筆者と研究の背景

この論文”Incidental vocabulary acquisition from listening to English teacher education lectures: A case study from Macau higher educatio”の筆頭著者であるBarry Lee Reynoldsはマカオ大学教育学部の研究者で、同大学の認知・脳科学センターにも所属しています。共著者のXiaowen (Serina) Xieはエディンバラ大学、Quy Huynh Phu Phamはベトナムのトンドゥックタン大学に在籍しており、国際的な共同研究の形をとっています。

研究の舞台となったマカオは、中国の特別行政区として独自の教育システムを持ち、多言語・多文化が共存する地域です。高等教育では英語を授業言語とする科目が増えていますが、その実態や効果については十分に検証されてきませんでした。Reynolds らはこの空白を埋めるべく、実際の大学講義を使った詳細なケーススタディに取り組みました。

英語で授業を受ければ英語が上達する、という思い込み

大学で英語を使って専門科目を教えるという実践は、世界中で広がっています。その背景には「英語で授業を受ければ、内容を学びながら自然と英語力も向上するだろう」という期待があります。まるで、海外旅行に行けば自然と現地の言葉が話せるようになる、というような楽観的な想定です。

しかし本当にそうでしょうか。この研究はまさにその前提を疑うところから始まっています。

従来の語彙習得研究は、読むことを通じた学習に偏っていました。しかし最近では、テレビ番組やYouTube、TED Talksなど、聴くことを通じた語彙学習にも注目が集まっています。ところが意外なことに、毎日何時間も受けている大学の授業そのものが語彙学習の場になっているかについては、ほとんど研究されてきませんでした。まさに灯台下暗しです。

研究の設計―現実に近い条件での実験

この研究のユニークな点は、実際の大学講義をそのまま使っている点です。Reynoldsが自身の「英語教育入門」コースで行った27回の講義(合計15時間15分)を録音し、それを高校を卒業したばかりの学生1人に聴かせました。

被験者となった学生は、マカオ大学の英語教育専攻に合格したばかりで、英語の語彙サイズは7,500語族、最頻出3,000語族については習得済みという、まさに入学予定者として標準的なレベルでした。この学生に、週2回(金曜日と日曜日)、13.5週間にわたって講義を1回ずつ聴いてもらいました。早送りや巻き戻しは禁止し、実際の授業と同じように最初から最後まで通して聴くという条件です。

テストされた語彙は慎重に選ばれました。学生がまだ知らないであろう6,000語レベル以上の単語で、講義中に少なくとも5回は登場し、長さが似ているもの―そうして選ばれた10個の専門用語(cognate、recast、lexical、fallacy、syntax、scaffold、normative、salient、increment、holistic)について、3種類のテストで習得度を測定しました。

講義を理解するために必要な語彙力―予想以上に高いハードル

まず研究チームは、講義全体の語彙プロファイリングを行いました。これは料理に例えるなら、レシピの材料リストを作るようなものです。この講義を理解するには、どれくらいの語彙が必要なのか。

結果は、全体として見れば比較的穏やかなものでした。最頻出4,000語族に固有名詞と周辺語を加えた知識があれば、講義全体の98%をカバーできることがわかりました。先行研究では、EMI講義を98%理解するには7,000語族が必要とされていたので、これは意外に低い数字です。

しかしここに落とし穴がありました。個別の講義を見ると、話は全く違ってくるのです。27回の講義のうち、9回は3,000語レベルで98%カバーできましたが、10回は5,000語レベル、1回は6,000語レベルが必要でした。さらに、2つの講義は25,000語レベルの知識があっても96-97%のカバーしか達成できませんでした。

これは平均点だけ見ていては見逃してしまう重要な発見です。あるクラスの平均点が80点でも、個々の生徒を見れば100点の人もいれば50点の人もいる、というのと同じことです。

わずかな収穫―現実は厳しい

では、学生は実際にどれくらいの語彙を習得できたのでしょうか。

15時間以上の講義を聴いた結果、学生は受容的形態知識(単語の形を認識する力)で2語、受容的意味知識(意味を理解する力)で4語、産出的意味知識(自分で使える力)で1語を新たに習得しました。

