河南師範大学の研究者が明らかにした学習者の苦闘
この論文”Exploring challenges in academic language-related skills of EFL learners in Chinese EMI settings”は、河南師範大学国際学部のMeiyan Li氏とLihua Pei氏による共同研究です。Li氏は2004年に安陽師範大学で学士号を、2007年に河南師範大学で修士号を取得し、現在は同大学で教鞭をとっています。応用言語学と異文化コミュニケーションを専門とし、これまでに10本の論文を発表しています。一方、Pei氏は2011年に新疆師範大学で修士号を取得後、韓国の釜山大学で博士課程に進学し、2022年に博士号を取得しました。現在までに15本の論文を発表しており、そのうち1本はSSCI(Social Sciences Citation Index)掲載論文です。英語教育、意味論、応用言語学を研究領域としています。
この研究が発表されたのは2024年5月で、『Acta Psychologica』という心理学の査読付き学術誌に掲載されました。中国の高等教育における英語を使った授業(EMI: English Medium Instruction)の実態を探る、まさにタイムリーな研究といえます。
なぜ今、この研究が必要なのか
もしあなたが大学生で、これまで日本語で学んできた専門科目を、ある日突然すべて英語で受講しなければならなくなったとします。教授の説明は英語、教科書も英語、レポートも英語で書く必要があります。英語の基礎力はあるものの、専門用語や学術的な表現に慣れていないあなたは、内容を理解するだけで精一杯になってしまうでしょう。
これは決して架空の話ではありません。中国では、国際競争力を高めるために、多くの大学がEMIプログラムを導入しています。中国教育部は、EMIコースが現地の卒業生の国際的な雇用可能性を高め、外国人学習者を中国の大学に引き付ける重要な役割を果たすと強調しています。しかし、理想と現実の間には大きなギャップがあります。
著者たちが指摘するように、中国社会では教育が重視されているにもかかわらず、多くの学習者はEMIクラスに伴う課題を克服する準備が十分にできていません。これは教育システム内の非効率性や欠点につながっています。たとえば、言語の壁のために科目内容を理解するのに苦労したり、言語関連の課題のために教材に完全に取り組むことが困難になったりする学習者がいます。
研究方法:361名の学習者の声を聴く
この研究では、広東省の複数の大学(武夷大学、汕頭大学、深圳大学など)から361名の中国人EFL学習者が参加しました。参加者の73%が女性、26.8%が男性で、年齢は18歳から48歳まで、平均年齢は21歳でした。大多数(84.76%)が学部生で、3.0%が博士課程の学生でした。
研究者たちは、Evans and Morrison(2011)が開発し、Aizawa et al.(2020)が改訂した45項目の質問票を使用しました。この質問票は、ライティング(15項目)、スピーキング(10項目)、リーディング(10項目)、リスニング(10項目)という4つの学術的スキルに関する学習者の認識を測定します。学習者は、各タスクがどの程度簡単または困難かを、7段階のリッカート尺度(1=非常に困難、7=非常に簡単)で評価しました。
データ収集は2022年12月に3週間かけて行われました。まず30名の学習者を対象にパイロット研究を実施し、質問項目の明確性を確認し、信頼性係数(クロンバックのアルファ)が0.82であることを確認しました。その後、361名の参加者にメールで質問票を送付し、回答率は65%に達しました。これは業界平均の33%を大きく上回る数字です。
興味深いのは、EMIでの成功を直接GPA(成績評価平均)で測定できなかったため、研究者たちは学習者の自己評価を使用したことです。質問票には、「EMIコースで私はよい成績を収めています」「EMIコースを通じた学術内容の学習は成功しています」という2つの項目が含まれていました。著者たちも認めているように、学習者の自己評価は実際の成功を完全に代表するものではなく、ある程度偏りがある可能性があります。しかし、研究者たちは、学習者自身が自分の進歩を評価する最良の情報源の一つであると考えています。
何がわかったか:スピーキングが最大の壁
研究の第一の目的は、中国のEFL学習者がどのような学術的言語関連の課題を認識しているかを明らかにすることでした。結果は、私たちの予想を裏切らないものでした。
ライティングに関しては、平均スコアが2.71から3.19の範囲でした。最も平均点が高かったのは「課題の導入部分を書く」で、最も低かったのは「書いた文章の校正」でした。具体的に最も困難とされたタスクは、校正、参考文献の書き方、参考文献リストの作成でした。これは、中国語の学術的な引用スタイルと英語のそれとの違いから来ている可能性があります。
