この論文が問いかけるもの

「英語の授業、楽しい?」と子どもに聞いたとき、うれしそうに「うん!」と答える子もいれば、どこかぼんやりした顔で「まあ……」とつぶやく子もいます。現場の先生なら誰もが経験してきた、あの感覚です。では、その「まあ……」が積み重なったとき、子どもの英語力にどんな影響が出るのでしょうか。あるいは逆に、自分の答えが合っているかどうかを敏感に感じ取れる子は、後々どう伸びていくのでしょうか。

イタリア・フォッジャ大学のPaola Palladinoらが2025年に発表した本論文”How do you feel during English class? Emotions and metacognition in primary school children learning English as a second language”は、こうした問いに正面から向き合っています。イタリアの小学2・3年生305名を対象に、学年のはじめと終わりの2時点でデータを取り、英語語彙力の伸びをメタ認知と「達成感情(achievement emotions)」の両面から分析した縦断研究です。日本でも小学3年生から英語が必修化されて久しい今、この研究が示す知見は決して対岸の話ではありません。

何を調べた研究なのか

研究の核心を理解するために、まず二つのキーワードを整理しておきましょう。

一つ目は「メタ認知」です。これは簡単に言えば「自分の思考や理解を外から見る力」です。たとえば英単語を答えたあとに「あ、これ合ってる気がする」「これはちょっと怪しいな」と感じる能力がモニタリング(監視)であり、その感覚をもとに「もう一回確認しよう」「これは消そう」と行動を修正するのがコントロール(制御)です。本研究では、英語の語彙テストの回答後に子どもが「どのくらい自信があるか」を5段階で評定させ、そのデータからモニタリング精度を算出しています。コントロールは「自分の答えを正しいと思ったら緑の箱へ、間違いだと思ったら赤の箱へ入れる」という具体的な課題で測定しました。子どもにとってわかりやすいこの「緑と赤の箱」の仕掛けは、測定上の工夫として評価できます。

二つ目は「達成感情」です。Pekrunが提唱する「統制価値理論(Control-Value Theory, CVT)」に基づくこの概念は、学習や成績に直接関連する感情を指します。具体的には「楽しさ(enjoyment)」「不安(anxiety)」「退屈さ(boredom)」の三種類で、イタリア版の小学生用達成感情質問紙(AEQ-ES)を英語学習向けに改訂して使用しています。

この二つを同時に、しかも縦断的に測定したという点に、この研究の独自性があります。これまでの研究は、どちらか一方を、しかも高校生・大学生を対象に調べるものがほとんどでした。小学生の初期L2学習を、メタ認知と感情の両方から縦断的に見たのは、査読論文としてはほぼ初めてと言っていいでしょう。

結果のポイントを読み解く

論文の結果は大きく三つの層に整理できます。

まず発達的変化として、学年のはじめ(T0)から終わり(T1)にかけて、英語語彙得点・メタ認知モニタリング・コントロールのいずれも有意に向上しました。これは先行研究と整合しており、想定の範囲内です。一方、達成感情については「退屈さ」だけが有意に増加し、「楽しさ」と「不安」には変化が見られませんでした。研究者たちが予測していた「楽しさの低下と不安の上昇」は確認されず、これは一定のサプライズです。学年内のわずか6ヶ月間という短期間では感情変化を捉えきれなかった可能性と、L2という教科の特殊性の両方が考えられますが、どちらが主因かはこの研究だけでは判断できません。

次に相関構造として、メタ認知(特にモニタリング精度とコントロール)は、T0・T1ともに英語語彙得点と中程度の正の相関を示しました。自分の正誤をうまく識別できる子は語彙力も高い、という関係が学年当初からすでに存在しているわけです。一方、達成感情と語彙得点の関係はT0では有意ではなく、T1になってはじめて「退屈さ」と「不安」が語彙得点と負の相関を示すようになりました。「楽しさ」は結局どの時点でも語彙得点と有意に相関しませんでした。

そして最も重要な発見として、繰り返し測定データに対する多層モデル(MLM)の分析があります。年齢・学校・テストの難易度などを統制したうえで、英語語彙の伸びを有意に予測したのは「自信度(confidence judgments)」「メタ認知コントロール」そして達成感情のうち「退屈さ」の三つでした。「楽しさ」と「不安」は有意な予測因子にはなりませんでした。特にメタ認知コントロールの効果量は大きく(推定値2.01、p<.001)、自信度と退屈さがそれに続く形です。

「退屈さ」が予測因子になるという発見の重み

この結果の中で最も注目すべきは、達成感情の中で「退屈さ」だけが英語語彙の伸びを予測したという点です。不安については多くの先行研究でL2学習との負の関連が報告されており、本研究でもT1時点での相関は確認されましたが、語彙の伸びそのものを予測するには至りませんでした。

