研究の背景と筆者について
この論文”English foreign language reading and spelling diagnostic assessments informing teaching and learning of young learners”は、イスラエルのOranim CollegeのJanina Kahn-HorwitzとUniversity of HaifaのZahava Goldsteinによって執筆されました。両氏は長年にわたり外国語としての英語教育における読み書き習得の研究を続けてきた専門家です。
イスラエルという国の言語状況を考えると、この研究の意義がより明確になります。第一言語としてヘブライ語やアラビア語を話す子どもたちが、まったく異なる文字体系を持つ英語を学ぶわけです。これは、日本で英語を学ぶ私たちの状況とも似ています。ヘブライ語は右から左へ書き、母音記号が省略されることも多い言語です。そのような背景を持つ子どもたちが、左から右へ書き、母音を明示的に表記する英語を学ぶ困難さは、想像に難くありません。
研究チームは2024年にLanguage Testing誌に発表したこの論文で、5年生から10年生までの175名の生徒を対象に、英語の読み書き能力の詳細な診断評価を実施しました。単なる成績評価ではなく、どこでつまずいているのか、どの要素が弱いのかを細かく見ていく「診断的」なアプローチを取っているのが特徴です。
診断テストという考え方―医師の診察に似た教育評価
診断テストという概念を理解するために、医療の現場を思い浮かべてみましょう。患者が「お腹が痛い」と訴えたとき、良い医師はすぐに薬を出すのではなく、どこがどう痛むのか、いつから痛いのか、他にどんな症状があるのかを詳しく聞き、必要に応じて検査を行います。そして、その結果に基づいて適切な治療法を選びます。
教育における診断テストも同じ発想です。「英語ができない」という大まかな評価ではなく、文字と音の対応がわかっていないのか、単語は読めるけれど速度が遅いのか、語彙が不足しているのか、文法的な理解が弱いのかなど、具体的にどこに問題があるのかを特定します。そうすることで、一人ひとりに合った指導ができるようになります。
Kahn-HorwitzとGoldsteinの研究が優れているのは、この診断的アプローチを非常に細かいレベルで実践している点です。彼女たちは英語の読み書き能力を、まるで顕微鏡で観察するように、細かな構成要素に分解して調べています。
測定された能力の多様性―読み書きは一つのスキルではない
この研究で測定された能力は実に多岐にわたります。単一文字の認識(例えば「a」という文字が「エイ」や「ア」という音に対応することを知っているか)、サブワードレベルの認識(「sh」「igh」「augh」といった複数の文字が組み合わさって一つの音を表すパターンの理解)、単語読み、綴り、語彙知識、文法的感覚、形態論的認識(単語の構造に関する知識)など、実に様々な側面が調べられました。
さらに興味深いのは、RAN(rapid automatized naming)と呼ばれる測定も含まれていることです。これは文字や数字を見て、どれだけ速く正確に名前を言えるかを測るもので、読みの流暢さを予測する重要な指標とされています。例えば、「a, p, s, d, o」という5つの文字を様々な順序で並べ、それを速く正確に読み上げさせるのです。
このような多面的な測定を行ったのは、英語の読み書きが決して単一のスキルではないことを理解していたからです。私たちが「英語が読める」と言うとき、実は脳の中では複数の異なる処理が同時に行われています。文字を認識し、音に変換し、単語として理解し、文脈の中で意味を取り、さらには素早く処理するという、いくつもの段階があるのです。
驚くべき発見―高学年でも基礎が固まっていない
研究結果の中で最も注目すべき点の一つは、10年生(日本の高校1年生に相当)になっても、基礎的な能力が十分に身についていないケースが多かったということです。
具体的には、単一文字の音素認識において、学年間で有意な差が見られませんでした。つまり、5年生も10年生も、文字一つひとつの音を完全には習得していないということです。これは、日本の英語教育を考えるときにも重要な示唆を与えます。私たちは往々にして、基礎は小学校や中学校の初期で終わっているはずだと考えがちですが、実際にはそうではないかもしれません。
サブワードレベルの認識(二重子音や三重子音など)については学年が上がるにつれて向上は見られましたが、それでも10年生で最大62個のうち約70%しか認識できていませんでした。英語は「sh」「ch」「igh」「ough」など、複数の文字が組み合わさって一つの音を表すパターンが非常に多い言語です。これらのパターンを完全に習得していないということは、新しい単語に出会ったときに正確に読めない可能性が高いということです。
