研究の背景と筆者たち
この論文”Integrating blended learning and Canva for the development of students’ ESL reading skills in the first year of secondary education”は、スペインのアリカンテ大学教育学部に所属するVerónica Chust-Pérez、Rosa Pilar Esteve-Faubel、José María Esteve-Faubelの三名によって執筆されました。研究の舞台となったのは、人口約5万人の都市部にある中等教育学校です。スペインでは英語教育が必須科目として位置づけられていますが、バイリンガル教育が実施されている学校は例外的で、多くの学校では英語は独立した科目として限られた時間内で教えられています。
筆者たちが注目したのは、小学校から中学校への移行期における英語のリーディングスキル育成という課題です。この時期の生徒たちは、教育システムの大きな変化に直面します。小学校では担任の先生が多くの科目を教えるのに対し、中学校では教科ごとに異なる先生が授業を行うようになります。この変化は生徒たちにストレスを与え、学習への意欲低下を招くことが先行研究で指摘されていました。
研究の核心―CanvaとMoodleを使った反転授業
研究チームが採用したのは、いわゆる「反転授業」(Flipped Classroom)と呼ばれる教育手法です。従来の授業では、先生が教室で新しい内容を説明し、生徒は家で宿題をして復習するという流れが一般的でした。反転授業はこれを逆転させ、生徒は家で動画などを見て基礎知識を学び、教室ではその知識を使った応用的な活動に取り組みます。
この研究では、デジタルツールとしてCanvaとMoodleを活用しました。Canvaは視覚的に魅力的な教材を簡単に作成できるデザインツールで、Moodleはオンライン上で課題を配布したり、議論の場を提供したりできる学習管理システムです。実験グループの生徒たちは、これらのツールを使って読解の課題に取り組み、クラスメイトと意見を交換しました。
対照的に、比較グループの生徒たちは、同じ内容の課題を紙ベースで行いました。読解教材としては、Burlington BooksのAll About Britainという必読書と、British Councilが提供するA1およびA2レベルの補助教材が使われました。
12週間の実践プログラム
プログラムは12週間にわたって実施されました。各グループは20名の生徒で構成され、年齢は11歳から12歳です。この比較的少人数のクラス編成は、小学校から中学校への移行を支援するために学校が意図的に採用したものです。
最初の1週間から2週間は、実験グループの生徒たちにCanvaとMoodleの使い方を教えることに費やされました。操作方法を学ぶためのチュートリアル動画を視聴し、実際に投稿を作成する練習をしました。比較グループでは、同じ時期にグループ分けと研究の説明が行われました。
3週目から8週目までは、週に2章ずつ読書を進め、要約課題に取り組みました。実験グループの生徒たちはCanvaで視覚的に魅力的な要約を作成し、Moodleのフォーラムに投稿しました。家では音声教材を聞き、読解問題を解き、追加の練習問題にも取り組みました。比較グループも同様の活動を行いましたが、すべて紙のワークシートで作業し、教室の掲示板に要約を貼り出しました。
9週目から11週目は、British Councilの教材を使った活動に移りました。各グループが自分たちで読む文章を選び、穴埋め問題や要約作成に取り組みました。最終週には、Cambridge Assessment EnglishのFlyers試験(A2レベル)を受け、さらにフォーカスグループ・インタビューに参加しました。
測定方法と評価の工夫
研究チームは量的データと質的データの両方を収集する混合研究法を採用しました。量的データとしては、プログラム開始前と終了後に実施されたCambridge Flyersテストの結果を分析しました。このテストはヨーロッパ共通参照枠(CEFR)のA2レベルに対応しており、客観性と信頼性が広く認められています。
質的データとしては、生徒たちを小グループに分けてインタビューを行いました。各クラスから2つずつ、合計4つのフォーカスグループが作られ、男女比に配慮したランダムな割り当てが行われました。これらのインタビューでは、生徒たちの学習体験や感情面での変化について深く掘り下げました。
教師も毎日の授業記録を詳細につけ、生徒たちの取り組み状況や成長の様子を記録しました。これらの記録は、Atlas.Ti7というソフトウェアを使って体系的に分析されました。
結果が示したこと
最初のテストで、両グループの生徒たちの読解力はかなり低い水準でした。全体的な読解力において、60パーセントの生徒が基礎レベル、35パーセントが中級レベル、わずか5パーセントが上級レベルという結果でした。推論を必要とする高度な読解スキルに関しては、さらに厳しい状況で、65パーセントが基礎レベルにとどまっていました。
