はじめに―単一言語主義への挑戦
外国語の授業で母語を使うべきか、それとも目標言語だけで授業を進めるべきか。この問いは、長年にわたって語学教育の現場を悩ませてきました。多くの場合、「できるだけ英語だけで」「中国語だけで」という方針が推奨されてきましたが、果たしてそれは本当に効果的なのでしょうか。本稿で紹介するJinghe Hanの論文”Translanguaging as a pedagogy: Exploring the use of teachers’ and students’ bilingual repertoires in Chinese language education”は、オーストラリアの中国語教育現場で、教師と生徒が持つ複数の言語資源を積極的に活用する「トランスランゲージング」という実践を詳しく分析し、従来の単一言語主義に一石を投じる研究です。
Hanは、Western Sydney Universityに所属する研究者で、特にバイリンガル教育と第二言語習得の分野で活躍しています。この論文は、実際の教育現場で働く中国語教師たちが、どのように英語と中国語という二つの言語を使い分け、組み合わせながら効果的な授業を展開しているかを、具体的な事例とともに紹介しています。
トランスランゲージングとは―言語の境界を越える実践
トランスランゲージングという言葉は、日本ではまだ馴染みが薄いかもしれません。簡単に言えば、複数の言語を話せる人が、状況に応じて異なる言語を柔軟に使い分けたり、組み合わせたりする自然な言語使用のことです。たとえば、日本で暮らす外国人の子どもが、家では母語で話し、学校では日本語を使い、友達とのメッセージでは両方の言語を混ぜて使う、といった状況を思い浮かべていただければわかりやすいでしょう。
従来の外国語教育では、「英語の授業では英語だけ」というように、言語を厳密に分けて教えることが理想とされてきました。これは、学習者がネイティブスピーカーのような流暢さを身につけることを目標としており、母語の使用は「干渉」や「間違いの原因」として避けられてきました。しかし、Hanが指摘するように、このような単一言語主義は、学習者が持つバイリンガルとしての能力の発達を抑制してしまう可能性があります。
Hanは、トランスランゲージングをポスト構造主義的な視点から捉え直します。ポスト構造主義と聞くと難しそうですが、要するに、言語を固定的な枠組みとして捉えるのではなく、より流動的で柔軟なものとして理解する立場です。バイリンガルの人々は、「英語」と「中国語」という二つの別々の言語システムを頭の中に持っているのではなく、一つの統合された言語レパートリーを持っていて、状況に応じてその中から適切な表現を引き出していると考えます。
さらにHanは、トランスランゲージングを単なる言語の切り替えだけでなく、言語以外の資源―視覚的な記憶、文化的知識、身体的な動き、音楽など―も含む幅広い概念として捉えています。これは、料理に例えるとわかりやすいかもしれません。優れた料理人は、和食の技法と洋食の技法を厳密に分けるのではなく、両方の良いところを取り入れて新しい料理を生み出します。同じように、言語学習においても、学習者が持つあらゆる資源を活用することが、より豊かな学びにつながるというわけです。
研究の背景―オーストラリアの多文化社会における中国語教育
オーストラリアは、移民の国として知られ、多言語・多文化が社会の特徴となっています。連邦政府は1980年代から、バイリンガルやマルチリンガルの話者を「貴重な国家資源」として認識し、複数言語の能力を育てることを政策として推進してきました。ニューサウスウェールズ州やビクトリア州などの教育委員会も、バイリンガル教育プログラムの推進や、バイリンガル教師の専門的な訓練を支援してきました。
しかし、政策と実践の間には大きなギャップがありました。Hanが指摘するように、オーストラリアの中国語教育は、長年にわたってESL(第二言語としての英語)教育の単一言語主義的な伝統を引き継いできました。つまり、政府は「複数の言語を一つの空間で使うこと」を推奨していたにもかかわらず、実際の教室では中国語だけで教えることが良いとされてきたのです。