単語読みについては、5年生が50%未満の正答率だったのに対し、10年生では86%まで向上していました。しかし、100個の単語のうち14個は読めないということは、テキストを読む際にかなりの頻度で知らない単語に遭遇することを意味します。
速度と正確性―二つの異なる側面
この研究のもう一つの重要な発見は、読みの正確性と速度が異なる発達パターンを示すということです。
低学年では、RANの速度(文字や数字をどれだけ速く読めるか)と、実際の読み書き能力との相関がほとんど見られませんでした。しかし、学年が上がるにつれて、この相関が強くなっていきました。これは何を意味するのでしょうか。
初期段階では、子どもたちはとにかく正確に読むことに集中しています。一文字ずつ、一単語ずつ、ゆっくりでもいいから正しく読もうとします。この段階では、速さはまだ問題になりません。しかし、ある程度正確に読めるようになってくると、今度は速度が重要になってきます。なぜなら、読むのが遅すぎると、文の始めを読んだときには終わりの内容を忘れてしまい、理解が妨げられるからです。
研究者たちはこれを、Share(2021)の指摘を引用して説明しています。英語の場合、若い struggling readers(読みに困難を抱える生徒)は正確性に問題を抱えているのに対し、大人の compensated struggling readers(困難を乗り越えた読み手)は遅いけれども正確に読めるという特徴があります。つまり、発達の過程で、正確性の問題が先に解決され、その後に速度の問題に取り組むということです。
語彙、文法、形態論との関連―言語は総合的なシステム
研究結果のもう一つの重要な側面は、読み書きの機械的な側面(文字の認識や発音)と、意味に関わる側面(語彙、文法、単語の構造理解)との間に強い相関が見られたということです。
これは当たり前のように聞こえるかもしれませんが、実は教育実践において非常に重要な意味を持ちます。従来、読みの指導というと、まず文字と音の対応を教え、それができるようになったら単語を教え、それから文法を教え、というように段階的に進めることが多くありました。しかし、この研究結果は、これらの要素が実は相互に支え合っているということを示しています。
例えば、「responsibility」という単語を考えてみましょう。この単語を正確に読み、綴るためには、単に文字と音の対応を知っているだけでは不十分です。「response」「responsible」といった関連語との形態的なつながりを理解していれば、「i」と「e」のどちらを使うべきかが分かりやすくなります。また、「-ity」という接尾辞が名詞を作ることを知っていれば、単語の構造が理解しやすくなります。さらに、この単語の意味を知っていれば、文脈の中で正しく読めているか確認できます。
PerfettiとHart(2002)が提唱した「lexical quality hypothesis(語彙の質仮説)」によれば、単語についての知識が多層的であればあるほど、その単語は記憶に定着しやすく、読み書きの際にアクセスしやすくなります。つまり、音韻、綴り、意味、文法、形態など、様々な角度から単語を知っているほど、その単語をうまく使えるということです。
綴りテストの有用性―効率的な診断ツール
実践的な観点から興味深いのは、綴りテストが非常に有用な診断ツールになり得るという発見です。
研究では、単語読みと綴りの間に非常に強い相関が見られました。これは、「読みと綴りは同じコインの裏表」という考え方を支持します。しかし、より重要なのは、綴りテストが集団で実施できるという実用的な利点です。
単語読みテストは、一人ひとりの生徒に単語を読ませて、それを教師が聞いて評価するという、時間のかかる作業です。30人のクラスで実施すれば、かなりの時間が必要になります。一方、綴りテストは、文章を読み上げてクラス全員に同時に書かせることができます。そして、綴りの結果から、文字認識、サブワードレベルの知識、形態論的知識など、様々な情報が得られるのです。
例えば、「night」を「nite」と綴る生徒がいたら、この生徒は基本的な音韻認識はできているものの、「igh」という綴りパターンを知らないか、定着していないことがわかります。「swimming」を「swiming」と綴る生徒がいたら、子音を重ねるルールが理解できていないことがわかります。このように、綴りの間違いのパターンを見ることで、その生徒が何を知っていて何を知らないのかが具体的に把握できるのです。
5年生の特殊性―基礎段階の重要性
研究結果の中で、5年生だけが他の学年と異なるパターンを示したことも注目に値します。
5年生では、単一文字の認識能力が他の読み書き能力と相関していました。しかし、より上の学年では、この相関が見られなくなりました。これは何を意味するのでしょうか。
初期段階では、文字を一つひとつ認識することが読みの基礎となっています。「c」が「ク」や「ス」の音を表すこと、「a」が「エイ」や「ア」の音を表すことを知ることが、単語を読むための土台になります。しかし、ある程度習熟してくると、もはや一文字ずつ処理するのではなく、より大きな単位(サブワードや単語全体)で処理するようになります。そのため、単一文字の認識能力は、読み書き能力全体との相関を失っていくのです。