12週間のプログラム後、両グループとも顕著な改善を見せました。最終テストでは、すべての生徒が中級または上級レベルに到達しました。これは教師たちの丁寧な指導計画と実践の成果と言えるでしょう。
ただし、統計的に有意な差は見られなかったものの、推論を必要とする読解課題において実験グループがわずかに優れた成績を示しました。実験グループでは35パーセントの生徒が上級レベルに達したのに対し、比較グループでは25パーセントでした。
教師の記録から見えてきたのは、デジタルツールの有無による取り組み姿勢の違いです。補助教材の課題に関して、Canvaを使った実験グループでは90パーセントの生徒がすべての任意課題を完了したのに対し、紙ベースの比較グループでは55パーセントにとどまりました。フォーラムへの参加度も実験グループの方が高く、活発な議論が展開されました。
生徒たちの声が語るもの
フォーカスグループ・インタビューから得られた生徒たちの声は、数字以上に多くを物語っています。実験グループの生徒の一人は「Canvaを使うのはすごく良かった。スマートフォンでも簡単に使えるから」と述べました。別の生徒は「インスタグラムみたいな最高の投稿を作りたかった」と語り、SNS世代らしい感覚でデジタルツールを受け入れていました。
多くの生徒が、最初は英語の本を一人で読むことに不安を感じていたと打ち明けました。「最初は英語で本を読むのにすごく緊張した。グループのみんなの前で発音を間違えたらどうしようって心配だった。でも、お互いに助け合えた」という発言は、協働学習の価値を示しています。
デジタルツールの視覚的な要素も高く評価されました。「新しい単語をたくさん覚えた。本の絵や図が助けになった。新しい単語のすぐ横に絵があったから」という声は、視覚情報が言語学習を支援する重要性を裏付けています。
一方、比較グループの生徒たちからは異なる反応が聞かれました。「私たちは自分の作品を共有できなかった」という不満や、「紙で宿題をするのは退屈だし、授業に行くまで正解かどうかわからない」という声がありました。興味深いことに、比較グループの生徒たちも「もう一方のグループみたいにCanvaを使いたかった」と明確に述べています。
動機づけと情緒面での影響
この研究が明らかにした重要な発見の一つは、デジタルツールが生徒たちの動機づけに与えた影響です。実験グループの生徒たちは、課外の課題を宿題というより挑戦として楽しんでいました。「課外の課題はすごく楽しかった。宿題という感じじゃなくて、チャレンジみたいだった」という発言は、学習に対する姿勢の質的な変化を示しています。
英語を読むことへの不安も軽減されました。「英語で読むのが怖くなくなった。そんなに難しくない」という生徒や、「今ではイギリスについてたくさん学んだから、実際に行ってみたい」という生徒の言葉は、言語学習が単なるスキル習得を超えて、文化への興味や自信の獲得につながったことを示しています。
授業の体験そのものも変化しました。「教室でたくさん読んだけど、退屈じゃなかった。授業の時間がすごく早く過ぎた」という感想は、学習への没入感を表しています。
中学校への移行支援として
この研究は直接的に移行期の適応を測定したわけではありませんが、生徒たちの発言からその効果が推測できます。「最初は来るのが怖かった。すべてが新しくて、それですべての教科に先生がいる。数学も英語も。それで緊張した」という正直な告白は、多くの新入生が経験する不安を代弁しています。
しかし、プログラムを通じて状況は改善されました。「大変だったけど、すごく楽しかった。小学校より中学校の方が好き。かっこいいから」という前向きな変化や、「最初は大変だったけど、最終的にはうまくいって、すごく良くなった」という達成感の表明は、適切な支援があれば移行期の困難を乗り越えられることを示しています。
グループワークも移行を助ける要因となりました。「フォーラムについて話し合うためにグループで集まることもあった。英語の文章をよく理解できているか不安で、間違えたくなかったから」という発言は、仲間との協力関係が不安を和らげる効果を持つことを示しています。
研究の限界と今後の課題
筆者たち自身が認めているように、この研究にはいくつかの限界があります。まず、サンプルサイズが小さいことです。各グループ20名という規模では、結果を他の教育現場に一般化することは慎重でなければなりません。より大規模で多様な環境での追試が必要でしょう。
12週間という介入期間も短い可能性があります。態度の変化は見られましたが、複雑な読解スキルの定着や中学校への適応を完全に評価するには、少なくとも1学年全体にわたる縦断的研究が望ましいでしょう。
デジタルツールの目新しさが動機づけに影響した可能性も考慮すべきです。長期間使用した場合に同じ効果が持続するかは不明です。将来の研究では、より長い慣れの期間を設けるか、異なるタイプの技術介入を比較することで、この「新鮮さ効果」を制御できるかもしれません。