リーディングでは、平均スコアが3.53から4.44の範囲でした。「特定の語彙の理解」が最も高い平均点を示しました。最も困難とされた3つのタスクは、難しい単語の意味を解明すること、支持的なアイデアを特定すること、ノートを取る際に自分の言葉を使うことでした。これは、学術英語の語彙的要求が学習者にとって大きな障壁となっていることを示しています。
スピーキングは、平均スコアが2.71から2.91で、4つのスキルの中で最も困難とされました。「視覚的補助(例:PowerPoint)の使用」が最も高い平均点を示しましたが、それでも2.91という低い値でした。自信を持って流暢にコミュニケーションすること、正確に話すことが、最も高くランク付けされた課題でした。
リスニングは、平均スコアが3.80から3.88で、4つのスキルの中では比較的高い値を示しました。「重要な語彙の理解」が最も高い平均点でした。しかし、スピーチの構成を理解すること、クラスメートのアクセントを理解すること、異なる見解やアイデアを特定することが、主な課題として挙げられました。
平均スコアを比較すると、4つのスキルの難易度は次の順序で並びました:スピーキング>ライティング>リーディング>リスニング。つまり、学習者にとって最も困難なのはスピーキングで、最も容易なのはリスニングだったのです。
EMIでの成功を予測するものは何か
研究の第二の目的は、学術的言語関連の課題が学習者のEMIでの成功をどの程度予測するかを調べることでした。ここで、構造方程式モデリング(SEM)を用いた重回帰分析という統計手法が使われました。
結果は明確でした。4つのスキルのうち、ライティング(β = 0.531, p < 0.01)、リーディング(β = 0.442, p < 0.01)、リスニング(β = -0.168, p < 0.01)がEMIでの学習者の成功を有意に予測しました。ライティングが最良の予測因子で、EMIでの成功の分散の28.19%を一意に説明しました。リーディングがそれに続き、19.54%を説明しました。
興味深いことに、スピーキングは学習者にとって最も困難なスキルとして認識されていましたが、EMIでの成功の有意な予測因子ではありませんでした。これは、EMI環境では、テストやレポート、講義の理解といった受容的・産出的な書記言語スキルが、口頭でのコミュニケーション能力よりも評価において重要な役割を果たしている可能性を示唆しています。
また、リスニングの係数が負の値を示したことは、一見すると奇妙に思えます。しかし、これは他のスキルとの相互作用を考慮に入れた結果であり、リスニング自体が成功を妨げるというよりも、他のスキルとの複雑な関係を反映していると考えられます。
この研究の強みと弱み
この研究には、いくつかの注目すべき強みがあります。まず、サンプルサイズが361名と比較的大きく、複数の大学から参加者を募集したことで、結果の一般化可能性が高まっています。また、確認的因子分析(CFA)を用いて質問票の構成概念妥当性を確認し、信頼性と妥当性を確保しています。統計的手法も適切で、構造方程式モデリングを使用することで、変数間の複雑な関係を明らかにしています。
さらに、この研究は単に課題を特定するだけでなく、それらがEMIでの成功をどの程度予測するかという実践的な問いに答えようとしています。これは、教育政策や教育実践に直接的な示唆を与える点で価値があります。
しかし、いくつかの重要な限界も存在します。最大の問題は、EMIでの成功を学習者の自己評価のみで測定していることです。著者たちも認めているように、学習者の自己認識は実際の学業成績とは異なる可能性があります。理想的には、GPAや標準化されたテストのスコアなど、客観的な成功の指標を組み合わせるべきでした。
また、この研究は横断的デザイン(一時点でのデータ収集)を採用しているため、因果関係を確立することはできません。言語スキルの課題がEMIでの成功を低下させるのか、それとも逆にEMIでの苦戦が言語スキルの課題の認識を高めるのか、あるいは両方が相互に影響し合っているのか、この研究からは判断できません。
さらに、サンプルが広東省の特定の大学に限定されており、中国全体のEFL学習者を代表しているとは言えません。中国は地域によって教育の質や英語教育への曝露が大きく異なるため、他の地域では異なる結果が得られる可能性があります。
また、質問票による自己報告データのみに依存していることも限界です。教師へのインタビューや授業観察、学習者の実際のライティングサンプルの分析など、質的データを組み合わせることで、より深い理解が得られたでしょう。
中国の文化的・教育的背景を考える
この研究を理解する上で重要なのは、中国の独特な文化的・教育的背景です。著者たちが指摘するように、中国の豊かな歴史、多様な地域方言、独特な文化規範が学習環境と言語習得プロセスに大きく影響しています。
