研究の舞台設定―中学生と英語の出会い

この論文”The unique contribution of vocabulary in the reading development of English as a foreign language”は、オランダの中学1年生が外国語として英語を学び始めるときに、何が読解力を支えるのかを明らかにしようとした研究です。筆者の一人であるAlexander Krepelらは、アムステルダム大学とラドバウド大学の研究チームに所属しており、子どもの発達と教育を専門としています。 研究の背景には、英語という言語の持つ特殊性があります。たとえば「pint」という単語を考えてみてください。この単語を初めて見た人は、「ピント」と読んでしまうかもしれません。しかし実際の発音は「パイント」です。このように、英語には文字と音の対応が一対一ではない「不規則な語」がたくさんあります。cat(キャット)やhat(ハット)のように規則的に読める単語もありますが、英語学習者を悩ませるのは、むしろこうした不規則な単語なのです。

なぜオランダの子どもたちなのか

この研究が興味深いのは、対象がオランダの子どもたちである点です。オランダ語は英語と比べて「透明性の高い」言語、つまり文字と音の対応がより規則的な言語です。オランダ語を母語とする子どもたちは、基本的には文字を見れば音が分かる環境で育ってきました。そんな彼らが、不規則性の高い英語を学ぶとき、どのような能力が必要になるのでしょうか。 研究チームは455名の中学1年生(11歳から13歳)を追跡調査しました。オランダでは中学1年生から本格的な英語教育が始まります。小学校でも多少の英語の授業はありますが、週に30分から60分程度で、主に会話中心です。中学校に入ると、週に135分から180分の授業があり、読み書きも本格的に学びます。つまり、この学年の子どもたちは、まさに英語読解の入り口に立っているのです。

二つの鍵―語彙と正書法

研究者たちが注目したのは、「語彙知識」と「正書法知識」という二つの能力です。 語彙知識とは、単純に言えば「どれだけ多くの単語の意味を知っているか」です。この研究では、ピーボディ絵画語彙検査という標準化されたテストの短縮版を使いました。子どもたちは英語の単語を聞いて、四つの絵の中から正しい意味を選びます。 一方、正書法知識とは「単語の綴りをどれだけ正確に知っているか」です。研究では、英語の単語20語を聞いて書き取る課題を用いました。興味深いのは、この課題の大部分が不規則な綴りの単語だったことです。たとえば「beautiful」のような単語は、音だけから綴りを推測することが難しいため、その単語を実際に見て覚えている必要があります。

外国語学習の特殊性―文字から入る世界

ここで重要なのは、母語話者と外国語学習者の違いです。

英語を母語とする子どもは、まず話し言葉で単語を学び、後から文字を学びます。たとえば「apple」という単語なら、りんごという物を指して「アップル」と言う経験を何度もした後で、学校で「a-p-p-l-e」という綴りを学ぶのです。 しかし外国語学習者は違います。オランダの子どもたちは、教室で新しい英語の単語に出会うとき、教科書に書かれた文字と音声を同時に、あるいは文字から先に学ぶことが多いのです。これは論文の著者Bassetti(2008)が指摘している点ですが、外国語学習では文字情報が非常に重要な役割を果たします。

読解テストの工夫―規則性による分類

研究チームは、読解能力を測るために複数のテストを用いました。 まず「読解の正確さ」を測るテストでは、Castles & Coltheart 2という標準的な課題を使いました。これは40個の規則的な単語(check、thingなど)と40個の不規則な単語(ceiling、breadなど)のリストです。子どもたちは一つ一つの単語をできるだけ正確に読み上げます。速さは求められません。 次に「読解の流暢さ」を測るテストでは、TOWRE(Test of Word Reading Efficiency)という別の標準化されたテストを使いました。こちらは45秒間にできるだけ多くの単語を正確に読む課題です。単語読解の流暢さテストには規則的な単語と不規則な単語の両方が含まれており、擬似語読解の流暢さテストには、実在しない単語(pogやthrobeなど)が含まれています。 擬似語は面白い測定ツールです。なぜなら、誰も意味を知らない単語なので、純粋に「文字を音に変換する能力」だけを測ることができるからです。