また、生徒たちが2年生に進級する際のクラス再編成により、長期的な追跡調査が困難になるという実際的な問題も指摘されています。
日本の英語教育への示唆
この研究から、日本の英語教育現場が学べることは少なくありません。まず、小学校から中学校への移行期支援の重要性です。日本でも2020年度から小学校で英語が教科化され、中学校との接続が課題となっています。この研究が示すように、移行期の不安を軽減し、継続的な学習意欲を維持するための工夫が求められます。
デジタルツールの活用についても示唆に富んでいます。GIGAスクール構想により日本の学校にも一人一台端末が配備されましたが、効果的な活用方法は模索段階です。この研究が示すように、CanvaやMoodleのような既存のツールを適切に組み合わせることで、生徒の創造性を引き出し、協働学習を促進できる可能性があります。
反転授業の導入に際しては、段階的なアプローチが重要です。この研究でも、実験グループの生徒たちはツールの使い方を学ぶための時間を十分に取っていました。日本の現場でも、教師と生徒の両方が新しい方法に慣れるための移行期間を設けることが成功の鍵となるでしょう。
視覚的な教材の重要性も見逃せません。英語学習に困難を感じる生徒にとって、文字情報だけでなく、画像や図表といった視覚情報は理解を助ける大きな手がかりとなります。特に語彙学習において、この研究の生徒たちが述べたように「絵が隣にあると新しい単語が覚えやすい」という体験は、多くの日本の生徒にも当てはまるはずです。
教師の役割と研修の必要性
この研究で強調されているのは、教師の役割の重要性です。実験グループと比較グループの両方で改善が見られたのは、両方の教師が綿密に計画を立て、認知的・メタ認知的・社会情緒的な側面を統合した指導戦略を実施したからです。
デジタルツールは万能ではありません。適切な教育目標のもとで、生徒の発達段階や学習スタイルに合わせて活用されて初めて効果を発揮します。この研究が示すように、教師には継続的な研修が必要で、特にブレンド型学習の方法論や特定のデジタルツールの教育的活用について、実践的な訓練が求められます。
学校全体としての支援体制も欠かせません。教師同士がアイデアや経験を共有し、ベストプラクティスを交換する場が必要です。この研究でも、教員チームと研究者の継続的な対話が、課題の適切性や教材の多様化につながったと報告されています。
協働学習の価値
この研究のもう一つの重要な発見は、協働学習の効果です。生徒たちは4人グループで活動し、お互いに助け合いながら読解課題に取り組みました。「発音を間違えるのが心配だったけど、お互いに助け合えた」という声が示すように、仲間との協力関係は学習不安を軽減し、安心して挑戦できる環境を作ります。
フォーラムでの議論も、単なる意見交換にとどまらず、批判的思考を育む機会となりました。他の生徒の要約を読み、コメントを書くことで、様々な視点から文章を理解する力が養われます。家でも「グループで集まってフォーラムについて話し合った」という行動は、学習が教室の枠を超えて生活の一部になったことを示しています。
評価と展望
この研究は、ブレンド型学習とデジタルツールの組み合わせが、中学1年生の英語リーディングスキル向上に一定の効果を持つことを示しました。統計的に有意な差が見られなかったものの、推論能力のわずかな向上や、動機づけ・エンゲージメント・満足度の明確な向上は、教育実践として価値があります。
特に印象的なのは、すべての生徒が基礎レベルから脱却し、中級または上級レベルに到達したという事実です。これは、適切な教育介入により、移行期の困難を克服し、着実な成長を遂げられることを示しています。
デジタルネイティブ世代の生徒たちにとって、紙ベースの学習だけでは十分な動機づけを提供できない可能性があります。「インスタグラムみたいな投稿を作りたかった」という発言は、彼らが日常的に親しんでいるデジタルコミュニケーションの形式を学習に取り入れることの重要性を示唆しています。
今後の研究では、より長期的な効果の検証、様々な教育環境での再現性の確認、異なるデジタルツールの比較などが期待されます。また、移行期の適応を直接測定する指標を組み込むことで、この手法の移行支援効果をより明確に評価できるでしょう。
英語教育における技術の活用は、ツールそのものよりも、それをどのように教育目標と結びつけ、生徒の学びを深めるために使うかが重要です。この研究は、その具体的な一例を提供してくれています。
Chust-Pérez, V., Esteve-Faubel, R. P., & Esteve-Faubel, J. M. (2025). Integrating blended learning and Canva for the development of students’ ESL reading skills in the first year of secondary education. SAGE Open, 15(3), 1–19. https://doi.org/10.1177/21582440251366245
