静かすぎる教室で育つ英語力の限界
英語の授業といえば、どんな光景を思い浮かべるでしょうか。先生が黒板の前に立ち、文法を説明し、生徒たちはノートに書き写す。単語カードをめくって暗記し、テストで書き取りをする。こうした光景は、アジアの多くの教室で今も見られる日常です。しかし、このような「静かな」英語教育には、大きな問題があります。子どもたちが実際に英語を使って話す機会が、あまりにも少ないのです。 香港のCity University of Hong KongのBonnie Wing-Yin Chowらの研究チームは、この問題に正面から取り組みました。2021年に発表された彼らの論文”Dialogic teaching in English-as-a-second-language classroom: Its effects on first graders with different levels of vocabulary knowledge”は、「対話的教育法(dialogic teaching)」と呼ばれる、先生と生徒が活発にやりとりをする教育方法が、小学1年生の英語学習にどのような効果をもたらすかを検証したものです。特に注目すべきは、すでに語彙力が高い子どもと、まだ語彙力が十分でない子どもとで、この教育法の効果がどう違うのかを調べた点です。 研究チームを率いたChowは、香港における言語発達と教育の専門家として知られています。共著者のAnna Na-Na Huiも同じくCity University of Hong Kongに所属し、創造性教育の研究で実績があります。Zhen LiはThe Education University of Hong Kongの研究者で、Yang Dongも含めた4人のチームは、香港という特殊な言語環境―中国語(広東語)を母語とする子どもたちが英語を第二言語として学ぶ環境―に焦点を当てました。
詰め込み教育の弊害―香港の現実
香港の小学校では、英語は主要教科の一つです。しかし、伝統的な教育方法は「教師中心」で、先生が知識を一方的に伝え、生徒は受け身で聞くというスタイルが主流です。この論文が指摘するように、暗記中心、退屈な練習問題、文法の繰り返し訓練といった方法が、試験重視のカリキュラムとともに根強く残っています。 Cheung(2014)の研究を引用しながら、著者たちは香港の教室の実態を描き出します。仲間や先生との交流が限られているため、生徒たちは英語でコミュニケーションする機会を最大限に活用できず、英語の授業で受け身のままになってしまう傾向があるのです。まるで水泳を、プールに入らずに教科書だけで学ぼうとしているようなものです。英語という言語を、実際に使わずに習得しようとすることの難しさが、ここにあります。 さらに、中国語と英語の言語的な距離の大きさも、香港の子どもたちにとっての困難を増しています。文字体系も文法構造も大きく異なる二つの言語の間を行き来することは、母語話者が想像する以上に大変なことです。
対話的教育法―問いかけ、広げ、繰り返す
では、対話的教育法とは具体的にどのようなものでしょうか。この方法は、Alexander(2008)が提唱したもので、先生と生徒が協力的に、能動的にお互いの考えを発展させていく教育アプローチです。従来の一方通行の授業とは対照的に、双方向のやりとりを重視します。 この研究で採用された対話的読み(dialogic reading)という技法には、「PEER」と呼ばれる基本的な流れがあります。
Prompt(問いかけ)、Evaluate(評価)、Expand(拡張)、Repeat(繰り返し)の頭文字です。たとえば、絵本を読むとき、先生はまず子どもに「この絵に何が見える?」と問いかけます。子どもが「犬」と答えたら、先生は「そうね、大きな茶色い犬ね」と評価し、拡張します。そして子どもに「大きな茶色い犬」と繰り返させるのです。 また、質問の種類も工夫されています。「CROWD」と呼ばれる質問デザインは、Completion(文章の完成)、Recall(思い出し)、Open-ended(自由回答)、Wh-questions(疑問詞を使った質問)、Distancing(経験と結びつける)の五つのタイプを組み合わせます。単純な「はい・いいえ」で終わる質問ではなく、子どもが自分の言葉で考えて話す必要がある質問を投げかけることで、言語使用の機会を増やすのです。 研究チームはこれに加えて、創造的な活動も取り入れました。子どもたちが想像力を働かせて、架空の場所や状況を英語で描写するような活動です。こうした活動は、教科書に出てくる決まった表現を超えて、子どもたちが自由に言葉を組み合わせる機会を提供します。72人の小学1年生を追いかけた12週間
