話者で占めており、その多くがオタワの英語話者が多い地区に居住していました。そうした生活環境の中で、意識の下で吸収されていったTLの変動パターンが、関係節という統語的に複雑な構造にも反映されているのです。

これはある意味で、言語習得論における「インプット仮説」(Krashen)や「使用基盤理論」(Bybee、Tomasello)の実証的支持とも読めます。文法知識は明示的規則の暗記から来るのではなく、豊富な言語使用経験の蓄積から来るのだという立場です。

もちろん、カナダ首都圏という特殊な社会言語学的文脈がこの結果を可能にしている面もあり、二言語接触が日常的でない社会での英語学習に直接当てはめることには慎重でなければなりません。それでもなお、「制限的関係節という一見地味な文法構造を通じて、言語習得の本質に迫る」という研究姿勢は、多くの言語教育者や習得研究者に豊かな問いを投げかけるものです。

語学学習は教室の中だけで完結しない。この論文は丁寧な数字の積み重ねを通じて、そのことをあらためて示してくれています。


 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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