この数字だけ見ると、「たったそれだけ?」と思われるかもしれません。実際、著者たちも「modest(控えめな)」という表現を使っています。ただし、テストした10語以外にも習得した単語はあったはずだと付け加えていますが。

興味深いのは、37回も登場した「scaffold」という単語だけが産出的意味知識として習得されたことです。この単語は講義の最初の2回で集中的に使われ(11回と19回)、その後しばらく間を置いて、終盤の4回の講義で再び登場しました。この「集中学習の後に間隔を置いた復習」というパターンが、記憶の定着に効果的だったと考えられます。

一方、「lexical」という単語は35回も使われたのに習得されませんでした。なぜでしょうか。この単語は「lexical demand」「lexical coverage」「lexical chunk」といった専門用語の一部としてしか登場せず、多くの場合、これらの用語自体の説明がなかったのです。つまり、出現回数は多くても、学習者にとっては「同じ単語の繰り返し」として認識されなかった可能性があります。

学生の声―難しいけれど意味はある

インタビューからは、学生の複雑な心境が浮かび上がってきます。

彼は講義を「とても難しい」と感じていました。高校での授業とは全く違い、1時間集中し続けるのが大変だったそうです。英語力も内容知識も不十分だと自覚していました。ある意味、深いプールにいきなり飛び込まされたような感覚だったのでしょう。

それでも、この経験を「役に立った」と評価しています。将来の大学生活への準備になったし、英語教師になるという夢にも関連する内容だったからです。特に印象に残った概念として「Lingua Franca(共通語)」を挙げ、香港英語やシンガポール英語といった具体例とともに説明できました。

興味深いのは、彼が持っていた先入観です。彼は「非ネイティブの先生の方が英語を簡単に話してくれるから、理解しやすい」と考えていました。そして実際の講義で、ネイティブスピーカーの講師の話し方を「より難しい」と感じました。しかし同時に、その講師は新しい概念や語彙を丁寧に説明してくれたので、「より深く理解できた」とも述べています。この矛盾した感想は、学習の複雑さを物語っています。

彼はまた、中国語で授業を受けた方が効率的だったかもしれないと迷いながらも、「英語で受けた方が英語力は向上する」と結論づけました。理想と現実の間で揺れる、まさに学習者のリアルな姿です。

この研究の強みと限界

この研究の最大の強みは、実際の大学講義を使った点です。多くの研究が人工的に作られた教材を使う中、これは生態学的妥当性(現実に近い条件での研究)が高いと言えます。また、語彙の習得を複数の角度から測定し、学生の主観的な経験も聞き取ることで、立体的な理解を可能にしています。

しかし限界も明らかです。最大の問題は、たった1人の学生しか調査していないことです。この学生がたまたま特殊だった可能性は否定できません。また、実際の授業では学生は質問したり、他の学生と議論したりできますが、この研究では一方的に講義を聴くだけでした。学生自身も「教室なら質問できたのに」と指摘しています。

さらに、テストは書かれた形式で行われましたが、聴くことで学んだ語彙は音声形式でテストした方が適切だったかもしれません。発音やアクセントの問題はあるものの、これは今後改善すべき点でしょう。

著者たちは正直に、10語しかテストしていないこと、他の授業や他の大学の状況は分からないこと、結果を一般化できないことを認めています。このような謙虚さは、学術研究において重要な姿勢です。

教育実践への示唆―理想と現実のギャップを埋める

この研究から、いくつかの実践的な提案が導かれます。

まず、大学側は入学してくる学生の語彙力が、EMI講義を理解するのに十分かどうかを確認する必要があります。この研究では4,000語族が必要でしたが、個別の講義ではもっと高いレベルが求められることもあります。

講師は、難しい講義の前に重要な語彙を予習させたり、複合語や専門用語を事前に紹介したりすることが求められます。また、新しい概念を説明する際には、明確な定義と具体例を提供することが重要です。この研究では、説明が長すぎて複雑になり、かえって理解を妨げた例もありました。シンプルで分かりやすい説明が求められます。