研究の参加者は、香港の地元小学校に通う小学1年生72名でした。平均年齢は6歳6か月。全員が家庭では広東語を話し、学校で英語の授業を受けている子どもたちです。香港では多くの子どもが小学校入学前から、幼稚園や家庭で英語の歌を聞いたり、アルファベットや簡単な単語を学んだりしていますが、正式な英語教育は小学1年生から始まります。 研究チームはまず、253人の小学1年生に英語の語彙テストを実施しました。そして、成績が下位25パーセントに入る子どもたちを「低語彙群」、上位25パーセントに入る子どもたちを「高語彙群」として選び出しました。これは、同じ学年でも英語の習得状況にかなりの個人差があることを前提とした設計です。 最終的に、低語彙群は32名(実験群16名、対照群16名)、高語彙群は40名(実験群20名、対照群20名)となりました。実験群は新しい対話的教育法を受け、対照群は従来通りの伝統的な教育法で学びました。介入期間は12週間で、週に平均80分ほど、対話的教育法による授業が行われました。 測定されたのは、主に二つの能力です。一つは語彙知識で、これは「受容語彙(聞いて理解できる語彙)」と「表出語彙(自分で話せる語彙)」の両方が測られました。もう一つは音韻認識―つまり、言葉の音の構造を理解する能力です。たとえば「butterfly(蝶)」という単語から「ter」という音を取り除くと「but」と「fly」になる、といった課題を通じて測定されました。
教科書の言葉が口から出るようになった
12週間の介入の結果、最も顕著な効果が見られたのは、教科書に出てくる単語の表出語彙でした。つまり、子どもたちが自分で言えるようになった教科書の言葉が、実験群で大幅に増えたのです。この効果は、語彙力が低い子どもたちでも、高い子どもたちでも、同じように見られました。 統計的な分析では、「時間と条件の交互作用」と呼ばれる効果が有意でした。これは簡単に言えば、時間の経過とともに両群とも成長したけれども、その成長の度合いが実験群の方が大きかったということです。効果の大きさを示す指標(partial eta-squared)は、低語彙群で0.19、高語彙群で0.20と、どちらも「大きな効果」と判断される水準でした。 なぜ教科書の語彙で特に効果が出たのでしょうか。研究チームは、授業で頻繁に使われる言葉だからだと説明しています。英語学習を始めたばかりの子どもたちにとって、まず手に入れやすいのは授業で何度も出てくる教科書の言葉です。対話的教育法は、この教科書の言葉を使って先生とやりとりする機会を大幅に増やします。Wasik et al.(2016)が指摘するように、言葉の意味を繰り返し説明され、何度も聞き、自分でも使ってみる機会が増えることで、その言葉が定着するのです。 興味深いのは、一般的な語彙テスト(教科書以外の単語を含む)では、実験群と対照群の差が見られなかった点です。これは、12週間という期間が、授業で集中的に扱う語彙には効果を示すのに十分だったものの、より広範な語彙全体を押し上げるには短かったことを示唆しています。
聞いてわかるより、話せることが伸びた
もう一つの重要な発見は、受容語彙(聞いてわかる語彙)よりも表出語彙(話せる語彙)の方が、対話的教育法による改善が大きかったという点です。 これは考えてみれば理にかなっています。従来の授業でも、先生が単語を説明し、例文を読み上げることで、子どもたちは聞いて理解する機会は得られます。しかし、自分で口に出して使う機会は限られています。対話的教育法は、まさにこの「自分で話す」部分を強化するのです。 Sénéchal(1997)の研究も引用されていますが、本を読み聞かせるだけでも受容語彙と表出語彙は伸びるものの、対話的なやりとりを加えると、特に表出語彙の伸びが大きくなることが知られています。Mol et al.(2008)のメタ分析も、対話的読みが特に表出語彙に強い効果を持つことを示しています。子どもたちが積極的に言葉を使う機会が増えるからです。 これは、語学学習における普遍的な原理を示しています。聞くだけでなく、実際に使ってみることが、その言葉を自分のものにするためには不可欠なのです。まるで楽器の練習と同じで、楽譜を読んで理解するだけでなく、実際に音を出してみることで、初めて演奏できるようになるのと似ています。
音の理解は語彙力が鍵―高語彙群だけに見られた効果
音韻認識については、興味深いパターンが見られました。高語彙群では、実験群が対照群よりも有意に改善しましたが、低語彙群では両群の間に差が見られなかったのです。 音韻認識とは、言葉を音の単位に分解したり組み合わせたりする能力のことです。たとえば「butterfly」という単語が「but」「ter」「fly」という三つの音節でできていることを理解し、その一部を取り除いたらどうなるかを考える能力です。この能力は、後の読み書き能力の発達にとって重要だとされています。 なぜ語彙力が高い子どもだけに効果が出たのでしょうか。研究チームは、語彙知識が音韻認識の発達を支えるという先行研究(Ouellette, 2006; Walley, Metsala, & Garlock, 2003)を引用しています。つまり、ある程度の語彙の蓄積があって初めて、言葉の音の構造に注意を向ける余裕が生まれるのではないか、という解釈です。 低語彙群の子どもたちは、対話的教育法によって教科書の言葉を話せるようにはなりましたが、まだ音の構造を分析するレベルには達していなかったと考えられます。これは、学習には段階があることを示唆しています。まず基本的な語彙を獲得し、それが十分に蓄積されてから、より高度な言語処理能力が発達するという順序です。
この研究が教えてくれること
この研究の最も重要な貢献は、対話的教育法が第二言語としての英語学習に効果的であることを、実証的に示した点です。特に、語彙力が異なる子どもたちに対する効果の違いを明らかにしたことは、教育実践にとって有益な知見です。 すべての子どもが同じように学ぶわけではありません。語彙力がまだ十分でない子どもたちには、まず教科書の語彙を確実に身につけさせることに焦点を当て、語彙力が高い子どもたちには、さらに音の構造にも注意を向けさせる活動を取り入れるといった、段階的なアプローチが有効かもしれません。 また、香港という特殊な文脈での研究ですが、その知見は他のアジア諸国にも応用できる可能性があります。日本の英語教育も、長らく文法訳読中心で、実際に英語を使う機会が限られていると批判されてきました。対話的教育法のような、子どもたちが積極的に言葉を使う機会を増やすアプローチは、日本の教室でも試す価値があるでしょう。