このような状況に対して、Hanは「中国語教師や研究者は、単一言語イデオロギーへの批判に対して、十分な反省や応答をする必要がある」という他の研究者の主張を引用しています。確かに、北米の中国語イマージョンプログラム(学習言語で他の教科も教えるプログラム)では、トランスランゲージングの実践が観察されていましたが、それは主に指示の明確化や理解の促進のためであり、体系的な教育実践としては十分に認識されていませんでした。
ROSETEプログラム―教師を研究者として育てる独自の取り組み
この研究で注目すべきは、参加した教師たちが受けた特別な訓練プログラムです。「Research-Oriented School-Engaged Teacher Education(ROSETE)」と呼ばれるこのプログラムは、オーストラリアのある大学で実施されており、通常の教員養成とは一線を画しています。
参加者たちは、シドニーの学校で中国語教師として実際に教えながら、同時に大学院で研究も行うという、二重の役割を担いました。つまり、彼らは単なる教師ではなく「教師‐研究者」として訓練されたのです。彼らは自分自身の教育実践をデータとして収集し、分析し、修士論文や博士論文としてまとめました。このプログラムでは、言語教育理論、学習者理解、教育方法論、教師の専門性開発、研究方法論など、包括的な訓練が提供されました。
このような訓練を受けた教師たちは、従来の中国語教師とは異なる視点を持つようになりました。彼らは、トランスランゲージングなどの理論的知識を学びながら、それを実践に活かし、さらに実践を通じて理論を検証するという循環的なプロセスを経験したのです。このような背景が、本研究で報告される革新的な教育実践につながっています。
研究方法―教師たちの声を丁寧に聞く
Hanは、8人の教師‐研究者の修士論文や博士論文を分析しました。選ばれた論文は、タイトルに「中国語教育」が含まれており、かつ著者がインタビューに応じることに同意したものです。Hanは、これらの論文の中から、教師たちが実際の授業でバイリンガル資源をどのように使ったかを記録した章を詳しく分析しました。
さらに、論文の分析結果をもとに、各教師と「刺激再生インタビュー」を行いました。これは、教師たちに自分の論文の該当箇所を見せながら、その時の考えや意図を詳しく語ってもらう方法です。このようにして、単に「何をしたか」だけでなく、「なぜそうしたか」という教師の意図や思考プロセスも明らかにすることができました。
データ分析には、テーマ分析という手法が用いられました。興味深いのは、Hanが二つの異なるアプローチを組み合わせたことです。最初は、トランスランゲージングの理論的枠組みに基づいて、予め設定したカテゴリーでデータを分類しました。次に、最初の分析で分類できなかったデータを、先入観なしに見直し、新しいテーマが自然に浮かび上がってくるようにしました。このような慎重なアプローチにより、理論と実践の両方を尊重した分析が可能になりました。
教室での実践―多様なトランスランゲージングの形
研究の結果、参加した教師たち全員が、程度の差はあれ、トランスランゲージングを実践していることが明らかになりました。興味深いのは、教師たち自身は必ずしもトランスランゲージングという概念を十分に理解していなかったにもかかわらず、実践的には効果的に活用していたという点です。これは、良い教師は理論を知らなくても、学習者のニーズに応じて本能的に効果的な方法を見つけ出すということを示しています。
まず、教室運営の場面では、すべての教師が英語を主な指示言語として使いながら、適宜中国語を混ぜていました。たとえば、Zhenという教師は、毎回の授業で「qǐ lì(起立)」「qǐng zuò(お座りください)」「zài jiàn(さようなら)」といった中国語の決まり文句を使いました。Yanという教師は、「Excellent!」と英語で褒めた後、「bàng bàng da(棒棒哒)!」と中国語でも言い、親指を立てるジェスチャーを加えました。
これらは単なるコードスイッチング(言語の切り替え)のように見えますが、教師たちにははっきりとした教育的意図がありました。Tangという教師は、インタビューで「生徒たちが少し退屈そうになったとき、状況を察知して、中国語の単語を一つか二つ挟んで驚かせるんです。生徒たちは『え?』という顔をして、そうしたら英語に戻って続けます」と語っています。つまり、中国語を効果的に使うことで、生徒の注意を引きつけ、好奇心を刺激し、授業への参加を促していたのです。