オランダ訛りをどう扱うか―評価の難しさ

ここで研究者たちが直面した興味深い問題があります。オランダの子どもたちが英語を読むとき、当然ながらオランダ語訛りがあります。たとえば英語の「th」の音は、オランダ語話者にとって難しい音です。「thing」を「fing」のように発音してしまうことがあります。 研究者たちは、このような訛りによる発音と、本当の読み間違いを区別する必要がありました。そこで、許容できる発音と許容できない発音のリストを作成しました。「thing」を「fing」と読むのは訛りなので正解とし、「zing」と読むのは誤りとしたのです。また「thing」を「think」と読むのは、語末の音を間違えているので誤りです。 この配慮は重要です。研究の目的は発音の正確さを測ることではなく、文字から音への変換能力や単語認識能力を測ることだからです。

秋と春の二回測定―発達を追う

研究は学年の始め(11月から1月)と終わり(4月から6月)の二回、同じテストを実施しました。この縦断的なデザインにより、単に「ある時点での関係」を見るだけでなく、「語彙や正書法の知識が、その後の読解力の発達にどう影響するか」を調べることができました。 結果を見ると、子どもたちは半年間で着実に進歩していました。すべての読解テストで、春の方が秋よりも得点が高かったのです。ただし、綴りのテストはかなり難しかったようで、平均点は20点満点中わずか6.32点でした。これは、不規則な綴りの単語を正確に書くことの難しさを示しています。

相関から見える関係―何と何が結びついているか

統計的な分析を見ると、いくつかの興味深いパターンが浮かび上がります。 まず、語彙知識と不規則語の読解正確さの相関は0.50でした。一方、語彙知識と規則語の読解正確さの相関は0.39です。この差は統計的に有意で、語彙知識が不規則語を読むときにより重要であることを示しています。 同様に、語彙知識と単語読解流暢さ(規則語と不規則語を含む)の相関は0.42でしたが、擬似語読解流暢さとの相関は0.22でした。これも大きな差です。擬似語は意味を持たないため、語彙知識があまり役に立たないのです。 正書法知識についても似たパターンが見られました。正書法知識は単語読解流暢さとの相関が0.55と高かったのに対し、擬似語読解流暢さとの相関は0.43でした。

共通性分析―独立した貢献を解きほぐす

研究の中核となる分析は「共通性分析(commonality analysis)」と呼ばれる手法です。これは、複数の予測変数(この場合は語彙知識と正書法知識)が結果変数(読解能力)をどのように説明するかを、細かく分解する方法です。 たとえば、不規則語の読解正確さを予測する場合を考えてみましょう。分析の結果、語彙知識は独自に3.6%の分散を説明し、正書法知識は独自に4.1%の分散を説明しました。そして両者が共有する部分が4.3%ありました。つまり、語彙知識と正書法知識は、それぞれ独立した形で不規則語読解に貢献しているのです。 一方、規則語の読解正確さについては、語彙知識の独自の貢献は0.1%とほとんどなく、正書法知識の独自の貢献が5.1%でした。この対比は鮮明です。規則的な単語は、文字と音の対応関係さえ分かれば読めるので、その単語の意味を知っている必要はあまりないのです。

発達の予測―半年後の読解力を決めるもの

さらに興味深いのは、縦断的な分析です。秋の時点での語彙知識と正書法知識が、春の時点での読解力をどれだけ予測できるかを調べました。もちろん、秋の時点での読解力も予測に入れます。これにより「秋から春への成長」に何が寄与するかが分かります。 結果は明確でした。不規則語読解の発達については、語彙知識が独自に3.7%、正書法知識が独自に3.9%、両者の共有部分が2.9%の分散を説明しました。合計すると10.5%です。これは、秋の時点での語彙と正書法の知識が、その後の不規則語読解の発達を予測する強力な指標であることを意味します。 一方、規則語読解の発達については、語彙知識の独自の貢献は1.0%、正書法知識の独自の貢献は1.2%で、合計しても2.8%程度でした。不規則語の場合と比べて、かなり小さい数字です。

流暢さの発達は別の話

ただし、読解の流暢さについては、語彙知識も正書法知識も発達をあまり予測しませんでした。単語読解流暢さの発達に対して、両者を合わせても2.1%程度の説明力しかなかったのです。 研究者たちはこれを次のように解釈しています。読解流暢さには「速さ」と「正確さ」の二つの要素がありますが、半年間で子どもたちが向上したのは主に「速さ」の方でした。正確さはあまり変わらなかったのです。そして速さの向上は、語彙や正書法の知識よりも、むしろ練習による自動化が大きく影響すると考えられます。