なぜ退屈さなのでしょうか。Pekrunの統制価値理論によれば、退屈さとは「課題への関与が失われた状態」として定義されます。価値もコントロール感も低いとき、あるいは課題が単調すぎて刺激がないとき、退屈さは生じます。英語の授業が同じパターンの繰り返しになっていたり、内容が子どもの認知的な興味を引かなかったりすると、退屈が蓄積します。そしてその退屈さが、語彙の伸びを着実に削っていく―この連鎖は、日本の英語教育の文脈でも十分に起こりえます。

不安が有意な予測因子にならなかった理由については、対象が小学2・3年生という点が重要かもしれません。英語を習い始めたばかりの子どもは、そもそも「英語で評価される」という自意識がまだ薄く、不安を感じるほどのステークスを持っていない可能性があります。不安がL2学習の強力な予測因子として機能するのは、自己評価への意識が高まる中学・高校以降なのかもしれません。この点は日本の研究者にとっても検証に値するテーマです。

メタ認知が感情を「保護」する可能性

本研究のもう一つの重要な発見として、T0時点でのモニタリング精度とコントロールが、T1時点での退屈さ・不安と負の相関を示したという点があります。学年始めに自分の英語力をうまく把握できていた子は、学年末に退屈さや不安を感じにくかった、ということです。

これは示唆に富む発見です。メタ認知は単に「語彙を覚える効率を高める認知的ツール」ではなく、学習中の感情を安定させる緩衝材としての役割も果たしているのかもしれません。自分のわかることとわからないことがはっきりと見えていれば、見通しが立ちやすく、漠然とした不安が軽減されます。逆に、自分がどこでつまずいているかがわからないまま授業が進めば、焦りや退屈が増幅しやすいでしょう。

Efklidesが提唱するMASRL(メタ認知・感情的自己調整学習)モデルは、メタ認知と感情を自己調整学習の両輪として位置づけています。本研究の結果は、このモデルをL2習得の初期段階においても支持するものであり、理論的な貢献としても評価できます。

日本の英語教育への問いかけ

ここで少し立ち止まって、日本の教室を思い描いてみましょう。

2020年度から小学3・4年生での「外国語活動」、5・6年生での「外国語(英語)」教科化が完全実施されています。多くの学校でHRT(担任教師)がALTと協力しながら授業を進めている現場では、「とにかく英語を楽しく!」という方向性が長く主流でした。もちろんそれ自体に意義はありますが、本研究が示す「楽しさは語彙の伸びを予測しない」という知見は、その路線だけに頼ることへの静かな警告と読めます。

「楽しければ伸びる」は直感的に正しそうに見えますが、実はそれほど単純ではないのです。楽しい活動をしていても、子ども自身が「自分が何をわかっていて何がわかっていないか」を把握していなければ、学びは深まらないかもしれません。それよりも、「退屈させない」ことと「自分の理解度を意識させること」のほうが、語彙習得という観点では効果的だという可能性を、この研究は示唆しています。

ただし一点注意が必要です。本研究はイタリアの子どもを対象としており、イタリア語と英語はともにラテン・ゲルマン系言語として語彙的な類似点も少なくありません。日本語話者にとっての英語は、言語距離という観点から見ればはるかに遠く、認知的負荷も異なります。したがって、本研究の結果をそのまま日本に適用することには慎重であるべきですが、「メタ認知が初期L2学習において重要」という大枠の知見は、言語距離を超えて共有できる可能性が高いと考えます。

研究の限界と残された問い

論文の著者たちも認めているように、本研究にはいくつかの限界があります。

まず測定上の問題として、メタ認知は「英語の語彙テストに対して」という特定のパフォーマンスに紐づけて測定されているのに対し、達成感情は「英語学習全般」に対して測定されています。この測定の粒度の違いが、メタ認知と感情の効果量の差に影響している可能性は否定できません。比較可能性を高めるためには、感情もより課題特定的に測定するか、あるいはメタ認知もより一般的に測定するか、いずれかの方向で測定を揃える必要があります。

次に縦断期間の短さです。T0が11月、T1が翌年5月という約6ヶ月間のみの追跡では、感情の発達軌跡を十分に捉えることができません。達成感情の変化が確認されたのが「退屈さ」のみという結果も、より長期にわたる追跡であれば違う様相を示すかもしれません。L2学習の感情変化は、Raccanelloらの先行研究が示すように、2年生から4年生という2年間のスパンでようやく有意な変化として捉えられる可能性があります。