学習の足場かけの場面では、さらに創意工夫に富んだ実践が見られました。中国語の漢字は、もともと絵から発展した文字(象形文字)が多くあります。TangやYuという教師たちは、この特性を活かし、生徒たちに英語での視覚的リテラシーを使って漢字の意味を推測させました。
たとえば、Tangが「網(網)」という字を見せたとき、彼は生徒たちが「網」と答えると期待していました。しかし、生徒たちの多くは「死んだ人」と答えました。なぜなら、英語の視覚文化では、二つのバツ印(××)は死んだ人の閉じた目を表すからです。また、「田(田んぼ)」という字を見せたときは、生徒たちは「チョコレートのブロック」と答えました。これは、オーストラリアの子どもたちにとって、格子状のものといえばチョコレートバーが身近だったからです。
当初の予想とは違う答えが返ってきましたが、教師たちはこれを否定的に捉えませんでした。むしろ、生徒たちが自分の文化的背景や経験を使って、新しい文字に意味を見出そうとしていることを肯定的に評価しました。このような活動を通じて、生徒たちは漢字学習に積極的に参加し、創造的な思考を発揮し、記憶にも残りやすくなったのです。
より高度な実践として、演繹的推論を使った漢字の教え方も報告されています。Tangは、「人」という漢字から始めて、「从(二人)」「衆(三人)」という関連する漢字を教えました。生徒たちは、「人」が二つで「二人で何かをする」、三つで「大勢の人々」という意味になることを、自分で推論して理解しました。また、「上」という漢字の成り立ち―基準線があって、垂直線があって、点が上にある―を説明した後、同じ論理で「下」や「卡(挟まっている)」の意味を生徒たち自身に考えさせました。
発音の練習では、英語と中国語の音韻システムを比較する方法が取られました。Yuは、中国語の「a」の音は英語の「glass」の「a」の音に似ている、「e」は「fur」の「ir」の音に似ている、といった具合に説明しました。さらに興味深いのは、Zhenが開発した記憶術です。彼女は、「nǐhǎo(你好、こんにちは)」は英語の「knee(膝)」と「how(どのように)」に聞こえる、「wǎn ān(晚安、おやすみ)」は「one(一)」と「Anne(人名のアン)」に聞こえる、と教えました。
このような方法は、一見すると正統的ではないかもしれません。しかし、初学者にとっては、全く新しい音を聞くよりも、すでに知っている音と関連づけることで、はるかに覚えやすくなります。実際、生徒たちは自分でもこのような関連づけを始めました。「bā(八)」を習った後、生徒たちは羊の鳴き声「baa, baa, baa」と結びつけて覚えたそうです。
学習を定着させる活動―多様なモードの活用
学習を定着させるために、教師たちは多様な活動を設計しました。特に注目されるのは、音楽を活用した実践です。Yunは、「Heads, shoulders, knees and toes(頭、肩、膝、つま先)」という英語の童謡のメロディーを使って、体の部位を表す中国語の単語を練習させました。Zhenは「London Bridge Is Falling Down(ロンドン橋落ちた)」のメロディーに中国語の「你好歌(こんにちはの歌)」の歌詞をのせて歌わせました。
このような活動の効果について、教師たちは「生徒たちに『あっ!』という瞬間があった」「楽しい方法で中国語の会話を練習できた」「生徒たちは活動に集中し、何度か同じ歌を繰り返した後、単語をとてもよく覚えていた」と報告しています。慣れ親しんだメロディーと新しい言語を組み合わせることで、学習の心理的なハードルが下がり、楽しみながら練習できたのです。
漢字の書き方の練習では、「shū kòng(書空、空中で書く)」という中国の伝統的な方法から、英語圏で一般的な「塗り絵」まで、両方の文化の教育資源が活用されました。Tangは、いくつかの新しい漢字を学んだ後、生徒たちと「指のダンス」をしました。空中で漢字を書く練習です。彼は「それほど刺激的な活動ではない」と認めましたが、生徒たちは「悪くない参加度」を示したと言います。
FanやYunなどの教師は、書道の練習も取り入れました。これは単なる書き方の練習ではなく、中国の芸術や文化を体験する機会でもありました。生徒たちはこの活動を楽しみながら、学んだ漢字の構造に慣れ親しんでいきました。