これは、基礎段階での丁寧な指導の重要性を示唆しています。5年生の段階で文字と音の対応がしっかり身についていないと、その後の発達に影響が出る可能性があります。
教育実践への示唆―一人ひとりに合わせた指導
この研究の最も重要な貢献は、診断テストが実際の教育実践にどう役立つかを示したことです。
研究者たちは、教師が生徒の具体的なつまずきを特定できれば、それに応じた指導ができると主張します。例えば、単語読みは比較的できるのにサブワードレベルの認識が弱い生徒がいたら、「sh」「ch」「igh」などの綴りパターンを集中的に教えることができます。RANが遅い生徒がいたら、流暢性を高める練習(繰り返し音読など)が有効かもしれません。語彙は豊富なのに綴りが苦手な生徒がいたら、単語の形態的な構造に注目させる指導が役立つかもしれません。
ただし、研究者たちは同時に、教師自身がこれらの言語要素について十分な知識を持っている必要があることも指摘しています。論文の中で、イスラエルの現職教員や教員志望学生を対象とした調査が引用されており、多くの教師が音韻論、綴り、形態論についての知識が不十分であることが示されています。これは日本の状況とも重なるかもしれません。
研究方法の妥当性と限界
この研究の強みは、大規模なサンプル(175名)を対象に、複数の学年(5年生から10年生まで)にわたって、多様な測定を行ったことです。また、6年間にわたって130名の現職教師がテストの実施と改善に関わったことで、実践的な妥当性が高まっています。
しかし、いくつかの限界もあります。まず、これは横断的研究であり、同じ生徒を追跡したわけではありません。同じ生徒の発達を長期的に追う縦断的研究であれば、より確かな発達パターンが見えたかもしれません。
また、参加者は中程度から高い社会経済的背景を持つ地域の学校から選ばれています。より多様な背景を持つ生徒を含めていれば、異なる結果が出た可能性もあります。
さらに、学習障害と診断された生徒は除外されています。研究の焦点を明確にするための妥当な判断ですが、実際の教室には学習障害を持つ生徒もいるため、そうした生徒への適用可能性については別途検討が必要でしょう。
理論的貢献―複雑性の理解
理論的な観点から見ると、この研究は外国語としての英語の読み書き習得が、いかに複雑で多面的なプロセスであるかを示しています。
従来の外国語教育研究では、リスニング、スピーキング、リーディング、ライティングという4技能が注目されることが多く、読み書きの内部構造についてはあまり詳しく調べられてきませんでした。しかし、この研究は、読み書きそれ自体が、文字認識、サブワード処理、単語認識、流暢性、語彙、文法、形態論など、多数の下位スキルから構成されていることを明らかにしています。
また、これらの下位スキルが発達の段階によって異なる重要性を持つことも示されています。初期段階では正確性が重要であり、後の段階では速度が重要になってくる。初期段階では単一文字の認識が重要であり、後の段階ではより大きな単位の処理が重要になってくる。こうした発達の動態を理解することは、効果的な指導計画を立てる上で不可欠です。
CEFRとの関連―国際的な枠組みとの接続
論文では、ヨーロッパ言語共通参照枠(CEFR)との関連についても触れられています。CEFRは「これができる」という形で言語能力を記述する can-do statements で知られていますが、そのほとんどは比較的高次の技能(簡単な会話ができる、短い文章が読めるなど)に関するものです。
研究者たちは、より基礎的なレベルでの can-do statements の必要性を訴えています。例えば、「単一文字の音を認識できる」「二重子音を含む単語を読める」「基本的な単語を正確に綴れる」といった、より粒度の細かい記述があれば、教師も学習者も、何を学ぶべきかがより明確になります。
これは、国際的な言語教育の標準と、実際の教室での細かな指導とをつなぐ試みとして評価できます。大きな目標(B1レベルの読解力など)だけでなく、そこに至るまでの小さなステップを明示することで、学習者も教師も、現在地と目標地点の間の距離をより正確に把握できるようになるでしょう。
イスラエル特有の文脈と普遍的な含意
この研究はイスラエルで行われましたが、その含意は他の国々にも当てはまります。
イスラエルでは英語教育が3年生から始まり、最初の2年間は週2時間、4年生以降は週4時間となっています。これは日本の状況(小学校3年生から外国語活動として週1時間程度、5年生から教科として週2~3時間程度)と比べると、やや多めの時間配分です。それでも、10年生までに完全な習得には至っていないという事実は、外国語習得の困難さを物語っています。
ヘブライ語から英語への転移という特殊性はありますが、日本語から英語への転移にも同様の課題があります。文字体系の違い、音韻体系の違い、文法構造の違いなど、母語と目標言語の距離が大きいほど、習得には時間がかかります。