中国の教育は伝統的に暗記と教師中心の学習を重視してきました。しかし、近年、中国政府は受動的な学習や暗記から離れるよう教育を奨励しています。これは緊張と課題を生み出しています。以前の伝統的な受動的伝達学習に慣れていた学生たちは、構成主義的で経験ベースのコースに苦労しているのです。
教師の役割、教室の階層、学術的権威に関する中国の学生の文化的期待は、西洋の教育システムで一般的なものとは異なります。これらの違いは、EMI教室のダイナミクスに影響を与える可能性があります。たとえば、中国の学生は教室で質問したり、教師の意見に異議を唱えたりすることに消極的かもしれません。これは不敬と見なされる可能性があるからです。
また、西洋諸国出身のEMI教師と中国の学生との間の相互作用は、異なるコミュニケーションスタイル、非言語的手がかり、文化的規範のために、しばしば誤解や誤ったコミュニケーションにつながります。
理論的枠組み:コネクショニスト理論の視点
著者たちは、コネクショニスト理論の枠組みからこの研究を位置づけています。コネクショニスト理論によれば、学習者は意味のある方法でL2(第二言語)入力に曝露されることで言語スキルを発達させることができます。学習者は、言語的特徴に大量に曝露されることで、段階的にL2知識を構築していきます。
EMIの文脈では、コネクショニスト理論は、英語で内容を学習することで、学習者が言語スキルを向上させることができると示唆しています。これは、教育プログラムが主に学生のL2レベルの向上を目的としていなくても、意味のある文脈での英語への曝露は学習者のL2能力にプラスの変化をもたらすことができることを意味します。
理論は、英語言語特性への一貫した曝露を通じて、学習者が徐々に言語スキルを内在化し、向上させることができることを示唆しています。しかし、この研究の結果は、理論と現実の間にギャップがあることを示しています。多くの学習者は、EMI環境で成功するために必要な学術的言語スキルを十分に発達させていないのです。
教育実践への示唆:何ができるか
この研究の最も価値のある側面の一つは、政策立案者、教育機関、教師、学習者自身に対する具体的な示唆を提供していることです。
政策立案者に対しては、EMIプログラムへの入学に言語能力の基準を設けることを提案しています。標準化された言語能力テストや評価を通じて、学生がEMI環境で成功するために必要な言語スキルを持っていることを確認できます。また、EMIプログラムに在籍する学生向けの包括的な言語支援プログラムを実施することも重要です。これには、言語ワークショップ、個別指導サービス、EMI学生の特定のニーズに合わせた言語強化コースが含まれる可能性があります。
教育機関に対しては、EMI講師向けの教育学的トレーニングを提供することを推奨しています。多文化環境での教育スキルを高めるための専門的な訓練と専門的能力開発の機会を提供できます。これには、EMI環境における効果的な教育戦略、学生の多様な言語的ニーズへの対応に焦点を当てたワークショップ、セミナー、コースが含まれる可能性があります。
EMI講師に対しては、学習者が経験する言語関連の課題を認識し、それに応じた配慮をすることが求められます。授業外の学習活動を強化する機会を十分に作り、低習熟度の学習者が自己修正できるようにすることが、これらの課題に効率的に対処するのに役立ちます。EMI講師は、多文化環境でEMIに曝露される学習者の要件を満たすために、新しい教育スキルを習得することで、教育スタイルを修正する必要があります。
学習者自身に対しては、自分の言語スキルの弱点を認識し、積極的に改善に取り組むことの重要性を強調しています。特にライティングスキルの向上が最も重要であることが示されているため、学習者は論文作成、学術的な文体、参照規則などに重点を置いた学習に取り組むべきです。
他の研究との関連性
この研究の結果は、EMIに関する既存の研究とどのように関連しているでしょうか。Aizawa et al.(2020)の日本での研究と多くの点で一致しています。彼らもまた、英語言語能力がEMIプログラムにおける学術的言語関連の課題に対処する上で重要であることを強調し、L2英語学習者が直面する課題、特にスピーキング、リスニング、リーディング、ライティングスキルに関する課題に注目しました。
Zhou et al.(2022)による中国の8つの大学での研究も、学生が産出的スキル、特にライティングの領域で最も重大な課題に直面していることを発見しました。これは本研究の結果と完全に一致しています。
Kamas¸ak and Sahan(2023)のトルコでの研究も、学生の言語関連の困難と認識された言語能力が、EMIコースでの学業成績に有意に関連する唯一の予測因子であることを示しました。