一方、Yanは「塗り絵」を好んで使いました。ある生徒が「他の先生たちも使っている」と言ったことがきっかけでした。Yanは「これは、生徒たちを落ち着かせ、集中させるために使う数少ない活動の一つです」と説明しています。オーストラリアの学校では塗り絵は一般的な活動であり、生徒たちにとって馴染み深いものでした。
Fanは定期的に「切り絵」の活動も行いました。彼女は「生徒たちは、『山』『天』『林』『中』のような左右対称の漢字を切るのに特に興奮していた」と語ります。さらに驚いたことに、生徒たちはこの考えを英語にも応用し、「mom」「dad」「eye」「aha」といった左右対称の英語の単語も探し出しました。
学習の評価―楽しみながら力を測る
評価の場面でも、トランスランゲージングが活用されました。Tangは「Bingo」というゲームを使って、語彙の聞き取りと識別を試しました。教師が中国語で単語を言い、生徒たちは自分のカードの中から対応する英語を見つけて消していきます。すべての単語を消した生徒が「Bingo!」と叫ぶ競争ゲームです。Tangは「挑戦的だったが、若い学習者たちは本当にこれを好んだ。みんな最初にすべての単語を消して『Bingo』と叫びたかった」と振り返っています。
Ningは、「デジタル・ストーリーテリング」という課題を設計しました。生徒たちは、学んだ文型と単語―体の部位、果物、球技、色、動物の名前など―を使って中国語で物語を作りました。重要なのは、Ningが生徒たちに、物語を完成させるために英語や中国語のピンイン(ローマ字表記)を使うことを奨励したことです。Ningは「この課題のわくわくする部分は、生徒たち全員が情熱的に語りたい物語を持っていたことです。何人かの生徒は夢中になって、より多くの中国語の単語を使えるように、物語に波乱を持たせようとさえしました」と語っています。
実践から見える教育哲学―学習者を中心に据える
Hanは、これらの実践を分析して、重要な点を指摘しています。それは、これらの教師たちのトランスランゲージング実践は、断片的でその場しのぎのものではなく、明確な教育的目的を持って計画的に行われていたということです。
従来の中国語教育では、特に中国国内や北米のイマージョンプログラムにおいて、「中国語だけで教える」ことが理想とされてきました。これは、教師の「国家的誇り」や「中国語話者としてのアイデンティティ」を示すためだという指摘もあります。しかし、このような姿勢は、ともすれば制度や教師のイデオロギーが、生徒の学習よりも優先されていることを意味します。
対照的に、この研究の参加教師たちは、中国語と英語の両方を効果的に使い分けることで、初心者の学習者のニーズに応えようとしました。彼らにとって、「中国語教師」としてのアイデンティティよりも、生徒の学びを支援することが優先されました。Hanは、これを「バイリンガル言語教師」へのアイデンティティのシフトと捉えています。
また、教師たちは英語と中国語という言語そのものだけでなく、両方の言語が持つ文化的・教育的資源も活用しました。中国の書道や切り絵、英語圏の塗り絵やビンゴゲーム、それぞれの良さを組み合わせることで、より豊かな学習環境を作り出しました。これは、両方の言語システムの資源と知識を平等に評価し、教師と生徒を「二重の資源を持ち、二重の知識を持つ主体」として認識することを意味します。
日本の英語教育への示唆―実践可能な応用
この研究は、日本の英語教育にも重要な示唆を与えます。日本でも長年、「英語の授業は英語で」という方針が推奨されてきました。しかし、特に初学者や、英語に苦手意識を持つ生徒にとって、この方針は時として学習の障壁となることがあります。
たとえば、日本語と英語の音韻システムを比較して教える方法は、すぐにでも応用できるでしょう。英語の「r」と「l」の区別が難しい日本人学習者に対して、日本語の音との違いを明示的に教えることで、理解が深まるかもしれません。また、英単語の綴りと日本語のカタカナ表記を関連づけることも、記憶の助けになるでしょう。
文法の説明においても、日本語の文法知識を活用することができます。たとえば、英語の関係代名詞を説明する際、日本語の「~という」「~ところの」といった表現との類似点を指摘することで、理解が促進されるかもしれません。これは、この研究でTangが漢字の成り立ちを説明する際に演繹的推論を使ったことと似ています。