しかし同時に、音韻認識や形態論的知識といった metalinguistic awareness(メタ言語認識)は言語を超えて転移する可能性があります。母語で培ったこうした能力を外国語学習に活用することが、効率的な学習につながるかもしれません。
今後の課題と展望
この研究は、多くの重要な知見を提供していますが、同時にいくつかの課題も残しています。
まず、診断はできても、その後の介入がどれだけ効果的かはまだ十分に検証されていません。例えば、サブワードレベルの認識が弱いと診断された生徒に、集中的にそのパターンを教えたら、実際に読み書き能力が向上するのか。こうした介入研究が今後必要になるでしょう。
また、デジタル技術を活用した診断や指導の可能性も探る価値があります。コンピューターを使えば、より多くの項目を効率的に測定できますし、一人ひとりの反応パターンに応じて適応的に問題を出すこともできます。
さらに、読みと書きだけでなく、リスニングやスピーキングとの統合的な関連も調べる必要があります。4技能は互いに支え合っているはずですが、その具体的なメカニズムはまだ十分に解明されていません。
教師教育への示唆―知識基盤の重要性
この研究から得られる最も重要な実践的示唆の一つは、教師教育の重要性です。
診断テストを実施し、その結果を解釈し、適切な指導につなげるためには、教師自身が言語の構造について深い理解を持っている必要があります。音韻論、形態論、統語論といった言語学の基礎知識、英語の綴りシステムの特徴、読み書き習得の発達段階など、幅広い知識が求められます。
しかし、論文で引用されている複数の研究が示すように、多くの教師がこうした知識を十分に持っていません。これは、教員養成課程や現職研修のカリキュラムを見直す必要性を示唆しています。
興味深いことに、Kahn-Horwitz(2015)の研究では、音韻論や綴りについての講座を受講した教師たちが、その後「empowered(力づけられた)」と感じたことが報告されています。知識を得ることで、教師は自分の指導に自信を持てるようになり、生徒の多様なニーズにより効果的に対応できるようになるのです。
学習者の心理的側面―不安と動機づけ
研究者たちは、診断テストが学習者の心理に与える影響についても配慮しています。
若い学習者にとって、テストは不安を引き起こす可能性があります。特に、自分の弱点があらわになるような診断テストは、自己効力感を低下させるリスクがあります。そのため、診断テストの目的を明確に伝えること―つまり、これは成績をつけるためのものではなく、一人ひとりに合った学習方法を見つけるためのものであること―が重要です。
また、診断の結果、学習者自身が自分の現在地と目標を理解できるようにすることも大切です。「何ができないか」だけでなく「何ができるか」も示し、小さな進歩を認識できるようにすることで、動機づけを維持できます。
この点で、can-do statements の活用は有効かもしれません。「基本的な単語を正確に読める」「よく使われる綴りパターンを認識できる」といった具体的な達成目標があれば、学習者は自分の進歩を実感しやすくなります。
結びに代えて―診断テストの可能性と責任
Kahn-HorwitzとGoldsteinの研究は、外国語としての英語教育における診断テストの可能性を示すと同時に、それを実施する際の慎重さの必要性も教えてくれます。
診断テストは、適切に使われれば、一人ひとりの学習者のニーズに応じた指導を可能にする強力なツールです。画一的な教育ではなく、個別化された教育への道を開きます。特に、大規模なクラスで多様な背景と能力を持つ生徒を教えなければならない現代の教室において、こうしたツールの価値は高まっています。
しかし同時に、診断テストを実施するには、適切な知識と技能、そして倫理的な配慮が必要です。テストの結果をレッテル貼りに使うのではなく、成長の機会として活用すること。教師自身が言語の構造について深く理解していること。学習者の心理的な幸福に配慮すること。こうした条件が満たされて初めて、診断テストは本当に役立つものになります。
この研究は、6年間にわたる地道な取り組みの成果であり、130名の現職教師の協力を得て実施されました。研究と実践の橋渡しを試みる姿勢、理論的な厳密さと実用性を両立させようとする努力は、今後の外国語教育研究の一つのモデルとなるでしょう。読み書きという、一見単純に見えるスキルの奥深さと複雑さを明らかにしたこの研究から、私たちは多くを学ぶことができます。
Kahn-Horwitz, J., & Goldstein, Z. (2024). English foreign language reading and spelling diagnostic assessments informing teaching and learning of young learners. Language Testing, 41(1), 60–88. https://doi.org/10.1177/02655322231162838