また、本研究では「手続き的メタ認知(モニタリングとコントロール)」のみが測定されており、「宣言的メタ認知(学習方略に関する知識)」は含まれていません。英語学習における宣言的メタ認知の役割―たとえば「単語は繰り返し書いて覚えるのが得意」「聞いて覚えるほうが向いている」といった自己認識―は、長期的な学習の自律性に関わる重要な要因です。今後の研究ではこの側面も含める必要があるでしょう。

さらに、Pekrunの統制価値理論が重視する「価値(value)」の次元が本研究では測定されていません。「英語が重要だと思う」という認識が達成感情をどう形作るかという問いは、特にL2学習において中心的なテーマのはずです。この変数の欠如は、感情の予測因子としての分析をやや不完全なものにしています。

関連研究との対話

本論文が引用するRoebers & Spiess(2017)の縦断研究は、スペリング課題においてモニタリングとコントロールの関係が時間とともに強まることを示しており、本研究のメタ認知に関する知見と方向性は一致しています。ただしRoebers & Spiessの対象はドイツ語圏の子どもであり、母語のスペリングという文脈での研究です。外国語習得という文脈に同様のパターンが見られたという本研究の知見は、メタ認知の発達的知見の適用範囲を広げるものとして評価できます。

一方で、感情とL2学習の関係についてはShaoら(2019)のレビューが整理しているように、先行研究の多くが不安のみに焦点を当て、しかも成人学習者を対象としていました。本研究のように楽しさ・不安・退屈さを同時に、かつ小学生を対象に測定した研究はほぼ存在しておらず、その意味でこの研究は空白を埋める貢献をしています。ただし、Leeの高校生を対象とした先行研究では「楽しさ」が正の予測因子として有意だったのに対し、本研究では有意でなかったという相違点は、学習者の発達段階によって感情の機能が異なる可能性を示唆しており、今後の精緻化が求められます。

教育実践への落とし込み

では、この研究から実際の教育実践に何を引き出せるでしょうか。

一つには、自信度評定の日常化が挙げられます。「この単語、言えた?どのくらい自信ある?」という問いを授業の中に組み込むだけで、子ども自身のモニタリング意識が育まれます。小学校では特にスマイル顔やハート・マークなど視覚的な評定ツールを使うことで、子どもが負担なくメタ認知的判断を表現できるようになります。本研究でも笑顔スケールを用いた測定が有効に機能しており、実践的な参考になります。

もう一つは、退屈さへの感度を高めることです。「楽しそうにしているから大丈夫」ではなく、「この子は今、本当に課題と関わっているのか、それとも表面的に参加しているだけなのか」を見極める目が必要です。同じ活動の繰り返しや、認知的チャレンジのない単純作業は退屈を生みやすく、それが積み重なると語彙の定着を妨げます。授業設計において適度な難易度と新規性を保つことの重要性を、本研究は数字で示しています。

三つ目として、メタ認知の早期育成です。本研究の「T0時点でのメタ認知がT1時点での感情を予測する」という縦断的知見は、学年当初からメタ認知的スキルを育てることが、後の感情調整にも波及することを示唆します。小学校段階でのメタ認知教育は、語彙の伸びを直接促進するだけでなく、学習に向き合う感情的基盤を整えるという二重の効果を持つ可能性があります。

この研究が持つ意義と読み方

本研究は、イタリアという単一の文化・言語的背景での研究であり、サンプルサイズも305名という規模です。L2学習研究全体からすれば一つの先駆的な試みに過ぎませんが、「小学生の初期L2習得においてメタ認知と感情の両方を測る」という設計そのものが新しく、問いの立て方に価値があります。

日本の英語教育研究者にとっては、この研究を雛型として、日本語話者の子どもを対象にした追試・拡張研究を設計することが次のステップとして考えられます。特に「退屈さ」と語彙習得の関係、そして学習初期からのメタ認知指導の効果は、日本の小学校英語教育においても実証的に検討される価値が高いテーマです。現場の先生方にとっては、「子どもが退屈していないか」「自分の理解度をどれくらい意識しているか」という二点に着目するだけで、授業観察の質が変わるかもしれません。

子どもたちは英語の授業の中で、単語を覚えるだけでなく、自分の学びを内側から見つめ、感じ、判断しています。その内側のプロセスに目を向けることが、長期的な英語力の基盤を築く第一歩になるのだと、この研究は静かに、しかし確かに示しています。


Palladino, P., Trotta, E., Bonvino, A., Carlucci, L., & Cottini, M. (2025). How do you feel during English class? Emotions and metacognition in primary school children learning English as a second language. Metacognition and Learning, 20, 10. https://doi.org/10.1007/s11409-025-09414-4

 

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語eラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているeラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAIによる新しい教育システムの開発にも着手している。

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