研究の背景と筆者たちの問題意識
この論文”A comparison of tact training and bidirectional intraverbal training in teaching a foreign language: A refined replication”の筆者であるDamien DalyとKaterina Dounaviは、北アイルランドのQueen’s University Belfastに所属する研究者です。彼らが取り組んだのは、多くの人が抱える切実な問題、つまり「外国語をどのように効率的に学べばよいのか」という課題です。
私たちの多くは学校で何年も英語を勉強したはずなのに、実際には満足に話せないという経験を持っているでしょう。この研究は、そうした外国語学習の効率性について、行動分析学という心理学の一分野から科学的に検証しようとするものです。興味深いのは、この研究が単なる語学教育の方法論ではなく、B.F. Skinnerという心理学者が1957年に提唱した「言語行動」という理論的枠組みに基づいて設計されている点です。
グローバル化が進む現代社会において、第二言語を話せることの重要性はますます高まっています。欧州委員会の調査でも、ヨーロッパ全体で外国語能力への需要が増加していることが報告されています。しかし、子どもが母国語を特別な指導なしに自然に習得するのとは異なり、第二言語の習得には何らかの体系的な指導が必要になることが多く、特に習得開始年齢が重要な要因となることが知られています。
この研究が目指したもの
本研究は、Dounaviが2014年に発表した先行研究の追試という位置づけになっています。追試研究というのは、科学の世界では非常に重要な役割を持ちます。一度の研究だけでは偶然の結果かもしれませんが、異なる研究者が同様の方法で同じような結果を得られれば、その知見の信頼性が大きく高まるからです。ただし、今回の研究では単純な繰り返しではなく、前回の研究で指摘された方法論的な問題点を改善した「洗練された追試」となっています。
具体的には、英語を母国語とする成人3名に、フランス語の基本的な語彙30語(動物、日常的な物、食べ物など)を教えるという設定です。参加者は31歳の男性Niall、33歳の女性Catriona、そして40歳の女性Brandyの3名で、全員が過去に学校でフランス語を5年ほど学んだ経験はあるものの、現在はほとんど使えないという状態でした。こうした参加者の設定は、私たちの多くが経験する「昔習ったけれど忘れてしまった外国語」という現実的な状況を反映しています。
三つの教え方を比較する
この研究で比較されたのは、三つの異なる教え方です。専門用語を使わずに説明すると、次のようになります。
一つ目は「外国語から母国語への言い換え」の訓練です。これは、フランス語の単語(例えば「Bougie」という文字)を見せられたときに、その英語の意味(「Candle」=ろうそく)を言えるようにする訓練です。この方法は、単語帳で外国語を見て母国語の意味を思い出す、という多くの人が経験したことのある学習方法に近いものです。
二つ目は「タクト訓練」と呼ばれるもので、写真や絵を見せられたときに、それをフランス語で言えるようにする訓練です。例えば、ろうそくの写真を見せられたら「Bougie」と答えられるようにします。これは、目の前の物を外国語で命名できるようにする訓練で、実際の会話場面で役立つスキルです。
三つ目は「母国語から外国語への言い換え」の訓練です。英語の単語(「Candle」という文字)を見せられたときに、そのフランス語(「Bougie」)を言えるようにする訓練です。これは通訳や翻訳の基本となるスキルとも言えます。
研究者たちは、これら三つの方法のうち、どれが最も効率的に外国語を教えられるのか、そしてどの方法が「教えていない関係性」の習得を促進するのかを調べようとしました。
「教えていない関係性」とは何か
この研究で特に興味深いのは、「教えていない関係性の出現」という現象に注目している点です。これは専門的には「刺激等価性」や「派生的関係」と呼ばれる現象で、説明するとこういうことです。
例えば、あなたがろうそくの写真を見て「Bougie」と言えるように訓練されたとします(タクト訓練)。すると、訓練を受けていないにもかかわらず、「Candle」という英語の単語を見たときにも「Bougie」と言えるようになったり、「Bougie」というフランス語を見たときに「Candle」と言えるようになったりする可能性があるのです。つまり、一つの関係性を学ぶことで、別の関係性が自然と身につく可能性があるということです。
これは学習の効率性を考える上で非常に重要です。もし一つの訓練で複数の能力が身につくなら、学習時間を大幅に短縮できるからです。私たちが日常的に経験する例で言えば、新しい漢字を習ったときに、その読み方と書き方と意味が自然に結びついて覚えられるようなものです。一つ一つを別々に暗記しなくても、関連づけて覚えられる能力が人間にはあるのです。
研究方法の工夫と改善点
研究デザインとしては、複数のベースライン法という手法が用いられました。これは、訓練の効果を厳密に検証するための方法で、訓練前と訓練後の変化を詳細に追跡します。参加者たちには、それぞれ10語ずつの三つのグループ(合計30語)が割り当てられ、各グループで異なる訓練方法が試されました。
