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研究の背景と意義

この論文”Factors Affecting Students’ Listening Comprehension”は、英語を母語としない環境での英語リスニングスキルの指導に一石を投じる重要な研究といえます。本研究は、インド、エチオピアの教育機関に所属する6名の研究者による国際的な協力の成果であり、特にエチオピアのアディスアベバにあるSt. John Baptist De La Salle Catholic Schoolの11年生109名を対象として実施されました。

筆頭著者のP. Mathumathi氏は、インドのAnna University Regional Campus – Tirunelveliで英語の助教授を務めており、英語教育分野での豊富な経験を持ちます。共著者には、インドの複数の大学で英語教育に携わる研究者や、エチオピアのKotebe University of Educationの講師、現地の学校長など、理論と実践の両面から英語教育に関わる専門家が名を連ねています。このような多様な背景を持つ研究チームが結集したことで、単一の視点では見落とされがちな問題点を多角的に捉えることが可能になったと考えられます。

研究の動機は明確です。多くの英語教育現場において、読み書きや語彙学習に重点が置かれる一方で、リスニングスキルの指導が十分に行われていないという問題意識から出発しています。特に、英語を外国語として学ぶ環境では、学習者が英語の音声に触れる機会が限られているため、リスニング能力の向上は一層困難となります。この問題は、エチオピアのような発展途上国の教育現場では特に深刻で、適切な教材や技術環境の不足も相まって、効果的なリスニング指導の実現が大きな課題となっています。

研究方法の評価と妥当性

本研究では、記述的研究デザインと混合研究アプローチが採用されました。量的データと質的データを組み合わせることで、リスニング理解力に影響する要因を多面的に分析しようとする姿勢は評価できます。対象者の選定においては、判断抽出法(judgmental sampling)を用いて、全校生徒217名の中から109名を選出しており、各クラスから比例配分によってサンプルを抽出した点も適切です。

データ収集の主要手段として質問紙調査を採用し、SPSS version 26とExcelを用いた分析は、教育研究の標準的な手法として妥当性があります。17の質問項目は、学生要因、教師要因、カリキュラム要因、教室環境要因、文化的要因という5つの大きなカテゴリーに分類されており、リスニング理解力に影響する要因を包括的に捉えようとする試みが見て取れます。

ただし、研究手法にはいくつかの限界も指摘できます。まず、単一の学校のみを対象としているため、結果の一般化可能性には制約があります。エチオピアの他の地域や学校、さらには他の発展途上国への適用可能性については慎重な検討が必要です。また、横断的調査であるため、要因と結果の因果関係を明確に示すことは困難です。縦断的な追跡調査や実験的な介入研究があれば、より確実な証拠を提供できたでしょう。

研究結果の詳細分析

調査結果は、リスニング理解力に影響する要因の複雑さを浮き彫りにしています。最も印象的なのは、教師のフィードバックに対する学生の否定的な評価です。58.72%の学生が、教師によるリスニング練習のフィードバックが効果的でないと回答しています。これは、単に教師の指導技術の問題にとどまらず、適切なフィードバック方法に関する教師研修の不足や、リスニング評価に関する専門知識の欠如を示唆している可能性があります。

学生の主体的な学習態度についても深刻な問題が明らかになりました。67.86%の学生が授業中のリスニング活動に積極的に参加していないと回答し、50.46%が授業外でのリスニング練習を行っていないという結果は、学習者の動機や学習方略の不足を示しています。これは、リスニングスキル向上の責任が教師と学習者の両方にあることを示唆しており、従来の教師主導型の指導方法だけでは限界があることを物語っています。

カリキュラムに関する結果も興味深い知見を提供しています。45.87%の学生がカリキュラムに十分なリスニング練習機会がないと感じており、50.46%が教材の多様性不足を指摘しています。さらに、リスニング教材の内容が学生の興味や経験と関連していないと感じる学生が68.81%に上ることは、教材選択の重要性を強調しています。現実的で魅力的な教材の不足は、学習者の動機低下に直結する要因として注目すべきです。

技術活用の面では、59.63%の学生が教室で使用される技術がリスニング体験を向上させていないと回答しています。これは、単に技術設備の不足だけでなく、技術を効果的に活用する教師の能力や、適切な教育技術の選択と運用に関する問題を示唆しています。現代の学習者にとって技術は日常的な存在であるため、教育現場での技術活用の遅れは学習者の期待と現実のギャップを生み出している可能性があります。

文化的要因の重要性

この研究で特に注目すべきは、文化的要因に関する発見です。65.14%の学生が、多様な文化的文脈への接触がリスニング理解力向上に効果的でないと回答しています。これは一見意外な結果ですが、エチオピアという特定の文化的背景を考慮すると理解できます。英語圏の文化と大きく異なる環境で育った学習者にとって、文化的な背景知識の不足がリスニング理解の障壁となっている可能性があります。

また、69.73%の学生が授業外での英語圏文化との接触がリスニングスキル向上に寄与していないと感じている結果は、文化的適応の困難さを示しています。これは、単純に英語圏の文化に触れさせるだけでは効果的でなく、学習者の文化的背景との橋渡しを行う教育的配慮が必要であることを示唆しています。

教育実践への含意

この研究結果は、リスニング教育の改善に向けた具体的な指針を提供しています。まず、教師教育の重要性が浮き彫りになりました。効果的なフィードバック方法や多様な教材の活用法について、教師への継続的な研修が必要です。特に、リスニング評価の専門的知識や、学習者の動機を高める指導方法について、体系的な教師教育プログラムの開発が求められます。