限界と今後の課題
ただし、この研究にはいくつかの限界もあります。著者たち自身も認めているように、テストの項目数が比較的少なく、特に高語彙群では事前テストの得点が高かったため、改善の余地が限られていた可能性があります。天井効果と呼ばれる現象です。 また、介入期間が12週間と比較的短かったことも指摘されています。より長期的な効果を見るためには、数か月後、あるいは1年後に追跡調査をすることが望ましいでしょう。言語学習は長期的なプロセスですから、短期的な効果が本当に定着するのかを確認する必要があります。 さらに、この研究では語彙と音韻認識に焦点を当てましたが、読解力や作文力といった他の言語能力への効果は測定されていません。対話的教育法が総合的な英語力の向上にどの程度貢献するのかは、今後の研究課題です。 サンプルサイズの問題もあります。72名という参加者数は、学校での介入研究としては決して少なくありませんが、より多くの学校、より多様な背景を持つ子どもたちを含めた大規模な研究が望まれます。著者たちも、今後はより大きなサンプルで混合効果モデルを使った分析を行うことを提案しています。 加えて、対照群が「従来の教育法」とされていますが、その具体的な内容が詳しく記述されていないことも気になります。対照群の先生たちが実際にどのような授業を行っていたのか、実験群との違いは何だったのかをより詳細に記録することで、何が効果をもたらしたのかがより明確になるでしょう。
教室を変える可能性
それでも、この研究が示唆するところは大きいと言えます。先生が一方的に教えるのではなく、子どもたちと対話しながら学びを深めていくアプローチは、言語教育において特に重要だということです。 実際の教室で対話的教育法を実施するには、先生たちの訓練が必要です。この研究では、介入開始前に1.5時間のワークショップを行い、12週間の間に4週間ごとに教室訪問をして支援しました。これは、新しい教育法を導入するには、一度の研修だけでなく、継続的なサポートが必要だということを示しています。 しかし、週に80分という時間は、通常の授業時間の中で十分確保できる範囲です。特別な設備や教材も必要ありません。必要なのは、先生の問いかけ方、子どもの答えを受け止めて広げる技術、そして子どもたちに話す機会を与えようとする意識です。
声を出すことの大切さ
この研究が教えてくれる最も基本的なメッセージは、子どもたちに声を出させることの大切さです。言語は、本質的にコミュニケーションのための道具です。聞くだけ、読むだけでは、その道具を使いこなせるようにはなりません。 香港の教室で、先生たちは「この絵に何が見える?」と問いかけました。子どもたちは最初、たどたどしくても「犬」と答えます。先生は「そうね、大きな茶色い犬が走っているね」と広げます。子どもはそれを繰り返します。こうした小さなやりとりの積み重ねが、12週間後には測定可能な語彙の増加として現れました。 語彙力がまだ十分でない子どもたちも、高い子どもたちも、それぞれのレベルで成長しました。すべての子どもが同じスピードで、同じように学ぶわけではありません。でも、対話の機会を増やすことは、どの子どもにとっても意味があるのです。
実践への橋渡し
研究論文は往々にして、実験室や限定的な条件下での発見を報告し、それが実際の教育現場でどう活用できるのかという問いには答えないことがあります。しかしこの研究は、実際の学校の、実際の教室で、普通の先生たちが実施できる方法を検証しました。 もちろん、香港と他の地域では事情が違います。でも、子どもたちが言葉を学ぶ基本的なプロセスには共通点があります。聞いて、真似して、使ってみて、フィードバックを受けて、また使ってみる。この繰り返しの中で、言葉は定着していきます。 対話的教育法は、この自然な学習プロセスを教室に取り入れようとする試みです。それは特別な才能を持った先生だけができる魔法のような方法ではなく、訓練と意識があれば、多くの先生が実践できるアプローチです。 12週間という期間で、教科書に出てくる言葉を自分で使えるようになった子どもたちの姿を想像してみてください。それは小さな一歩かもしれません。でも、言語学習という長い道のりにおいて、確かな一歩です。声を出すことで、言葉は生きたものになります。静かな教室を、子どもたちの声が飛び交う場所に変えることから、新しい学びが始まるのかもしれません。
Chow, B. W.-Y., Hui, A. N.-N., Li, Z., & Dong, Y. (2023). Dialogic teaching in English-as-a-second-language classroom: Its effects on first graders with different levels of vocabulary knowledge. Language Teaching Research, 27(6), 1408–1430. https://doi.org/10.1177/1362168820981399