高校の教師も役割があります。学生がインタビューで指摘したように、大学でどのような授業を受けることになるのか、高校生に知らせ、準備させることです。実際の講義の一部を見せたり、同じような教材を使ったりすることで、ギャップを小さくできるかもしれません。

新入生オリエンテーションも重要です。学生が持っている「非ネイティブの先生の方が分かりやすい」といった思い込みに対処し、現実的な期待を持たせる必要があります。また、中国語と英語の使い分けについても、率直に議論すべきでしょう。

より広い文脈で考える―EMI政策の再考

この研究は、世界中で進行している英語媒介教育(EMI)の流れに一石を投じるものです。

国際化という大義名分のもと、多くの大学が英語で授業を行うようになっています。しかしこの研究が示すのは、英語で授業を受けるだけでは、語彙は思ったほど増えないという現実です。もちろん、専門知識は学べるかもしれませんし、英語に触れる機会にはなります。しかし、「自然に英語が上達する」と期待するのは楽観的すぎるかもしれません。

マカオのような多言語環境では、この問題はさらに複雑です。学生の第一言語は広東語や北京語で、英語は第二言語または外国語です。それなのに、専門科目を英語で学ばなければならない。これは二重の負担です。

同時に、学生自身が英語での授業を価値あるものと認識していることも事実です。グローバル化した世界で、英語は依然として重要な道具です。問題は、どうすればその道具を効果的に使えるようになるか、ということでしょう。

研究方法への提案―次のステップ

この研究を発展させるなら、いくつかの方向性が考えられます。

まず、サンプルサイズを大きくすることです。数十人、できれば数百人の学生を対象にすれば、より一般的な傾向が見えてくるでしょう。また、異なる専攻分野の講義を比較することも重要です。英語教育の講義と、工学や経済学の講義では、語彙の性質も習得のパターンも異なるはずです。

実際の教室での学習を観察することも必要です。この研究のように録音を聴くだけでなく、学生が質問したり、議論したり、課題を提出したりする実際の授業で、どんな学習が起きているのかを調べるべきでしょう。

テスト方法の改善も課題です。音声での語彙テストを開発し、聴いて学んだことを聴いて測るという、より自然な評価方法が求められます。また、10語だけでなく、もっと多くの語彙をテストすることで、全体像がより正確に把握できるでしょう。

長期的な追跡調査も価値があります。1学期だけでなく、4年間の大学生活を通じて、学生の語彙がどう変化するのか。EMI授業を受け続けることで、語彙習得は加速するのか、それとも頭打ちになるのか。こうした問いに答えることで、EMI政策の長期的な効果を評価できます。

最後に―理想的な教育環境を目指して

この研究が私たちに教えてくれるのは、言語教育に「魔法の解決策」はないということです。英語で授業をすれば自動的に英語力が向上する、という単純な図式は成り立ちません。

しかし同時に、可能性がゼロというわけでもありません。適切な条件が整えば―語彙の頻度が高く、文脈が豊かで、説明が明確で、学生の興味を引くトピックであれば―講義を聴くことで語彙は増えていきます。問題は、そうした条件をいかに整えるかです。

教育とは、教師と学生が共に作り上げていくものです。教師は学生の実態を理解し、適切な支援を提供する。学生は自分の限界を認識しつつ、積極的に学ぶ姿勢を持つ。制度としては、無理な負担を強いるのではなく、段階的に移行できるような仕組みを作る。

Reynolds たちの研究は、たった1人の学生の経験を丁寧に追うことで、こうした複雑な現実を浮き彫りにしました。小さな研究かもしれませんが、そこから得られる教訓は大きいといえるのではないでしょうか。


Reynolds, B. L., Xie, X., & Pham, Q. H. P. (2022). Incidental vocabulary acquisition from listening to English teacher education lectures: A case study from Macau higher education. Frontiers in Psychology, 13, Article 993445. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2022.993445

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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