カリキュラム改革の必要性も明確になりました。リスニング活動の量的増加だけでなく、質的向上が重要です。学習者の興味や経験に関連した教材の選択、現実的なシナリオの組み込み、段階的な難易度設定など、包括的なカリキュラム見直しが必要です。また、技術活用については、単に最新の機器を導入するだけでなく、教育目標に適した技術の選択と効果的な運用方法の確立が重要です。

学習者の主体的参加を促すための方策も重要な課題です。授業中の参加度向上のためには、インタラクティブな活動の導入や、学習者同士の協働学習の機会創出が有効でしょう。授業外学習については、自習用教材の提供や学習支援システムの構築、ピアサポート体制の整備などが考えられます。

研究の限界と今後の課題

この研究には重要な限界がいくつか存在します。第一に、単一校での調査であるため、結果の一般化には慎重さが必要です。エチオピアの他の地域や学校、さらには他の発展途上国への適用可能性については、追加的な検証が必要です。第二に、横断的調査の性質上、要因間の因果関係を明確に示すことはできません。縦断的研究や介入研究による検証が今後の課題として残されています。

また、学習者の個人差についても十分に検討されていません。学習スタイル、認知能力、学習動機、言語的背景など、個人レベルでの要因がリスニング理解力に与える影響について、より詳細な分析が必要です。さらに、社会経済的要因の影響についても考慮が不足しています。家庭環境、経済状況、教育機会へのアクセスなど、より広い社会的文脈での検討が求められます。

測定方法についても改善の余地があります。リスニング理解力の測定が主観的な自己評価に依存している点は、客観的な評価指標の併用によって補完されるべきです。また、質的データの収集と分析をより充実させることで、量的データでは捉えきれない複雑な要因を明らかにできる可能性があります。

国際的な文脈での意義

この研究は、グローバルな英語教育の文脈で重要な貢献をしています。発展途上国における英語教育の現実を実証的に示すことで、国際的な教育援助や政策立案に有用な情報を提供しています。特に、技術インフラの整備だけでなく、文化的適応や教師教育の重要性を示した点は、持続可能な教育支援のあり方を考える上で貴重な知見です。

また、多国籍研究チームによる協働研究として、南南協力(南半球の発展途上国同士の協力)の良い事例を示しています。先進国の研究者だけでなく、現地の教育者や研究者が主体的に関わることで、より現実的で実用的な研究成果を生み出すことができることを実証しています。

方法論的課題と改善提案

研究方法の妥当性について、より詳細に検討してみましょう。質問紙調査は効率的なデータ収集手段ですが、リスニング理解力という複雑な能力を測定するには限界があります。今後の研究では、実際のリスニングテストの実施、授業観察、インタビュー調査などを組み合わせることで、より包括的で客観的なデータを収集することが望ましいでしょう。

統計分析についても、記述統計に留まらず、要因間の関係性を明らかにする多変量解析や構造方程式モデリングなどの高度な分析手法の活用が考えられます。これにより、複数の要因が相互に影響し合う複雑なメカニズムをより詳細に解明できる可能性があります。

教育政策への示唆

この研究結果は、国レベルでの教育政策立案にも重要な示唆を提供しています。リスニング教育の重要性を認識し、カリキュラム基準や教師資格要件に反映させることが必要です。また、教育現場での技術活用については、単なる機器導入ではなく、効果的な活用方法を含めた包括的な政策が求められます。

国際協力の観点からも、この研究は重要な意味を持ちます。教育援助における技術移転だけでなく、現地の文化的文脈を考慮した教育方法の開発や、現地教師の能力開発への支援の重要性を示しています。一方的な知識移転ではなく、相互学習を基盤とした持続可能な教育改善モデルの構築が必要であることを示唆しています。

総合評価と結論

この研究は、発展途上国における英語リスニング教育の現状と課題を包括的に明らかにした貴重な成果です。多国籍研究チームによる協働研究として、理論と実践の橋渡しを効果的に行っており、学術的貢献と実践的価値の両面で評価できます。特に、教師要因、学習者要因、カリキュラム要因、環境要因、文化要因という多角的な視点からの分析は、問題の複雑さと解決策の多面性を適切に示しています。

一方で、研究方法の限界や一般化可能性の制約も明確に存在します。今後の研究では、より大規模で多様な対象を含む調査や、縦断的・実験的研究デザインの採用、客観的評価指標の併用などが期待されます。また、個人差や社会経済的要因への配慮、文化的適応プロセスのより詳細な分析なども重要な課題として残されています。

それでも、この研究が提示した知見は、グローバルな英語教育の改善に向けた重要な基盤を提供しています。特に、技術導入だけでは解決できない根深い問題の存在を明らかにし、教師教育、カリキュラム改革、学習者支援、文化的配慮の必要性を実証的に示した意義は大きいといえるでしょう。今後、この研究を基盤として、より効果的で持続可能な英語教育の実現に向けた取り組みが展開されることを期待したいと思います。


Mathumathi, P., Thamarai Selvi, M. D., Subhashini, R., Hoque, M. S., Oli, L., & Fantaye, B. K. (2024). Factors affecting students’ listening comprehension. World Journal of English Language, 14(4), 466-477. https://doi.org/10.5430/wjel.v14n4p466

By 吉成 雄一郎

株式会社リンガポルタ代表取締役社長。東京電機大学教授、東海大学教授を経て現職。コロンビア大学大学院ティーチャーズカレッジ(英語教授法)、信州大学大学院工学研究科(情報工学)修了。専門は英語教授法、英語教育システム開発。 さまざまな英語学習書、英検、TOEIC 対策書、マルチメディア教材等を手がけてきた。英語e ラーニングや英語関係の教材・コンテンツの研究開発も行う。全国の大学、短期大学、高専等で使われているe ラーニングシステム「リンガポルタ」も開発した。最近ではAI による新しい教育システムの開発にも着手している。

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