この研究で特に評価できるのは、前回の研究(Dounavi, 2014)で指摘された方法論的な問題点をきちんと改善している点です。例えば、前回の研究では「母国語から外国語への言い換え」の訓練前のベースラインデータが取られていなかったため、参加者が偶然正しい答えを推測した可能性が排除できませんでした。今回はこの問題を解決し、すべての関係性について訓練前のデータを取得しています。
また、前回の研究では訓練後のテストの際に参加者にフィードバック(正誤の情報)を与えていたため、それが後のテスト結果に影響を与えた可能性がありました。今回はテスト時にはフィードバックを一切与えないことで、純粋に訓練の効果だけを測定できるようにしています。
さらに、テストの順序効果を排除するため、訓練後のテストではランダムに順序を変えて実施するという工夫もなされています。こうした細かな方法論的改善の積み重ねが、研究結果の信頼性を高めることにつながります。
研究結果が示したこと
結果は非常に興味深いものでした。まず、すべての訓練方法が外国語語彙の習得には効果的でしたが、その効率性には明確な違いがありました。
最も効率的だったのは「母国語から外国語への言い換え」の訓練で、3名の参加者のうち2名が最も少ない訓練回数で習得基準に達しました。特にCatrionaは6回のセッションで習得できたのに対し、タクト訓練では15回、「外国語から母国語」の訓練では19回も必要でした。これは実に3倍以上の差です。
しかし、「教えていない関係性」の出現という点では、異なる傾向が見られました。タクト訓練と「母国語から外国語」の訓練は、両方とも教えていない他の関係性の習得を効果的に促進しましたが、「外国語から母国語」の訓練では、3名中1名しか習得基準に達しませんでした。
特に興味深いのは、4週間後の維持テストの結果です。一般的には、直接訓練された関係性の方が長期的に保持されやすいと考えられがちですが、この研究では逆の結果が得られました。つまり、訓練されていない関係性(派生的に出現した関係性)の方が、訓練された関係性よりも高い保持率を示したのです。これは非常に意外な発見で、人間の学習メカニズムについて新たな視点を提供するものです。
結果の解釈と実用的な意味
この結果をどう解釈すればよいでしょうか。研究者たちは、いくつかの可能性を議論しています。
まず、「母国語から外国語」の訓練が効率的な理由として、この方向での言い換えが日常的な外国語使用場面により近いことが挙げられます。私たちが外国語を話すときは、母国語で考えたことを外国語に変換することが多いからです。また、この訓練では新しい外国語の反応を確立することになりますが、この新しい反応は後で別の刺激(例えば写真)によって引き出されやすいという性質があります。
一方、「外国語から母国語」の訓練が派生的な関係性を生み出しにくい理由は、逆方向の変換(母国語から外国語)が、慣れ親しんだ母国語の反応から馴染みのない外国語の反応を生み出す必要があるため、より困難だからだと考えられます。
派生的な関係性の方が長期的に保持されやすかったという発見は、最も驚くべき結果です。研究者たちは、これを維持テストの順序効果で説明しています。つまり、先に訓練された関係性をテストした際に誤答したことで、その後の派生的な関係性のテストで正答するための手がかりが得られた可能性があるというのです。例えば、犬の写真を見て「Chien」と言えなかったとしても、その後「Chien」という単語を見たときには、先ほど見た犬の写真を思い出して「Dog」と答えられるかもしれません。
大人と子どもの学習の違い
この研究で重要なのは、大人を対象にしているという点です。過去の研究では、子どもを対象にした場合、派生的な関係性があまり出現しないことが報告されています。例えば、Petursdottir and Hafliđadóttir(2009)やPetursdottir et al.(2008)の研究では、子どもたちは訓練された関係性は習得できても、訓練されていない関係性を自然に獲得することは困難でした。
Dounaviは、この違いの理由として、大人の方が言語的により有能であることを指摘しています。つまり、大人は人生経験の中で、訓練された関係性から訓練されていない関係性へと刺激制御を転移させる機会をより多く持ってきたため、このような派生的な学習がよりスムーズに起こるというのです。
この解釈が正しいとすれば、子どもに対しては、複数の例を用いた訓練(多重例示訓練)を取り入れることで、派生的な関係性の出現を促進できる可能性があります。実際、May et al.(2016)やRosales et al.(2011)の研究では、多重例示訓練が子どもの派生的な反応を著しく増加させることが示されています。
研究の限界と課題
この研究にはいくつかの限界もあります。まず、参加者が3名と少ないことです。科学的な一般化のためには、より多くの参加者でのデータが必要でしょう。また、すべての参加者が過去にフランス語を学習した経験があるという点も、完全な初学者とは異なる可能性があります。
語彙数も30語と限定的です。実際の外国語学習では、数千から数万の語彙を習得する必要がありますから、この研究の結果がそのまま大規模な語彙学習に適用できるかは慎重に検討する必要があります。
また、この研究では文字による刺激提示(書かれた単語)を用いていますが、前回のDounaviの研究では音声による刺激提示を用いていました。この違いが結果にどう影響したかは明確ではありません。実際の言語使用場面では、音声と文字の両方が重要ですから、両方のモダリティでの学習効果を比較することも重要でしょう。