また、多様な活動の設計という点でも学ぶべきことがあります。音楽を使った活動は、日本の英語教育でもっと活用できるはずです。日本の童謡のメロディーに英語の歌詞をつけたり、逆に英語の歌に日本語訳をつけて歌ったりすることで、楽しみながら言語を学べます。
さらに重要なのは、教師のマインドセットです。この研究の参加教師たちは、「中国語だけで教えなければならない」という固定観念にとらわれず、生徒のニーズを最優先に考えました。日本の英語教師も、「英語で教えること」自体が目的ではなく、生徒が英語を学ぶことを助けるための手段として、日本語と英語の両方を柔軟に使うことができるでしょう。
批判的検討―研究の限界と今後の課題
もちろん、この研究にも限界があります。Hanも認めているように、参加者は一つの大学の特別なプログラムで訓練された教師たちであり、一般的な中国語教師の代表とは言えません。ROSETEプログラムで受けた包括的な訓練が、彼らの革新的な実践を可能にした可能性があります。したがって、この研究の結果を他の文脈にそのまま適用することはできません。
また、この研究は教師の実践に焦点を当てており、生徒の学習成果を直接測定していません。トランスランゲージングを活用した授業が、実際に生徒の中国語能力の向上につながったのかどうかは、明確には示されていません。今後の研究では、生徒の学習成果を長期的に追跡し、トランスランゲージングの効果を定量的に測定することが必要でしょう。
さらに、教師たちが使用したトランスランゲージングの具体的な形態や頻度、どのような場面でどの程度効果的だったかについて、より詳細な分析があれば、実践への応用がしやすくなるでしょう。たとえば、初級レベルでは母語の使用が多く、上級レベルでは少なくなるといった、習熟度に応じた使い分けの指針があれば、教師にとって有益です。
また、トランスランゲージングを教育実践として位置づける際、どの程度まで計画的に行うべきか、どの程度は生徒の自発性に任せるべきかという問題もあります。過度に構造化されたトランスランゲージングは、かえって生徒の自然な言語使用を制限してしまう可能性があります。
おわりに―多様性を力に変える教育
Jinghe Hanのこの研究は、外国語教育における重要な問いを投げかけています。それは、学習者が持つ母語や文化的背景を、学びの障害と見なすのではなく、豊かな資源として活用できないか、という問いです。
研究に参加した教師たちは、理論的な知識を十分に持っていたわけではありませんでした。しかし、彼らは生徒のニーズに敏感に反応し、実践的な知恵を発揮して、効果的な教育を実現しました。彼らは、中国語と英語、中国文化とオーストラリア文化、伝統的な教育方法と現代的な教育方法を、柔軟に組み合わせました。
この姿勢は、グローバル化が進む現代社会において、ますます重要になっています。世界中で人々が移動し、多様な文化や言語が一つの教室に集まる時代において、単一の言語や文化に固執するのではなく、多様性を力に変えていく教育が求められています。
日本の教育現場も、外国にルーツを持つ子どもたちが増え、多様化が進んでいます。このような状況で、トランスランゲージングの視点は、すべての子どもたちの学びを豊かにする可能性を持っています。子どもたちが持つあらゆる言語的・文化的資源を認め、活用することで、より包摂的で効果的な教育が実現できるのではないでしょうか。
Hanの研究は、そのための具体的な道筋を示してくれています。理論と実践を結びつけ、教師と研究者の役割を統合し、学習者を中心に据えた教育のあり方。これは、中国語教育に限らず、すべての外国語教育、いや教育全般に通じる重要な示唆を含んでいます。言語の境界を越え、文化の境界を越え、従来の枠組みを越えて、より良い教育を追求し続ける姿勢こそが、今後の教育に求められているのです。
Han, J. (2024). Translanguaging as a pedagogy: Exploring the use of teachers’ and students’ bilingual repertoires in Chinese language education. Applied Linguistics Review, 15(4), 1433–1451. https://doi.org/10.1515/applirev-2022-0142
