教室には理論と実践の間に横たわる乖離があります。イスラエルの研究者たちが明らかにしたこの問題は、おそらく日本の英語教室でも、世界中の語学教室でも、同じように存在しているのではないでしょうか。本稿では、Merav Badashらによる論文”Beliefs versus declared practices of English as a foreign language (EFL) teachers regarding teaching grammar”を取り上げ、その意義と課題について考えていきます。

研究者たちが見つめた教育現場の現実

この研究を行ったのは、イスラエルのテルアビブにあるKibbutzim College of Educationに所属する4名の研究者です。彼女たち自身が元英語教師であり、現在は教師を育てる立場にいるという経験が、この研究の出発点となっています。教師養成の現場で日々感じていた違和感、つまり「教師たちが文法をうまく説明できない」「文法知識の不足が授業の質に影響している」という現実的な問題意識から、この調査は始まりました。 研究チームは2013年から2018年までの間に英語を教えていた221名の教師たちに協力を依頼しました。協力者の内訳を見ると、女性が圧倒的多数を占め(97.3%)、母語話者教師は18.5%、非母語話者教師が81.5%という構成でした。教職経験も1年から3年の新人から、9年以上のベテランまで幅広く、小学校から高校まで、さまざまな教育現場で働く教師たちが参加しています。

オンライン調査という手法の利点と限界

研究者たちはGoogle Docsを使ったオンライン調査という方法を選びました。488名の教師に送られた調査票に対して、221名が回答したということは、回答率は約45%になります。この数字をどう見るべきでしょうか。半数近くが答えてくれたというのは、決して悪い数字ではありませんが、同時に半数以上の教師が回答しなかったという事実も見逃せません。もしかすると、文法指導に自信のない教師ほど、この種の調査を避けたのかもしれません。 調査票の構成を見ると、三つの選択式質問と二つの自由記述式質問という組み合わせになっています。選択式の質問では、教師たちに「意味を教えることは文法を教えることより重要だ」「生徒たちは文法を文脈の中で提示されたほうがよく学べる」といった11項目について、どの程度同意するかを5段階で答えてもらいました。また、実際の指導方法についても「本物の素材を使って文法を教えるのは時間がかかりすぎる」「私は文法規則に多くの注意を払っている」といった13項目について尋ねています。 ただし、この研究には大きな制約があることを、研究者たち自身が正直に認めています。それは、実際の授業を観察していないという点です。つまり、教師たちが「こう教えています」と答えたことが、本当にそのとおり実践されているかどうかは確認できていません。これは研究の倫理審査の厳しさゆえの制約だったようですが、この点は結果の解釈において慎重にならざるを得ない重要な要素です。

言葉と行動の間にある大きな隔たり

調査の結果、最も印象的だったのは、教師たちの「考え」と「実践」の間に統計的にも明確な差があったという点です。教師たちの信念の平均点は3.56でしたが、実際の実践の平均点は3.32でした。数字だけ見ると小さな差のように思えるかもしれませんが、統計分析によってこの差は偶然ではないことが確認されています。 この差が意味するところを、もう少し具体的に考えてみましょう。たとえば、多くの教師が「文法は文脈の中で教えるべきだ」と考えています。

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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