維持テストの順序効果についても、今後の研究で改善が必要です。この研究では、訓練された関係性を先にテストし、その後派生的な関係性をテストしたため、先のテストが後のテストに影響を与えた可能性があります。順序をランダム化することで、より正確な維持率を測定できるでしょう。
さらに、この研究では「処遇の完全性」(treatment integrity)のデータが取られていません。つまり、研究者が計画通りに正確に訓練を実施したかどうかの確認が不十分です。これは研究の内的妥当性を評価する上で重要な情報です。
実際の語学教育への示唆
この研究結果は、実際の外国語教育にどのような示唆を与えるでしょうか。
まず、大人の学習者に対しては、目の前の物を外国語で命名する訓練(タクト訓練)と、母国語から外国語への変換訓練を組み合わせることが効果的だと言えそうです。従来の単語帳学習のように、外国語を見て母国語の意味を思い出す方向だけの学習では不十分かもしれません。
また、一つの訓練方法で複数の能力が身につく可能性があるという発見は、学習時間の効率化という点で重要です。ただし、どの訓練方法がどのような派生的な学習を促すかは、訓練の方向性によって異なることを理解しておく必要があります。
長期的な記憶の保持という観点からは、派生的に獲得された知識の方が保持されやすい可能性があるという発見は興味深いものです。これは、外国語学習において、丸暗記よりも関連づけて学ぶことの重要性を示唆しているかもしれません。
行動分析学的アプローチの価値
この研究が採用している行動分析学的アプローチは、外国語学習という複雑な現象を、小さな要素に分解して科学的に検証しようとするものです。Skinnerの言語行動理論では、言語を話す、聞く、読む、書くといった異なる行動を、それぞれ独立した「言語オペラント」として扱い、それぞれの学習メカニズムを個別に分析します。
この細分化されたアプローチの利点は、どの種類の訓練がどのような効果を持つかを精密に評価できることです。一方で、実際の言語使用場面では、これらの要素が複雑に絡み合って機能しているため、実験室での知見をそのまま現実世界に適用することには慎重である必要があります。
それでも、このような基礎的な研究の積み重ねが、より効果的な教育方法の開発につながることは間違いありません。特に、グローバル化が進む現代社会において、効率的な外国語学習方法の開発は、教育的にも経済的にも大きな価値を持ちます。
今後の研究の方向性
この研究を踏まえて、今後どのような研究が必要でしょうか。
まず、より大規模な参加者での追試が必要です。また、子どもを対象にした研究では、多重例示訓練の効果をさらに詳しく検討する必要があります。子どもでも適切な訓練方法を用いれば、大人と同様の派生的な学習が可能になるかもしれません。
維持率と汎化の研究も重要です。学習した語彙が長期的にどの程度保持されるか、また、訓練で使った写真とは異なる物や場面でも使えるかという汎化の問題は、実用的な観点から極めて重要です。現時点では、汎化に関する研究はRosales et al.(2011)の一件しかなく、その研究では汎化が起こりにくいという結果が得られています。
また、音声刺激と文字刺激の比較、訓練の頻度や間隔の最適化、より大きな語彙セットでの効果の検証なども、今後の課題として挙げられます。さらに、実際の会話場面での使用能力を測定することも重要でしょう。単語を知っているだけでなく、実際のコミュニケーションで使えることが、外国語学習の最終目標だからです。
まとめ:科学的アプローチの重要性
この研究が示しているのは、外国語学習という身近な問題に対して、科学的・実証的なアプローチで取り組むことの価値です。「この方法が良さそうだ」という直感や経験則ではなく、厳密に条件を統制した実験で効果を検証することで、より確実な知見が得られます。
DalyとDounaviの研究は、前回の研究の問題点を改善し、より信頼性の高いデータを提供しています。その結果、母国語から外国語への変換訓練と、物を見て外国語で命名する訓練が、成人の外国語学習において最も効率的であることが示されました。また、訓練されていない関係性が派生的に獲得され、しかもそれらが長期的に保持されやすいという興味深い発見もありました。
もちろん、実験室での研究結果をそのまま教室や自己学習に適用できるわけではありません。実際の言語学習は、この研究で扱われた以上に複雑で多面的なものです。文法、発音、文化的背景の理解、実際のコミュニケーション場面での使用など、考慮すべき要素は多岐にわたります。
それでも、こうした基礎的な研究の積み重ねが、より効果的な教育方法の開発につながることは確かです。特に、限られた時間で効率的に学習したい成人学習者にとって、科学的根拠に基づいた学習方法の選択は、大きな助けとなるでしょう。
外国語学習に悩む多くの人々にとって、この研究が示す「どの訓練方法が効率的か」という知見は、実践的な価値を持っています。同時に、人間の学習メカニズムについての理解を深めるという科学的な意義も持っています。このように、基礎研究と応用研究の両面で貢献する研究こそが、真に価値のある研究と言えるのではないでしょうか。
Daly, D., & Dounavi, K. (2020). A comparison of tact training and bidirectional intraverbal training in teaching a foreign language: A refined replication. The Psychological Record, 70, 243–255. https://doi.org/10.1007/s40732-020-00396-0