しかし、Pun and Jin(2021)の中国の大学生に関する研究は、やや異なる結果を示しました。彼らの研究では、学生が言語と学習の困難に対する認識が最小限であることが明らかになりました。この違いは、サンプルの違い(73名対361名)、調査時期、または参加した大学のEMIプログラムの質の違いによる可能性があります。
今後の研究へ
著者たちは、この研究にはいくつかの限界があることを正直に認めています。最も重要なのは、中国のすべてのEFL学習者、または他の類似した文脈の実践を代表していない可能性があるということです。これは結果の一般化可能性に疑問を投げかけます。
今後の研究では、中国のさまざまな地域、さらには異なる国々からのより多様なEFL学習者グループを含むようにサンプルサイズを拡大することが考えられます。また、教師への調査やインタビュー、教室観察を実施することで、EMIが学習者の第一言語(L1)における思考能力に与える影響や、認知的な不利益や「頭脳流出」につながるかどうかについて、より包括的な理解を得ることができるでしょう。
また、縦断的研究を設計することで、学生の自己認識の成功が実際の学業成績とどの程度一致するかをより正確に測定できます。本研究では、参加者の数が多いため縦断的データ収集は不可能でしたが、将来の研究ではこの限界を克服できるかもしれません。
質的研究の手法、たとえばフォーカスグループやインタビューを実施することで、学術的言語の課題に関する学習者の認識や経験についてより詳細な理解を得ることができるでしょう。さらに、学術的言語関連の課題と中国のEFL学習者のEMIでの成功との関係を媒介または調整する潜在的な要因を探る研究も必要です。
中国の高等教育における英語の役割
この研究は、より広い文脈、すなわち中国の高等教育における英語の役割という問題を浮き彫りにしています。中国は世界第2位の経済大国として、国際舞台での影響力を強めようとしています。その一環として、大学の国際化が推進されており、EMIはその中心的な戦略の一つです。
しかし、この研究が示すように、急速なEMIの拡大は、学生や教師に大きな負担をかけています。言語の壁によって、学生は専門分野の内容を十分に理解できず、批判的思考や深い学習が阻害される可能性があります。これは、教育の質そのものに関わる問題です。
著者たちが警告するように、EMI学習者の不十分な英語能力は、EMIコースの効果的な実施を妨げ、学習者の内容知識を妨げるだけでなく、彼らの成功にも影響を与えます。もし適切な支援がなければ、EMIは高等教育において失敗する運命にあるかもしれません。
同時に、この研究は、適切な支援とリソースがあれば、EMIは学生にとって貴重な学習機会となりうることも示唆しています。英語でコンテンツを学ぶことで、学生は言語スキルと専門知識の両方を同時に発達させることができます。重要なのは、現実的な期待を設定し、学生が成功するために必要な支援を提供することです。
おわりに:言語と学習の複雑な関係
この研究が教えてくれるのは、言語と学習は切り離せないということです。私たちは言語を通して思考し、言語を通して知識を構築します。EMIのような状況で、学生が十分な言語能力を持っていなければ、どんなに優れた教育内容も十分に伝わりません。
著者たちの研究は、特にライティングとリーディングのスキルがEMIでの成功に重要であることを明確に示しました。これは、大学レベルの学習が主に書記言語を通じて行われることを考えると、理にかなっています。講義を聞き、教科書を読み、レポートを書き、試験を受ける—これらすべてが高度な言語能力を必要とします。
スピーキングが最も困難なスキルとして認識されながらも、成功の予測因子ではなかったという発見は、興味深い疑問を提起します。EMI環境では、口頭でのコミュニケーション能力は評価において二次的な役割しか果たしていないのでしょうか。それとも、学生は自分のスピーキング能力について過度に心配しているだけなのでしょうか。これは今後の研究で探求する価値のある問いです。
最終的に、この研究は、EMIの成功には、単に英語で授業を行うだけでは不十分であることを示しています。学生の言語的ニーズに対応し、継続的な支援を提供し、現実的な期待を設定することが必要です。中国の大学が国際化を目指す中で、この教訓は貴重です。質の高い教育を提供しながら、学生を適切に支援するバランスを見つけることが、EMIの真の成功につながるでしょう。
Li, M., & Pei, L. (2024). Exploring challenges in academic language-related skills of EFL learners in Chinese EMI settings. Acta Psychologica, 247, Article 104309. https://doi.org/10.1016/j.actpsy.2024.104309