理論的な枠組み―三角モデルとの整合性

この研究結果は、Harm & Seidenberg(2004)が提唱した「三角モデル」という読解の理論とよく合致します。このモデルでは、単語を読むときに二つの経路が平行して働くとされています。 一つは「直接的な音韻経路」で、文字(正書法)から直接、音(音韻)へと変換する経路です。これは規則的な単語を読むときに主に使われます。catやhatのような単語は、文字を見れば音が分かるので、意味を知らなくても読めるのです。 もう一つは「間接的な意味経路」で、文字から意味(意味論)を経由して音へと至る経路です。不規則な単語、たとえばpintのような単語を読むとき、文字だけから音を推測すると間違えます。しかし「パイント」という単語を知っていれば、その意味表象が正しい音を活性化してくれるのです。 この研究の結果、語彙知識が不規則語の読解により強く寄与するという発見は、まさにこの意味経路の重要性を裏付けています。

もう一つの概念―綴り発音という架け橋

研究者たちは、Elbro & de Jong(2017)の「綴り発音(spelling pronunciation)」という概念にも言及しています。これは、書かれた単語を規則的に読んだときの発音のことです。 たとえば「island」という単語を初めて見た子どもは、「イスランド」のように読むかもしれません。これが綴り発音です。しかし正しい発音は「アイランド」です。読者は、この綴り発音と、記憶の中にある正しい発音との間の「距離」を埋める必要があります。 規則的な単語では、この距離はほとんどありません。しかし不規則な単語では距離が大きく、記憶の中に正しい発音(そしてしばしばその意味)がなければ、正しく読むことはほぼ不可能です。これも、なぜ語彙知識が不規則語読解に重要なのかを説明する一つの視点です。

母語の影響―でも結果は似ている

この研究の興味深い点の一つは、オランダ語を母語とする子どもたちでも、英語を母語とする子どもたちと似た結果が得られたことです。 過去の研究(de Jong & van der Leij, 1999; Verhoeven et al., 2011)では、オランダ語の読解において語彙知識はあまり重要ではないことが示されていました。オランダ語は透明性が高いので、文字を音に変換する能力(デコーディング)さえあれば、ほとんどの単語を読めるからです。 そのため、オランダの子どもたちは英語でも同じ戦略、つまり語彙にあまり頼らない読み方をするのではないかという予想もできました。しかし結果は違いました。彼らも英語の不規則語を読むときには、英語を母語とする子どもたちと同じように語彙知識を活用していたのです。 研究者たちはこれを、「第一言語のスキルは、それが第二言語に適用できる範囲でのみ使われる」と解釈しています。オランダ語での読み方は、英語の規則的な単語には使えますが、不規則な単語には使えません。だから子どもたちは、英語という言語の特性に合わせた方略を発展させるのです。

正書法知識の独立した役割

この研究のもう一つの重要な発見は、正書法知識が語彙知識とは独立して読解に寄与するという点です。つまり、単語の意味を知っているだけでは不十分で、その綴りを正確に知っていることも重要なのです。 興味深いことに、正書法知識は規則的な単語と不規則な単語の両方の読解に寄与していました。一見すると矛盾しているように思えます。規則的な単語なら、文字と音の対応規則を知っていれば読めるはずだからです。 しかしRoman et al.(2009)の研究が示すように、実際には規則的な単語であっても、読者はそれをいちいちデコードするのではなく、視覚的に認識して読むことがあります。つまり「この単語を見たことがある」という正書法の記憶を使って読むのです。これは読解を速くする効果があります。 擬似語については、正書法知識の貢献はほとんどありませんでした。これは理にかなっています。擬似語は実在しない単語なので、誰もその綴りを記憶していないからです。

測定の工夫と限界

この研究では、正書法知識を測るために聴写(ディクテーション)を使いました。これは、過去の研究で使われることが多かった「正書法選択課題」とは異なる方法です。正書法選択課題では、たとえば「rane」と「rain」のどちらが正しい綴りかを選ばせます。 聴写の利点は、単語レベルの正書法知識だけでなく、より一般的な正書法パターンの知識も測れる可能性があることです(Apel, 2011)。ただし研究者たちは、自分たちが使った聴写課題のほとんどが不規則な綴りの単語だったこと、そして擬似語読解にはほとんど貢献しなかったことから、主に単語レベルの正書法知識を測っていると考えています。 一つの限界は、この聴写課題が不規則語の正書法知識に偏っていたため、不規則語読解の測定とより整合的だった可能性があることです。理想的には、規則的な単語の正書法知識と不規則な単語の正書法知識を別々に測定できればよかったかもしれません。

語彙テストが測るもの―意味か音か

もう一つの限界として、研究者たち自身が認めているのは、語彙テストが音韻知識と意味知識の両方を測っているという点です。 使われたピーボディ絵画語彙検査では、子どもは単語の発音を聞いて、その意味を絵の中から選びます。つまり、正しく答えるためには、その単語の発音を知っていて、なおかつ意味も知っている必要があります。 理論的には、意味知識が重要なのか、それとも音韻知識が重要なのかは議論があります。三角モデルでは意味表象が重要だとされますが、二重経路モデル(Coltheart et al., 2001)では、発音を知っていれば十分だとされます。 過去の研究では結果が分かれています。Nation & Cocksey(2009)の研究では、音韻知識を統制すると意味知識の効果は消えました。一方、Ricketts et al.(2016)の研究では、音韻知識を統制しても意味知識が独自に貢献していました。 この研究では音韻知識を別に測定していないため、語彙知識の効果が意味によるものなのか音韻によるものなのかは分かりません。これは今後の研究で明らかにすべき点です。

実践への示唆―教育現場で何ができるか

この研究から得られる実践的な示唆は明確です。外国語として英語を学ぶ子どもたちが不規則な単語を読めるようになるためには、語彙知識と正書法知識の両方を教える必要があるということです。 多くの言語教育では、語彙を教えるときに意味と発音に焦点を当てます。しかしこの研究は、綴りも同じくらい重要であることを示しています。新しい単語を導入するときは、その意味、発音、そして綴りの三つをセットで教えることが効果的でしょう。 また、不規則な単語の存在を意識的に教えることも有用かもしれません。たとえば、beachとbreadとbreakでは「ea」の発音が違うことを明示的に示す、といった指導です。これにより、子どもたちは「文字を見れば音が分かる」という単純な規則だけでは不十分だと理解し、個々の単語を記憶する必要性を認識できます。

今後の研究の方向性

この研究は455名という大規模なサンプルを用いた点で、過去の小規模な研究よりも信頼性が高いと言えます。また縦断的なデザインにより、因果関係についてもある程度の示唆が得られました。 しかし研究期間は半年間だけでした。より長期的な追跡調査により、語彙と正書法の知識が読解力の発達にどのように関わり続けるのか、そして読解力の向上が逆に語彙や正書法の学習を促進するのか、といった双方向的な関係も明らかになるでしょう。 また、この研究はオランダ語を母語とする子どもたちを対象にしました。他の言語を母語とする外国語学習者でも同様の結果が得られるかは分かりません。たとえば、中国語や韓国語のように、英語とはまったく異なる文字体系を持つ言語の話者では、結果が異なるかもしれません(Pasquarella et al., 2015の研究でも示唆されています)。 さらに、この研究では読解の受容的な側面(書かれたものを読む)に焦点を当てましたが、産出的な側面(書く、話す)との関連も興味深いテーマです。

結びに―言語の個性に合わせた学習

この研究が私たちに教えてくれるのは、言語にはそれぞれ個性があり、学習者はその個性に合わせた方略を発展させるということです。オランダ語のように透明性の高い言語では、文字と音の対応規則を学べば効率的に読めます。しかし英語のように不透明な言語では、個々の単語の知識―その意味、発音、そして綴り―が不可欠なのです。 外国語学習者は、母語で培った読解方略をある程度は使えますが、それだけでは不十分です。新しい言語の特性を理解し、それに適した方略を身につける必要があります。教育する側も、学習者の母語の特性と目標言語の特性の違いを認識し、適切な支援を提供することが求められます。 Krepelらの研究は、こうした言語間の違いと学習プロセスの普遍性の両方を示してくれました。語彙と正書法という、一見すると異なる二つの知識が、実は密接に関連しながらも独立して読解を支えているという発見は、言語教育の実践にも、理論的な理解にも、貴重な貢献をしています。


Krepel, A., de Bree, E. H., Mulder, E., van de Ven, M., Segers, E., Verhoeven, L., & de Jong, P. F. (2021). The unique contribution of vocabulary in the reading development of English as a foreign language. Journal of Research in Reading, 44(3), 453–474. https://doi.org/10.1111/1467-9817.12350

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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